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気象操作魔法による戦い

~承前




 ジェンガン陥落から1週間。ガルディア連合軍は順調に進撃を続け、目標とするシーアンの南部にある小都市ナンジンに到達していた。


 ――――随分と呆気ないですな


 そんな言葉がキツネサイドから漏れるほどに拍子抜けの進軍。道中で何度かは威力偵察と思われる獅子の側の接触もあったのだが、そのどれも鎧袖一触に蹴散らしていた。文字通りに鎧袖一触なのは、獅子の側にやる気を感じさせないからだ。


 ――――何かを企んでいますな


 人の悪意には目敏いネコの側がそんな言葉を漏らす。そもそもネコという種族は他人を騙し、誑かし、罠に落とす事に抵抗がない。騙される方が悪い文化の世界では、どうしたって他人の悪意には敏感になるのだろう。


 同じく騙しあいを得意とするキツネの場合は、どちらかと言えば双方が正々堂々の騙しあいを仕掛けてうまく丸め込もうとするもの。但し彼等の場合は騙される方への愛情があるし、手打ちにするポイントも心得ている。


 その意味ではネコの仕手戦等は熾烈を極める。要するに、負ければ誰かの養分であることに社会全体が理解を示しているのだ。だからこそネコは情報を大事にし金よりも価値があるものとして扱ってきた。


 ――――偵察が欲しいですね 


 ぼそりと漏らしたウサギの弁にある通り、敵の情報があまりに少ないのが問題になり始めていた。ジェンガンを陥落させた勢いでナンジンを攻略したいが、攻め落とした後のビジョンがガルディアサイドに無いのだ。


 敵地を占領して経営するなどと言った経験が無いのだから、ある意味でそれもやむを得ない事なのだが……


『ナンジン攻略について腹案があるので説明したいのが、よろしいか?』


 カリオンはそう切り出し、ジェンガン脱出市民が逃げ込んでいるナンジンについての攻略と今後の戦略について提案説明した。その凶手ぶりに皆が表情を悪くしているが、それもやむを得ないだろう。


 人を騙すことに抵抗がないネコやキツネだけでなく、トラやウサギまでもが同じ認識を持った。そう。つまりはイヌの本質だ。バカが付くくらいお人好しで、自分が損をしてでも信義を貫くのがイヌの美徳。


 だが、逆に言うと敵に対する態度は非情を通り越しているし、勝つためであればどんな非道な措置も平然とやってのけてしまうのだ。言うなれば、負ける方が悪い文化。そして、負けには何の価値も見いださない社会だ。


 ――――なるほど


 ある意味、餓えてなお獅子の国への朝貢を求められたトラには、溜まりに溜まった溜飲を下げる仕打ちの作戦。獅子の国のアキレス腱を絶つ非情な仕打ちがウォークの口から説明された。それは、辛いなどと言えるようなレベルでは無いものだ。そして……


 ――――ならば我々も奥の手を出しましょうぞ


 キツネがにんまりと笑ってそう言った。

 火と鉄の試練が始まろうとしていた。





 ――――――ナンジンより1リーグ東部


「良くこれだけ集めたな」


 感心したように言うカリオン。その眼差しの先には追加となった野砲が据え付けられていた。遠く茅町から運び込まれた新式砲は8門で、従来の砲とあわせ20門の大戦力になっていた。


 それだけでなく、旧型砲にも装備できる防盾が用意され、少々の矢など問題にしない状態となっていた。補給された砲弾とあわせ強力な戦力なのは言うまでもなくあり、砲手達は早く撃ちたいと顔に書いてある始末だった。


「全くです。どう見ても5万規模ですよ――」


 カリオンの言葉にウォークがそう応えた。

 それは、こちらではなく獅子の国側の戦力だ。


「――恐らく全て魔導兵でしょう。ジェンガンからとっとと脱出させたのは、この為だったのですね」


 ナンジンの手前でガッツリと防衛線を敷いた獅子の側は、防御ではなく攻撃型の魔導師を複数段に別れ配置させていた。これなら各々の魔導師列が足止めラインとなりうる配置だからだ。


 だが、その全てを食い破ってでも進撃する必用がイヌにはある。言葉には出さぬまでも僅かな機微からカリオンのイライラが漏れ始めている。ウォークを筆頭に全員がその理由を嫌と言うほど理解している。


 ――――姫は大丈夫だろうか?


 なんだかんだ言いつつも、ララが行方不明になってから数カ月が経過している。その行方は全くつかめず、シーアンの内部で活動しているトウリやオクルカからも報告が上がってこない。


 夢の中の定期会議については、カリオンが存在すら明かしていない関係で誰も知らないのだ。つまり、カリオンが見せる焦燥感は、ル・ガルの緊張に直結しているような状態になっていた。


「ん? 雨ですね?」


 先ほどまで快晴だった空が俄かに曇りだし、間髪入れずに雨が降り出した。ただ、その直後に冷たい風が突風となってやって来て、酷い嵐のような状態になった。横殴りに叩きつける雨は驚くほどに冷たく、まるで真冬の氷雨だった。


「陛下! 陛下! とんでもねぇこってすぜ!」


 血相を変えたトラの魔導士ルフが大声をあげながら本陣にやって来た。思わず強い声で『落ち着け』とカリオンが言うも、ルフは大声でまくし立てた。


「こりゃ魔法の嵐ですぜ! 気圧も風向きも変わってないんでさぁ! 何もない所から野分を作り出しやがった! とんでもねぇ手練れが向こうに居やがります!」


 ルフが言うそれは、魔法による天候操作だ。炎の奔流や突風。それにピンポイントで沸き起こる吹雪など魔法効果の威力は良く解る。だが、広域に大規模な魔法効果をもたらす攻撃など聞いたことが無い。


 相当な手練れによる強大魔法によるものか、それとも圧倒的多数による同時魔法効果の発現かのどちらかだろう。だが、天候操作魔法が本当に恐ろしいのは魔導士の技量云々ではない。


 天候を操作したなら、そのしっぺ返しが必ずやって来るのだ。つまり、魔法による副作用で地域の天候自体がバランスを崩し、その揺り戻しで異常気象がやって来るのを魔導士ならば知らないはずがない。


「向こうも本気になったという事でしょうな」


 何が楽しいのかは知らぬが、ウサギの代表はそんな事を言いつつにんまりと笑っていた。このような魔法効果をもたらす魔法に関して言えば、ウサギはその仕組みや結果についてのスペシャリストだ。


 そんな存在が言う『本気』なのだから、カリオンらイヌにしてみれば犠牲を顧みず勝ちに行こうとしていると解釈するのは当然の流れ。そしてなにより、ここで何とかしなければと焦っているようにも見受けられる。


「ならばこちらも全力で応えようぞ」


 カリオンは砲兵たちに砲撃の開始を命じた。

 そもそも魔法発火方式なので、雨による影響など殆ど無いのだ。


「雨ならば火が使えないので砲撃出来ないと思っているのでしょう」


 なんとも悪い顔をしたウォークがそんな事を言う。そんな側近中の側近を改めてマジマジと見たカリオンは、ふと気が付けば童顔の抜けぬ小僧だった筈の青年が、いつの間にか太々しさを備える政治家の顔になっていると思った。


 場数と経験が人を鍛えるものだが、ここまでの艱難辛苦の中でウォークが味わった筆舌に尽くしがたい苦労は報われているだろうか?と、そんな事を想った。


「どうしました?」

「いや、思いの他に新式砲が目立たぬなと思ってな」


 微妙な顔になっていたカリオンにウォークが問う。茅町から新たに追加された新式砲は旧型とほとんど変わらないデザインだが、その射程はほぼ倍を実現した画期的なモノだ。


 地道な冶金技術の向上と工作精度の細密化がもたらすそれは、一歩ずつでは有るがこの世界の基礎技術向上を実現させていた。ただ、その全てを茅街のヒトが独占している事について、多くの者が若干の懸念を示しているのだが……


「目立つ目立たぬでは無く、結果が出ているか否かが問題でありましょう」


 ウォークはそんな事を言いつつ、チラリと嵐の風上側を見やった。猛烈な風に乗って冷え切った雨粒が襲い掛かってくる。そんな寒風を切り裂くように砲声が轟き始め、ややあって見当違いなところへ着弾し始めた。


 強い向かい風による照準の不安定さは如何ともし難いモノがある。だが、この状況に限って言えばそれが吉と出ている部分があった。雨だろうが嵐だろうが野砲は砲撃を可能としている。その事実が伝われば良いのだ。


「ほほぉ…… 彼らは思いのほか優秀ですな」


 悪い笑みを浮かべた将軍ヨリアキが楽しげに言う。獅子の陣営は嵐の威力を弱め始めた。それは新たな魔法の発動――魔法障壁――構築の為の手順らしい。ややあって薄緑色に光る膜のようなモノが空中に現れた。


 風を切りながら飛んでいった砲弾はその膜に捕まり、一瞬の間を置いて爆発し始めた。合計20門の砲から放たれる凄まじい勢いの砲撃は雨霰と降り注ぐ。だが、その膜はまるで生々しい生物のようにやんわりと衝撃を受け止めていた。


「……由々しき事態だな」


 苦々しげにカリオンが漏らした。それは完全に予想外の事態だからだ。少なくとも野砲による攻撃が完全に無効化されたと考えて良いのだろう。まず雨風による攻撃の阻止が可能かどうかを確かめ、それが無理であれば受け崩す事を試した。


 獅子の国にある魔法戦術の多彩なバリエーションは、数段優れた社会を作っている事の証拠でも有る。そして、こちらの野砲は20門しか無いが、向こうの魔法戦力はある意味無尽蔵かも知れない。


「いや。ご心配には及びますまい。魔法とて無限では無いのですぞ」


 ウサギがそう言い放つ頃、先ほどまで緑色をしていた半透明の膜がほんのりと色付き始めた。まるで山並みが紅葉するように黄色へと変色したその膜は、ややあって血のように赤い色になり始めた。


「これは……どういう事だ?」


 カリオンが首を傾げる中、ヨリアキはフフッと笑ってから言った。

 ウサギと同じく魔法の研究でイヌの遙か先を行くキツネらしい視点だった。


「如何なる魔法でも魔力だけでは効果の発現は為し得ず、必ず媒体となるモノが必要になる。小規模なモノならば魔導師の指に嵌めた指輪や杖に収めた魔石で充分だが、この規模となると相当なモノが必要だろう。そして――」


 ヨリアキがジェスチャーを織り交ぜて説明するそれは、カリオンに取っては耳を疑う様な物だった。


「――例えば魂魄を持ったまま人間を魔石に変えてしまい、それを媒体にでもしない限りは、これ程強力な広域魔法など中々実現出来ない筈だ。だが、仮にそれを実現したとしても、受けた力は必ず伝わる。そしてこの場合は『媒体が壊れる』


 最後に口を挟んだのはネコだった。無表情になったピエロは生気のない眼差しをカリオンに向けてそう言った。まるで死者の目のようなそれは、恐ろしいモノを目の当たりにした人間が見せるものだった。


 だが、不意にカリオンはその真意に気が付いた。あり得ない事では無いが、もしかしたらこのサヴォイエなる集団は、ネコの女王が使う媒体としての存在かも知れないと思ったのだ。


「媒体が壊れるとは?」


 更なる説明を求めた時、どこか彼方から聞く者の魂を削るような断末魔の声が響いた。普通、音というのは風に乗って届くモノだ。だが、この悲痛な声は風では無く聞く者の魂その物を削るような響きだった。


「……これだよ。生ける者を媒体にしてしまうのだ。硬い岩でも太刀で殴れば欠けようぞ。同じように媒体を通して作られた魔法の膜が傷つけば媒体も傷つく。それが限界を越えれば――


 ピエロが説明していた時、再び何処かから女の様な声で断末魔が上がった。それを聞いていたサヴォイエ達が急にソワソワするような声。己の運命を呪うかのような声だ。そしてカリオンは胸中で『なるほど』と気が付いた。


 先に犠牲が産まれた時、彼らは天に還ったと表現しただけで特段の反応を見せなかった。だがそれは、彼らにしてみればある意味救いの可能性がある。強力な魔法発現の為の媒体となるなら……なら……なら……


「魂。いや魂魄その物が媒体なのか?」

「然様。二度と戻れぬ禁断の魔術で生み出される」


 カリオンの確認にピエロは絞り出すような声でそう応えた。そう。魂魄その物から造り出された強力な魔法の媒体となるそれは、人の命だ。そして逆に言えば、命というモノはこれだけの力を持っていると言って良いのだろう。


「ならば……その媒体となった者達を救済してやろう」


 死すらも救済になる事がある。それを解っているからこそ、カリオンは動いた。生ける者をどうやって媒体にするのかは解らぬが……


 ――――ん?


 この時、カリオンの脳裏に最悪の事態が浮かんだ。

 そんな筈は無いと思いたいが、少なくとも奴隷に生存権の無い社会だ。


 ――――まさか……

 ――――いや……


「陛下!」


 最悪の思案に沈んでいたカリオンを誰かが呼んだ。生理反応のようなレベルで首を向けると、そこには砲兵陣地からやって来た連絡士官が立っていた。


「砲弾残り僅少に付き砲撃中止を具申致します! 切札に取っておくべきかと!」


 それは野砲最大のアキレス腱だった。砲身の寿命を命数と言うが、一定の砲撃を越えての使用は破裂の危険があるので行わないものだ。そしてもう一つのアキレス腱がこれ。砲弾を撃ち尽くせば、野砲などタダの鉄の塊に過ぎない。


 明らかに狼狽を見せたル・ガル陣営首脳部。カリオンも奥歯を噛みしめて厳しい表情になった。野砲最大の弱点をガルディア各国にさらけ出したと言う部分でも残念な事態と言える。


「そうか……ならば『いやいや、ここは我らに任せられたい』


 カリオンが砲撃の中止を命じようとした時、聞き覚えのある声が何処かから聞こえてきた。それが何であるかをカリオンが思いだす前に、幕屋の中の何も無かった空間がグニャリと歪んだ。


 そして、その歪みがフワッと形になった瞬間、そこに現れたのは九尾だった。かつては如月と名乗った九尾がひとり。あのウィルケアルヴェルティと同じ姿をした真っ白なキツネだった。


「そなたは……」

「聡明なるイヌの王よ。これより先は、我らにお任せあれ」


 クククと笑った如月は再びフッと姿を消した。時間と空間を飛び越える魔術は相当高度なモノ筈だが、まるでそんな素振りを見せずに行っていた。そして、その直後に凄まじい雷名が空に響いた。


 『まさか!』と驚き幕屋を飛び出たカリオン。ウォークもすぐに続いて外に出たのだが、そこでふたりが見たものは、媒体を介さずに発動し始めた獅子の国の天候操作を遙かに超える凄まじい天候攻撃魔法だった。



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