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開戦前夜

~承前




 シーアン郊外の耕作地帯まで残り2リーグ。


 彼方にシーアンの尖塔が見える郊外の荒れ地では、ガルディア連合軍による合同作戦会が開かれていた。ル・ガル機関がキャッチしたシンバ出陣の報を連合軍内部に公開し、各国陣営の出方を確かめたかったのだ。


 最初は好機ぞ!と盛り合った各国陣営だが、シンバ出陣に続きウォークが報告した総勢200万に達しそうな臨時徴兵による国防軍の存在に、いずこの国も顔色を悪くするのだった。だが……


「……身共はむしろ好機と捉えるが、各々方は如何に?」


 それはキツネの将軍ヨリアキの言い放った一言だ。こんな場面ではキツネの持つ獰猛な精神が如何なく発揮されて好都合だ。だが、カリオンを含めた全員が同じ危惧を感じていた。


 そう。つまりはキツネのスタンドプレーを思わせておいいて、良い所でサッと手を引く駆け引き上手な部分だ。およそキツネ相手にこれをやって勝てる種族など無い。イヌを手玉に取るネコの陣営ですら、キツネには歯が立たない。


「では、キツネ諸侯らによる先陣をお願いできるか?」


 相変わらず甲高い声でピエロ・サヴォイエは言う。そこまで言うのだからお前らが先頭に立てと煽るリターンだ。しかし、この時点でカリオンは気付いていた。既にネコがキツネの術中にはまっている事に。


 つまり、対抗意識的なモノを持った時点でキツネの術中にはまっているのだ。そしてそれは、もがけばもがくほど深みに落ちる巧妙なゲームそのものだった。


「無論。我らは彼の陣営の東方より一斉に攻め立てる。日の出の頃を利用し、我らは我らの魔法戦力と旗本騎兵衆による機動戦闘に入る事にする。ただ、少々懸念があるのも事実――」


 この絶妙な間を置く技術は、口で言っても説明できず、教えた所で真似の出来ないものだ。つまり、持って生まれた素質と共に、キツネの社会に育つ事で身に付く実戦経験の厚み。


 逆に言えば、痛い目にあった回数とも言える。そしてここでは、見事なまでにピエロが釣られた。『どのような?』と問い返したピエロだが、釣られた事すら理解出来ぬように印象付けられるやり方でキツネは犠牲を押し付けるらしい。


「――いや、所詮は民草を組織しただけの烏合の衆。稲わらを刈り取るが如くに粉砕せしめる事は容易いが、そのひ弱さ故に逃げ出す事が懸念される。陣形を整え吶喊する我らを見れば、敵意よりも恐怖に捕らわれ後方へ逃げ出しかね『ならば我らがそれを遮ってご覧にいれよう』


 キツネが自信たっぷりに言った『烏合の衆』なる言葉で、ネコは最初に勘違いを犯した。そもそも地力に勝る大型種の歩兵はそれだけで十分な威力がある筈だ。


 そして、稲わらを刈り取るが如くと言うのは、それなりに敵も陣を組んでいる場合に限る。恐怖に駆られた者たちの逃げ出す様は、とてもじゃないが止められるものではない筈だ……


「おぉ! それは心強い限り! ならば身共が陣営は遠慮なく敵陣を粉砕せしめる故に、貴公ら陣営は敵の背後を突き、追い立てられよ!」


 ハハハ!と軽快に笑ったヨリアキは、満面の笑みでカリオンを見た。ただ、その眼差しには『合わせろ』と言う言外の圧があった。それを見てなんとなく悟ったカリオンだが、それ自体キツネのペテンである事にも気が付かなかった。


「そういう事なら、俺たちトラは南部から攻めあがる。どうせ力業の前進だ。血みどろの闘争だから逃げ出すかもしれないな」


 イサバ王はシザバを見ながら笑ってそんな事を言った。キツネもネコも魔法を主力とする戦い方を行うのだが、トラはあくまで肉弾戦等を主力とするらしい。そもそもにトラと言う種族は魔法が苦手なので、やむを得ない部分もあるだろう。


 ただ、そんなトラの陣営を見ていたウサギが我慢ならなかったのか、イサバとシザバの笑い声が収まる前に口を挟んだ。


「そのトラの陣営に我らも加わろう。これで戦力としては均衡を図れるであろう」


 基本的には余り争いを好まないウサギの陣営が積極的な姿勢を見せた。その全てはキツネの術中なのをカリオンはこの時点で気付いた。シーアンの街を背にした獅子の軍勢相手に三方からの一斉飽和攻撃。戦の結末はもう見えたようなものだ。


「ふむ。大勢は決まりましたな」


 ヨリアキはニコリと柔和に笑って周囲を見た。

 ただ、その最後にカリオンを見た時、何かを訴える様な眼差しであった。


 ――――なんだ?


 一瞬あれこれと思案を巡らせたカリオンだが、ハッと気が付きひとつ咳払いをしてから口を開いた。


「ならば我が軍団は戦線全てを包む包囲線を形成し、合わせて脱出路となる辺りを完全に封鎖して退路を断とう。この戦で獅子の国に厭戦気分を植え付け、早期講和を図るのが肝要であろう」


 ガルディア連合軍の首魁であり最大勢力であるイヌの軍勢は、その巨大戦力を持って包囲殲滅の構えを取らざるを得なかった。ただ、そこで気付いたのは、これもキツネのペテンの一環だという事だ。


 そも、最大勢力であるはずのイヌが直接的にやり合う場面が想定されていない。文字通りに虎の威を借る狐状態で、後方の巨大戦力として睨みを利かすポジションなのだ。


 ――――上手く丸め込まれたな……


 最大限好意的に解釈するなら、今後の為に戦力を温存したと言って良いのかも知れない。だが、それ以上に思うのは、城内突入一番乗りを狙う見え見えの魂胆だ。彼らは城内に一番乗りで入って、宝探しをしたいのだろう。


 そも、キツネやネコにとって、戦場での火事場泥棒は正当な権利だと勘違いしている節すらあるのだ。その邪魔をするイヌの憲兵が入り込まないようにするのは、むしろ重要な事なのかも知れない……


「形は出来ましたな」


 ニンマリと笑ってヨリアキがそう言うと、ピエロ・サヴォイエもまた笑いながら賛意を示し、会議は終盤戦に入ろうとしていた、その時だった。


 突如として地響きを伴うような大音声が彼方から聞こえてきた。それは人々の発する声であることを理解するのに多少の時間を要したが、理解してしまえば声の正体が大歓声である事も理解できた。


「なんだ? この大歓声は」


 シサバ王が怪訝な声を上げると同時、カリオンの傍らに連絡将校が現れてメモを渡しそのまま消えた。全員の視線が集まっているのを感じ取ってはいるが、その前に真剣な表情でメモを読んだカリオンは、不意ににやりと笑った。


「いかがされましたかな? 太陽王よ」


 相変わらず甲高い声のピエロ・サヴォイエは中身について訪ねた。だが、一つ間を置き視線を落とし、少しばかり泳がせてからグッと眼力を入れてピエロを見たカリオンは、少しばかり声色を変えて応えた。


「出てきたようだ。シンバが。訓練中の現場に姿を現しそうだと偵察班が報告してきた。やる気十分じゃないか」


 今にも笑い出しそうなカリオンだが、それを見ていたヨリアキは『明朝、戦端を開きましょう。鏑矢を放ち口火を切れば良い』と切り出した。ただ、そこに口を挟んだのはシサバだった。


「それならそれで戦の前口上をやるべきだ。戦にだって義理がある」


 およそトラと言う種族は無駄に義理堅い傾向が強い。それは他の種族からは理解しがたいレベルに見えるレベルだが、四面四角で几帳面。なにより曲がった事が大嫌いなのだからもう仕方がないレベルだ。


「いや、敵軍は地力に勝り数も多い。奇襲こそ常道であろう。不意を突き、一気に畳みかける事こそ肝要と思われるが?」


 ピエロはそう口を挟み、ややもすれば一触即発的な空気になった。これでは先が思いやられると思いつつも、対処せねば禍根を残す。


「ならば、こうしよう」


 カリオンは一旦話を切ってから居並ぶ面々をぐるりと見まわし、周囲の意識がこちらに向いたのを確認して言った。


「ウォーク。これより彼の地へと向かい、シンバに謁見を求めよ。太陽王の名代として赴き、余の娘を返せと伝えるのだ。そして、明朝までに返答せよと。それが無き場合は……余が自らシーアンの街へ赴くとな」


 それが太陽王に出来る最大限の譲歩であり、逆に言えばル・ガルの意思を伝える行為だった。そして同時に、ガルディア連合軍の目的を正当化する最大の口上でもあった。


 恐らくはオクルカ王が息子を返せと迫っているはずだ。それに乗る様に、もう一段の要求をおっかぶせる事で、事態が上手く進んでくれれば重畳だった。


「よろしいかな? シサバ王」


 ヨリアキはトラの王にそう確認し、シサバは『無論だ』と応じた。事前に口上を述べる事が重要で、その中身は大して問題じゃないのかもしれなかった。


「うむ。では各々方、明朝に備え行動を開始しよう」


 カリオンの言葉で全員が席を立った。ウォークは『では、行ってまいります』と笑みを浮かべ出発していき、カリオンは太陽王の幕屋へと戻った。


 ――――これで……

 ――――良いのだろうか?


 ふと頭に思い浮かんだ疑念はどうにもならないものだった。ただ、転がり始めたなら、最後まで行くだけだ。これ以上の事開出来ないのだから、後は状況を楽しむだけ……


 ――――リリスにつないでおくか……


 そんな事を想いつつも事務に忙殺されていて、その頭からタリカの事がすっぱり抜け落ちているのだった。






 ――――――その晩


 霧の立ち込める草原の中で、カリオンはリリスを呼んで到着を待っていた。

 相変わらず遠くから滝の音が聞こえる真っ白な空間だ。


 思えばこの沢のモデルになった地にも随分と行ってない。それどころか、王の揺りかごと呼ばれた北府シウニノンチュも随分とご無沙汰なのだ。


 街の住人は元気だろうか。街を任せたヨハンは息災だろうか。

 アレコレと思案を巡らしていたカリオンだが、不意に沢の白い霧が揺れた。


 ――――来たな……


 カリオンは少し緩めに笑みを浮かべ、リリスの姿が現れるのを待った。

 だが……


「どうした?」


 驚いたカリオンは、先ずその言葉を吐いた。リリスは姿を現すなり、いきなりカリオンに抱きついたのだ。そして、そんな彼女の身体には、覚えの無い男の臭いが残っていた。


 ――――まさかッ!


 最初に思い浮かんだのは、シーアンの街で客を取らされたのか?と言うことだ。もしそうであれば、それを行った館の女主を八つ裂きにして殺すまでの話。後はリリスが気の済むまで泣けば良い。


 泣いた女は気が済むまで泣かせろ……とは、父ゼルの言葉だからだ。泣きたい時に泣けるのは女の特権なのだから、そんな時は腕でも胸でも何でも貸してやれ。それで気が済むまで泣かせれば良いと言っていた。


 ただ、少々様子がおかしい事をカリオンは気が付き、何も言わずにギュッと力一杯抱き締める事にした。それ以上の愛情表現をカリオンは知らないし、昔からこうやって来たからだ。


「何があった?」


 声音を柔らかくし、カリオンは静かにそう問うた。それからややあって、やっと気が済んだらしいリリスが顔を上げた。満足そうに微笑んで、カリオンの目をジッと見ていた。


「あのね……」

「あぁ」

「……口説かれちゃった」


 一瞬だけ逡巡したらしいリリスは、意を決しそう言った。だが、それを聞いたカリオンは予想通りに予想以上のヤキモチを焼き始めた。おそらくそうなると確信していたリリスは、全部承知でそれを言ったのだ。


「……どんな男だ?」

「ありがとう」

「え?」


 真意を掴めず混乱したカリオンだが、リリスは恥ずかしそうにカリオンの胸へ顔を埋めてしまった。そして、まるでその身体から溢れる臭いを自分に擦りつけるようにモゾモゾと動いた。


「シンバに会ったの」

「……真か!」

「うん。なんか……変な人だった。感情が無いンだって。けど――


 そこからリリスは一気に話し始めた。

 シンバに呼び出され、妃にするから俺の所へ来いと口説かれたと。

 そして、リサは将来的に正后とするので、まとめて面倒を見ると。


 ただ、それを聞いてカリオンが面白く無いのも当然だろう。

 それが当然であるように、空が青いことを誰も疑わないように、リリスはカリオンの后となるべくして育てられたのだ。そして当然のように、カリオンもそうなると思ってここまで来た。


「でも、ゴメン。あんまり詳しく見られちゃったもんだからさ――


 あっけらかんと笑ったリリスは、ここまでの人生で何が起きたのかをシンバに全部見抜かれたと言った。そして、自分の正体と共にカリオンもそうであることをシンバに教えたと。


 その結果、シンバはル・ガルを平定し、カリオンを宰相としたいとまで言ってのけたと報告したのだ。一瞬だけ目眩を覚えたカリオンだが、ややあってそれが千載一遇のチャンスである事に気が付いた。


 そして気が付けばリリスを力一杯に抱き締めながら言っていた。


「最高の展開だ。良くやってくれた!」


 と……

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