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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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ネコという種族


 乾いた砂漠の風に冷気が混じり始める10月の半ば。


 議長のバジャは憔悴しきった顔でガルディア陣営の幕屋へと呼び出されていた。

 彼を召喚したのはカリオンを始めとするガルディア諸種族の長で、その内容はララとタリカの件だった。


 言うに及ばぬ事だがカリオンの怒りは凄まじく、リリスですらも迂闊に声を掛けるのが憚られる程に刺々しい空気を撒き散らしている。それでも仕事の合間合間にララの眠る幕屋へと姿を現し、その頬に触れては肩を震わせていた。


 ――――ウォーク……

 ――――余は何処で間違えたのだ……


 そう問われ、さすがのウォークも言葉が無く『申し訳ありません。私にも判断が付きかねます』と正直に答えている。だが、長年副官を務めてきたウォークまでをも殴りそうになり、改めて己が混乱している事に気付くような有様だった。


「さて、何か申し開きがあるなら聞いておこう」


 言葉だけで充分打ち据えるような威力を持つカリオンの命に、バジャは震えながらも『他意や悪意はございませぬ。本当に知らなかったのです』と応えた。そう。隠していた存在がタリカやララだとは思わなかったと答えたのだ。


 だが、それでカリオンが納得するかと言えば全く話は異なるもので、ただ一言『ほぉ』と短く返答し、後は押し潰されるような沈黙が続くのみ。バジャは今にも倒れそうな程に憔悴しつつ、『本当です。本当に知らなかったのです』と続け、命乞いを始める有様だ。


「それを……信用しろというのか?」


 カリオンでは無くオクルカがそう切り出し、カリオンと同じかそれ以上に凄まじい殺気を放ってバジャを打ち据えた。かつてあの荒れ地で斬り結んだオクルカとカリオンは、共に相手の放つ威を知っているだけに、心までも通じるらしい。


 だが、その後に口を開いたのはキツネのヨリアキだった。冷ややかな態度でバジャを見ていたキツネの将軍は、さも面倒臭いと言わんばかりに提案した。


「面倒を続ける必用もありますまい。地にある四つ足は机と椅子以外、空にある物は雲と雨以外、全て殺してこの地に埋めてしまいましょう。一罰百戒こそが次の悲劇を防ぐ最上の手段かと存ずる」


 それは坑刑の提案だった。坑刑とは生きたまま地に埋めてしまう刑罰で、キツネの国では反逆を試みた物や火付け盗賊などに処すもっとも重い刑罰だという。張り付けの上で獄門に処されることはまだ手緩い部類なのだとか。


 地位や名誉や社会的な肩書きなど一切無視し、最も効率よく最も苦しむ方法で命を取る坑刑は、逆に言えば大量に殺す場合には実に面倒が無い。何より、後続の罪人に土を被せさせ、その後ろから突き落とすことで手間を減らせるのだ。


「それは良い提案ですね。面倒無く事を済ませるなら最上でしょう。手前共も助力を惜しみませぬ」


 そう口を挟んだのはウサギの代表だった。ここまで全く影の薄いウサギ達であったが、ここに来てヴァーナと自称した彼等の中からアウリラと名乗る女が代表になっていた。


 ヴァーナ:アウリラ・アリアンロット


 彼女の持つその魔力は月の満ち欠けに影響を受けるものの、満月の夜ともなればリリスを凌ぐ無尽蔵の魔力を使役出来るらしい。リリスはそれを敏感に感じ取り、『彼女には気をつけて。特に満月が近いときは』とカリオンに耳打ちしていた。


 だが、折しも満月まで3日となった時、こうやって略式ながらも裁判のような事態を迎えたことがカリオンには偶然に思えないのだ。


 ――――全ては必然……か


 かつて何処かでそんな言葉を聞いたような気がする。記憶の階層を辿って行っても、それを何処で聞いたのかは思い出せない。だが、少なくとも今は重要な事では無い。いま必要なのは、この街と住人をどうするかだ。


 出来る物なら獅子の国に痛撃を与えておきたいが、無駄な欲は身を滅ぼす元でもあるのだから慎重な対処が必要だ。そしてここでは、街の住人をエサにして、獅子の国の体制を揺るがせないかと考えていた。


 だが、そんな折に市内で抵抗を続けていたネコの一団が最終闘争を繰り広げていると報告が入った。


「報告致します!」


 走ってきた伝令は市内にある非市民階級らが暮らす地域へネコが入り込み、住人を手懐けて立て籠もっていると言う事だった。口八丁に入り込んだのかも知れないが、ここで荒事を起こすと後に差し障る。


 だが、不意にカリオンは『なるほど……』と腹の底で独りごちでバジャをジッと睨み付けた。それは、悪魔の提案とも言える物だった。


「議長。聞いたとおりだ。君に汚名を返上し名誉を挽回する機会を与えよう。立て籠もるネコを追い返し、住民にネコを匿わないよう協力させろ。そなたの未来が掛かっている。上々に仕上げて見せろ」


 それがどれほど厳しい要求なのかは言うまでも無い。だがそれでも機会は与えたのだ。ならばやるしか無いと言うのは誰にでも解ること。ただ、逆に言えば果てしなく難しい事であり、事実上不可能と言っても良い。


 ――――死にたくなければ結果を出せ


 カリオンの要求したそれは、バジャにとって事実上の殺害通告その物だった。









 ――――――――帝國歴399年 10月 12日 

           旧獅子の国 シーアン中央











 議長バジャの運営していた店に囚われていたタリカとララ。ふたりが変わり果てた姿であったことにカリオンが怒り狂ったのは当然として、問題はその怒りが2週間を経過しても全く収まる様子を見せないことだ。


 親として何も出来なかった後悔の念に焼かれつつ、政治家としては事態を収め後腐れ無く撤収する必用がある。それについて徹底的に頭を捻っているのだが、何分にも感情的な面で冷静かつ冷徹な判断が出来ないでいる。


『とりあえず死んでねぇんだから、時間を掛けて解決策を見いだした方が良いんじゃねぇか? 慌てたって怒り狂ったって、なんも良い事ねぇと思うぜ?』


 そう言って宥めに掛かったジョニーだが、危うくカリオンは愛刀を抜いて斬り掛かる所だった。剣の柄に手を掛けたところで我に返ったのだが、頭を振りながらも忌々しげに『邪念が多すぎる』と吐き捨てるのが精一杯だ。


 あのバジャと名乗ったジャコウネコの男をねじり殺してやりたいが、仮にもシーアンの議長であるなら、まだ使い道はある筈だ。なにより、ここで殺してしまうとシーアン住人との接点が無くなってしまう。


 そんな時に降ってわいたのが、ネコの残党の浸透だった。


「……て、手前の如き如才の塊に出来るとお思いでありましょうか?」


 不可能を要求され、バジャは必死ですがりつく有様だ。

 だが、その姿を冷ややかに眺めていたカリオンは、一つ息を吐いてから言った。


「出来る出来ないの話では無い。実行するのだ。成功すれば結構だし、失敗すれば君を堂々と縊り殺す正当な理由になる。解るかね?」


 カリオンの眼差しに狂気の色が混じる。それだけで無く、カリオンの周囲に居たオクルカやヨリアキらは、体全身の表面を静電気が走るかのようなピリピリとした凄まじい殺気を感じ取っていた。


「見たいのだよ。君が無様に泣き叫びながら殺されるところを。聞きたいのだよ。君が罪の許しを請いながら、必死に命乞いをするところを。事の次第など関係無いし、なんなら街の住人などどうなっても良いのだ」


 顎を引き、傲岸な笑みを浮かべてバジャを睨み付けたカリオン。その眼差しには突き刺さるかのような怒りと憎しみが渦巻いている。長年その隣に居て支えてきたウォークをして、ここまでの怒りは見た事が無かった。


「街の救済に失敗し、住人から石を投げられながら死ぬ。全て失って、誰にも顧みられる事無く、呆気なく、虫のように死ぬ。世を恨みながら泣き言を並べて死ぬところを見たいのだ。楽しみにしているぞ。余を――」


 こぼれ落ちそうな程に目を見開き、強い眼差しで打ち据えたカリオン。

 その眼差しを正視出来ないバジャは、床に這いつくばって震えていた。


「――楽しませろ。この怒りを消す為の生贄となれ。良いな」


 地獄の獄卒も裸足で逃げ出すような声音。

 そこに秘められた怒りの深さは言葉では説明出来ないものだ。


「さぁ、早く行け!」


 カリオンでは無くオクルカがそう言うと、バジャは消え入りそうな声で『行ってまいります』と言葉を残し立ち去った。それと入れ替わりに姿を現したのはネコを預かるエデュ・ウリュールで、深い溜息をこぼしながら言った。


「君にはほんとに迷惑を掛ける。親子二代にわたって散々な目に遭わせてしまうネコを恨んでくれて良い」


 それが出任せではない事は、さすがのカリオンでも読み取れた。憔悴しきった姿のエデュは、今の今までネコの内部をまとめていたのだろう。そもそもがまとまりなど無く勝手気ままな種族なのだから、各々やりたいようにやるのが流儀。


 他人の邪魔をしないのが一番のマナーであるネコの社会において、統一的な見解をまとめ全体をコントロールする事は言葉以上に難しい。それをよく解っているからこそ、カリオンもまたエデュの苦労を見て取っていた。


「で、最終的にネコはどうする?」


 ややもすれば冷たい言葉にも聞こえるもの。だが、ある意味で気心知れた仲でもあるのだから、カリオンの言葉をエデュはそのままに飲み込んで思案し、答えるのだった。


「不可能に近いかも知れぬが……ここにネコの国体を移せない物だろうか」


 思わず『は? 正気か?』とカリオンは言う。同じようにキツネのヨリアキやオオカミのオクルカも『気は確かか?』『限りなく難しいぞ?』と漏らした。しかしながら、当のエデュ自身が『それは百も承知だ』と答えている。そして……


「ネコの本願は儲けと発展だ。この厳しい環境で商売に明け暮れよう。厳しさと好機は表裏一体だ。不安定より安定への商いで利鞘を稼ぐ方がネコの気質には合っている。それに……イヌ側も我々と隣接するより……距離が有る方が良かろう?」


 含みを持たせたその言い方にカリオンはハッとした。そもそもの目的を忘れていたのだ。


「……勿論だ。はっきり言えば、獅子の国との間に緩衝地帯を作るのが主眼であったのだから、そこにネコが居て商いに明け暮れるというのであれば、むしろイヌの利益とも言える」


 回りくどい政治家的な物では無く、はっきりストレートにそもそもの目的を語ったカリオン。信頼できる相手かどうかと言われれば、虚心坦懐に物を言える訳でも無い相手だろう。だが、この場面に限定すれば、エデュは信用しても良い。


 双方に蟠る物があるのも事実だが、そんな恩讐を越えて利害が一致するならネコだって悪い気はしないだろう。オオカミの一門がそうであるように、散々と斬り結んだ敵ならば、ある意味では信用ならぬ味方よりマシな部分もあるからだ。


「ならばこうしよう。あの議長はおそらくネコや民衆を焚きつけるだろう。悪いのはイヌだと言って、煽るだけ煽るのは目に見えている」


 エデュがとんでも無い事を言い出し、カリオンは再びハッとした気分になった。イヌの一番悪い部分。何処か脳天気に相手を信用してしまう面が顔を出し、暢気に送り出してしまったのだ。


「……言われてみればそうかも知れんな。あの男ならそれ位のことはやりかねないだろうし、やられるのを前提に考えた方が良かろう」


 苦虫を噛み潰すかのような顔をして眉根を寄せたカリオン。マダラの顔立ち故にその内心が一層色濃く出ている。そんな姿を見ていたエデュはニヤリと笑い、カリオンを指さして言った。


「君の父親ならば、そんな表情ひとつせずに内心へ押し込めてサラッと躱したであろうぞ? それはイヌの美徳であるが、我々ネコを含めた他種族には欠点となる事を忘れぬ方が宜しい」


 フォッフォッフォと爺むさい笑い方でカリオンを諫めたエデュ。そこには少々歪ながらも信頼関係が垣間見えた。多分にエデュの側の義理なのだが、その種を蒔いていったゼルこと五輪男の深謀遠慮をカリオンは感じ取った。


「……まるで父から叱責を受けたようぞ。この胸に響く」


 フッと笑って遠くを見たカリオンは、不意に『ウォーク!』と側近を呼んだ。


「お呼びですか?」


 多分呼ばれるだろうな……と踏んでいたウォークは、既に幕屋の片隅で待機していた。各陣営の首領が一堂に会す場では、あくまで事務方の長として片隅で待機するのが礼儀だからだ。


「あぁ。例の議長に追っ手を差し向けろ。下らない口を効いたなら、その場で斬り捨てて構わん。この手に掛けてやりたかったが、そんな気も失せた。ただ、首は持って帰ってこいと付け加えて『それなら俺が行ってくる。良いだろ?』


 唐突に口を挟んだのは、レオン家の宝剣を持っていたジョニーだった。カリオンは少し笑いながらもコクコクと首肯し『良いようにやってくれ』とだけ指示を付け加えた。


「んじゃ、首は持って帰ってくるからよ」


 クルリとターンして右手を挙げ、颯爽とジョニーは幕屋を出ていった。いつの間にかやってきていた一番の手下な士官を連れ、何処か優雅に馬に跨がっている。


「ならば手前らも同行致しましょう。その方が圧力になる」


 唐突にそう切り出したヨリアキは、振り返って幾人かの者を呼んだ。

 ややあって人選を終えたのか、ガッシリとした体格の男が姿を現した。


「お呼びでありますか、上様」

「あぁ、すまないがあちらに居るイヌの将と共にネコの一団を追い払ってくれ」


 それだけで委細伝心したらしく、キツネの男は『承知仕った』と一礼して幕屋を出ていった。そして、ジョニーと何らかの話をしたようだが、曳かれてきた馬に跨がり、共に出掛けていくのが見えた。


「彼は?」


 カリオンがそう尋ねると、ヨリアキは少し笑みを浮かべて答えた。


「彼の者はサイゾウと言いまして、我がキツネの武士団では足軽組頭を務める武人ならば、けして遅れを取らぬでしょう」


 ヨリアキの回答に『然様か』と満足そうに答え、カリオンも笑っていた。気が付けばこのふたりも良き友になっている。それに気付いたエデュは好々爺の笑みを浮かべ言った。


「良い友だな。大事にするといい」

「あぁ」


 エデュとカリオンの気易い会話。オクルカやヨリアキは『お前らもだよ』と内心で思うが、当のふたりは油断ならぬ友なんだと相互に思っているのだった。




 ――――やや時間が過ぎた頃




 バジャは街の片隅で立て籠もるネコの騎士団と正対していた。そもそもに彼らネコの要求は簡単で、イヌの側が行っているネコへの圧力をかわしてくれと言うものだった。


 そんなネコに対し、バジャは交渉してくるから狼藉に及ばないでくれと依頼していた。獅子の皇帝を追い出し、今は自分がこの街の差配をしている。そんな小さな満足感が彼を支えていたのだ。


「で、どうだった?」

「イヌはもう帰るって?」

「あとは好きにして良いって言ったんだろ?」


 ネコの騎士団から出てくるのは、自分勝手な要求ばかりだ。ネコの気質と言ってしまえばそれまでだが、種族的な特徴故に致し方ないのだろう。勝手気ままで話が通じない種族ゆえの事だった。


「いや、今すぐに狼藉を止めて解散しなければ一人残らず殺すと言うことだ」


 バジャは総毛立った姿のまま、力無くそう呟いた。こうなればネコの側が収まり付かなくなることなど折り込み済みだ。ただ、どうあっても、どっちに転んでも、あのイヌの王に殺される未来しか見えない。


 どう取り繕っても、もう手遅れだ。今から獅子の皇帝を呼び戻せば、自分は律令に反した者として死罪となるのは避けられない。つまり、打つ手無し。どっちにしろ殺されるなら、もう全てがどうにでもなれと言う気分だった。


「話が違うぞ!」

「そうだ! 俺たちはどうなるんだ!」


 相手の立場だとかメンツだとか、そう言った相手側の都合についてネコは一切考慮しない。自分の欲望が全てであり、相手が折れたなら自分が勝ったのだからどうしようと勝った側の勝手。


 そもそもこの場に立てこもるネコ達は、街の住人相手に合戦をして屈服させたと思っている。つまり、勝者になったのだから要求は聞き入れられて当然で、バジャがイヌの側から譲歩を引き出せないのは許されざるべき事だ。


「そんな事言われても……」


 さすがに言葉もないバジャだが、その時ふと思い浮かんだのは悪魔的な発想だった。そう。イヌにもネコにも圧を受けているなら、いっそ両者を戦わせれば良いし焚き付ければ良いのだ。結果失敗したとしても、死ぬだけだった。


「大体だな我々は『そもそもネコはイヌに負けたんでしょ?』なっ!なにを!」


 バジャが口を挟んだことで、ネコは一気に顔色を変えた。だが、当のバジャはここが勝負どころと判断したのか、一気に畳み掛けることを選択した。そう。生きるか死ぬかの博打だった。


「この街は既にイヌに占領されているんで、あとはもう好きにしてください。ネコを何とかしろとってイヌの王様に言われてきたんですけどね、もうどうにでもなれですよ。なんならアッシの首を落としてイヌの王様のところに届けてくださいよ」


 こんな時は開き直った方が強い。出来ない物は出来ないし、どうにもならない事はどうにもならないのだ。ならばもう好き勝手してる者は放って置くのが得策。後は勝手に自滅するのを待てば良い。


「そっ…… そんな……」


 明らかにネコの側が狼狽を始めた。それを見て取ったバジャは、遠慮無く凶手をぶち込むことを選択した。どうせどう取り繕ったところで死ぬのだから、後は野となれ山となれだ。


「いえね、実はさっきまでイヌの王様と交渉していたんですが、明日の朝には戦力が整うので皆殺しにするって言われてるんですよ」


 バジャは力無く呟くように言った。それが演技である事など明白だが、慌て始めたネコの側には冷静な判断など付かぬようだ。ならばここが勝負所。バジャは遠慮無く芝居を続けた。


「いや、殺すのはネコじゃ無くて街の住人全部です。あっしらも街の外の荒れ地にね、埋められちゃうんですよ。皆殺しってそう言う意味なんです。だからまぁ、なんですかね。もう勝手にしてください。好きなようにどうぞ」


 スッと立ち上がったバジャは肩を落としたようになってその場を立ち去ろうとする姿を見せ、その後に『全部あなた方が悪いンですからね』と付け加えた。


「待てッ! 待つニャ!」


 強いネコの国訛りの言葉が出る程に慌てる騎士団だが、バジャは遠慮無く交渉の場になっていた店を出た。その時、彼方からやって来るイヌの騎兵やキツネの戦士団が見え、どうやら『終わったようだ』と心底落胆した。


 だが、不意に心の奥底で何かが弾け、咄嗟の言葉では説明出来ないギリギリの手順が思い浮かんだ。それが可能か否かでは無く、やるかやらぬかの問題。そしてそれは、自分の命が掛かった博打でもあった。


「たっ! 助けて! 助けてください! 殺される!」


 慌てて走って行ったバジャ。もちろん助けを求めたのはやって来た騎兵や戦士の一団だ。血相を変え声を裏返らせ、必死の形相でやって来たバジャ。それを見ていたジョニーは『安い三文芝居だな』と漏らした。だが……


「良い機会だ。まとめて撫で斬りにしよう」


 サイゾウはニヤリと笑ってジョニーを見た後、愛用していた槍を取りだした。穂先まで軽く3mはあろうかという長い馬上槍だが、それをまるで小枝のように振り回すサイゾウは『手柄頂戴仕る!』と言い残しジョニーより先に駆け出した。


「あっ! てめぇ! 手柄横取りすんな!」


 少々焦りながらも馬の腹を蹴ったジョニーは、同時に腹の奥底でキツネに花を持たせる事を思い付いた。そして逆に言えば、汚れ役を押し付ける事も。


(まぁ、なんとかなるか……)


 それが甘い予想と言われればそれまでだが、少なくともここではキツネにやりたいようにやらせるのが良い。ここで万全の戦闘力を示せば、銃を供給する必要性もありますまい……とシラを切れるだろう。


 いつの間にか政治家のような怜悧な判断を付けていたのに気付き、ジョニー自身が苦笑いを浮かべる。だが同時に、これがカリオンの役に立つだろうという確信もしていた。そして……


「兄貴! こりゃ出る幕ねぇですぜ」


 ジョニーの隣に居たロニーが漏らす。バジャを追って飛び出してきたネコの一団は完全にキツネの餌食となっていた。およそ近接戦闘においての戦闘力で言えば、キツネの武士団が持つそれは他種族を寄せ付けない獰猛さを見せる。


 基礎的なIQの高さもそうだが、ネコの上位互換と言うべき肉体能力の高さに加え、イヌと互角以上の基礎体力を持つ種族だ。肉弾戦闘の真っ最中に魔法の詠唱を行うなど、中々見られる物では無い。


「おめぇもよく見とけよ。ガチでキツネとやり合うなら、アレをどうにかしなきゃいけねぇ」


 まるで小枝を振り回すように見えるサイゾウだが、その手にあるのは長い長い槍だった。その状態でなお利き手ならぬ左手で印字を切り、ネコが立て籠もっている建物の中へ魔術を放っている。


 一瞬だけ建物の中が光ったかと思うと、石造りの屋根が吹き飛ぶほどの爆発が起きた。炎こそ上がらないそれは、魔術対象空間にあった空気を魔術で圧縮し、極限まで凝縮した後で爆発させる空気爆弾だ。


 だが、密閉された空間でこれをやられると、逃げ場を無くした衝撃波が密室内で反射し合い大変な事になる。鼓膜をやられ、三半規管を壊し、内臓に酷いダメージを負うのだ。つまり、生き残ったなら外に出るしか無い……


「勉強になりやす……」


 ボソリとこぼしたロニーは、息を呑んで推移を眺めていた。建物の奥からワラワラと出て来たネコの騎士団は200名程だろうが、まるで稲束でも刈り取るが如くの一方的な鏖殺が続くのだった。

当面、土日に公開します

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