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激情と忍耐と発見

~承前




 バジャの呼びかけから半刻が過ぎた頃。


 ル・ガル銃兵は十重二十重に銃を構えてバジャの男置屋を包囲していた。水晶亭の別館をされるその店には紅の館と書いてあるらしい。全く言語体系の異なる文字故に、ガルディア陣営には読む事が出来ない。


 だが、その壁面に大きく薔薇の花が描かれているのを見ると、間違い無くそこは房事に耽る者達を集める為の店だと言うことが理解出来た。そして、男置屋と呼ばれるからには、男相手の男が居る店だと考えるのが普通だった……


「では、最後通告を行いますぞよ」


 ホホホと楽しそうに笑ったエデュは、何らかの魔法具をもって現れた。ヒトの世界を知る者ならば、それを電子メガホンと呼ぶであろう代物だ。どんな仕組みになっているのかは誰も解らない。


 魔法大国であるキツネやウサギにも理解出来ない代物だ。そんな魔法具の開発と運用において、ネコは驚く程に実利優先のスタンスを見せる事がある。生活に密着した魔術の発展はイヌの方が盛んだが、金儲けが絡むとネコは本当に優秀だ。


「そうですな。早急に突入せねばならん事態となった故、早速始められたい」


 少しばかり焦慮気味のカリオンがそう促すと、エデュはド突くようにバジャを押し出して歩み出た。体裁としてはバジャがエデュに解決を依頼する形こそが本来なのだが、どう見たって状況はただのアリバイ稼ぎだった。


「お前たち! たった今、この場にて議長から解決を依頼された! バカな事は今すぐやめて投降しろ! さもなくばイヌの王に解決を依頼する事になる!」


 エデュは聞き取りやすい声音でそう呼びかけ始めた。だが、間髪入れず彼方の建物より『裏切り者!』とか『イヌに丸め込まれやがって!』と声が返って来る。アホかと言い返してやりたい面々は、グッと堪えて言葉を飲み込んだ。


 そして、それを聞いたエデュは、気を取り直して呼びかけた。他に何か言うべき事があるのか?と訝しがったカリオンだが、案外案外な直球勝負の言葉がエデュの口を突いて出たのだった。


「イヌの王に皆殺しを依頼したぞ! ネコとイヌの関係をお前たちも知っているだろう! 容赦なく殺すぞ! だが、投降した者には寛大な処置をする! お前たちの我儘がネコの国を不利にするのはまかりならん!」


 単刀直入かつ言語明瞭なもの言い。土壇場に立った時には、この方が役に立つのは言うまでもない。なにより、理念より実利を優先するネコならば、状況として後戻り出来ない場所に居る事を実感するだろう。


 自分がどんなに嫌でも、自分以外の誰かが『これもアリ』と判断し決断する。その結果として自分が斬り捨てられる局面かも知れないと思わせる。そうなった場合のネコは、本当にスパッと思考を切り替えて生き残る事を選択する。


 誰かの決断で殺されるなんて真っ平だ。そう考えさせれば、エデュの勝ちだ。


「今すぐに投降しろ! あと10数えるうちだ! ひとーつ! ふたーつ……


 エデュがゆっくりと数え始めた時、案の定すぐに建物の扉が開いて何人かが歩み出た。外の様子を伺っているのだと思われるが、そんな彼等が見たのは銃列だ。夥しい銃口が狙っていて、それを見れば足がすくむというモノだ。


 ――――撃たないでくれ!


 両手を頭上で交差させ、無抵抗の意思を示したネコの男たち。

 ざっくり5人ほどが出て来た所で、エデュは数歩ほど歩み出て手招きした。


 投降すれば殺さない。


 その実利を見せる形だが、何よりも説得力のある行為なのだからやむを得ない。

 満面の笑みで出迎えたエデュは、再びカウントを始めた。


「いつーつ! むーっつ! ななーつ……


 カウントが8まで来た時、建物から10人程度が一斉に飛び出した。

 目に涙を浮かべた半裸の兵士が混じっていて、そのすぐ後ろには全裸がいた。


 ――――は?


 怪訝な顔で視線を交わしたカリオンとオクルカ。

 だが、エデュはそれも出迎えていた。


「よく帰って来た! よく帰って来た! 偉いぞ! 偉いぞ!」


 真っ直ぐに褒めるのもまた必要な事。再び数え始めたエデュの声が『ここのつッ!』と叫んだ時、更に数人が飛び出していた。だが、それに続いて飛び出したのは意外なものだった。


「たっ! 助け――


 叫びながら、泣きながら、走りながらやって来たネコの兵士。だが、その直後に後方から姿を現した者は弓を持っていた。そして、迷わず矢を番えて引き絞ると、容赦無く矢を放って見せた。


「裏切ったな! 俺を裏切ったな! 許さない! ぜったい許さない!」


 背中に鋭い矢が突き刺さった。そして、矢の後に聞こえたのは聞くに堪えない罵声。弓を持って建物から出てきたネコは、半身に返り血を浴びた状態だった。それを見れば何が行われたのかは聞くまでも無いだろう。


「構わん! 射殺しろ!」


 カリオンの怒声が飛び、その直後に射撃管制士官が『撃て!』と叫んだ。およそ2千丁の銃が斉射され、たった一人に降り注ぐ凄まじいシーン。全身に銃弾を浴びたネコは、まるで挽肉の様になって倒れた。


「飛び出てくる者は全て射殺しろ!」


 カリオンの声が響き、その越えに『ヤヴォール!』を射撃管制士官が返す。

 次弾装填の号令が響き、再びすさまじい威力の銃列が狙いを定めた。

 そして――


「ぅわぁぁぁぁ!!!!!!」


 なにやら良く解らない叫び声をあげてネコが飛び出してきた。次々に、何人もが……だ。その全てを効率よく射殺し、射撃が止まった。建物の前には40名ほどの死体が残っていた……


「ジョニー」


 近衛将軍を呼んだカリオン。やや離れた所で戦況を見ていたジョニーはすぐにやって来て笑った。手にしていた新式の30匁銃には弾が入っていて、その先端には小さな銃剣が装着されていた。


「解ってるって。中を掃討してくる。周辺の建物にも居るかも知れないぜ?」


 細々した指示は既に不要で、ジョニーは1個中隊ほど引き連れ建物の中に入って行った。その後ろ姿を見送ったキャリは、2人の間にそんな意志の共有があったのか?を思った。


 ただ、そのカリオンはエデュの元へと行き、なにやら話し込んでいる。聞くとは無しに聞き耳を立てるキャリは、ジッと動かず戦況を見つめていた。


「中で何が起きたのかを聞き取りたいのだが」


 どうやらカリオンはそう問うたらしい。断片的に聞き取れる言葉は間違い無くこれで、すぐさま憲兵士官がやって来て尋問の体制になった。そして、エデュも『当然だな』と言わんばかりの姿になっていて、協力姿勢を示した。


 ただ、ややあって『ここは任せてくれ』と口を挟んだの男が居た。ジョニーと共に父カリオンの学友だったという存在だ。普段余り接点の無いアレックスは、キャリも何処か苦手にしている部分がある。


 だが、諜報などを受け持つジダーノフ一門故の事だろうとキャリは思った。あのジャンルに手を染める存在は、どうにも胡散臭かったり、或いはその存在に蔭を感じる事が多い。


「……あぁ、じゃぁ任せよう」

「だな…… 幕屋で吉報を待っていてくれ」


 相変わらずな調子でジョニーやアレックスに接するカリオン。そんな王の姿をタリカは不思議そうに見ていた。部下には公平に接するべし。そんな教育をビッグストンで受けてきた。


 しかし、どう見たって今の太陽王は友人を重用している。信用とか信頼とかそんな次元では無く、気の置けない存在になっている者達を、自分の代理として使っているのだ。


「…………………………」


 事態は転がり始めたのだから、口をはさむべきではない。だが、その行為には素直に賛成できない。出番を待つ部下達に機会すら与えられない事になるのは良くないのではとキャリは気を揉んだ。


「キャリ。ここ頼むぞ。ララを探す算段に入る」


 父カリオンは手短な言葉を残しそこを去った。キャリは気を揉みつつも『解った』とだけ応え、射撃管制士官の行動に目をやった。だが、そこにはもう一人、意外な人物が立っていた。さっきまでそこに居なかった気がするのだが……


「いきなり撃たないでくれ。いくら俺でも死ぬからな」


 そこに居たのはオクルカだ。先に行ったジョニーを追いかけ、中へと入る算段らしい。掃討するだけなのに何故?と首を傾げたが、解らないなら聞く方が早い。


「あの……」


 どう声を掛けて良いか解らず、やや距離の有るところからそう切り出した。そんなキャリの存在に気が付き、オクルカはスッと歩み寄ってきて、その背をポンと叩いた。


「どうした?」


 不思議そうな顔になっているキャリを見て、オクルカも何かを感じたのだろう。

 黙って青年の不安を聞く体勢になっているオオカミの王に対し、キャリは意を決し『行くんですか?』と声を発した。


「勿論だとも。私だって人の子の親だ。どんな姿であっても我が子は可愛い」


 ニコリと笑ったオクルカだが、その時点でハッと気が付いた。なんでここまで気が付かなかったんだろう?と思う程に悔しいのだが、それも仕方が無い。踏んだ場数、悔しい経験、失敗した後悔の数が足りてないのだと痛感した。


 (タリカ……)


 そう。タリカは男置屋の中に囚われているかも知れない。あの議長が散々と渋ってしらを切って誤魔化そうとした理由の根本。つまり、ここにタリカが居るのだと父カリオンやオクルカが危惧しているのだ。


「自分も行きます! 行かせてく『……ダメに決まってるだろ?』


 オクルカはキャリの肩をポンと叩き、穏やかに言った。

 ただそれは、穏やかな口調とは裏腹な強い意志の発露だった。


「この先に何があるのか解らん状況で君を連れて行くなんて不可能だ」


 思わず『でもッ!』と食い下がったキャリだが、オクルカは強い眼差しで見つめつつ、首を振って拒否の意を示した。


「時には待つ事も必要だ。それが君の為にもなる」


 足を止めて学ぶ事がある。それはキャリも理解している。

 ただ、突っ走りながら何度も痛い目にあって学ぶ事だってある。

 その境目にあるキャリは、どうにもならないもどかしさに震えた。


「……僕には……経験が必用なんです」


 なおも喰い下がったキャリ。言うなれば、後悔の経験を積み重ねる必用がある。

 だが、オクルカはそんな姿に温かい眼差しを注ぎつつも厳しい声音で言った。


「あぁ、その通りだ。だからこそジッと待って、耐えて耐えて耐え抜く訓練だ」


 突き放すように言い放ったオクルカ。キャリはグッと奥歯を噛んでいた。

 長いマズルから生えている髭がプルプルと震えているが、それでも仕方が無い。


「キャリ。君の父上である太陽王と私は、かつて本気で殺し合ったことがある。それは君も知っているだろう?」


 唐突に切り出したオクルカ。キャリは黙って首肯した。

 戦術と戦略の講義で何度も聞いた決戦のシーンは、座学ですら胸躍ったものだ。


「その時にね、私も学んだんだ。激情に踊って行動するは容易い。だが、時には部下に任せ、その結果が出るまで歯痒さを噛み殺して待つべき時があるとね。それはきっと太陽王も同じだろう。だからこそ君にね、待つことを教えているんだよ」


 オクルカが噛んで含めるように言った内容は、何処か浮き足だっていたキャリの心に染み込んだ。そしてそれは、父カリオンが見せる姿勢その物だと思った。押し黙って、歯を食いしばって。額に手を当てて気忙しげにウロウロと歩く姿。


 逸る心のままに行動すれば痛い目に遭う。それを幾度も経験しているからこそ、忍耐強く結果を待つ。そして、その裏にあるものにもハッと気が付いた。そう。部下を信用し、信頼し、時には業火に命を晒すような場面へ投入する度胸と胆力を養う必要性。それを教えたいのだとキャリは気が付いた……


「……解りました」


 どこか毒でも抜けたかのような眼差しになってキャリは言った。目は口ほどにものを言うが、その顔から険しさが抜けたのならば大丈夫だろうとオクルカも安堵している。そして……


「何より……アレが酷い事になっていたのなら……君には見られたくないだろうからな。自分の酷い姿を見れば君が責任を感じるかも知れない。そんな状況の可能性があるのなら、より一層ね……」


 内心で『あ……』と漏らしたキャリ。父カリオンとオクルカ王が何を警戒しているのか、今やっと理解したのだ。何より、ここが男置屋である以上、衆道者にケツを掘られているかも知れない。そんな情けない姿は絶対に見られたくないはずだ。


「……ですね」


 キャリは胸に手を当ててオクルカに敬意を示した。そんな姿に対し、オクルカは僅かに剣を抜き、大袈裟に音を立てて剣を収めた。カチンッ!と金属音が響き、飲み込んだと回答を示した。


「じゃあ行ってくるよ」


 手を上げて歩き始めたオクルカ。

 その周囲には一騎当千なオオカミの戦士が続いた。


 ――――凄い……


 父親世代の男達が潜った死線の数は、とても自分では到達出来そうに無い。命のやり取りの現場でギリギリの決断を繰り返し、結果として生き残った者だけが達せられる境地がある。


 そこに至ったからこそ一瞬の間に様々な事を予想し、対処を決定し、迷わず実行して客観的に評価し続けてきた。その結果、その到達点こそが現在なのだろう。


「若。良いですな。沢山の大人達が手本を示してくれます」


 すぐ近くにいたドリーがそう呟くように言うと、キャリは少しばかり笑みを浮かべてから首肯を返した。


「もっと勉強しなきゃダメだな」


 世界の王を受け継ぐ事になるのならば、己の不明を恥じる度胸も必用だろう。小さく溜息をこぼしつつ、キャリは彼方を見ていた。散発的に聞こえる銃声は、内部に抵抗勢力が居る証だろうと思われた。


 ただ、予想外の事態が直後に発生するのだが、キャリの場所からそれは全く見えないのだった。だが、その直後に建物の中から大きな声が聞こえた。それは歓声でも怒声でも無く、救援を求める声だった。


「誰か! 誰でも良い! ありったけエリクサーを持ってきてくれ!」


 重傷者でもそこに居るのか?とキャリは首を傾げる。だが、その直後に聞こえた声に、キャリは思わず走り出していた。


「タリカが居た!」


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