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次世代への夢

~承前




 カリオンらガルディア連合軍が大河イテルの畔に到着した翌日、ル・ガル軍前線本部では各種族軍団の代表を集めた戦略会議が開かれていた。各々に異なる軍事ドクトリンを持つのだから、このすり合わせは何より重要だ。


 だが、それは予想以上に大変な事だとカリオンは知った。真正面からぶつかり倒す事に特化してきたル・ガル軍団に対し、キツネの軍勢は変幻自在で臨機応変を旨とする集団だ。


 そしてそれ以外にもネコやトラやそれ以外の種族が絡んできていて、複雑に連動する機動戦闘は土台無理な状況になりつつあった。だが、ウォーク達はそこに一筋の光明を見出しているのも事実だ。


 ――――方針だけ示し各々勝手にやってもらうのが良いのでは?


 投げやりなようではあるが、逆に言えば最も合理的かつ効率的な手段。何より、それぞれの軍団の特性が生かせるのだから、これこそ最良の戦術と言える。故にまず決められたのは、大本営を設営し、各軍団首脳が一堂に会して情報の共有を徹底する事だった。


「しかし、意外と言えば意外だな」


 昼食をとりつつ漏らしたカリオンは、その手元にあった魔道具をしげしげと眺めていた。それは茅町の技術者が苦心惨憺に調整したヒトの世界の道具だった。


「通信器なる代物だそうですが……」


 やや腰が引け気味になっているウォークは、その機材を眺めながら複雑な表情だった。戦場におけるもっとも華々しいポジションとは伝令だが、この魔道具は伝令を必要としなくなるのだという。


 ヒトの兵士たちが取り扱い方を実演し、現在は各軍団の情報戦略将校らがレクチャーを受けている。電波なる魔力感応により遠隔地へ直接音声を届ける事が可能なのだという。


 そんな馬鹿なと疑った者も多かったが、目の前で実演されれば信じ込まざるを無いのだろう。本部と前線に居る兵士を直接声でつなぎ、立体的な指示を出す事が可能になるのだった。


「これにより軍団本部で方針を決定し、各軍団が自在に動いて連動する。どうだ。他国では出来ない代物だろう」


 ハハハと軽快に笑いつつ、カリオンは空を見上げた。眩く輝く太陽が自らを照らしていて、どこに居てもこれだけは同じだと思った。ただ、同時にふと頭をもたげるのはララの行方だ。


 夢の中の会議室でトウリとオクルカはシーアンでの工作を進行中だと連絡してきた。リリスからはリベラの調査により間違いなく真鍮亭なるいかがわしい店に捕らえられているのだという。


 ――――全ての者に光と熱との恩寵を……


 カリオンがそんな事を思うのもやむを得ないだろう。ただ、カリオンはそれで良くても周囲の者にしてみれば全く異なる意味を持つ。ウォークはもとより、ヴァルターや参謀衆全員が手を止め、カリオンの意識がここへ帰って来るのを待った。


「……あぁ、すまんな。余とした事が」


 太陽王は間違いなく息女の行方を案じている。王であると同時に父であり保護者なのだという事を全員が思っていた。


「一気に戦端を開き、シーアンへ肉薄しましょう」


 緊張した声音でドリーがそう切り出した。長旅の疲れも見せず、国民猟兵団は元気いっぱいで活動している。物事を為すには勢いが必要で、勝ち負けは流れが存在する。


 今ならジェンガンの街は簡単に滅ぼせるだろう。その勢いを持ってシーアンに肉薄するのが賢明であり、なにより相手に対する圧になる……


「エディ……」


 食事の席へアレックスがふらりと姿を現した。カリオンをエディと呼べる者は王府はもとより国内でもそういる者ではない。それ故に多くの公爵家関係者や王府機関職員らも、アレックスには一目置いている状態だった。


「どうした。飯時だぞ」


 口中にあった干し肉のソテーをスープで流し込み、カリオンは怪訝な顔でそう言った。並みの者ならば叱責されぬ程度の不機嫌さと取るのだろうが、このふたりの場合には面倒な報告を持ってくるなという程度の意味だ。


「いや、周辺調査が終わったんでまとめてきた。いろいろ見えて来る」


 アレックスの差し出した数枚の書類には、ジェンガンとシーアンの位置関係が詳細に記録してあった。そしてそれだけではなく、ナンジンなる別の都市が書き加えられていたのだ。


「……ナンジン……だと?」


 怪訝な顔でそう漏らしたカリオンは、読み終えたページからウォークへと回していった。それを各公爵家の面々が回し読みし、知識の共有が図られていた。ただ、問題はそのナンジンの位置関係だ。


 シーアンから南方へおよそ10リーグ。ジェンガンを焼け出された住民の多くがナンジンに収容されているとの事だ。ジェンガンには軍関係者のみが在留しており都市機能は完全に停止しているとの事だった。


「あぁ。さすがに城内までは入れなかったが、ジェンガンと同規模の街という事らしい。ただ、そこにも書いたが、現在は明らかに過収容状態で、街は混乱しているという」


 アレックスが口頭でも説明した通り、焼け出された住民を収容したナンジンは人口過密状態に陥っていると報告されていた。適正数の二倍を超える市民らが避難していて、ジェンガン再興の準備をしているという。


「そうか。ご苦労だった。偵察班を労わってくれ


 残っていた報告を読み切ったカリオンは、戦場だというのにわざわざ焼かれた白パンを齧りながら戦況図の前に立った。この前線本部からジェンガンまでは指呼の間で、一気に進めば一昼夜だろう。


 そのジェンガンを容赦なく攻め滅ぼし、その次にナンジンを襲う。ただ、ナンジンは攻め滅ぼさず適度に責め立てて嫌がらせを加え、シーアンへ逃げさせる。当然の様にシーアンは困るだろうから、そこで降伏を勧告する……


 頭の中で方針が決まったカリオンは、まず公爵家当主らにそれを説明した。その基本線は全員が同じような事を考えただけに、大きく祖語の出るものではない。ただ、問題は他種族の軍団だ。


「午後の会議までの基本資料を作成します。それを叩き台にしましょう」


 官僚の頂点にあるウォークはそそくさと食事を終え資料の作成に走り始めた。そっち側はウォークが卒なくこなすので何も問題は無いだろう。問題はル・ガルの内部にある。


「キャリ」


 カリオンのすぐ隣で食事をしていたキャリは手を止めて顔を上げ『はい』と応えた。その眼差しには強い力と知性がある。問題に直面し、叱責され経験を積み重ねる事が出来るだろう。


 ――――よし……


 何を確信したカリオンはじっと息子キャリを見ながら言った。


「俺も戦力に加わるぞ。ル・ガル全軍の指揮はお前に任せる。相談役としてドリーを置くから全体像を把握し勝利に導け」


 そのカリオンの命にドリーが目を見開いて驚きつつ、グッと言葉を飲み込んでキャリを見た。ドリーの性格ならば戦場を駆けたかろうしカリオンとも轡を並べたかろう。しかし、カリオンは全部承知でそれをさせずに本部待機を命じた。


 贖罪


 そんな事がドリーの脳裏を駆け抜け、グッとこらえて息をのんだ。まだ機会はある筈だと、そう割り切るより他なかった。ただ、意外な事にそれに口を挟んだ者が居た。参謀陣の席に居たジョニーだった。


「いや、そりゃねぇぜエディ。どっちかって言うとドリーとキャリは前線で走り回るべきだ。走らないまでも最前線に近い所で全体像を把握し、弱い所に手当てする仕事の方がいいだろ――」


 要するに前線指揮官であり戦術指揮官だ。それを出来るだけの能力があるのか?とカリオンも思うが、逆に言えばそれを学ぶ貴重な場なのかもしれない。


「――エディがここで指揮をとる。それをキャリは聞いて考えて理解して走る。走りながらもっと考えて結果を出すんだよ。その為に必用なら俺が一緒に走る。ポールも様になってきたからな。ボチボチ独り立ちだぜ」


 相変わらずな口調で口を挟んだジョニー。だが、その裏にある言葉を見抜けないカリオンではない。要するにジョニーはカリオンへ『本部に残れ』と言っている。他種族への睨みを効かせるべきだと言うのだ。


「だが『だがじゃねぇよ。だいたいだな、キャリぐらいの歳ならガンガン走り回った方が良い。痛い目にあって学ぶ事は沢山あるが、ケツの皮が剥けても平気で眠れるのは今だけだぜ?』


 ニヤッと笑ったジョニーが何を言いたいのかは誰だって解る。身体中がクタクタになって鞍上で居眠り出来るのも若者の特権だ。そんなウチに現場をよく理解させた方が良いのは嫌でも解る。


 だが、キャリとドリーの罰ゲームでも有るのだから、カリオンだって思案に暮れる部分がある。キャリは上手く育てたいが、ドリーだって上手く育てたい。だとするなら、ここはひとつジョニーと組まして戦場に立ててドリーは留守番させるか。


 そんな事を思案していたカリオンが不意に目を上げると、部屋の入口に人影があった。そして、それが誰かを判別する前に苦笑いでカリオンは言った。


「……わかったわかった。そんな目で俺を見るな」


 抗議がましい目でカリオンを見ていたドリーは一瞬だけドキリとした。抑えようと思っていた思いが目に溢れてしまったのかと訝しがったのだ。だが、その直後にそれが杞憂であったことを知る。


 再び姿を現したウォークが非常に無念そうな顔にって居たのだ。期待に胸を膨らませていたのだろうが、それが叶わず残念なのだろう。官僚の頂点であり王の側近でもある男だが、それ以前に彼もまたひとりの騎兵なのだ。


「残念ですがまた御預けですか……」


 100年の恋が破れたかのように愚痴をこぼしつつ、ウォークは基本的なレイアウトを入れた草案を持ち込んだ。こんな短時間で?と誰もが驚くが、長い時間をかけて作り上げてきたウォークの能力は文字通り破格だった。


「なるほど。これで良い」


 ウォークのまとめたモノを読みながら薄笑いを浮かべるカリオン。その書類を全員に回しながら顔を上げると、まだ不本意そうな表情になっているウォークが腕を組んでカリオンを見ていた。


「なんだ。お前もそんなに走りたいのか」

「当たり前じゃ無いですか。かれこれ70年は待ってるんですからね?」


 そう。遠い日に荒れ地で共に駆けて以来、ウォークはいつも留守番だった。いつもいつも膨大な事務方の仕事に溺れ、混乱する国内の統制に奔走し、問題を解決してきたのだ。


 言うなればもう一人の太陽王であり、太陽なき時に輝く月光の様な存在。そんなウォークだって王と共に駆ける事を夢みているのだ。


「……全く。次から次へと難問だらけだ。少しは俺にも楽をさせろ」


 ブツブツと文句を言いつつもカリオンは楽しげに笑う。遠い日、士官候補生の時に聞いたスペンサー卿の言う通り、国内の全てがカリオンの為に動いていることなど疑う余地も無い。


 だが同時に、父ゼルが言ったとおり全てが最終的に自分の手元へとやって来る。誰にも判断出来なくなった問題や懸案。そして希望願望要望の類い全てが上がってくる。それを見て聞いて判断して、上手くまとめなければならない。


「宜しい。ならばこうしよう」


 カリオンは一つ間を置いて決断を下した。


「余はここで本陣を作る。各種族軍団の本部を統合し、作戦本部とする。いいな」


 カリオンのきりだした方針に全員が『御意』を返した。

 事にドリーやジョニーが安心したような顔になって居たのは意外でもあった。


「次に、キャリ。お前に護衛と相談役を付ける。前線に立ち、指揮せよ。敵を粉砕し、前進せよ。目標はジェンガン正門前だ。明朝より大攻勢を開始するので、一両日中にジェンガンへ到達しろ。良いな?」


 カリオンの命に『はい』と手短に返答したキャリ。

 首肯を返したカリオンはドリーを見ていった。


「ドリー。君は『手前は若の補佐役として共に』それで良い」


 手短に希望を言ったドリーだが、カリオンはそれについて裁可を下した。カリオンと共に駆ける事を夢みたドリーだが、その前に結果を出す事が求められたのだ。そしてそれは、やがて叶うはずな夢への第一歩なのだと、ドリーは理解していた。


「ジョニー。お前もだ。キャリのケツを叩くべく同行してくれ」


 カリオンのそれは、命令では無くお願いにも聞こえるものだった。手の掛かる面倒な息子を預けるから何とかしてくれ……と、そういう風にも聞こえるのだ。しかし、だからといってジョニーが逡巡するようなことは一切無い。


 スパッと割り切り『あぁ、解った。任せとけ』と快諾した。未来へと繋がる人的投資そのものの願い。カリオンと共に駆け回った経験や痛い目にあった事を伝える役目だ。


「頼むぞ」


 信頼感の籠もった言葉を吐いたカリオンだが、やはりこのふたりの信頼関係は盤石だとウォークは思った。そして、自分が再び留守番役になったことを笑うしか無かった。だが、カリオンは唐突にウォークを呼んだ。


「ウォーク。お前もだ。キャリのお目付役を命じる」


 思わず『は?』と言い返したウォーク。

 そんな返答が出来るのは王府側近衆の中でもウォークだけだろう。


「ん? 不満か?」


 ニンマリと嫌らしい笑みを浮かべカリオンがウォークを見た。そのしてやったりの顔にウォークは露骨な不満を浮かべつつも『……わかりました』と応えるしか無かった。


 お目付役と言うからには諸々の指導や相談では無く、何をしてどうなったのかを見て聞いて覚えて帰ってくることが仕事になるのだろう。全てをカリオンへ報告した上で『どうするべきか?』と伝える役目。


「意外な役ですが、頑張ります」


 一瞬は驚いたものの、冷静に考えれば当たり前の事なのだろうとウォークですらも理解した。長くカリオンと共に二人三脚でやって来た男故に解る事もある。カリオンから見てキャリに何が必用なのかを伝える役目だった。


「宜しい。では午後の会議に備えよう」


 再び書類を読み始めたカリオン。ウォークがまとめてきた方針と理解を要する問題点は簡潔ながらも完璧なものだった。そして、当然の様に各種族軍団の代表がそれについて理解を示し、事のトラの王とキツネの将軍は最大限の賞賛を示した。


 ――――いずれ各国の都にこれを置きたいものですな


 イヌを遙かに超える魔導王国であるキツネがそんな事を漏らし、多くの種族代表が賛意を示した。相互の理解と対話こそが敵意を減じ偶発的衝突を防ぐ最大級の予防行為となるのだろう。


 これで良いのかも知れないとカリオンは思った。次の世代の頃にはガルディア大陸が再び一統され、統合国家になっているかも知れない。そうなれば異なる大陸とも競合することが出来る筈だ……と、僅かな夢を見るのだった。


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