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最終的解決の提案

~承前




 早朝に到着したその書簡には、恨み節というべき文言が大量に踊っていた。書簡の差出人はシーアン市民議会のバジャ議長で、市内においてネコの兵士が行っている乱暴や狼藉の数々について、イヌの責任だと非難していた。


 ただ、そんな事を言われても『知った事か』という感想しか持たないのも事実であり、ル・ガル首脳陣は呆れ笑いでそれを眺めるのだった。


「……ていの良い時間稼ぎでしかありませんね」


 冷たい口調でそう言いきったウォークは、その書簡をオオカミの主オクルカへ転送する準備を始めていた。直接交渉から三日が経過したのだが、バジャ議長からはララ発見の情報はもたらされてはいなかった。


「まぁ、所詮は血塗られた道と言うことか」


 うんざり気味の言葉を吐き、カリオンは目頭を押さえて鈍く唸った。接触の翌朝にウォークを送り込んだ時点で議長の差し出した回答は文字通りのゼロで、これが不可避の運命だと痛感せしめた。


 なぜなら、そこに垣間見えるのは『諦めろ』という言外の通達。そして言われるがままにはならない。奴隷になるつもりはないという強烈なプライドの発露。延々と泣き言を並べた時点でこうなる事も折り込み済みであった筈だ。


 丁寧に降り立たんで書簡を元に戻したウォークは、事務方へ『オクルカ王のところへ届けるように』と指示を出しつつ幕屋の中を見渡した。各公爵家当主と時期王キャリ。そして近衛将軍のジョニーらがウンザリ気味の雁首を揃えている。


「……どうしましょうか?」


 少し低めの声で漏らしたジャンヌは、真っ直ぐにカリオンの判断を仰いだ。率直に言うなら、もはや知った事ではないというのがル・ガルの認識だ。シーアンの街全てを焼き払い、草の根分けても探し出す。そんな段階に来ているのだが、バジャはそこまでの事などしまいとたかを括っている節がある。


 畢竟、人間の求めるものは何処までいっても金と利権。

 娘はその方便に過ぎず、何らかの手土産を持たせればイヌも引き下がるだろう。


 議長がそう考えているのかもしれないとル・ガル首脳陣は考えているし、実際、金に汚そうなその姿を見れば、本質のところが多少違うとしても、そう考えているのだろうと端から思われてもやむを得ない……


「……午後、ヨリアキ公とシザバ公。あとオクルカ殿と再び折衝を行う。その時点で今後の方針を決める――」


 ゼロ回答からの正味2日間でシーアンの街がどうなってしまったのかは筆舌に尽くしがたい。初日の午後には民家のほとんどがネコによる押し込み強盗の被害を受けていた。文字通り我が物顔で押し入り、金目のものを洗いざらい奪ったのだ。


 だが、2日目の夕刻となり金目の物が無くなった頃、ネコが始めたのは街の女を片っ端から犯して歩いたことだった。凡そネコという種族は600年程度の寿命を持つ長命種で、その長い人生の間に大概の快楽は飽きてしまうのだろう。


 ましてネコの国は辛く貧しい境遇にある。それは多分に彼等自身の特性によるモノなのだが、自分が悪いなどと言う殊勝な部分などネコには1ミリも無い。自分をこんな境遇に陥れる者が悪いのであって自分は悪くない。そんな真理だ。


 そして、そんな肥大し歪みきった自己愛性の妄想は、彼等の最も楽しい娯楽を他種族からすれば常識を疑うような酷い行為にまで昇華せしめた。つまり、泣いて喚いて許しを乞うて、必死に頭を下げたり懇願する様を見て悦ぶのだ。


「――で、少しは収まったのか?」


 ネコによる乱暴行為、強姦行為が余りに酷く、降伏したベルリン市街になだれ込んだ赤軍よろしい凄惨な光景は余りにも非人道的であった。最初は議長への圧力に良いかとも考えたカリオンだが、その報告が届いた頃には顔を顰めた。


 それは、簡潔に言えば、殺すのを前提としたSM行為だ。僅かでも生存の望みがあれば、誰だって必死に命乞いをする。そんな様を眺めながら激痛と絶望の狭間で泣き叫ぶ姿を見て悦んでいたのだった。


 故に、カリオンはその日の宵の口に憲兵隊へ取り締まりを命じた。ただ、その行為が全く収まらず、夜半過ぎても街の各所から悲鳴と嗚咽が漏れるに至り、カリオンは遂に最終的解決もやむを得ないとの判断を示した。


 その結果、3日目となる日の朝時点で、すでに数百名の射殺者を出していた。


「さしあたっては事件の発生が抑えられていますが……時間の問題でしょう」


 イヌの側の強硬な措置に対し、ネコの側からは余りに横暴だと抗議の声が上がっているのだ。自分たちがやっている事を棚に上げての抗議に、ル・ガル首脳部は全く取り合うことすら無く、使者ですらも容赦なく射殺していた。


 未だ表沙汰にはなっていないが、使者が返ってこない上にネコの兵士が射殺される件数が増えているのをみれば、ネコの側だって何が起きているのかを理解するだろう。


「全くもって……度し難い連中だ」


 溜息と共にそう吐き出したカリオン。王府となっている幕屋の中に居た者たち全てが重い沈黙で賛意を示した。ただ、そうは言っても事態の解決に当たらねばならないのだ。ならば……


「全ての活動について停止を命じますか?」


 ルイはついに禁断の領域について発言した。

 イヌがネコに命じるというのだ。もはやそれだけでキナ臭い話なのだが……


「……根拠は何とする」


 カリオンの懸念は尤もだ。それなりに根拠が無ければ、イヌはネコを下に見ているという事になる。その場合、じゃんけんですらイヌには負けてはいけないネコの社会常識を頭から踏みつける事になる。そうなれば、もはや100年戦争だ。


「あの議長に依頼させてはどうでしょうか」


 ここまで黙っていたウラジミールの提案は最終的な解決の糸口と言えるもの。そして、一挙両得のチャンスでもあった。ただ、そういうものは得てして絵に描いた餅で終わってしまう事が多い……


「上手くいけば良いんだがな」


 力なく笑ったカリオン。

 その姿が余りに悲痛なのを見て取れば、誰だってその心労を労いたくもなる。


「上手くいくように……私が上手くやります」


 それが気休めの言葉である事などカリオンにだって解っている。だが、それでも心からの言葉として出たウラジミールの情なのだから、王ならば『頼む』の一言を返すのが最も正しいふるまいだろうと思えた。


 美しい信頼関係がここにもあるのだとカリオンは思う。そして同時に、あのネコ達が見せる衝動的な行動をどうにか御しなければ、やがてル・ガルですら飲み込まれかねないと思うのだった。






 ――――午後



 ル・ガル陣営の幕屋に用意された最高運営会議の席に思わぬ臨時出席者の姿があった。ネコの国から派遣されてきた全権大使で、ネコの女王ヒルダより事態の収拾を命じられた男だ。


「まさかあなたが直接来るとは思わなかった」


 カリオンですらそう漏らす存在。女王ヒルダの王配、エデュ・ウリュールがそこに来ていた。身体を預けている椅子に寄りかかるようにして、老いたネコは笑みを湛えてカリオンを見ていた。


「君には苦労を掛けてしまったようだ。大変申し訳ない。君の父上には私個人としても恩義を感じている。事態の収拾にあたるので、どうか少しばかりの便宜を図って貰えるとありがたい」


 かれこれ100年近く前にフィエンの街で顔を合わせて以来のエデュ。長命なネコだけあってその姿はあまり変わっていないが、それでも目に見えて老いの色が滲み出ている。


 この100年でカリオンが成長したように、エデュもまた確実に老いている。だが、そんな存在を送り込んできたヒルダとはどんな姿なのだろうか?と、不意にカリオンはそんな事を思った。


「なるほど…… して、何をすれば良いか?」


 エデュと親しげに話をするカリオン。その姿にオクルカやシザバやヨリアキが驚いている。ただ、ル・ガルの王ともなれば周辺国家とも五寸(対等)で渡り合う必要があるのだから、不思議な事でもないのだろう。


 どんな接点があったかは知らないが、少なくともネコの女王の夫は太陽王カリオンの父親を知っているらしい……


「何も難しい事は求めない。やる事は簡単だ。大人しく営倉送りになる事を受け入れた者は、それ以上の罪に問わないようにして欲しい」


 営倉。それは要するに牢屋だ。ビッグストン時代になんどかヘマをやらかして教官に捕まり、反省せよと折檻された事も何度かある。ただ、言い換えるなら軽い処分という事だ。


 軍隊と言う組織である以上、風紀の乱れは許してはならない。上官のコントロールから外れた暴力機関など、徒党を組んで悪さをする盗賊集団と変わらない。それ故に後の時代の戦争法では正規兵以外のゲリラには正当な権利を一切認めない。


 上官がコントロールしている限り、軍隊とゲリラパルチザンの類いは全く別物。その鉄則の延長線上にテロリストという存在が置かれている。如何なる統制機関からの統制を受けず、己の欲望と願望のみを主眼としているただの暴力機関だ。


「ならば、営倉送りを拒否した場合は?」


 カリオンはやや硬い声音でそう確認した。

 エデュの返答如何ではこの場でネコとの縁を切る事もやむを得ないと思った。


 だが……


「その場合はやむを得ない。ネコの国でも良く有る事だが――」


 エデュはキツネやトラを一瞥してから言った。


「――最終的解決を行う事もやむを得ない。いや、むしろそのように解決して欲しい。それについて私は全権代理人として同意するし希望する。ネコの困った一面と言うのもどうかと思うが、そうなったらもう何を言っても無駄だ。折れる事が嫌なのだからな」


 エデュの言葉にカリオンは一言だけ『正気か?』と応えた。ネコの国民でもある兵士に対し、最終的解決を行って良い。つまり、射殺を含め殺しても良いと言い切ったのだ。


「君も知っているだろう。あの聡明であった父上から聞いたかも知れないが、ネコと言う生き物は誰かに指図されるのを嫌がる。そこに利があればともかく、一方的に上から押さえつけられるモノを嫌がる。だから言い出したら聞かないのだよ。それ故だ。話しを聞かぬなら殺すしか無い」


 ――――つまりイヌの手を汚せと言うことか……


 カリオンの表情がグッと厳しくなった。ネコの国内問題を解決する為に、ネコではなくイヌの手を汚させるのだ。殺された側は同意したエデュでは無くカリオンとイヌを恨むだろう。そうやって泥沼の状態に陥れていくのかも知れないが……


「君の懸念はもちろん解っているよ。イヌに手を汚せと言っている訳では無い。故にこれからこの街の議長なる人物に面会する。その上で私は責任持ってこういう。イヌの王に抵抗する愚か者の排除を依頼したとね。そう言明する――」


 カリオンを含めたル・ガル陣営の嫌悪感を読み取ったのか、エデュは音吐朗々にそう言明した。


「――そして、我々ガルディア陣営の求めるモノを提供するなら、我々は風紀の徹底と取り締まりの強化を約束するとね。ただし、我々が求めるモノの提出が先だ。まず取り締まりには応じない。そこは向こうにしっかり釘を刺しておく」


 ペロリと舌を出したエデュは、カリオンの懊悩を見抜いた上でそこに協力する姿勢を示した。決して侮っているのでも恩を売りつけるのでも無く、純粋な協力姿勢を見せようという姿だ。


 だが、だからといって『はいそうですか』と飲み込むほどカリオンとて純粋ではない。困難な試練をいくつも乗り越えてきた結果、老練な政治家としての面もまた併せ持っているのだった。


「では、それについて早急に対処を願いたい。その上で、提出期限は今日の日没までとする。日没以後、我々は最終的な解決行動に移るが――」


 カリオンは先ずオクルカを見た。そのオクルカが深く首肯した。そして次にシザバを見た。シザバは1度目を逸らしてから目を瞑り、そのまま首肯した。そして最後にヨリアキを見た。ヨリアキは微妙な表情のまま僅かに首肯した。


「――暴れているネコも犠牲となって居る市民も関係無い。全て掃討し目的のモノを探す。人的な被害については友軍以外の全てを無視するし、考慮しない」


 つまり、鏖殺だ。


「……良い判断だ。時にその強硬姿勢が最も素晴らしい解決策となる」


 軽く拍手をしたエデュは音も無く立ち上がり、『早速行動するよ』と幕屋を出ていった。その身の運び方は本当にネコの立ち振る舞いその物だ。音も無く風も無くスッと動くそれは、カリオンの脳裏にネコの細作を思い出させた。


 ――――リベラにもう一度探させるか……


 そんな事を思いつつエデュを見送ったカリオン。

 そこにオクルカが口を開き、今後についての提案を行った。


「カリオン王。待たなくとも良かったのでは?」


 オオカミを束ねる王の言葉は少々意外だった。

 だが、それにシザバが賛同を示したのは以外を通り越して慮外だった。


「私もそう思う。ネコの掃討を同時進行で行っても良かったんじゃ無いか?」


 トラの一門としてはネコのやり口が相当気に食わないらしい。

 少々不機嫌な様子でそう言うシザバは、両手を広げながら続けた。


「むしろ街の全てを掃討する中で邪魔だからついでにネコも退治した。それで良かったんじゃ無いかと思うがな。あの連中はとにかく話が通じない。思うようにならないなら暴れるって子供以下の連中だ。そんな連中に躾をしておかねばな」


 シザバが何を言いたのかはよく解る。およそネコと言う生き物は気まぐれで、自分達が楽しい事が何より重要なのだ。何か利を得る時だけは調子よく対応するが、そうじゃ無い時には塩対応も普通。


 そんな連中に大人の振る舞いを躾ける事も、今後のことを考えれば大事なのかも知れない。ただ……


「両氏の意見はもっともだが、手前としては逆にネコに恩を売る絶好の機会かと思うのだが、どうだろうか?」


 ヨリアキが言ったことを要約すればこうだ。ネコにやりたいようにやらせる。

 つまり、イヌの言い分を護っていれば自分達に利があると教えるというのだ。


 そしてそこで、やり過ぎると叱られることも合わせて経験させる。それを繰り返すことでネコに他種族への配慮と加減を教え込んでおこうというのだった。


「皆の言い分もよく解るし、正直、全ての意見に賛同したくなる。故に自分はこう思う。ここでは先ずあの議長に痛い目をみせ、誠心誠意の対応を取らせること。そして、それに応えこちらも律する事。ネコの側に手本を示すのなら、これも良いかと思うのだが」


 カリオンは『どうだろうか?』と意見を求めた。それに対しオクルカもシザバも幾度か首肯しつつ『本題こそが重要ですな』と賛意を示し、ヨリアキも『結構な案かと』とニヤリ笑いだった。


 誰の顔を潰すこと無く、最良の回答を示して目的を果たす。そんな太陽王の苦労を垣間見た各々の責任者達は、難しい判断を繰り返してきたイヌの男の苦労を垣間見た気がした。


 ただ、本当にその姿に感銘を受けたのは、他ならぬ息子キャリだった……


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