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ジェンガン陥落

~承前




 ――――なるほどな


 ぼそりと漏らしたカリオンの一言は微妙なさざ波をもたらした。

 ジェンガン攻略の前線本部となる大本営は、かつて獅子の国の駐屯地だった場所に設営されていた。


 夜明けとともに開始された猛烈な砲撃による準備攻勢は熾烈を極め、コツコツと溜めてきたおよそ5000発に及ぶ榴弾を僅か2時間で撃ちきる激しさだった。


「……他ならぬ太陽王が驚くのだから、我々の驚愕は推して知るべしだな」


 ひきつった笑みを浮かべているキツネの将軍ヨリアキは、その凄まじいまでの威力に言葉を失っていた。そしてそれはキツネだけでない。トラを率いるイサバ王は何も言う事が出来ず、黙ってそれを見ているだけだった。


 猛烈な砲撃はジェンガン郊外に陣取ってた獅子の補助軍による強力な防衛線を完全に打ち砕き、執拗な砲撃20万ないし30万という数字で陣取っていた多種族混成軍団を全て挽肉に変えてしまったのだ。


「生存者など……ありえないな」


 イヌの見せつけたとんでもなく強力な攻撃力は、他ならぬネコに最も響いていたようだ。サヴォイエのテスタロッサとしてやって来たピエロ・サヴォイエは呆然とした表情でそれを見ていた。


 イヌとの最終決戦に向け魔法攻撃力を着々と準備してきたネコだが、魔法に頼らない全く新しいアーキテクチャーによる軍改革をイヌは進めていた。その全ては間違いなく自分たちに叩きつけられるはずだったもの……


「生存者を残さぬ戦い方というのは合理の極みだ」


 ピエロの言葉にヨリアキがそう返答した。ネコとは異なるドクトリンを持つキツネの本質そのものをネコは初めて触れたのかもしれない。ただ、そんな事よりも今は目の前に有る革新的な戦術が問題だった。


「これを散兵戦術と言うそうだが――」


 カリオンが切り出したそれは、前線でキャリが指揮している銃兵を使った散開突撃戦術だ。距離を取った状態でも一撃必殺となる武器を持った歩兵がバラバラに走って突っ込んでくる。


 従来の常識では考えられない事だが、ネコやキツネの側にしてみれば驚異を通り越して回復不可能な一撃を与えられたような物だった。


「――騎兵による段列を伴わない戦術故に指揮官の才覚が重要になる。まぁ、余もこれは受け売りでしか無いがな」


 肩を窄めてカリオンが言うとおり、これはララの編み出した現時点における銃を使った最強戦術で、しかもこれはこの世界において恐らく100年では乗り越えられない画期的な戦法だ。


 戦術や戦略の進化は武器や防具の進化とセットだが、発展成長の過程を無視していきなり登場した銃という武器は、この世界の常識や認識の全てを一気に塗り替えてしまうものになった。


「……でしょうな。少なくともあれでは対抗出来ない」


 将軍ヨリアキが指摘したのは獅子の国の側の防御戦術だった。補助軍と呼ばれる雑多な種族による肉の壁を構築し、敵側を足止めしておいて大規模な魔導攻撃を行う連係戦闘。


 これは敵側にも味方側にも高度な連係意識が無ければ出来ないし、双方共に戦列や戦陣という考え方が基本になっている。だが、守る獅子の国側にしてみれば、ル・ガル軍団による散兵戦術は予想外も良い所だ。


 そもそも、肉の壁と直接ぶつかり合わないので、足止めという重要なポイントを全く為し得ない。盾を構えて敵の足を止める補助軍は、距離を取ったまま盾を貫通出来る銃弾を放つル・ガル軍の餌食になっていた。そして……


「魔法は既に万能足り得ないのですな」


 相変わらず甲高い声でピエロ・サヴォイエがそう言った。正規軍は的となるル・ガル側の塊を絞りきれず、広範囲にばら撒く様な魔法攻撃を行っている。広範囲に炎の雨を降らせたり、或いは突風を起こしたりだ。


 だが、密になった塊で突っ込んでくる敵ならば一網打尽でも、兵士それぞれが数メートルの間隔を置いた散開陣形の場合には全く持って不効率なモノに成り下がっていた。


 そもそも、敵を屠る強力な魔法は相対的に詠唱時間を要するもの。それを広範囲かつ大規模にやろうとするなら、集団で一気に詠唱し、的を絞って集中投射しなければならない。そんなドクトリンが完全に過去のモノになったのだ。


「……魔法を主力とする者には悪夢でしか無い」


 自らをヴァーナ(下賤な者)と称したウサギの紳士は、溜息と共にそう吐き捨てざるを得なかった。本来であれば敵から距離を取って強力な魔法を投射し敵を一掃するのが魔法戦闘ドクトリンの肝だった。


 だが、現在のル・ガル軍が見せているのは全く新しい魔法の使い方だ。敵側の魔導師が集中している辺りには、魔法よりも遙かに遠距離から一気に叩ける野砲の攻撃を仕掛けている。


 砲声が轟き榴弾が弾ける都度に、集中力を阻害する重い防具を着込めない魔導師が束になって挽肉に変わっているのだ。しかも、その野砲は魔導師と違って魔力の枯渇や集中力の散逸といった弱点がない。


「まぁ、いいじゃねぇか。ガルディアは一衣帯水ってな」


 イサバ王の言葉には獅子の国に虐げられてきた者の本音が混じっていた。味方にある限りは心強いのだ。そして少なくともイヌの側には周辺国家を奴隷化するつもりは無いように見える。


 自分が得をする為なら、他人の頭を踏みつける事に抵抗が無い者たちには理解できない事だが、イヌは本気で共存共栄を願っている。少なくともその点について言えば、トラやキツネはイヌを信用していた。


 だが……


「おぉ!」


 キツネやウサギと言った魔道に強い種族が一斉に声をあえた。その瞬間、獅子の国の側から眩い光が差し込み、太陽の影とは異なる黒い影を地面に落とした。ライオンの魔導士達が共同で詠唱した強力な魔法が作用を開始したらしい。


 眩いだけでなく熱をも感じるそれは、ジェンガン防衛線となるべく敷かれていた補助軍の面々を巻き込みつつ炸裂する灼熱の召喚魔法らしい。距離を取って見ていたカリオンたち大本営の面々にも熱を届ける程の威力だ。


「……これは」


 同じように魔道の心得があるサヴォイエの面々も言葉を失うほどの魔法。数十万で待機していた補助軍の大半が塵となって蒸発し、その向こうに居たル・ガル軍を焼き払うべく放たれたのだろう。


 その証拠に補助軍の戦列が大混乱に陥っていて、不幸にも死にきれなかった者が助けを求め断末魔の声を上げていた。そこへ現れた獅子の歩兵集団は味方であるはずの補助軍を踏みつぶし、一斉に前進してきた。


 だが……


「ほほぉ……」


 感心する様にカリオンが呟く。キャリはまるでそれを読んでいたと言わんばかりに散開していた歩兵たちを分断させ、内側へ引き込むように大きな割れ目を作っていた。文字通り誘い込むような形でだ。


 そしてそれが殺し間であることは、論を待たない。砲声は次々に轟き続け、後続となるライオンの歩兵達を分断せしめた。比較的小グループとなり突出してしまった彼等正規軍歩兵は、数百メートルの距離からつるべ打ちの様に撃たれ続けた。


 そも、強力な魔法による攻撃ではあったが、ル・ガル側の被害は計上するまでもない程度なのだ。たとえそれが核攻撃であっても、即死せしめられる範囲は直径で数キロ程度に過ぎない。


 ジェンガンを取り囲むように幅2リーグ近くで散開している歩兵たちは、敵側から見れば雲や霞の様に密度の低い有様なのだ。その為、被害として減耗したのはおよそ20万の歩兵戦力のうち、僅か数千レベルだった。


 本来であればそれですらも大損害と呼べるのかもしれないが、少なくとも20万の総戦力から見れば1%に満たないものだった……


「こうなったらこっちが有利だな」


 将軍ヨリアキは待機していた旗本騎兵達に吶喊を指示した。獅子が自らに開けた穴目掛け、キツネの精鋭騎兵2万騎が一斉に襲い掛かっていった。それと同じく、ネコの一団が動き出し、キツネと争うように穴目掛け突進する。


 双方合わせ3万近い数の大軍が動き出すと、辺りに地響きと砂塵が舞い上がりはじめ、極度に視界が悪くなる中で戦の趨勢を決する一撃を入れようと両陣営の思惑が交差し始めた。そんな時だった。


【騎兵停止! 騎兵停止! まだ早い! 次の一撃が来る!】


 戦場全域に聞こえるようにキャリが叫んだ。いや、肉声として届くのではなく、ヒトが用意した通信器なる魔道具での通達だった。しかし、動き始めた騎兵はすぐに停止できないのも事実。


 急停止すれば後続に踏みつぶされる危険性があるのだ。それ故に彼等は大きく迂回するしかない。だが、その先頭が補助軍の割れ目に頭を突っ込んでしまったのなら、それはもう手遅れを意味していた。


【全騎兵は反転後退! 危ない! 危ない! あっ! あっ! 間に合わない!】


 悲鳴に近いキャリの声が響き、その僅かな所作で将軍ヨリアキも、サヴォイエのテスタロッサであるピエロも、そこで何が起きるのかを理解した。そして、もはや対処は間に合わず、どうする事も出来ない事も……


【全員伏せろぉぉ!!】


 もはやそれは断末魔の絶叫だった。キャリの声が戦場に響き渡った瞬間、先ほどと同じ強力な魔法が炸裂した。灰になった補助軍陣地の辺りに居たキツネやネコの騎兵達がその魔法の直撃を受けた。


 キツネたちは瞬間的に防御用の強力な魔法障壁を展開し、威力の減衰に努めたようだ。その甲斐あってか、即死したのは先頭にいた数百騎程で、残りは何とか死を免れたらしい。


 ネコの側はネコの側で強力な魔術を使える者は、それぞれに防御障壁を構築したらしい。そのやり方は個人主義を極めた実にネコらしいもので、間に合わなかった者は消し炭になっているだけでなく、間に合ったものがそれらを嘲笑ってた。


「300年ぶりですな」


 ピエロ・サヴォイエのすぐ近くにいた大柄な三毛のネコがそう言った。ピエロは『フム』と一言だけ返答し、やや不機嫌そうな顔になっている。だが、様子を伺っていたカリオンらは、その直後にとんでもない言葉を聞いた。


「我がサヴォイエの構成騎士で死人が出たのは300年ぶりか…… ようやく淘汰されし者が現れたのは目出度い――」


 誰もが我が耳を疑う言葉だが、ピエロは何ら悪びれる事無く平然としている。

 そしてそれだけでなく、周囲に居たサヴォイエ首領らに衝撃的な一言を発した。


「――サヴォイエの空席は公平なる決闘によってのみ埋められる掟だ。夫々に候補となる者を選出しておくように」


 完全実力主義らしい事がうかがい知れる内容だが、それ以上に問題なのは同胞の死を悼むことも悲しむ事もない部分だ。それどころか、ピエロはこれを目出度いなどと表現していて、周囲もそれに賛同している。


 およそ600とも言われるネコの長い生涯では、定員制組織の空席が発生することは組織の新陳代謝として目出度い事なのかもしれない。だが、だからと言ってそれを丸呑み出来るかと言うと、それは全く異なる問題だった。


 ――――狂ってる……


 思わず視線を交えたカリオンとヨリアキは、無言のままそんな会話をした。ネコのやり方に係るのは危険だし、味方だとすら思わない方がいい。そんな認識を新たにするのだが……


【なんて事だ!】


 キャリの嘆き節が通信器の中から発せられた。おそらく責任問題となる。そう確信せざるを得ない状況に、ル・ガル参謀陣は頭を抱える思いだ。だが……


【キャリ王子。手前はピエロ・サヴォイエだ。何も問題ない。犠牲など些事に過ぎない。死んだのではなく天に還っただけだ。それよりも勝利に邁進されたい】


 手元にあったマイクを取り上げたピエロは、なんら逡巡することなくそう言い切った。恐らくそれがネコの常識で、彼等の社会では死ぬ方が悪いのだろう。誰もがそんな事を思う中、ピエロは更に言葉を発した。


【失った者を埋め合わせる必要など考えなくとも良い。それよりも勝利が大事だ】


 勝利。そう。勝利だ。


 一時的に指揮命令系統がマヒしたガルディア軍だが、再び砲声が轟き始めた。それに続きル・ガル歩兵軍団が一斉に補助軍陣地へ総力射撃を敢行し、防衛側の統制が乱れ始めた。


 味方から攻撃され、敵ごと殺されかねない。そんな現実を突きつけられた時、それが奴隷の身分から脱する最短手だったとしても、命の方が大事なのは当然。結果として補助軍を構成する者が逃げ出し始め、ジェンガンの防衛線は崩壊し始めた。


「……宜しい。掃討戦に移ろう」


 カリオンはボソリとそう漏らした。ル・ガル軍首脳部が即座に行動を開始し、野砲陣地は獅子の正規軍陣地へ照準を修正した。轟く砲声が正規軍の陣地に死を届け始めると、明らかに獅子の国の陣営が動揺し始めた。


 ただ、その動揺の本体は正規軍では無く補助軍だった。なぜならそれは、盤石だと思っていた獅子の国が崩壊するかも知れないと言う恐怖を呼び起こしたからだ。崩壊してしまえば、約束もクソもないのだから。


「硬いモノほど脆いと言うが……」

「無様と誹るのは簡単だがやむを得まいな」


 イサバ王のボヤキに将軍ヨリアキがそう応えた。混乱が拡がっている獅子の国の正規軍陣地では、軍の高官や隊長格クラスが我先にと逃げ出し始めた。それ自体は間違い無く正しい行為だろう。


 軍を指揮し勝利を得られる人材は貴重であり、また、大事な戦力を連れ帰って温存すると言う意味でも負け戦で戦力をすり潰すのは愚かな行為だ。だが、余りに呆気ない崩壊は団結や信頼といった部分にダメージを遺す。


「実質的に二日間で攻め滅ぼされたのだ。敵にすらも同情申し上げるよ」


 ハハハと甲高い声で笑ったピエロはサヴォイエの面々に遺体の回収を命じた。それを見ていた将軍ヨリアキも死者を収容せよと指示を出した。ル・ガル軍団の死者は数えるほどで、もう既に後方送致が完了している。


 ジェンガン攻略にはもう少し手間が掛かると思ったのだが、ピエロの言ったとおりに二日間で戦闘は終了となった。


「城内へ入る。罠の類いに充分留意せよ――」


 カリオンはル・ガル首脳部にそう指示を発した。

 誰もが『御意』と返答するなか、肝心な部分の指示を付け加えた。


「――城内を探索し、友軍生存者の行方を追うのだ。


 それが何を意味するのかは論を待たない。

 ただ、だからといって他の種族がそれを飲み込むかと言えば別の話だ。


 ――――少なくねぇな……

 ――――ありゃ結構いってるよ……


 ル・ガル軍内部からそんな口さがない声が聞こえてくる。

 そう。イヌ以外の種族戦力に決して少なくない犠牲が産まれてしまった。


 ――――もめるぜ……


 名も知らぬ下士官がボソリと漏らしたのをカリオンは聞き逃さなかった。そして同時に、言われるまでも無い……と、少しばかり落ち込むのだった。

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