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陥落はしたけれど・・・・

~承前




 ――――城門崩落!

 ――――突入路啓開終了!


 15分ほど続けられた猛烈な砲撃は、巨石を積み上げて作られたシーアンの大手門を完全に粉砕した。その直後に丸腰の工兵が飛び込んで行って最低限の瓦礫除去作業に当たった。


 そもそも工兵とはそんな作業の為の兵科だが、野砲の登場によって花形になりつつある。騎兵も歩兵も工兵が居なければ躍動できないのだから、当然と言えば当然なのだが。


「征くぞ! 総員抜刀!!」


 カリオンは馬上でそう叫ぶと、腰に佩いていた愛刀を抜いて叫んだ。

 ウォークはその場で太陽王の戦旗を広げ、ヴァルターが突撃の角笛を吹いた。


 ――――我らが太陽王に歓呼三唱ォォォォォ!!!!


 ジョニーが叫び、それに応えて近衛騎兵が絶叫を上げた。





 ラァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!






 二つ目の歓呼の時には、騎兵の後ろに居た多くの歩兵たちが同じように絶叫を上げた。騎兵の10倍近い数でいる歩兵の声は、大気を震わせるものだった。





 ラァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!





 二つ目の歓呼が終わった時、カリオンは右手を高々と上げた。

 降り注ぐ太陽の光を反射させ、刀身がキラリと煌めいた。

 その直後だ。莫大な数で集まっていた国民猟兵団が絶叫を上げた。





 ラァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!





 その声は大気を震わせるだけでなく、大地ですらも震わせていた。

 人々の声にこれ程の力があるのかと誰もが驚く凄まじい力。

 それにより崩れかけていた城壁の一部までもがバラバラと崩れた。


「我に続け!」


 カリオンは先頭に立って切り込んでいった。

 ル・ガルで最も幸運な男である太陽王は、常に民衆を率いる必要があるのだ。


 ……ただ、そこには非常に重要な理由が隠されている。

 この街のどこかにリリスとララが居るはずで、興奮した兵士たちが間違って殺してしまわない為には、先頭に立つしかないのだった。


「総員! 太陽王に続け! ル・ガル万歳!」


 カリオンの直下、ウォークとヴァルターを従えたカリオンのすぐ後ろには近衛騎兵を束ねるジョニーが陣取っていた。レオン家の家宝でもあった戦太刀を持ち、騎兵を率いるその姿は勇壮無比だ。


 ――――よし……

 ――――手順通りだ……


 内心でそう一人ごちたジョニーは、後方をちらりと確認しつつ城内へと入った。身の丈およそ5人分にも積み上げられた城壁は、馬の脚でも三完歩を要する厚みがある。これを打ち抜く野砲の威力にはジョニーも肝を冷やすばかりだ。


 ただ、城内に突入した瞬間、ガルディブルクいちの遊び人であった男ですら、思わず『おぉ!』と声を漏らさずにはいられなかった。大手門からまっすぐ伸びる大通りの左右には五階建ての建物がびっしりと並んでいた。


 ――――なんて街だ!


 それは全て商店と思しきもので、活発な経済活動が行われている事が手に取るようにわかる。そして、数軒の店屋が並ぶ毎に横方向への通りが伸びている。その通りを入れば、裏路地へと続くのだろう。


 完全な碁盤の目になっている城内は統制の取れた完全計画都市で、馬車の往来を想定したであろう石畳の通りは、驚くほど滑らかに舗装されているのだった。


 ――――事前情報通りだ……


 腹の底で唸ったジョニーはグッと顎を引き、振り返って叫んだ。

 先頭を走っていたカリオンが太刀を左へ振り抜いたからだ。


「フェリペ! 西通りを頼む!」


 ジョニーの後方にいたボルボン家騎兵を率いるフェリペが『応!』と応え進路を変えた。その麾下にいた一騎当千のボルボン騎兵凡そ二千騎が進路を変えた。


 南北に貫く大通りは五本あり、それぞれにボルボン家やレオン家などアッバース家を除く4家を宛てていき、中央通りはカリオンが近衛騎兵を直卒して一気に城内を北上する。その課程で遭遇した敵は全て斬り伏せよ。そんな指令だ


「………………………………」


 馬上にあって速度に乗っているジョニーは、ただただ舌を巻いていた。それは、前夜遅くに呼び出された夢の会議室での出来事だった。カリオンとリリスはアレックスと共にシーアン城内の地図を作っていて、既に城内の様子は把握していた。


 カリオンはジョニーに各軍団差配を任せ、自分はリリスとリサを救出するべく一直線に銅銹館を目指すと言い切った。その場に現れたオクルカとトウリにも突入手順を伝え、城内で同士撃ちを避ける算段を取り決めた。


 ――――すべて抜かりねぇ……


 驚く程に用意周到なやり方で物事が進んでいく。そして、おそらく呆気ないくらいに事は済むだろう。そんな確信があったジョニーだが、現実を見ればその印象が事実だった事を悟るしかない。


 獅子の国側の正規兵が散発的に飛び出してきて、唐突に矢を放ったり魔法を使ったりしている。だが、その全てを躱すカリオンはすれ違いざまに斬り捨てていた。


 城内の各所から煙が上がっていて、砲撃をやり過ぎた結果として城内に着弾があったらしい事が解る。


 ――――歓迎しねぇな……


 万が一にもこれでリリスが死んでいたりしたら、それこそカリオンは腹いせにシーアンの撫で斬りでも命じかねない。そんな事をすれば永遠に啀み合うだけになるのだが……


「ん?」


 ジョニーの目が何かを捉えた。彼方の地で何かが手を振っている。

 黒尽くめの男が幾人も立っていて、そんな男達に見覚えがあった。


「総員減速! 左右に気を配れ! 各路地へ突入する! 手勢を組め!」


 ジョニーの出した指示は簡単だ。大通りを縦に駆けながら隊列を作り、最後尾が入った所で左右の路地へ突入するだけ。それにより街を一気に掃討する作戦だ。手際よくやる事が最大限求められているのだから、逡巡こそが敵だった。


「用意は良いか!」


 ほぼ馬を止めて振り返ったジョニーは、最後方まで準備が出来たことを確認してから両手を左右に大きく振って路地への突入を指示した。騎兵達は馬を見事な手綱捌きで制御し、一気に路地へと突入していく。


 ほぼ同時に各所から凄まじい怒声や悲鳴があがり、それに混じって断末魔の絶叫が聞こえた。そして、手傷を負って通りに飛び出した伏兵は通りに残っていた騎兵に片付けられていた。


 あっという間の都市制圧は、ここまで積み重ねてきたル・ガル国軍の実力を遺憾なく発揮するものだ。およそ30分ほどで大勢が決したらしく、各所から制圧完了の報告が上がって来た。


「碌な抵抗勢力も無いですからね」


 ヴァルターが呆れた様にそう言い、ジョニーも『それが作戦だったからな』と何の感慨も無く応えていた。城内にいた正面戦力の大半を郊外の野戦で片付けてしまったのだから、もはや籠城して抵抗する戦力など禄に残っていなかった。


 何より、天を裂き地を揺るがすような野砲の猛攻撃により、多くの兵士が戦意を削がれ生き残る事のみに集中せざるを得ない有様だった。


「……我々が恐れてきた獅子の国とは何だったんでしょうかね」


 ヴァルターは何処かに怒りを込めた様子でそう言った。まだ見ぬ敵を恐れ、その風評に萎縮していただけだと気が付いた時、恐怖は怒りに変わり激情の炎となっていたのだ。


「眠れる龍だったって事だな」


 ジョニーがそんな事を漏らすも、ヴァルターは怒りが収まらないらしい。敵に対する怒りでは無く、実態の無い敵を過大評価していた自分自身への怒り。そして不甲斐なさへの強い反省だ。だが、そんなヴァルターにジョニーは言った。


「けどな、しっかり体制を整えた状態で、郊外で激突したらどうだったかな。今回は偶々事前に弄した策がズバッとはまってよ。先に落とした都市から仕えねぇ奴らを城に押し込めといて、使える奴は事前に外で片付けちまったから」


 解るだろ?とヴァルターを見たジョニー。そのヴァルターは苦笑しつつ太陽王カリオンの背中を見た。彼方ではオオカミの一団に囲われていたヒトの女を抱き締めていた。それがリリスであると気が付き、ヴァルターはホッと胸をなで下ろした。


 そうだ。全ては太陽王の作戦通りだ。そして、それを考えて準備して実行に移した参謀団の事前準備が全てだ。つまりそれはル・ガルの実力でありル・ガルの歴史その物だった。


 事実、街の中央に近いところで太陽王は足を止めたが、左右の大通りを北上しきった各公爵家の騎兵は中央目指して吶喊を繰り返し、アチコチから敗残兵が炙り出されてきている。その手際の良さはル・ガル軍団の経験値その物だった。


 近衛騎兵とオオカミの騎士に守られた太陽王は、その様子を眺めつつ何事かを指示している。そして、ややあってジョニーとヴァルターを呼び寄せるように手招きした。


「行くぞ」


 ヴァルターの背中をポンと叩いて走り出したジョニー。太陽王の手前で馬を降りて歩いて行くと、ヒョウか何かの死体を前にリリスが居て、その傍らには凄まじい殺気をまき散らしているリベラが居た。


 カリオンはその場で次々と報告を聞いていて、手際よく指示を出しつつ次の段階へ移ろうとしていた。


「お疲れさん。そいつは何だい?」


 リリスの隣に割って入ったジョニー。リリスは左右の聞き耳が無い事を確かめてから、銅銹館の女主だったドーラの双子らしい存在ドレッドを説明した。そして同時にララの行方を掴んだらしい事を漏らし、ジョニーが顔色を変えた。


「ドーラは城内に離れを持っているけど、おそらくそこにララが居るはず」


 リリスの説明では、この2ヶ月ほどでドーラの態度が大きく変わったとのこと。もしかしたらララを責め立てて全てを吐かせ、リリスの正体に気付いていたのかも知れない。だが、仮にそうであればもっと違う結末になっていたかも知れない。


 リベラの存在で救われていた可能性もあるし、ドーラとドレッドの関係で手を出されなかっただけかも知れない。ただ、いずれにせよ、その離れの場所はリリスも知らないと言うことだった。


「おぃエディ!」


 カリオンを呼んだジョニー。だがカリオンは手でそれを制して先に報告を聞いていた。ジダーノフ家の騎兵があげている報告では、城下の執政官執務練にシンバが居るとの事だった。


 アリョーシャはシンバを捕縛して良いか?と上申してきた様だ。さすがに獅子の国の皇帝を縄に掛けるのは拙かろうと躊躇したらしい。しかし、ここまでル・ガルを苦しめてきた国家の最高元首だから見て見ぬフリも出来ないのだ。


「ジョニー。ここを頼む。オクルカ公と俺でシンバと話をしてくる」


 カリオンが目指す者は簡単だ。ル・ガルに手を出すな。ル・ガルを含めたガルディアに手を出すな。その上で交易などの交流を図るなら歓迎すると言う政治的な折衝を行うものだ。


 そもそもル・ガルが開戦に至った一番の理由は、異なる文明圏との緩衝地帯を設置する事だ。その上で交流や交易を求めるなら、それはそれで歓迎するしこちらとしてもそれを望むというもの。


 それを思えば、ここでララとタリカを奪回したう上でシンバに謝罪させ、それで本国に送り返せば万々歳と言えるのだが……


「あぁ。解った。残敵の掃討と各部の解放だろ? 奴隷の身分解放とかも合わせてやろう。彼女の事は心配するな」


 リリスを指差して笑ったジョニー。そのリリスはリサを抱きながら笑っている。もはや問題有るまいと誰もが思った時、彼方から銃声が聞こえた。例の新式銃だと思った瞬間、ジョニーは銃声の方向に身体を向け、リリスを陰に入れていた。


 同じようにヴァルターも身を挺して立ちはだかり、流れ弾から護るようにしてリリスの前に壁を作った。一瞬の間にそれをした男ふたりの潔さは驚く程だが、同時に銃声の理由を皆が考えた。そして……


 ――――陛下!

 ――――報告致します!


 彼方からドリーがやって来た。スペンサー家の突撃には同行せずキャリの側近として付いていた筈なのだが、ここでは単騎で姿を現している。その事実にジョニーは思わずカリオンを見ていた。


「どうしたドリー! キャリはどうした!」


 カリオンも思わず手荒い声を上げていた。だが、馬を飛び降りたドリーは苦々しい表情で報告を始めた。それは、その場にいた全員が思わず天を仰ぐような予想外のものだった。


「はっ! ネコの騎士団が約定が違うと文句を言っておりまして、それを宥めに掛かった若に対し斬りつけました!」


 その瞬間、全員がグッと厳しい空気を帯びて怒りを露わにした。『それで?』と続きを求めたカリオンだが、その声音はまるで冥府の魔王もかくやと言うもの。


「若は見事な剣捌きで受け流し後退しましたが、ネコの騎士が数名、執拗に若を追いまして、アッバース銃兵が斉射を行いネコを撃退したものの、今度はネコの騎士団が一斉に魔法を使おうとした為、大隊規模での制圧射撃となりました!」


 その結果がどうなったかは聞くまでも無いだろう。大隊規模で射撃を受ければ大変な事になる。どれ程魔法が強かろうと、詠唱を必用としない新式銃による面射撃には敵わないだろうし、縦しんば間に合っても銃兵は複数存在する。


 結果、ネコは折れたくも無いのに折れざるを得なかった。そして、最初に手を出した事を忘れ、逆上して大騒ぎしているのが関の山だ。


「……ジョニー」


 呆れた口調で腹心の友を呼んだカリオン。

 そのジョニーも苦虫を噛み潰したような顔で首肯しつつ言った。


「憲兵中隊は俺と一緒に来い。事態の収拾を図る」


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