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タリカの変転 04

~承前




 ……何かが起きている


 それは間違い無い。だが、タリカにはそれを確かめる術は無い。

 動かない身体にイライラしつつも、何とか起死回生を狙っていた。


 (まずいな……)


 タリカの焦りはある一点に集中していた。

 あのケダマの女が最後に来てからしばらく経った日。

 おそらく数日後なんだろうが、聞き慣れない足音を聞いていたのだ。


 それは甲冑を纏った体重のある男達の足音。

 カチャカチャと耳障りな音を立てて走り回る音だ。


 ――――こっちはなんだ?

 ――――やたら臭いぞ?

 ――――なんか居るな


 野太い声。感高い声。若い声。様々な声が輻輳していて聞き取りにくい。

 そしてこれが何を意味するのかは解らないが、救いの神とは思えない。

 最大限良く見積もって、宝探しの夜盗か何か。若しくは武装した押し込み強盗。


 そんな連中に見つかれば、どう考えても碌な事にはならない。

 どうにもならぬ身体を何とか動かしたタリカは、嫌でも変転と言う現実を思い知らされているのだ。こんな状態で見つかれば、散々と弄ばれ、凌辱の限りを尽くされて殺されるかも知れない。


 (女になってる)


 あの日、あのヘビの男に電撃を受けた時、あの時に恐らく何かの魔術的措置を受けたのだろう。ララだって男の部分が残っていたのをキツネの魔術で完全な女になったというのだ。


 自分だって男が女になっても何らおかしい事ではない。その証拠に、顔を触ろうと持ち上げた腕は胸のふくらみに引っかかって動かなくなったのだ。間違いなく男好みの女に仕立て上げられているはず。しかも、ケダマの女だ……


 ――――こりゃ上玉だ

 ――――びっくりだね


 あの時、ドーラはそう言った。自分の顔がどんなだか、もう思い出せない位だ。

 ただ、問題はその後だ。ある意味、驚天動地の言葉がぶち込まれた。


 ――――普通の女じゃ満足しない物好きの旦那衆が可愛がってくれるよ

 ――――精々甘えて満足させておやりよ


 あぁ、そうか……と。どこかで得心したのだ。自分は売られたのだと。

 死臭漂う死体置き場の中で偶然見つけられ、商品として持ち帰られたのだと。


 ドーラと名乗ったケダマも、もしかしたら同じ運命をたどって来たのかもしれない。或いは、仲間が欲しくてそう仕向けたのかもしれない。太陽王はマダラに生まれた事で、心無い言葉に傷付きながら育ったという。


 ならばきっと、絶望的に孤独な日々を過ごしたのだろう。そんな事が容易に想像出来るだけに、ケダマに生まれたと言うだけで筆舌に尽くしがたい屈辱感にまみれて育ったのかもしれない。


 (……まぁ、それあ仕方がねぇよな。けど……)


 そう。タリカが危惧している『けど……』は、数日前にやって来た夜盗連中の発した言葉だった。タリカの居た部屋の臭いに閉口したらしい連中は、警戒体制のまま数歩進んできた。


 タリカの目に明かりが見えたので、この部屋は想像以上に広い所だと知った。だが、その男たちが数歩進んだときにそれは起きた。別の足音がガチャガチャと賑やかな音を立てて接近してくると、嬉しそうな声で言った。


 ――――奥の部屋に女が居るぜ!

 ――――ビックリするような上玉だ!

 ――――しかもイヌの女だ!


 その瞬間、タリカは確信した。

 ララだ。間違いなくララがそこに居るのだと。


「クソッ!」


 どうにもならない自分の身体を苛立たし気に叩いた。

 ただ、力が入らずパタパタと叩いた程度だった。


「動いてくれよ! 俺の身体よぉ!」


 奥歯を食い縛りながらタリカは強引に身体を動かそうと試みた。全身に砂が詰まっているような感覚。痺れている様な感覚。込めた力が逃げていくような感覚。それらが同時にやって来て、タリカは絶望に駆られた。


「誰か! 誰か居るんだろ! 助けてくれ! 俺じゃねぇ…… ララを!」


 今更死など恐ろしくはない。だが、あの夜盗連中が喜んで奥へと向かったのだ。絶対に碌な事じゃない。もしここが秘密の施設なら、中で何かが起きても官憲による保護や取り締まりは期待できないだろう。


「ララを……」


 再び消え入りそうな声でそう呟いた時、暗闇の向こうから唐突に声が響いた。


「誰か居るのか!」


 聞き覚えのある声だ!と瞬間的に思った。だが、ここにそんな存在が居るはずなど無い。恐らくは他人の空似だ。無駄な希望は帰って絶望の谷を深くする。ならば希望など持たない方が良い。


 (けどよぉ……)


 激しく逡巡するタリカは、今まさに何かを叫ぼうとして、ギリギリで言葉を飲み込んだ。そう。ここに入って来るのは野党か強盗だけかもしれない。あのヘビの男はあっさり死んだと言っていたが、強盗の餌食かも知れない。


 一瞬の間に様々な可能性を考慮したタリカは、一瞬の間に様々な可能性を考慮して声がを飲み込む事にしたのだ。少しでも可能性の高い方へ。一分一秒でも生き延びて、ララの救出を行える選択肢を選ぶ。


 そんな事を考えたタリカの脳裏に何かが思い浮かんだ。それはまた言葉として説明出来るほどフォルムを帯びてないイメージだけの物。だが、この状態から脱出する為には最適な選択肢の可能性がある。


 (よし……)


 覚悟を決めたタリカは、意を決して『助けて! 動けない!』と叫ぼうとした。聞き覚えがあるように思った声は、場合によっては最悪の状態へと一直線に落ちていく罠かも知れない。


 だが、何もアクションを起こさないより、当たって砕けろで動いた方が良い。自分の身体が思うようにならなくとも、口八丁で丸め込んで上手く使えるかも知れないのだ。


 しかし、その前に事態は動いていた……


 (え?)


 タリカがそう驚いた時、漆黒の闇な部屋の中に誰かが入ってきた。複数の足音だが、底の硬い革靴の音だった。長靴。或いは軍靴。乗馬用の靴がこんな音を出すのを嫌と言うほど知っている。


「どうした? 出てこい。そこに居るんだろ?」


 明らかに警戒しているのが見て取れるのだが、どう反応して良いのかタリカは一瞬迷った。そして『動けるモンならとっくに出ている』と返答した。少し苛立って応えたのだが、逆に警戒されなければ良いなと妙な心配が沸き起こった。


「動けないのか?」


 相変わらず探るような声音で問いかけてくる未知の存在は、暗闇を照らすように松明を翳した。だが、予想外に部屋が広いのを確認するだけで、向こうからは見えないらしい。


 この時点で少しばかりイライラし始めたタリカは『もうずっとここで動けないで居るんだ。自分で動けない』とぶっきらぼうな物言いをした。場合によっては敵意すら感じるような物言いだ。だが、暗闇の向こうに居る存在は『解った』とだけ返答して、付け加えるように『眩むから目を瞑ってろ』と言った。


 思わず『は?』と言葉を返したのだが、その直後にとんでも無く眩い光が部屋を照らした。暗闇を照らす簡単な生活魔法が行使され、真っ暗闇だった部屋の中に光が溢れた。


「……あ」


 それ以上の言葉がなく、呟くようにタリカがそう言った。タリカの目に映っていたのは、近衛将軍であるジョニーことジョン・レオンだったからだ。


「タリカ! ここに居たのか!」


 思わず駆け寄ったジョニーだが、その時点でタリカの異変に気が付いていた。

 ただ、そうは言ってもまずは収容することが大事だ。


「伝令! 伝令! 緊急連絡! タリカを発見せり!」


 振り返って大声で叫ぶと同時、ジョニーは懐から何かを取りだしていた。それがエリクサーの小瓶である事をタリカが認識する前に、簡単な魔法による封印解除の操作を行って口を開けた。


「何があったのかは後でゆっくり聞く。まずはこれを飲め」


 ジョニーは遠慮無くタリカの身体を抱き起こし、その口の中へエリクサーの瓶を突っ込んだ。驚く程に軽くなったその身体は、まるで若い娘だと思った。何が行われたのかは考えたくもないが、全てあの議長の差し金だと確信した。


「ッん! ンッンッン! グアァッ!」


 一瓶全てを流し込まれたタリカは、全身をバタバタと暴れさせながら痙攣した。そして、その瓶を吹き飛ばすような勢いで、寒天状になっている灰色の物を大量に吐き出した。


 鼻を突くような刺激臭と異臭とが入り混じり、思わずジョニーですらを吐き気を覚える程の物がタリカの胃袋から出て来た。ゲェゲェと嘔吐いている状態のタリカは、ややあってから再び大量に何かを吐き出した。


 2度3度とそれを繰り返したタリカは、結果的にその身体が驚くほど細く小さくなり始めていた。そして、最初に明かりを灯した魔法の効力が世界に解けて消える頃、タリカの寝かされていた寝台の脇には、人間1人分の何かが溜まっていた。


「落ち着いたか?」


 ジョニーは落ち着いた声でそうたずねた。あの小柄ながらがっしりとした体格だった筈のタリカが驚く程に小さくなっていた。どうせロクでもない事だろうとは思うものの、先ずは落ち着かせなければ話も出来ない。


「ハァハァハァ…… ンッ! ングッ!」


 だが、凄まじい勢いで嘔吐し続けたタリカは貪るように呼吸を行い、その直後に再び何かを吐き出した。先程までの寒天状なものではなく、明らかに血の混じった吐瀉物を、凄まじい勢いで……だ。


 タリカの鼻から伸びていた管状の何かが吹き飛び、鼻腔からもダラダラと血を流しながら吐き続けている。それを見ていたジョニーは、ただただその背を摩りながら様子を見るしかできない。


 ただ、5分ほど経過した頃には落ち着きを取り戻したらしく、ヒューヒューと音を立てて息をしつつも、タリカは真っ直ぐにジョニーを見ていた。


「……今日は……いつですか?」


 いきなりそこから入るか?と驚いたジョニーだが、タリカが何を心配しているのかはすぐに察しが付いた。恐らくはこの暗闇の中にずっと居たのだろう。それ故に経過が知りたいはずだと思った。


「9月の15日だ。半年掛かったが、シーアンは事実上陥落した。完全にな」


 落ち着かせるようにそう言ったジョニー。だが、タリカは突然『マジか!』と叫ぶと、寝台の上で身を捩り立ち上がろうとした。地面に付いた足裏の感覚が妙だと思う物の、沸騰しきったタリカの頭脳にはどうでも良いことだった。


 先ほどまで全く動かなかったはずの身体だが、エリクサーの効果か動くようになっている。一時的な神経の昂ぶりによる副交感神経経由運動かも知れないが、タリカにとってはどうでも良いことだった。


「奥に! 奥に彼女が!」


 素っ裸の状態なタリカはジョニーが腰に掃いていた剣を引き抜くと、迷わずにいきなり走り出した。あの時聞いた足音の流れからすれば、目的地はこっちだという確信があった。


 妙な重みを胸に感じ、女はこんな風に思っているのかと変なところで冷静さが顔を出すが、それは後回しだとタリカは走る。ただ、それは当人が思っているだけのことで、実際には何とか強引に進んでいるだけだ。


 (ん?)


 タリカの鼻が妙な臭いを捉えた。

 何かが燃える臭いだ。


 (これって……)


 木や紙や布が燃える臭いでは無い。

 生き物を焼く時の臭い。死体を焼く時の臭いだ


 (まさか!)


 何とか強引に動かしていたレベルの身体は段々と動くようになってきた。

 長らく寝転がっていた結果、運動神経の方が眠っていた様な物なのだろう。


「タリカ! 何処へ行くんだ!」


 やっと部屋の出口へ辿り着いたタリカにジョニーが追いついた。

 その肩に手を伸ばした時、ジョニーは思わずその手を引っ込めてしまった。


 ――――壊れる!


 そう。ジョニーの手が触れた肩は、男のソレでは無かった。線の細い淑やかな女性の肩その物。とてもじゃないが男の肩とは呼べない繊細な作りの工芸品と言うべき華奢で繊細な物だった。


「奥に! 奥に多分女が居るんですよ! もしかしたらララかも知れない!」


 タリカがそれを言った時、ジョニーは問答無用でタリカを抱きかかえて走り出した。何がどうと説明など出来ないが、少なくともこれが一番正しいと確信するスタイル。タリカの背に手を伸ばし、お姫様抱っこの状態だ。


「一個中隊来い! ネコを見付けたら問答無用で斬れ!」


 ジョニーの指示を聞き、タリカは何となく察した。今ここでイヌ対ネコの闘争中なのだと。そして今、この街を舞台にそれをしていると言う事は、さっき聞いたシーアン陥落が嘘では無いと言う事だ。


「何日か前に『話は後で聞く! 舌を噛むぞ! 黙ってろ!』


 タリカの話を折って止めたジョニー。普段のタリカならばムッとするが、何故か内心でドキリとした。乙女心とか女心とか言う物なのかも知れないが、それ以上の事を考えないようにした。


 ただ、灯りを持った兵士達が先行し、少々奥行きが深いぞ?と思った通路を走っていったジョニーが足を止めたのは、大きな鉄の扉がある部屋の前だった。ジョニーは顎をクイッと振って『開けろ』と指示を出す。


 それに応えるように兵士が扉を開くと、中から濃密な死臭が漂った。思わず鼻を押さえたタリカだが、ジョニーは遠慮せず中へと足を踏み入れる。するとそこには半ば腐った裸の女が死んで横たわっていた。


「……何があったかは……聞くまでもねぇな……」


 辺りに残っているのは鞭や太い棒や、そして、目を背けたくなるような拷問道具ばかり。ここに居た者達は殺すのを前提で凄惨な行為を行っていたらしい。


「人のする事じゃねぇ……」


 タリカがボソリと呟いた時、部屋の中に何かが飛び込んできた。

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