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正体を見破る者

~承前




 鈍く光る砲口は、その全てがシーアンの大手門を狙っていた。

 砲撃の準備を整えたアッバース家の砲兵は、いつでも全力砲撃できる体制を整えていた。


 ――――すべて焼き払え


 その命が下るや否や、20門の大口径砲による砲撃が開始されるだろう。石積みで拵えられた大手門の全てを粉砕し、一気に騎兵がなだれ込む作戦だ。


「そろそろですね」


 揉み手をしているウォークは、まるで遠足前の子供だった。油断すれば今にも尻尾を振り出しかねないほどに高揚しているのが手に取る様にわかるほどだ。


「少し落ち着け。お前らしくもない」


 呆れたように言うカリオンだが、ル・ガル陣営の首脳部は誰もが期待に胸を膨らませているような状態だった。それは、とりもなおさず騎兵の本懐その物だから。銃兵が主力となった今ですらも、多くの騎兵は槍を手放さない。


 それを知っているからこそ、カリオンは早朝のミーティングで全員に告げた。本日突入と相成った場合、銃は同士討ちの危険がある為に主力とはせず、槍を持って手で戦う方針だ……と。その言葉に全員は沸き返ったのは言うまでもない。


 前夜、連合軍本部において各軍との折衝に臨んだカリオンは、近衛将軍ジョニーの口を経由し、明日正午まで獅子の国側に時間を与えたと説明し了解を求めた。愛娘の奪回を狙っているのだから当然だとキツネやトラは理解していた。


 ただ、そんな事に興味のなさそうなネコは関心を示さず、むしろ突入時には我等も加わりたいと強く要求してきた。それが城内における乱暴狼藉宝探しの為である事はすぐに理解できたのだが、カリオンはあえて不問にしていた。そして……


 ――――掛かる件は各々が無制限に責任を負うべし


 と、ネコの狼藉には目を瞑るが、問題を起こしたら責任もって解決しろと釘を刺したのだった。キツネもトラも薄笑いで首肯し、太陽王の慧眼には恐れ入ると称賛を惜しまなかった。


 ただ、それだけでなく何故かネコの側も『話の解る方だ』と満足そうであった。話をちゃんと理解しているのか?とカリオンも訝しがったが、その前に将軍ヨリアキが『東へ陣取る故よしな』に……と言い残しその場を離れた。


 そして、トラやウサギはイヌと共に突入せんとするので、よろしく頼むとカリオンに依頼してきた。消去法的にネコは西側を担当する事になり、『明日が楽しみだな』と呑気なことを言い放って自陣へと帰って行った。


 ――――あれ、ぜったい解ってませんよ?


 と、怪訝な顔でウォークが言うも、カリオンはカリオンで『やむをえまい』と吐き捨て、『最終的解決も視野に入れなければな』と漏らしていた……


「陛下。まもなくです」


 ル・ガル本部に設置された時刻表示器が正午まであと僅かを皆に伝えた。コンパスと日時計を組み合わせた原始的な時計だが、太陽が輝いている限り時間は正確な代物だ。


 そんな時計がまもなく正午となる頃、カリオンは右手を上げて砲兵に砲撃準備を指示した。その後ろ姿を見ていたキャリは怪訝な表情となり不安げですらある。


「大丈夫かな……」

「姉上ですかな?」


 ボソリと漏らしたその言葉にドリーが反応する。不安そうに『えぇ……』とキャリは応え、迂闊に砲撃して一緒に焼き払ったりしたらどうしよう?と、そんな不安を抱えたまま、父カリオンに言い出せないで居た。


 ――――家族よりも国家を優先しなきゃ……


 キャリもその事実を何より重視していた。だが、そうは言ってもやはり心配なものは心配だ。野砲の威力は嫌と言うほど理解しているだけに、巻き沿いを喰らったならばどうなるかは説明されるまでもない。


「陛下も憂慮されている事でしょう。ただ、それでも強行なさる以上は何か目算があってのこと。少なくとも陛下は打算や偶然を頼る方ではございませぬ」


 ドリーは信頼溢れる声でキャリを宥めた。実際の話しとして、カリオンの王としての能力を言うならば、危ない橋は渡らない主義だし、石橋は自分でたたき壊して納得いくものを拵えてから渡るほどに慎重だ。


 そんなカリオンが構わず大手門をぶち壊そうというのだから、それはもう確実に何かの情報を掴んでいるのだとドリーは思った。ただ、それと同時にそこに思い至ったドリーは、それを自分に教えてくれないという点で軽い妬心を持った。


 ――――陛下は信用して下さってない……

 ――――自分は陛下から信頼されていない……


 それが男の嫉妬なのは言うまでも無い。そしてやたらと厄介な物でもある。その類いに共通するのは、相手の感情よりも自分のそれを優先するナチュラルな自己中の精神だ。


「……なら、良いんだけど」


 なおも不安そうなキャリは、シーアンの城壁と大手門を見ていた。その壁の向こうに姉ララが居る可能性をイメージしながら。そして、ふとキャリは気が付く。既に兄ガルムではなく姉ララになっている事に。


 頭の中に浮かんでくるイメージは、あのガルディブルクで見た女中姿だったり、或いは城内を親衛隊の赤い腰帯を巻いて歩く、女騎士姿のそれだったりだ。そして時には母サンドラと並びふんわりゆったりデザインの服で寛ぐ姿。


 ――――姉貴……


 母サンドラも他人の目で見ればグラマラスで豊かな体型だ。そんな容姿をそっくり受け継いでいるララは、劣情滾る男にすればほっておかないだろう事など想像に難くない……


 ギリッと音を立ってて奥歯を噛みしめたキャリ。だが、それよりも数万倍大きな音が唐突に響いた。カリオンの右手がパタリと前に倒され、野砲が砲撃を開始したのだ……



 ――――――同じ頃



 まるで遠雷の様な砲声を聞きながら、ドーラは腕を組んで窓の外を眺めてては溜息をこぼしていた。シーアン市街にある銅銹館は地上3階地下1階の石積みで、火災への対策は万全と言えるものだった。


 基本的には木造家屋の多いシーアン市街にあって、この建物は石積みな上に地下室を持っている。その印象はまるで砦のようで、その辺りもリリスが違和感を持った要因だった。


「やれやれ…… 本当に始まっちまったねぇ…… 血の気の多い連中はやだねぇ」


 普段のドーラとは似ても似つかぬ口調でそう切り出したケダマの女は、盛大にため息をこぼしなからそう言った。そして、不機嫌そうに髭を揺らしながら、思案に暮れるように遠くを見ている。その姿はまるっきり他人だった。


「……どうなるんでしょうか?」


 不安そうな表情を浮かべてリリスも窓の外を見ている。その後ろにはリベラが立っていて、どちらが従者なのか混乱しかねない姿だ。


  ――――これじゃな拙いな……


 そんな事を想ったリリスだが、リベラは既に臨戦態勢になっている。そしてここでは、どう見てもただ者ではないドーラを相手に正体をごまかす事ですらも忘れていた。


「……まぁ、なる様にしかならないだろうね。兵隊さん方は全く歯が立たなかったんだって言うのさ。だからね、黙って現状を受け入れるだけだよ」


 諦観を露わにしたしたドーラは、そんな言葉で虚無感を漂わせた。そんなタイミングで彼方から酷い断末魔の声が上がり、大手門の方に濛々とした砂塵が沸き起こっていた。


 ――――城門が破壊された……


 凄まじい砲声が続いていて、厳重な魔法防御が施されていたはずの大手門も、今は濛々たる砂塵の中に消えている状態だ。あとはもうル・ガル軍団が中に流れ込んでくるのが目に見えている。


 そうなった場合、自分はともかくここはどうなるだろう。短い間ではあったが、それなりに楽しくやった館の女たちはどうなるだろう。そんな事を思ったリリスは深窓の令嬢よろしく他人を思いやっていた。


「ところでリースさんや」


 再び窓辺にやって来たドーラは、怪訝な顔で彼方を見ながら切りだした。

 率直に言えば『来たッ!』としかリリスは思っていなかった。


「なんでしょうか?」


 努めて普通を装ったリリス。しかし、ドーラは全てお見通しだと言わんばかりの顔になってジッと彼女を見ながら、いつもよりやや低い声で言った。いつもと違うその声は、ドーラでは無く別の誰かのそれだった。


「そろそろ正体を明かしちゃくれないかい?」


 そこまで言い切り、ドーラはニヤリと笑った。もはやリリスがただ者じゃ無いのは隠しきれない。ネコの国にいる旦那お気に入りのヒトで、ここではリベラが身元引受人の主代理という事になっていた。


 だが、現状を見ればそんな事はウソだと誰でも解る。リベラはリリスを守るべく臨戦態勢になって居るし、リサは完全に懐ききっているのだ。故にドーラはその正体を知りたいのだろうとリリスは考えた。だが……


「正体って……どういう事ですか?」


 不思議そうな顔をしてドーラを見つめたリリス。

 ドーラは薄く笑ってから言った。


「どう考えたっておかしいじゃ無いか。アンタは幾人も男を転がして城下に争乱の種を蒔いて、本当に上手いもんさ。それだけじゃ無い。調べたんだろ?水晶亭を。あの中に娘でも居るのかい?」


 全てお見通しだと言わんばかりの口調でドーラは続けた。


「幾人も人を使っていた人間はね、だいたい同じ様な特徴を持つのさ。言葉にしろって言ったって出来ないモンだけどね、解るんだよ。同じ事をしている人間にゃ。それにアンタは……少なくとも平民じゃ無い。何処かの貴族のお姫様だろ?」


 ――――――――――オヒメサマダロ?


 その言葉が出た時、リリスは無意識に窓の外を見た。何で見たのかは説明出来ないが、瞬間的にそれをした。ドーラがこっちを見ているのは判っていて、それでも視線を切った。いや、切ってしまった。明確な悪手だが、無意識にそれをしてしまった。


                           ……まずい


 何がどうと説明出来ないが、それでもこれは拙い。

 だが、窓越しに外を見ていたその彼方で、驚く様な爆発が発生した。


「……魔法?」


 ポツリとリリスがそう呟いた瞬間、連鎖的にいくつも大爆発が続いた。その爆発が魔法では無く砲弾の炸裂によるものだとリリスが気が付いた時、外が一気に暗くなった。爆発による黒煙と砂塵で太陽が遮られたのだ。


 そして、外が暗くなったことによってリリスは気が付いた。リベラが明確な殺意を持って臨戦態勢になり、ドーラを狙っている事に。一瞬だけガラスに反射させてリリスと視線を交わしたリベラは、いつでもドーラを殺せる体勢になっていた。


「……館長はどうなんですか?」


 リリスは何処か覚悟を決めてドーラを見ながら言った。時間稼ぎでもあるし、リベラに待てを指示する意味でもあった。だが、それ以上にリリスの興味が勝ったのだ。どう考えても異常な設備を持つこの銅銹館の女主はおかしいのだ。


「そりゃどういう意味だい?」


 遂にリリスが釣れた!とドーラは僅かに表情を変えた。

 ただ、グッと厳しい声音になって、そして口元から牙が見えている状態だった。


「……この建物、ただの妓楼にしては余りに豪華すぎますし、それに……」


 何かを言おうとしてドーラと視線が合ったリリス。だが、その視線を闘わせた瞬間、リリスには明確なビジョンとして様々なものが伝わってきた。そしてその中にララの姿を見た。


「館長。あなたは一体何者なんですか? 時々ですが、まったく別人に見えることがあります。まるで1つの身体に2つの人物が宿っているような」


 リリスは遂にそれを口にした。今の今まで疑問と言うほどでは無くとも感じていた違和感だ。やたらと卑屈な亡八の女主でいる時もあるし、ちょっと足りない息子達を慈しむ母親の時もある。まるで完全な別人なのだが、姿形は全く一緒だった。


「……やっぱアンタは恐ろしいね。タダモンじゃ無いね。アンタの正体は何者なんだい? アタシの興味は底なしなのさ」


 ケケケと笑ったドーラ。だが、この時初めてリリスは気が付いた。その笑い方は普段のドーラとは全く違い、完全に別人だという事に。なにより、肩をいからせて揺すりながら笑う様は、何処かの卑屈な商人その物だった。


「……あっ ……そうか。双子なんですね。あなたは誰なんですか?」


 一瞬の間に全てが繋がったリリス。それを論理的に説明しろなどと言っても全く無理なことだった。だが、そうとしか考えられなかった。


「見抜いたのはアンタが初めてだよ。大したもんだ――」


 ヒヒヒではなくケケケと笑ったドーラもどきは着ていた服をスッと脱ぎ放った。肥り気味で恰幅の良い姿のドーラに化けていたのは、ヒョウの男だった。下着のように着込んでいたのは、アチコチに綿を詰めた女性的膨らみを持つ衣装だった。


 ただ、問題はそこでは無い。そのヒョウの男が一糸まとわぬ姿になった時、本来は股座にぶら下がっているはずの男性器が根元から無かった。かといってそこに女性器が有るわけでも無く、男でも女でもない存在だった。


「あたしゃドーラの双子の弟さ。自分の名前なんかとっくに忘れたよ。だからね、あたしゃ男の姿をしてる時はドレッドって名乗ってんのさ。変態の集まる巣窟。水晶亭の主だよ。女共をヒーヒー言わして責め殺すのが大好きなロクデナシだよ!」


 その直後、凄まじい爆発音が起き、建物がビリビリと揺れた。焦ったリリスがたたらを踏んだ時、リベラが背後に回ってスッとリリスを助け、同時に腰を落として構えていた。


「さぁ、アタシも名乗ったんだ。アンタも名乗んな!」


 小気味良い啖呵を切ってそう名乗ったドレッド。リリスは思わず目眩を覚え、同時に街中をリベラやオクルカやトウリ達が探し回って見付けられなかった理由を知った。ここに、こんなに近くに一番探していた存在がいたのだ。


「……そうなんだ。なら話は早いわ。私は――」


 リリスが名乗りかけた時、リベラがリリスの身をグッと引いて後方に大きくジャンプした。その直後、リリスの居たところに砲弾が着弾し大爆発した。様々なものが吹き飛び、リリスは瞬間的に魔法障壁の術を使って全てを防いだ。


 そして、その全てが風に乗って消え去った時、下半身を失ったドレッドが虫の息で床に寝転がっていた。恨めしそうな目でリリスを見ながら。


「――まだ聞こえてる?」


 リリスは瓦礫を踏み越えながらドレッドに近づいてそう言った。ヒューヒューと虫の息で居るドレッドは、ニヤリと笑っていた。


「じゃぁ教えて上げる。私はリースでは無くリリス。かつてはイヌの王の后だったのよ。そして今は色々有って魔導師って所ね。この姿は作り物よ」


 フフフと笑ってドレッドを見たリリス。その眼差しの先に居た男は、既に物言わぬ骸に成り下がっていた……


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