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難しい立場 シンバと太陽王

~承前




「無理ですよ……」


 呟くようにそう言った後で絶句したウォークだが、カリオンは真面目な顔で畳み掛けるように言った。太陽王の側近中の側近として長らくやって来たウォークだ。カリオンの無茶振りを経験したのも2度や3度ではない。


 だが、言い出したならそれなりにブレインストーミングしないと気が済まない事を熟知しているだけに、気の重そうな様子でもある。それを見ていた各公爵家の当主達は、とりあえずウォークに同情していた。


「無理かどうかはやってみてからだ。獅子の国の最高権力者が来るのだから、絶好の機会じゃないか」


 そう。カリオンは唐突に思い付いたのだ。そしてそれが、考えれば考えるほど千載一遇のチャンスに思えてきた。そもそも獅子の国を統べる王が最前線へとやって来る事など、基本的にはありえないのだから。


 だが、そんな情報が流れ飛んでいるという事は、逆に考えれば獅子の国だって相当大変なことになっている可能性が高い。そしてカリオンは更に考えた。皇帝がわざわざ戦場までやって来る事の意味と意義についてだ。


 手前味噌な可能性として、シンバなる存在はガルディアと争っている場合ではないと考えているのかもしれない。或いは、もっと大変な事が都で起きていて、身の安全を確保する為に逃げて来てる可能性もある。


 ならば!とカリオンが考え付くのもやむを得ないだろう。シーアン攻略直前と言うことで軍議に集まった並みいる重臣たちを前に、太陽王が固い決意を込め切り出したのだった。


 ――――余はシンバなる存在と直接交渉を行いたい


 ……と。


 キツネの帝やトラの王を交え、ガルディア大陸の支配階層を勢揃いさせ、和平交渉に及ぼうというのだ。戦う前から和平もなにも有ったモノでは無いが、少なくともこちらの言い分をしっかりと伝えることは出来るだろう。


 その上で必用なのは、ガルディアがガルディアでいられる為の、いわばその保証なのだ。それが甘い考えだと言われればそれまでなのだろうが、戦わずに済むならそれに越したことは無いだから。だが……


「……戦って少しでもこちらが有利になって、それで初めて膝をつき合わせられるんじゃないでしょうか」


 ウォークは現実主義らしい顔になってそう言った。どう考えても獅子の国の方が大国である以上、交渉の余地があるとは思えない。武力衝突が割に合わない状況になって初めて話し合いによる解決が図れるのだ。


 戦う前から話し合いで~などと言うのは、相手になめられて終わり。ましてや格上の存在である獅子の国なのだから、最初から話し合いで済ませようというならとっくにやっている。


「恐れながら申し上げます――」


 カリオンとウォークの話に首を突っ込んできたのはドリーだ。やはり猛闘種だけあって空気を読めずに猪突猛進を図る傾向が強い。そしてそれを等の本人が理解している節があるし、意図的に空気を読まない面も強い。


「――どんな形でも良いから、まずは相手の鼻っ柱をへし折るのは常道かと思われますぞ。シーアンを占拠し、返還交渉の過程でシンバなる存在と顔を合わせるというならば、まだ可能性がございましょう」


 良い角度で相手を一発殴って、グラッと来たところで交渉に移る。相手が本気になる前に、こちらから折れる形で向こうに華を持たせ、難しい交渉に移る。場合によっては自分の首を差し出したって良い。


 そう。太陽王の為に死ねるなら、それこそドリーにとっては本望だし、むしろそれで死ねるなら最高の栄誉なんだと納得出来ると心底信じ切っている。他ならぬ太陽王カリオンの為なのだから、喜んで笑って死ねると思っていた。


「俺もドリーの案に乗るぜ。何ら俺が先に行って大暴れしたって良い。そんで俺の首を持って詫び入れに行って、そんで和平しようって言い出しゃ良いだろ」


 美味しい所を持って行かれたドリーがやや不機嫌そうな顔になり、その役は俺のもんだと言わんばかりに口を挟んだ。


「我々だって獅子の国が怖い。だから得点稼ぎで公爵家が独走した。そいつの首を持ってきたからって言う方が効果あるだろ?」


 思わぬ形の手柄争いに苦笑せざるを得なかったカリオンは『解ったわかった』と言わんばかりに手を挙げてふたりを止めた。そのままやらせておけば手柄争いで勝手に突入し始めかねない。


「ドレイク卿やジョニー殿の案は尤もです。少なくとも手ぶらで行くには相手が悪いですよ。その気になったら最後の一兵まで戦い抜くぞと示しておいて、勝手な事をしたので成敗したと言えばメンツも立ちます」


 事務方の頂点にあるウォークらしい物言いに、さすがにカリオンも苦笑いした。ただ、少なくともこの男とて『今から行くぞ』と誰かが言い出すと喜んで付いて行きそうな気配すらもある。


 騎兵根性は抜けないモノだと熟々思うのだが、それ以上に今のカリオンにはシンバ為る存在が身近に感じられていた。それは、ふと思いだした父ゼルの一言から連想した皇帝なる立場の難しさその物だった。


「諸君らの言い分ももっともだ。ただ、余の本音も少しだけ聞いてくれ」


 カリオンはそんな調子できりだした。

 相手の言葉を否定するのは失敗への最短手だから。


「余の父がふと漏らした言葉をな、先ほど思いだした。ヒトの世界で曰く、大国を治むるは小鮮を烹るが如くと言うそうだ。小魚を鍋で煮る時は、手荒な事はせずじっくりと煮なければ小魚が煮崩れるんだそうだが……」


 カリオンが言い出した言葉に最初に『あぁ……』と反応をしめしたのは、やはりジョニーだった。太陽王カリオンの子供時代から知る男は、カリオンがそこにどんな思いを込めたのかを正確に見抜いた。


 なにより、その言いたい本音の核心部分は、ジョニー自身が散々と経験した事だからだ。他ならぬ公爵家の跡取り息子と言う事もあって、彼もまた思うようにならない幼少時代を過ごしてきたし、荒れた育ち方もしたのだ。


「きっと……シンバって野郎も苦労してんだろうな……面倒なしがらみの中でよ」


 ぶっきらぼうな物言いだが、ジョニーの言った言葉でドリーやそれ以外の公爵家当主達もまた得心した。言われてみればその通りで、ル・ガルを遙かに超える大国故に、様々な思惑で接近する者が後を絶えないだろう。


 そんな連中の甘言や佞言に惑わされず、国を導かねばならない。巨大国家の重責を一身に背負うシンバの気苦労は、他ならぬカリオンが一番よく解るのかも知れないのだ。


「それならば、やはり一撃を入れてから行うべきですよ。それに――


 続きをウォークが言いかけた時、王の幕屋へ連絡将校がやって来た。国家の中枢が勢揃いしていると言う事で一瞬だけ気圧されたようだが……


 ――――近衛将軍

 ――――補給一覧をまとめました


 それは、後方より送られてきた膨大な量の補給リストだ。ル・ガル軍団だけで100万を越えるのだから、糧秣や消耗品だけでも莫大な量だった。しかし、そのリストに躍る文字を読んだジョニーはニヤリと笑ってカリオンへと渡した。


 カリオン側近中の側近であるウォークに次ぐポジションを得たジョニーは、いまでは近衛将軍と呼ばれている。公爵でも参謀でも無い立場故に、軍を動かす上でのジョーカー的な扱いだった。


「おぃエディ。やっぱ一発ガツンとぶっ飛ばすべきだぜ」


 そう付け加えたジョニー。太陽王カリオンをエディと呼べるのはジョニーだけ。そんな男が自信を持ってそう口添えたのだから、そこには重要な文言が書いてあると全員が興味を持った。


「近衛将軍。何が届いたのだ?」


 普段から口数の少ないウラジミールが最初にそう尋ねた。その後にアッバース一門を代表してアブドゥラが『良い知らせである事を祈りたい』と付け加えた。しかし、そんな面々を前に、ジョニーはニンマリと笑いながら言った。


「聞いて驚くなよ。例のヒトの街から新式銃がどっさり届いた。新しい規格なんで新型の弾が要るんだが、そいつと合わせて銃兵の半分は新型に切り替えられる」


 その言葉で最初に表情を崩したのはアブドゥラだった。以前より報告されていた茅街の工廠で量産体制に入った新式銃は全く新しい弾丸を使用する完全な新型だ。その最大の特徴は、実包となる弾丸の薬莢までが金属製と言う事だ。


 ル・ガルと一衣帯水の関係となったトラの国などから大量の鉱物資源が送り込まれている茅街では、小型ながらも高炉が稼働し始めた。一度に扱える量は100キロ少々でしか無いが、この世界では画期的な大量生産を実現していた。


 ただ、本当に恐るべきはそこでは無い。サラマンドルなど火の精霊や良き隣人達の助けを借り、熱間加工によって鋳造を遙かに超える量産性を持った大量生産が実現されたのだった。


「と言う事は、これで銃が暴発しなくて済みますね」


 何処か安堵したような物言いをしたのはフェリペだ。シルクの火薬袋となる従来の弾丸では銃身や薬室が過熱してくると自然発火による暴発がたびたび起きていて問題になっていた。


 金属製の薬莢を持つ新式の弾丸であればその心配がない。つまり、従来よりも遙かに高い速度と密度で銃撃を加えられると言う事だ。


「どうだよ? いけそうだろ?」


 ニンマリと笑ったジョニー。ただ、その言葉を聞いたカリオンもまた、困った様な笑みを浮かべながらも首肯するのだった……






 ――――――同じ頃


「シーアン市民諸君! 並びに身を寄せている全ての住民よ!」


 雑多な種族が集まったシーアンの大広場には、推定で10万近い人間が集まっていた。そしてそこではシーアン執政官が大声を張り上げつつ、先に決定されたシンバによる勅命の重要な発表を行っていた。


「これよりこの街にシンバがお越しになる! そして、東方の蛮族国家と決戦を行う事になった! その為、本日ここに臨時となる義勇兵参加の呼びかけを行う事になった! 諸君らの勇気と自己犠牲の精神をシンバは欲しておられる!」


 勇気だの自己犠牲だのと言った所で、要するに弾避け魔法避けの肉壁が欲しいだけなんて事は説明されるまでもない。だが、シーアンの執政官が示した褒美の内容は、そんな厭世的な感情を吹き飛ばすのに充分だった。


「シンバは臨時となる民生員議会においてこう述べられた! 義勇兵となったシーアン市民には特等権を与え三代に渡り免税とする! 奴隷の身分にある者は義勇兵画の志願を持って市民権を与え、報奨として終身免税の特権を与える! そして他の都市からの避難民には望む街での在住権を無条件に与え、更に功を積んだ者には出自身分関係無く市民権を与える!」


 それは厳格な階級制度に縛られた獅子の国において、大盤振る舞いを遙かに超える大サービス的な事だった。およそこの国において、市民権というモノは文字以上の特権を意味する。


 基本的に文化的かつ文明的な生活を国家として保証するとされるのだ。故に、正業に就き一定の税を源泉徴収の形で納めてあれば、市街の食堂などで無料の食事にありつくことが出来るし、街の中で観劇などの文化に触れる事が出来る。


 つまり、市民権を持つ労働者は、無条件でパンとワインと文化に触れられる。ライオンならぬ種族であっても、市民権を持つ以上は特権待遇が保証される。それを考えれば、この義勇兵参加も大きな意味を持つのだった。


「聞いたかいリベラさんや。アンタもこれを機に義勇兵参加して獅子の市民権を得ちゃどうだい?」


 街場で執政官の演説を聴いていたドーラは、ヒヒヒと笑いながらリベラにそう嗾けた。だが、等のリベラは僅かに肩を竦めながら、小声で応えた。


「あっしぁ…… 主を裏切る様なマネは出来ないんでさぁ…… 貧民窟の中で野垂れ死にしそうだったあっしを拾って下さったんで」


 それ以上の言葉を吐かずにリベラはクルリと身を翻して歩き始めた。実際、市民権などどうでも良いのだが、少しくらいは後ろ髪引かれるような素振りを見せておいた方が良いだろう。


 そうすればこのケダマの女に身バレを防ぐ効果も、少しくらいはあるかも知れないのだ。少なくとも栄えるル・ガルにおいて太陽王の知己であるという以上の特権をリベラが思い浮かべられるはずもない。


 ならばここは、素振りだけで充分だった……


「連れないねぇ…… まぁいいさ。ケスタ。荷物を忘れるんじゃ無いよ」


 買い出しに出ていたドーラは息子達を連れて帰途に就いた。街中は各所で合戦に向けて準備が進んでいる。大通りには各所にバリケードが築かれ、アチコチでそのバリケードが崩れる細工を行っていた。


 万が一にも市街へ敵軍がなだれ込んだ時、バリケードと周辺家屋を崩してしまって完全な移動障害化する手立てだった。そうすれば魔法攻撃を行う上での重要な足止め効果を発揮出来るだろうと言う読みだ。


 ――――これで良いのかねぇ……


 ふとドーラがそんな事を思う現状だが、これ以上の対策など誰も思い付かない。話しに聞くイヌの軍隊は、空に何か爆ぜる弾を飛ばしてくるのだという。それが投げ込まれると、家出も便所でも木っ端微塵に吹き飛ぶのだとか。


 そんな物で攻撃されてしまえば、正直逃げ場など無いのが目に見えている。そんな状況で移動障害を作られてしまっては、返って死傷者が増えるのは自明の理だ。


「…………………………」


 言葉も無く街中を眺めるドーラ。その脇を見覚えの無い種族の若者ふたりが通り過ぎて行った。真剣な顔で相談するふたりは、どんな褒賞を貰うかで盛り上がっているようだった。


 ――――――俺は南部の街に市民権を請求する

 ――――――南部出身だからな


 ライオンならぬ種族の若者が、何でこんな北方へやって来たのか。それをは聞かぬのも獅子の国のマナーだ。誰かの奴隷として北伐に参加したか。それとも、誰か名のある武官の付き人としてやって来たか。


 未来の暗い身の上では、一発逆転の夢を見て軍属に志願するなど良くある話だ。命を危険に晒して挑む以上は明確な恩賞を必用とする。逆に言えば、身の上を遙かに超える大逆転を目指すなら、命を危険に晒す博打へ挑む必用がある。


「……シンバねぇ」


 ボソリと呟いたドーラ。それを聞いていた四男ケスタは『なんか言った?』と母ドーラに尋ねた。


「なんでも無いよ。あんた達は志願なんてするんじゃ無いよ」


 それは、母の純粋な願いだ。ケスタは『へいへい』と応えつつ、何処か眩しそうに若者ふたりの後ろ姿を見ていた。やがて来る筈のシンバがどんな存在だかすら知らない者だらけだ。


 そんな存在に良い様にされるというのも癪な話だが、逆に言えばシンバという存在はおよそ1億国民の命を背負っているのだ。だとすれば、大盤振る舞いをしてでも戦力を集めたいと願うのも仕方が無い。


「ママ。シンバってどんな人だろうね」


 ケスタはボソリとそんな質問をした。

 だが、それに対するドーラの回答は、余りにも意外なものだった。


「生まれてこの方、不平不満を一つも言えない難しい立場の子さ。申し訳無いが、可哀想なもんだよ。けど、この国には必用なんだ……」


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