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度し難く 許し難く 救い難い存在

~承前




 カリオン達が議長バジャと面談を行った夜、シーアンの街は上に下にの大騒ぎだった。バジャ議長は街に残っていた補助軍首領に対し、イヌの姫とオオカミの王子を見つけたモノに金貨1万枚の報奨を掛けたのだ。


 その結果、補助軍を始めとする多くの勢力が街中を跋扈し、強盗紛いのやり方で民家や商業施設に押し入っては人捜しを始める程であった。


「……まだ見つかりませんね」


 闇に紛れていたジロウは四方1メートルと届かない闇語りで報告をあげた。その言葉を聞いていたのはトウリで、シーアン市街中心部の廃墟になった建物の奥に陣取っていた。


 検非違使の各チームを率いる首脳はシーアン市街の各所に分散していて、ジロウは各グループの報告を一手にまとめ、別当トウリへ情報を伝達する役目に収まっていた。つまり、各グループの長がジロウを鍛える形になっていた。


 様々な情報に触れ、それを飲み込み考え、自分なりに消化してから形にして報告する。その作業は己の主観を挟まず、ありのままを飲み込み思案する能力を要求されるのだ。


「コンは何と言ってる?」


 調査チームである青組の紺青は、魔導探査を用いてララとトウリの魂その物を探していた。だが、この街には様々な魔力障壁が存在し、キツネの国で魔導を学んだ藍青も紺青も結果を残せてはいなかった。


 だが、逆に言うと何処かに隠され遮断されているから見えないと言うことになる訳で、逆説的ながらまだ生きていると言う証拠にもなっている。ジロウは最初それに気が付かなかったが、ややあってトウリの思案する姿を見ながら気付いていた。


「それが……全然ダメだと」


 青組の惨憺たる結果にトウリは一つ息を吐き、気を取り直して『駄目な時には手を変えることが重要だ』と述べた。一点突破を図るには難しい状況なのだからやむを得ないのだろう。


「別当。どうもキナ臭く為ってきた」


 唐突にそう言いつつ入って来たのは追跡専門の黒組に属するネコ系の女だった。ジロウと共にネコの国の授産施設で生まれた彼女は、トウリによってルルの名を与えられていた。


「要件をまとめて言えルル。回りくどい」


 遠慮無くジロウが突っ込みを入れるが、そのルルは細い身体を捻り視線を向けて言った。驚く程にスレンダーで柔軟性溢れる肢体の彼女はヒトの女とネコの男の間から生まれた覚醒者だった。


 相当数の秘薬がネコの国に流れ込んでいるが、その大半が単なる房事で消費されているらしい事に王府は頭を抱えている。全く計画性の無い交配と出生により、検非違使内部にはネコ系の覚醒者が相当数混ざっている状態だった。


「これから言おうと思っていたのに腰を折るなよ。うるさいなぁ」


 ぶっきらぼうな物言いに『なんだとッ!』と激昂しかけたジロウ。

 その頭をトウリはポクリと叩き、『黙ってろ』と手短に叱った。


「今、キツネとかトラの王様がカリオン様の所に居るんだけど、そこにネコが文句を言いに言ったらしいの。今日の件で。首脳会議だったのに仲間外れにされたってネコが怒ってるんだけど、今度はそれにオクルカ様が怒ってるみたいで……」


 ルルの報告に因れば、日中の面談にネコが参加できなかったことをピエロが抗議しているという。そして、何処かから聞きつけたのだろう銃に関する案件で、ネコの側にも公開するのは当の然であると噛み付いているとのことだった。


 だが、その件について誰よりも怒り狂ったのはオクルカで、和を乱し勝手なことばかりするネコにその権利があるのかと激昂したらしい。当然の様にピエロの方もそれに噛み付き、だからなんだと居直ったそうだ。


 そもそもネコは身勝手な生き物で、それに振り回されてきたと言うのがネコ以外の本音だろう。自己中で自分の利益が全て。良くあるたとえ話で、前を歩くネコが小銭を拾った時、後ろのネコは自分が損をしたと考えるのだそうだ。


 故にネコは前を歩く者がどうなろうと構わないし、遠慮無く後ろから蹴り飛ばしてでも小銭を拾いに行くという。それがネコの社会では常識だし、油断する方が悪いという文化だ。


 そんなネコからしてみれば、ネコ以外の種族が銃を供給されるのは絶対に納得いかないだろうし、ネコ以外にしてみれば自己中で我が儘で人格的に最低ランクの種族があんな危険なモノを装備するのは止めてくれと言いたくもなる。


「で、どうなったんだ?」


 トウリは一気に語ったルルに続きを求めた。そんな様子に少しだけ鼻の高いルルはジロウに向かってフンと鼻を鳴らし、お前とは違うンだと言わんばかりに勝ち誇った様子で話を続けた。


「勿論カリオン様は相手にすらしなくて、銃自体まだまだ数が足りないから他国への供給はもう少し先になるって返答したそうですけど、そこにウォーク様が付け加えて、今後は信用に値する友好国へ優先供給する事になるってはっきり言われたそうです。まぁ、当然ですけどね」


 男っぽい口調ながらもルルは簡潔にそう報告した。そして、ネコの側はイヌが独占している事を良く思ってないとピエロが激昂し、机をたたき壊す勢いで抗議したのだという。


 だが、被せるようにオクルカが更なる激昂を見せ、信用されるような事をお前達は今まで一度でもした事があるのか?と問い詰めたのだという。それを聞いたピエロの側ははっきり顔色を変えたが、トドメを入れたのはキツネの将軍だった。


「最終的にどうなったんだよ」


 ジロウまでもが結末を求めたが、ルルは肩を窄めて呆れた様に言った。


「キツネの将軍様がね、何を思ったかお前達には不要なモノだろうって言ったんですって。宝の持ち腐れだし、どうせ碌な事に使わないんだから賛同できないって」


 ルルの言葉にジロウがプッと吹き出し、トウリもまた呆れた様に笑っていた。だが、笑ってばかりもいられないのが世の常で、そう説明されるまでもない自明の理なのだった。


 間違い無くネコは収まりが付かず、碌でもないことを始めるであろう事が容易に想像が付く。故にここでは不慮の事態に巻き込まれる可能性を考慮せねばならないが……


「別当! 別当! 緊急事態だ!」


 声を荒げて飛び込んできたのはイワオだった。アチコチに返り血を浴びているその姿は、ここまで何があったのかを雄弁に語るモノだった。思わず『どうした!』と大声で言葉を返したトウリ。イワオは顔色を変えて報告した。


「夜陰に乗じてネコが市街地へ乱入している! おそらく全軍規模だ! 西から街へ侵入し、遠慮無く街を焼き払って略奪を繰り返してる!」


 思わず『またかッ!』とトウリは叫んでいた。だが、それが何故起きたのかは考慮するまでも無い事だった。あの単純バカなネコは、現状を自分達が後回しにされたと考えているのだろう。


 そして、先に市街へ入ったイヌなどの種族が宝探しをしていると勘違いをしている公算が高い。戦地における火事場泥棒を正当な権利だと勘違いしているバカが揃っているのだから、もうどうにもならない事だった。


「赤組白組共に全員出動待機! おそらく太陽王が出張ってくるだろう。そこに加勢する。独自行動は控えろ」


 パッと判断し指示を出したトウリ。だが、それを言った当人がふと思った。


 (もし……カリオンが静観を選んだら……)


 ララとタリカの救出の為にそれを黙認したら。いや、もっと言えば、ネコを痛い目にあわせて血の教育をするつもりなら。カリオンは黙ってそれを行うだろう。ネコが自力収拾出来ない局面まで放置し、助けてくれと言うまで苦しめるのだ。


 (静観が吉だな……)


 脳内でそう結論づけたトウリは闇語りになってその場にいた者達に言った。


「太陽王の次の一手を見守る。ジロウ。各組へ大至急伝達しろ。跡をつけられるなよ?」


 ニヤリと笑ったトウリ。幾度もその危険を味わったジロウは、手短に『へい』と応えて廃墟を出て行った。






 同じ頃。


「陛下。由々しき事態です」


 激昂して出て行ったピエロを気に止めず、善後策検討していたカリオン達の所にドリーが現れた。その隣にはキャリが居て重要情報を持ってきたらしい。


「何が起きた?」


 カリオンでは無くオクルカがそう言った時、キャリは手にしていたファイルを開示して見せた。ル・ガル憲兵隊が報告してきたそれは、頭痛のタネその物だった。


「シーアン市街にネコがなだれ込みました。現在は凡そ1500名ほどが市街地で乱暴狼藉の限りを尽くしています。彼の国の補助軍残党と交戦状態に陥っていて、双方に少なからぬ死者が出ています」


 手短な報告だが、充分に頭痛のタネなモノだった。カリオンは表情を曇らしオクルカは盛大に溜息を吐いた。シザバは露骨に不機嫌そうな顔を作り、長い髭を揺らしている。だが、ただ1人だけ意外な反応をヨリアキが示した。


「……まぁ、ある意味では正当な戦利品感覚なのでしょうな。実に下らぬ事ではありますが、戦の果てに得られるモノならば一つでも多くと言う面は我々にもありまする故に理解も出来ましょう」


 ヨリアキの言葉に今度はドリーが怪訝な顔をした。最初に派遣されたキツネたちも、戦の中で盛大に火事場泥棒をやらかしていたのだ。それについてドリーは甚だ不快であったが、止める権利はイヌにも無かった。


 凡そ連合軍を組んでしまった以上、友邦国の文化は尊重するのが義務だ。ましてや正義感の衝突など、迂闊に指摘したならば仲間割れ一直線となる。だが……


「確かにネコの文化はそうなのかも知れぬが……モノには限度がある。故にこれは個人的なお願いだが、各国共同で取り締まりに当たれないものだろうか」


 カリオンはあくまでお願いというスタンスを取った。迂闊に他の文化を完全否定してしまえば、それは次の100年戦争につながる火種となる。だが、目に余るものは余るし、何よりイヌにとっての美学に反する。


「勿論それは同意ですな。オオカミはイヌと連帯する」


 オクルカは最初に口火を切り、全面賛同を示した。

 それを聞いていたシサバもまた大いに首肯し、両手を大きく広げ言った。


「我らトラの一族も賛同する。これを機会にネコを滅ぼしたって良い。あいつらは身勝手すぎる。やがては必ず頭痛のタネで済まなくなるだろう」


 頭痛のタネでは済まない。その言葉にカリオンとオクルカは顔を見合わせてから首肯を返した。今の今まで散々と煮え湯を飲まされてきたネコ故に、カリオンは一方ならぬ思いを抱えているのだ。


 そして、どちらかと言えばネコに近いトラから、ある意味で待ち焦がれていたその言葉が出た事に安堵した。ネコへの孤立工作と謗る者もいるだろうが、このような根回し事が政治的折衝の肝だった。しかし……


「いやいや、ちょっと待っていただきたい――」


 それにブレーキをかけた男がいた。キツネの将軍、ヨリアキだった。


「――それが正当かどうかは別として、戦時利益は否定しないで欲しい。我らも遊びでやっている訳ではないのだから、程々のところで済むのであれば、黙認もやむを得ないと我は思う」


 それが何を意味するのかはカリオンもさすがに一瞬では掴めなかった。だが、少なくともその言いたい部分は良く解る。戦は金がかかる。いつの時代でも世界でも戦費調達は最大の問題だ。


 勝手に攻め込んで勝手に軍人が盛り上がって終わりではない。そこに横たわる膨大な経費を賄う為、戦地における略奪行為は重要なのだ。


「……では、こうしたらどうだろう?」


 最初に賛意を示したオクルカが再び口を開いた。

 現実的な妥協案を示し折衝に及ぶのも政治家の重要な能力だからだ。


「取り締まり三原則を提示する。婦女子及び無抵抗な者への乱暴狼藉の禁止。濫り殺生の禁止。放火の禁止。これに反しない限りは黙認する」


 それはイヌとオオカミの闘争において連綿と繰り広げられてきた暗黙の了解を言語化したものだった。多分に例外も含まれるが、基本的には双方の陣営で紳士協定的に行われてきた事でもある。


「なるほど。現実的だな。良いと思う。違反者はその場で処分でよかろう」


 シサバはその現実的な提案に賛意を示した。まぁ、いろいろ言いたい事もあるが、手打ちにするならこの辺りが限界だろう。しかし、意外な言葉が唐突に飛び出た。


「……いや、手前はやりたいようにやらせるのが吉と考える。結果として己の首を絞める事になれば、少しは学ぶやもしれませぬ。やってはならぬと釘を刺されると返ってやりたくなるのが人の性にて、痛い思いをさせるのも重要では?」


 ヨリアキの言葉にシサバが露骨な不快感を示した。ただ、言っている内容に一定の説得力があるのだから、それについて異論を唱えるのも憚られる空気だ。しかしながら野放しにして良いモノでもない事も事実……


「ならばこうしよう」


 最後になってカリオンは口を開いた。

 もはや現実的な選択肢はこれしかなかった。


「各々の良心と価値観に従い、各々に取り締まりを行おう。常識の範疇と思うのであらば、見なかった事にするのはやむを得ない。しかし、それがやり過ぎであると思うのならば最終的な解決の為に武力行使もやむを得ない」


 心底の落胆を見せたカリオンは、力なくそう言わざるを得なかった。価値観の衝突なのだから、善悪のジャッジをしている場合では無い。しかし、現実にネコの兵士らが狼藉の限りを尽くしているのも事実だ。


 そして、何処かで放火に及んだ時、そこにララやタリカが居たならば灰燼に帰するはず。それだけはどうしても受け入れられないのだから、イヌはイヌの目的を果たすだけだった。


「さすがは太陽王。手前はそれが最良と信ずる」


 ヨリアキは満面の笑みで応えた。つまり、キツネの一団にも火事場泥棒を認めた事をカリオンが認可したに等しいのだった。


 その姿には、オクルカもシザバも複雑な表情を浮かべている。だが、一和であるべきなのだから、事を荒立てるのも得策ではない。


「では、各々に行動を開始しよう」


 カリオンはそう切り出し、同時にジョニーを呼んだ。言うまでもなく取り締まりの開始を命じるためだ。ただ、余りの事をすればイヌが嫌がられるだろう。キツネの側にしてみれば、必要な収穫と言う面もあるのだから。


 ――――上手くいかないものだな……


 内心でそう一人ごちたカリオンは思った。ここにきて何とかうまく回っている連合軍も砂上の楼閣に過ぎないのだと。そして、多民族共和など所詮絵に描いた餅に過ぎないのだと。


 幻想


 勝手に思い込んでいた『全て上手くいく』と言う確信など、何の根拠もないただの幻想に過ぎない事を、カリオンは噛みしめるのだった。


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