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戦力結集


 激動の帝国歴398年が終わり、ル・ガルは399年を迎えた。

 ほんの数年前までは400年祭をどうしようかと軽口をたたき合っていた。


 だが、完全な戦時体制に入っている状況では新年の祝賀も本当に質素なものだった。そして、本来であれば新年を寿ぐ式典において5公爵の当主より挨拶を受ける太陽王も、今年は礼服ではなく戦衣を纏って城のバルコニーに立っていた。


 ――――我が親愛なる国民諸君!


 カリオンはあらん限りの大音声で国民に直接訴えかけた。大陸の中で争う時代は終わりを告げたのだと。今、ル・ガルを取り巻く異なる大陸、異なる文明、異なる文化との衝突が始まったのだと。だがそれは、形態や大義名分が代わっただけで、中身は何も変わっていない。


 ――――強い者が生き残る

 ――――弱い者は喰われて終わりだ


 弱肉強食の原則は不変の定理である。そして今、ガルディア大陸を取り巻く全ての地域がここを狙っている。生き残るために必要なのは戦う事。逆に言えば、戦わない限り自由はない。誰かに与えられる自由はまやかしでしかない。


 ――――諸君らの勇気と献身とを私は必要としている


 太陽王は国民に奮起を促した。いや、奮起では無く現実を突き付けたと言って良いのだろう。再びイヌは奴隷に戻るのか? 与えられた自由の中で自らを繋ぐ鎖の綺麗さを自慢する事になるのか?と。


 そんな言葉は王都の市民全てに伝わり、その胸を叩き、そして現実に存在する困難を乗り越えるべく団結し協力することを選択した。そんな状況をマスコミが放っておく筈も無く、全国へ配信される新聞の紙面に踊った。


 これまでの経過を振り返り、獅子の国との間で何が起きたのか。どんな問題が発生し、どうやって解決するべきか。王府の方針と今後の展望は。多くの国民が知りたがっていた所に降ってわいた太陽王の呼びかけ。それが何をもたらしたのかをカリオンが知ったのは、新年を寿ぐすべての式典が終わった15日の事だった。


「まさか……これ程とはな……」


 カリオンが驚くのも無理はない。太陽王の挨拶に続き報じられたのは、王府による国民への義勇兵参加を呼びかける文言だったからだ。


 ――――次期王たるキャリ・エ・アージン・カリオン2世も戦線におられる

 ――――そしてオオカミ王オクルカ公子息タリカ王子もだ

 ――――共に王家の義務を果たさんと奮戦されている

 ――――だが残念なことにララ姫とタリカ王子が行方不明となった


 最初に出た言葉は『またか!』であった。ララ姫の行方不明はキツネの国でも一度あった事なのだから。だが、逆に言うと時期帝の姉を救い出すというとんでもないイベントでもある。


 多くの貴族家だけでなく、莫大な数で集まった国中の男たちが目をギラギラさせながら、欲に駆られてやってきていた。皆思う事はひとつ。ララ姫の覚え目出度く取り立てられれば、一発逆転の立身出世が出来るという事だ。


「まずは喜んでおきましょう。王府の予想よりも遥かに多いのだから」


 軽い調子でウォークがそう言うが、それもある意味では無理のない話だった。王都ガルディブルクから西方へ向かって5日。西方への備えとして構築されたトゥリングラード演習場は、異様な熱気に包まれていた。


 最も寒い頃ゆえに雪もちらつく頃なのだが、周囲は小春日和のような陽気に包まれていて、皆が王の登場を心待ちにしている状態だった。


「しかしなんだ…… お前まで上機嫌とはどういうことだ?」


 普段は感情を表にあらわさないウォークですらも、どこか浮かれているかのように浮足立っていた。妻クリスティーネが心尽くしに持たせてくれた新しい甲冑を身にまとい、事務方の頂点であることを示す飾緒を付けている。


 だが、そんな事などどうでもよく、今のウォークは今にも尻尾を振りだしそうな勢いだった。だが、それもやむを得ないのだろう。長らくカリオンの側近筆頭であったが故にいつも留守番だった男が、王と共に戦場へ来ているのだから。


「そんな事はどうだって良いじゃないですか。それより早く戦役名簿を作らねば」


 ウォークは薄く笑いつつもそんな事を言った。トゥリングラード演習場に作られた事務方作業棟の中を歩く二人はちらりと外を見る。そこに居るのは国中から集まった国民猟兵団と言う名の義勇兵だった。


 速報値では55万とされているが、もっといる様な気がしてならないのだ。そもそもネコの国との決戦に備えるための施設だったので、最大で100万の駐屯を可能とする施設だ。


 いうなれば、西方の荒れ地に100万人の都市がいきなり誕生してもいいようにインフラが整えられていた。しかし、今はもう本当に100万人に手が手が届いているように見える。


「そもそもは32万だったはずだぞ?」


 叱責するようにカリオンが漏らす。そう。そもそも王府の統計局は国民猟兵団の総数を32万と予測していたのだ。だが、現実には2倍近い数が集まった。そしてそれだけで無く、予想外の存在がやって来ていたのだ。


「とりあえずは喜んでおきましょう――」


 ウォークがそういうのも無理は無い。ふたりが見ている先に居るのは、イヌ意外にキツネやオオカミや、ガルディアの全種族が揃っているかのような状況だ。


「――ガルディア大陸は初めてひとつになったんですからね」











 ――――――――帝國歴399年 1月15日 午前11時

           ル・ガル西部 トゥリングラード演習場











 新年を迎えたばかりだと言うにの、トゥリングラード演習場には大軍が結集しつつあった。ル・ガルの総力を挙げた国民猟兵団は結果的に総勢で60万を数え、事務方が兵役名簿を作るだけで1週間は掛かるとぼやく有様だ。


 だが、西方への備えとして作られた広大な演習場も、まさかそれ以上の人員で埋め尽くされるとは思ってもみなかったことだろう。見渡す限りに蝟集して居る様々な種族からなる混成軍は、膨大な数だった。


「……驚くより他ないな」


 宿営地にある鐘楼へと登ったカリオンは、ただただ驚いてその光景を見ていた。イヌの大軍を主力としているが、そこに加わったキツネの軍団は9万に及ぶ巨大戦力だった。


 それだけでなく、タヌキだのイノシシだのと言った東方種族の義勇兵がトータルで7万近く揃っていて、カリオンも初めて見る東方系のサル種族が2万の大軍を送り込んでいた。


「全くです。これでは行軍にも難儀しますね」


 愚痴るようにそう言うウォークだが、実際には満面の笑みを浮かべていた。かつてオオカミと雌雄を決するべく戦った時と同じ戦衣に身を包むカリオンは、今も大きく強く輝いて見える。


 太陽の地上代行者として君臨する太陽王の側近として、この場を歩けることがこれ程に心躍るモノなのかとウォーク自身が驚いていた。なにより、遠い日に見たシュサ帝と共に歩くカウリ卿の威厳有る姿に己を重ね、誇らしかったのだ。


「なんだ。随分とやる気じゃないか」

「……久しぶりですからね。こういうのも」


 どう返答しようかを考え、結果的にはそんな言葉を吐いたウォーク。カリオンは楽し気に笑いつつ、眼下を睥睨している。イヌやキツネに混じり、あまり見かけない種族達も馳せ参じていた。それは、正直言えば驚くより他ないもので、端的に言えばあり得ない事態だ。


「年明け早々によくやって来たな」

「全くですね。雪山を越えてきたのかもしれません」


 カリオンとウォークが感心する理由はただ一つ。そこに居たのはトラよりもさらに大きな種族であるクマだった。驚くほどの巨躯を持ち、眼光鋭く辺りを見回すクマの一団は総勢五千程度の小集団ながらもやたらに目立っていた。


 ただ、クマ以上に問題の種族がそこに居るのには、聊か閉口せざるを得ない。と言うのも、そこに居たのはウサギたちだ。純白の体毛を持つ彼等は真っ赤な瞳で辺りを見回している。


 雪原の中で目立たぬように真っ白の体毛を持つのだろうが、問題はそのなりだ。下着の類が見当たらず、体毛の上に直接紫色の燕尾服を纏っている筋金入りの変態紳士。しかもご丁寧に金時計を懐に入れ紫色のシルクハット姿だ。


「純粋な味方であって欲しいな」

「……全くです」


 他の種族と異なり、ウサギの一門はズボンやパンツ、スカートと言った下半身を覆う衣服を着る習慣が無いという。綿毛をしっかりと溜め込んだ体毛があれば暖かいのだろうが、問題はそこではない。彼等は常に下半身マッパという事だ。


「総勢でどれくらいだ?」


 鐘楼を降りながらカリオンはそう尋ねた。ウォークは手持ちのメモを広げつつ素早く計算し『総勢で90万を越えます』とだけ返答した。


「90万か……」


 それがどれ程空前の規模であるのか。カリオンは思わず眩暈を覚えた。祖父シュサが手にあました20万の大軍から100年近くが経過しているが、ついにル・ガルは100万単位での戦闘を経験するに至ったのだ。


 聞けば、獅子の国は100万の正規軍と200万規模の補助軍を編成出来るのだという。現状ですらル・ガルはそれを手に余しているのだから、どれ程に官僚機構が整えられているのかなど、想像も付かなかった。


「さっさと編成を整え出発しよう。面倒が多そうだ」


 横目でウサギの一団を見ながら、カリオンはそんな事を言った。油断すればウサギの一団が他の種族を襲いかねない。好色で男女を問わないウサギの毒牙に掛かる前に、彼らを戦場に解き放ちたいのだ。


「ですがその前に」


 ウォークは足を止めてカリオンに切りだした。

 そう。ここトゥリングラードを出る前に、重要な案件が残っている。


「そうだな。まずはそれを片付けよう――」


 カリオンは表情をグッと厳しくして再び歩み出した。進む先はトゥリングラードにある貴賓館だ。ここには各種族軍団の長が揃っていて、カリオンとの謁見を待っている状態だった。


「――将軍に会わねばならぬな」

「えぇ」


 将軍。それはキツネの国において実質的に国家運営を引き受けるべく任命される最高名誉職なのだと説明を受けた。帝は国内において最有力たる存在を将軍職に任命し、その将軍は幕府という組織を立ち上げてキツネの国を経営する事になる。


 そう。統治や支配では無く経営なのだ。国家の統治を引き受けるのは祭礼を引き受ける七狐機関。国家を支配するのは帝らによる貴族達。将軍は国家を護る為の武力を担当し、あわせてその軍を維持する為に経済を回すのだ。


「光明源氏と言ったか?」

「そうですね。5代ほど前の帝から派生した一族だそうです」


 一口に源の一族と言っても、その出自は様々だ。清和源氏が21氏族の中の一つであったように、光明源氏は源一族108家のひとつに過ぎない。源一族の中で最有力候補の中から将軍は任命される。


 その将軍が死んだ時は他の108家の中から次の将軍が選ばれ、帝によって任命される仕組みなのだという。ある意味、クーデターを防ぎ実力の偏在を容認する仕組みなのだろう。


「現状ではとんでも無い益荒男と言う事か」


 それ以上の言葉が無く、胸中で相手の存在をイメージしていたカリオン。だが、貴賓館の会談室へ向かっていたカリオンの前にロシリカが姿を現した。オオカミ一族の戦衣を纏い、代表としてやって来たのだった。


「ロシ! どうしたんだ!」


 驚いたウォークはカリオンより先に声を掛けていた。本来ならあり得ない事なのだが、旧知の関係である以上は余り問題にならなかったようだ。


「申し訳有りません。ただ、どうしても一族の者が行きたいと言うので、やむを得ず私が出ることになりました」


 ロシリカは慇懃に頭を下げてそうお詫びを述べた。だが、それでハイそうですかと飲み込めるほどお人好しなわけでは無い。カリオンは少々固い声で『どういう事なのか説明しろ』と言った。


「実は……」


 ロシリカが切りだしたのは、オオカミの各氏族の中に残る強い利権意識の発露なのだという。と言うのも、サンドラはザリーツァ出身の女で、その父はトウリで有ることなど当に知れ渡っている。


 そして、その娘であるサラやララは、世が世ならザリーツァの主に嫁いでいたのかも知れないと言うのだ。ただ、太陽王の家族である以上は、オオカミの側から口を出すのは難しい。それ故に姫を救出に行かせろとごねたのだという。


「……厄介だな」


 溜息混じりにそうこぼすカリオン。ロシリカも『全くです』と相槌を打ちつつ、首を振りながらためいきをこぼしていた。だが……


「でもまぁ、言いたい事は解るんですよ。と言うか、彼女の存在を気に掛けている男なんてオオカミの側にもごまんと居ますから。もしここでタリカが見つからなくて、おまけにオオカミの中でララを救出出来たなら、きっと自分にもって」


 それがどれ程に手前味噌な願望であるかは論を待たない。しかし、一度そんな夢を見てしまった以上は、それに向かって突き進むものなのだろう。そして、カリオンは既に気付いていた。その願望を持つ者達の中にロシリカ自身が含まれているのだ……と。


「……解った。オクルカ殿はそれを知っているのか?」


 オオカミの郷から更なる増援が出た事をオクルカは把握しているだろうか?

 場合によっては後になってカリオンが詰られかねない問題なのだから慎重を期すのは当然の話だ。


 ロシリカは僅かに首を捻りつつ『連絡を送ったのですが、届いているかどうか』と慎重な言い回しに終始した。ならば夢の中の会議室で直接言った方が早いだろうし、場合によっては上手く送り返す算段が必用だとも思った。


「ならばとりあえず私が同行を許可する。だが、オクルカ殿が帰還を命じた場合は素直に従うんだぞ?良いな?」


 カリオンは念を押すようにそう言い、ロシリカは大きく首肯しつつ『申し訳有りません』と返答していた。ただ、そうは言ってもやはり血は争えないのかも知れない。ロシリカは何処か嬉しそうにしている。


 それを見ていたカリオンは、内心で『まぁ上手く使おう』と思った。そしてグッと表情を厳しくしつつ、『先に会談室へ入っておけ』とロシリカに移動を促した。オオカミを従えて太陽王が室内へ入るのは宜しくないと思ったからだ。


 だが、これが後に思わぬ問題を引き起こす事になるとは、誰1人として思いもしないのだった。そう、全ての崩壊の引き金になる問題の発端だった……

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