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積年の恨みを乗り越える方法

~承前




 トゥリングラードから南下を開始しはじめて5日目。

 大軍団となったガルディア連合軍は早くもフィエンの街に到達した。

 地道な街道整備と道中往来の便宜を図る支援設備の賜物だろう。


 ――――無駄では無かったな


 そう感嘆したカリオンの言葉通り、ここまでは全く問題無く行軍が完了した。

 ただ、逆に言えば問題無く進捗したのは行軍だけと言って良い状況でもある。


「……どうだ?」


 心配げにそうたずねたカリオンは、酷く気を揉んでいる状況だ。『概ね問題はないようです。まぁ、ロシリカが上手く抑えているのでしょう』とウォークが回答すれば、カリオンは『……そうか』と小さく呟いて胸をなで下ろした。


 そもそも問題の発端はトゥリングラードにおける全体顔合わせの席だった。ロシリカと共に顔合わせの席へ出席したザリーツァの主であるベルムントは、キツネが居る事に酷く驚いていた。


 そもそも、ザリーツァ一門とキツネの一党は致命的なレベルで仲が悪い。何がどうと理屈で云々説明出来ないレベルで仲が悪い。言うなれば不倶戴天の敵であり、共存共栄などと言うモノが入り込む余地は一切無い。


 ――――太陽王!

 ――――我らはキツネと同席することは承伏しかねる!


 ベルムントは硬い表情でそう叫ぶと、ロシリカを差し措いて部屋を出て行った。後になってロシリカから聞いたところでは、かつてザリーツァとフレミナに文化や知恵を授けたヒトの多くが本気でキツネを毛嫌いした結果だという。


 彼らは口々にチイルパなる言葉を叫んでキツネの前で火でも付いたかのように暴れ回ったのだとか。フレミナの他の地域にもその言葉は残っていて、チンイパだとかチンルパなどと方言のように多様性を見せている。


 だが、その全てに共通するのはキツネを統べる帝を王と蔑称し、キツネの存在その物を否定したヒトの持つ文化だったという。彼らは意味も理由も無く、ただ純粋にキツネの存在を否定したのである。


 ――――ロシリカ

 ――――今すぐ彼らを連れてフレミナへ帰れ

 ――――問題が発生してからでは遅い


 カリオンは非常に厳しい口調でそう命を発した。

 だが、それを止めたのは意外にもキツネの将軍であった。


 ――――太陽王殿

 ――――我らへの配慮まことに痛み入る

 ――――だが不要に願いたい

 ――――我らは一衣帯水とならねばならぬ


 キツネの将軍はヨリアキと言う名で、彼の一族は代々名の最後をアキで統一しているのだという。先代将軍はマサアキで、その前はテルアキ。キツネの国で使われる独特な文字の一字を使い回す仕組みらしいが、細かい事は理解しきれなかった。


 ただ、キツネがそれを言う理由はカリオンもよくよく理解出来ていた。何故ならそれは、キツネにとっての核心的利益その物だからだ。そもそも将軍ヨリアキはカリオンへの挨拶ではっきりとこう述べた。


 ――――我らキツネに利と繁栄をもたらし給え


 と。そう。彼らキツネは至極単純でシンプルな理由により今回の戦闘に参加していたのだ。獅子の国との戦において新たな利権を確保する為の布石であり、将来を見据えた金儲けの為の遠征でもある。


 なにより、堂々とガルディア大陸内部を縦横無尽に移動できる大義名分を手に入れたのだ。彼らは独自の交易ネットワークを形成し、同時に大陸中の街へ商業進出を図っている。


 ――――我らイヌにも利のあるモノならばむしろ歓迎する


 カリオンはそう応え、将軍ヨリアキはニンマリと笑った。他の地域や種族が口を揃えて言う通り、キツネはイヌのことを何処か手の掛かる弟に見ている節がある。人口に膾炙する通り、キツネとイヌは共犯関係なのだ。


「とりあえず注意してくれ」

「畏まりました」


 カリオンの指示にウォークが早速行動を開始する。だが、それもやむを得ないだろう。キツネの将軍ヨリアキはスパッと『問題あらば我々で解決する』と言ったからだ。


 そして、キツネとガチでやり合ったカリオンならば、その言葉の意味するところは嫌でも理解出来るし想像も出来る。間違い無くキツネはオオカミを攻めるだろうし、一切の躊躇も容赦も無く亡ぼすだろう。


 そも、キツネの武士が持つ行動原理の根幹は『なめられたら殺す』なのだ。何よりメンツとプライドを大切にする彼らは、相手の持つそれを尊重する事で互いに殺し合いにならぬよう問題を回避してきた。


 だが、一度でも斬り結んだならば、痛み分けだの手打ちだのはあり得ない。どちらかが亡ぶまで徹底的にやり合うのだ。故にキツネはオオカミが手を出すまで黙っているのだろう。一度でも手を出されたならば、後は遠慮無く亡ぼすだけ。


 ……めんどうだな


 ふと、そんな気分になったカリオンだが、出来る限り顔には出さずフィエンの街へと入って行く。街の各所では様々な階層の者達が太陽王を歓待しているのだが、街の中心にある公会堂へ進んだ時、ゾクリと嫌な寒気を感じた。


 ――――見られている……


 理屈じゃ無く直感でそう感じたのだが、カリオンの視界にはそれらしいモノなど一切ない。ただ、猛烈な悪意や敵意と言ったモノの籠もった視線は、確実に相手を貫く時がある。


 見るとは無しに周囲の全てへ気を配りつつ、カリオンは出来る限りにこやかな表情を浮かべながら公会堂の前へと進んでいった。だが、その前ではクワトロ商会のエゼキエーレが待っていて、その表情は不自然に硬いモノだった。


「……どうしたエゼ。怖い顔をして」


 軽い調子でそう声を掛けたカリオン。

 だが、エゼキエーレは引きつった様な笑みを浮かべて応えた。


「まさかあんなのが来るとは聞いていなかった。最大限気をつけて欲しい」


 何を言ってるんだ?と怪訝な顔で公会堂へと入ったカリオンは、その場でエゼの言いたかったことを理解した。公会堂でカリオンを待っていたのは、共通する紋様の衣装を着込んだ一団だった。


 総勢で30名少々だろうか。同じ様な背格好の男達ばかりで、困った事に体毛や顔の作りまで殆ど同じだ。だが、同時にカリオンはそれがなんであるかを理解し、エゼが引き攣った表情になっていた理由を理解した。


「栄えるイヌの国を統べる聡明な王よ。初めてお目に掛かる」


 芝居がかった言い回しで切りだしたのは、切れ上がった眼差しを持っている細長い顔をしたネコの男だった。不自然なまでに甲高い声で切りだしたその男は、白地に真っ赤な太い縦線の入った衣装を着た騎士だった。


「我はサヴォイエ騎士団のテスタロッサ。ピエロ・サヴォイア。このサヴォイアを差配する者なり。どうか見知りおかれよ」


 テスタロッサ。ネコの国の古い言葉で赤い頭を意味するそれは、サヴォイエ騎士団の中にある赤グループの頭領であると同時に、サヴォイアと呼称するネコの国の最高戦力を差配できる権限を持っている者を指す言葉だそうだ。


 キツネの将軍ヨリアキは一言『ほぉ』と漏らし、斬り結んでみたいと顔に書いてある状態だった。だが、それ以上に驚いたのはウサギの代表である男が公会堂に入った時だった。


「……ホホホ。これはまいった。我が一族積年の思いをここで果たしたいが――」


 ウサギの中でも名家であるアリアンロッド一門だという彼は、自らのことをヴァーナと自称していた。ヴァーナとは一種の卑語であり多分に侮蔑を含んだ言葉としてガルディア各地に伝わっている単語でも有る。


 そもそもの意味はとうに失われているが、本来は人では無く獣を指す言葉だというのがガルディア人に共通する認識だ。しかし、彼は自らをヴァーナであるとはっきり言い切った。そしてそこには、拭いきれぬ負い目が垣間見えていた。


「――同じヴァーナである君らにも都合があるのだろう?」


 凄みのある笑いを浮かべたヴァーナは、真っ赤な瞳を炯々と光らせながらそう言った。場合によってはここで全面闘争に入りかねない危険な言葉遊びだ。カリオンを含めた全員が固唾を呑んで見守る中、ピエロは眉をつり上げて戯けて見せた。


「随分と失礼な物言いよの。もう一度その毛皮を剥ぎ取って海に投げ入れてしんぜようかの」


 言葉による戦いでしかないが、なにか火花のようなモノがバチバチと激突している状態だった。そしてそれは、どうやって口を挟もうかと思案する様な、実態の見えない戦いだった。


「双方とも……ここはひとつ、余の預かりと言うことで場を収めては貰えぬか?」


 カリオンは遂にそう切り出した。黙って見ていれば今にもブチ切れそうな勢いだったのだが、サヴォイエの中に入っていた紫の線を持つ者が『太陽王の酌とあらば受けぬ訳には行くまい』と手打ちを促し、ピエロ・サヴォイエも首肯して見せた。


「さすがは太陽王。度量の広きこと海の如し。ならば我らは不戦を約束しようぞ」


 何とも大業な仕草でサヴォイエの者達が両手を広げた。それはネコの作法のひとつにある親愛と友情を示すポーズだ。かつてクワトロのエゼが何度も見せていたもので、カリオンもそれは知っていた。


 ただ、ここで100%ネコを信用できるのかと言えば、それにすらも疑問符が付いてしまうのはやむを得ない。だが、それでも飲み込むしか無い。信認や信頼というものは、そうやって育てていくしか無いのだから。


「度量でも器量でも無い。余の娘が獅子の国の何処かで捉えられ慰み者にされかねんのだ――」


 カリオンは遂に本題に斬り込んだ。少々不機嫌さを漂わせているが、それはもうやむを得ないのだろう。


「――諸族間に蟠る積年の恨み辛みは忘れも無くしも出来ないだろうが、未来の為に一旦棚上げして貰いたい。このガルディアが奴隷大陸になってしまうのは、如何なる種族とて歓迎しまい」


 そこに差し迫った危機がある。友情や信頼で結ばれなくとも、危機への対処は共同で出来るだろう。カリオンはそんな風にしかまとめる術を知らなかったし、イヌの国ではそれで上手く回ってきた。


 故にこれで行こうとカリオンは決めた。呉越同舟の不安定さは目を瞑るしかないのだと思った。利だけの繋がりに何の価値も無い。だが、そんな無価値なモノにすら縋らざるを得ない状況なのだ。


「至極至言ですな。争いたいなら止めはしないが終わった後でやってくれ」


 キツネの将軍ヨリアキはそう賛意を示し、キツネはイヌと共犯関係である事を暗に宣言した。そしてそこにロシリカが割って入り、『棚上げが一番ですね』とオオカミも賛同する姿勢を示した。


「宜しいか? アリアンロッド卿」


 カリオンがそう確認した時、ヴァーナと自称したウサギの男は室内をグルリと見回して空気を確かめた。イヌやキツネやオオカミだけで無く、クマですらも醒めた視線を投げかけてくる。


「……承知した」


 それが不承不承に飲み込んだと言う事は言うまでも無いことなのだろう。だが、差し迫った窮地を前に、積年の恨みを乗り越えられるほど人の感情は単純では無いのだ。故にここからは信用と信頼を育まねばならない……


「では、早速打ち合わせに入ろう。サヴォイエ卿らも戦陣に加わるのだろう?」


 カリオンはウォークを呼び寄せ公会堂の中にル・ガルが把握している全ての情報を開示してみせた。赤心を推して人の腹心に置くことこそが、もっとも重要な事なのだ。


 だが、その情報を見ていた他の種族は、どれも一様に険しい表情になっていた。その理由を何となく推し量ったカリオンは、『補給線については着々と構築を進めている』と言葉を繋げた。


「100万の兵を養えるのか?」


 将軍ヨリアキは単刀直入にそう尋ねた。

 それは、恐らくキツネの国であっても経験の無い数字なのだろう。


「恐らくは……な。何分、我がル・ガルとて100万などと言う数字は初めての経験だ。王府の官僚は20万の戦力維持を図った過去の例を根拠に5倍の見積もりを立てている。最大限努力するだろう」


 実際にはやってみるまで解らない。カリオンは迷う事無くそう結論付け、ル・ガルの弱みをさらけ出して見せた。下手に繕ってみせるより率直にモノを言うしかないのだろう。


「まぁ、後は現場で対応だ。やるしか無いし、成るようにしか成らん。まずは早く獅子の国とやらを見たいモノだな」


 ハハハと軽快に笑って見せた将軍ヨリアキだが、そこに垣間見えるのは不安と葛藤なのだろう。それ故にカリオンは一層気を引き締めた。勝つ事でしか信頼を勝ち得る事が出来ないと思ったのだった……

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