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続々と参戦

~承前




「そうか……聊か面白くは無いが……順調だな」


 カリオンは不機嫌さを隠そうともせずリリスの報告に応えていた。本気で惚れた女が売春婦紛いの事をしているのだと思えば、穏やかで居られる男などなかなかいるものでは無いのだろう。


 ただ、そんな姿を遠慮無く見せるカリオンに、リリスは改めて惚れ直している部分があるし、ひとりの女として『嬉しい!』と悦びを隠せないでいる。


「今日も獅子とそれ以外の勢力が街中で大喧嘩状態になっててね。まぁ、双方ともに死傷者が出てるけど、それだけに引き下がれないみたいね。もう激突するしかないところまで来てるみたいよ」


 リリスの報告にカリオンは首肯を返した。真鍮亭が燃えてからすでに1週間が経過していて、週が明ければル・ガルは新年を迎える。だが、獅子の国では月齢基準の暦を使っているので、春節と呼ばれる新年の始まりは1月後半~2月前半だ。


 月の終わりには各種公的書類の取りまとめが行われる関係で、奴隷や各種動産関係の取引が停止される。この期間はある意味で行政機関等の絞めつけも弱くなるのかもしれない……


「そうか。で、ララは見つかった?」


 カリオンはやや重い調子でそう尋ねた。確認した相手はトウリだ。遠く獅子の国からでも時間差無しで会議に参加できるのだから、夢の中での会合は本当に便利な仕組みだった。


「……いや、残念ながら手掛かり一つ掴めない。真鍮亭の残党を捉えて徹底的に締め上げたのだが、情報を持っていなかった。ヘビの魔術師が魂を捉えて詰問したのだが、知らないを繰り返すばかりだった」


 検非違使がすでにインターナショナルな組織になっているのはカリオンも承知している。城詰であった魔導士の中から腕の立つ者を選抜してトウリは引き抜いて行ったのだ。


 彼等は真鍮亭の関係者を捉えては死ぬまでの拷問を加えていた。他の生き残りが見ている前で死ぬよりも苦しい責め苦を与え、イヌの姫をどこにやったのか?と、執拗に問いただしたのだ。その責め苦の果てで死んでしまう者が続出したのだが、今度はその死んだ者の魂を捉えて魔道で責め苦を与えたのだ。


「50人以上を尋問したが、どれも本当に知らない様子だった。真鍮亭の首脳だけが知ってるのかもしれないが、それよりも可能性として高いのは、真鍮亭の外部にいる公算が高いという事だ」


 トウリが苦々しい様子でそう言うと、リリスは表情を曇らせて首を振った。リベラの上げた報告によれば、内部に居る可能性が非常に高いとのことだ。その根拠となったのは、シーアンの街にある仕立屋が採寸に入ったと言う事。つまり、ララ本人を採寸した可能性が高い。


「……一緒に燃えてしまった可能性は無いか?」


 非常に厳しい表情でカリオンがそう問うた。勿論それは、絶対に否定したい事であり、また、許されざる事だろう。だが、一つの可能性としてそれを考慮しておかねばならないのも事実。


 リリスも少々怪訝な表情になりつつ『その可能性は否定しないけど、仮のその場合はあの子の魂自体が完全に破壊されてるって事よ』と遠回しに可能性の否定を行った。要するに、ララが死んでいたのなら自分がその魂を捕まえていると言うことだ。


「そうか……」


 その後、カリオンは引き続きララの捜索をリリスに依頼し、トウリには真鍮亭にの機能が完全に停止するよう仕向ける事を指示した。もはや出来る事はそれしか無いのだから、忸怩たる思いを抱えつつ続行するしか無い。


「全員、各々に出来る事を最大限努力してくれ。敵は焦りと不注意だ。些細な矛盾も見逃さず注意していこう」


 カリオンはそう場を締めて会議はお開きになった。意識だけが存在していた霧の草原から現実に帰ってきた時、カリオンはただならぬ気配に気付き目を覚ました。


「……バカな」


 ボソリとそう漏らしたカリオン。僅かに間を置いてサンドラも目を覚ました。ただ、2人は目の前に居る人物をどうしても現実のことだと受け入れられなかった。


「夜分遅くにお邪魔しておりまする。事前に先触れを出さなかったご無礼。平にご容赦願いたい」


 カリオンとサンドラの寝室に居たのは、純白の着物を纏った九尾だった。葛葉と名乗る九尾の長は、片隅の豪華なソファーに腰掛け、口元を扇で隠しながらカリオンとサンドラを見ていた。


「……そなたならばここへ来ることも容易かろうが」


 驚いてそれ以上の言葉が無かったカリオン。そんなイヌの王を見ていた葛葉は、フワリと中に舞い上がり、巨大な寝台の片隅にちょこんと正座して見せた。フカフカに膨らんだ九尾を折り畳み、邪魔にならぬようにしながら。


「そなたらの子女。なかなか苛烈な運命よの。されどまだ死んではおらぬぞえ」


 葛葉の切り出した言葉にサンドラが目を丸くして驚いていた。ただ、そこらの魔導士が束になって掛かってもかなわない存在がそう言うのだから、素直にそれを信じるのが良いのだろうが……


「余を謀ってはおらぬだろうな?」


 カリオンは鋭い言葉を浴びせかけ、屑は相手に凄んで見せた。理屈云々抜きにして警戒しているのだ。そう。なぜ葛葉がわざわざここまで来たのか。それもララの身の上を告げるためだけに……だ。


 逆説的に言えばそれはひとつしか思い浮かばない。そう。あのウォルドと名乗った七尾のキツネ。圭聖院なる存在の横やりである。ここでもカリオンを騙そうとしている。それを警戒したのだ。


「ホホホ。鋭いでおじゃるな。ただ、然様に警戒されずともよい。今宵は良き話が手土産じゃ」


 葛葉がふわりと右手を差し出すと、そこには驚くほど大きな水晶の玉があった。そこへ自らに魔力を流し込むと、水晶玉から一筋の光が伸び始め、寝室の壁に大きな映像を映し出した。


「将軍が動き出した。年明け早々にこの地へとやって来るじゃろう。旗本衆と母衣衆ばかり。全てで8万の大軍じゃ。共に獅子の国を目指す故、よしなに」


 葛葉の言葉に今度はカリオンが目を丸くする。実質戦力として8万もの大軍がル・ガルにやって来る。可能性的には低いが、仮にそれらすべてが牙を剥いたならひとたまりも無いだろう。


 ル・ガルの主力は獅子の国へ出払っていて、手元に残るのは近衛師団の一部と親衛隊。そして、国民猟兵団なる民兵だ。彼等を戦力化したとしても、キツネの主力とやり合うのは少々骨の折れることだろう。だが……


「心配は要らぬ。イヌの国をどうこうしようなどと不埒な事などさせぬ故に、王は安心召されよ。帝は獅子との戦にあたってこう言われた。キツネの利は獅子の西方にあり……とな」


 それだけ言うと、葛葉はふわりと舞い上がって煙の様に寝室の闇へ消え始めた。それを見たサンドラは思わず『あの子はどこにいるのですか?』と問うた。だが、葛葉はその問いには応えず、静かに首を振りながら完全に消え失せた。


「あの子を探しに行かせて。お願い」


 サンドラは今にも泣きそうな声でカリオンに訴えた。

 だが、カリオンは黙って首を左右に振りつつ、顎を摩って思案した。


「ララを救出する為には少々の事では無理だ――」


 カリオンの言葉を聞いていたサンドラが悲しみに満ちた表情になった。ただ、それを知ってか知らずかは解らないが、カリオンは渋い声音でぼそりと言った。


「――総力戦争に突入する」


 国家総動員戦。

 あくまで格上の存在に対する戦争であるとカリオン麾下の王府は理解していた。そしてそれが避けられない戦争であることもだ。今までの地域覇権国家h獅子の国だったのだが、その勢力が衰えつつあることは火を見るより明らかだ。


 こうなった場合、覇権国家は周辺国のいくつかを併呑して延命を図るのが常。しかしながら、獅子の国と接するいくつかの地域では、緩慢に衰え滅びつつある獅子の国では歯が立たないのだろう。故にどうしたってル・ガルが狙われる事になる。


「じゃぁ……直接?」


 カリオンが行くのか?とサンドラは問うた。その問いに黙って首肯したカリオンは、ガウンを羽織ってベッドから立ち上がり壁の地図を睨み付けた。


 南西へ道のりで450リーグ。ル・ガルが経験したことの無い、過去最長の外征となるだろう。だが、それは不可避な戦いである。ル・ガルを含めたガルディア大陸国家の独立戦争だった。


「オクルカ殿はまもなくレオン領だと聞いている。キツネの軍勢を吸収し、直接南西を目指す事にしよう――」


 振り返ったカリオンはサンドラをじっと見た。

 トウリの妻であった女は、いつの間にかカリオンの妻となっていた。


「――サンディの娘は俺の娘だ。必ず取り返す。キツネの国と同じ事をするだけだし、場合に行っては今後の大きな布石となる。我が国にとって重要な緩衝地帯となるのだ」


 獅子の国と直接接するのは南西のネコの国辺りでしかない。そこに広大な緩衝地帯を作り、常に侵攻に備える体制をとる。未来への投資でもあるその政策が、ル・ガルの未来に光をもたらすはずだ。


 ただ、それと同時のネコとの関係を改善する懸案の最終的解決でもある事は言うまでもない。獅子の国を削るように占領し、そこにネコの国を作らせる。ル・ガルとネコとの間にも緩衝地帯を作る。


「……何時ですか?」


 サンドラはしびれを切らしてそう問うた。ララの為にいつ行動するのか?が重要なのだ。だが、その言葉の裏には隠しきれないもう一つの感情がある。そしてそれは、カリオンにとってもつらいものだ。


 父親であると同時に国王でもある。娘の救出も大事だが、国民を最大限に保護するだけで無く、将来に亘って安全を担保する為の布石をも打たねばならない。


「事を急いてはし損じる。出来るだけ早く……だ。それ以上は……」


 カリオンは冷徹な眼差しをサンドラへと向けた。目は口ほどにモノを言う。その眼差しから何かを読み取り、言葉も無く涙を溢れさせたサンドラ。ただ、カリオンが置かれた立場を忘れてしまうことは無いし、取り乱す事も無い。


 それは、絶対に避けて通れないノブリスオブリージュだった。


「祈るしか無いのね……」

「あぁ」


 それ以上、会話のしようが無かった。ただ、憔悴仕切ったサンドラは、何かを言いたげにカリオンを見つめていた。言ってはならぬその言葉を口中で練りながら、それでも言葉として吐くことが出来なかった。


 何故なら、その言葉をぶつけるべきカリオンが全身に怒りを漲らせていたから。避けては通れぬ運命に何度も打ち拉がれ、何度も何度も悔しさを噛みしめてきた筈の男が見せる必死の忍耐を、サンドラは認めるしか無かった……






 ――――翌日




 早朝、登城早々にカリオンから呼び出されたウォークは、昨夜の出来事を聞かされ対応策を思案した。夜明け前にはカリオン直々に城の通信手へオクルカ宛の急報を打ったそうだ。


 曰く、キツネの主力がやって来るので、それと合流して獅子の国を目指すと通告したのだ。だが、その日の午後になってガルディブルク城へ全く慮外な来訪者があった。


「先触れも出さずにいきなり現れて申し訳ない。だが、話を聞いたからにゃ義理を見せねばなるまいと思ってな」


 ガハハと豪快に笑いながらそういうのはトラの王、イサバだった。従兄弟でもある宰相のシザバを従えた彼は、驚く程の巨馬にまたがってガルディブルクを訪れていた。


 聞けば、オクルカがトラの地を掠めて南下して言ったそうで、その場にてララとタリカの話を聞いたそうだ。なにより、時期王であるキャリが現場で責任者となっている事にトラは驚いていた。


「心強い限りだ。実はもうすぐキツネの主力が来る事になっているのだ」


 一緒に南下するというトラの申し出に、カリオンはキツネの話を振って総力攻勢のプランを打ち明けた。それを聞いたトラのイサバは、ただ一言『義を持ってイヌに加勢する』と応えた。


「陛下」


 イサバ王と歓談していたカリオンの所へウォークがやって来た。王府の者達と共に来たウォークは、国民猟兵団を中心とする大攻勢のイヌ主力を32万と計算していた。そして、その結集に3日を要すると報告したのだ。


「なるほど。宜しい」


 カリオンは笑みを浮かべイサバに『イヌは30万を用意する方向です』と通告した。それを聞いたイサバはやや肩を窄めつつ『トラは5万少々しか居ない』と申し訳なさそうに漏らした。


 だが、少なくともここでは数の多寡など問題無い。イヌと共に行動してくれることが大事なのだ。そして、このガルディア大陸全ての種族が手を取り合って獅子に対抗する事が重要なのだった。


「所で太陽王。クマやウサギはどうされる? カモシカの連中も動員したい所だが連絡した方が良いだろう」


 少なくともガルディア大陸の中と言う括りであれば、クマやウサギには話をせざるを得ない部分がある。ことにウサギなどは、下手に隙を見せればつけ込まれて国家転覆されかねない危険性を孕む。


 カリオンはやや大業に首肯を返し『早急に対処しよう』と切りだした。それを聞いたイサバ王は『ならば我々は先を急ごう。オオカミ王に追いつき、共に事に当たらん』と前向きな姿勢を示した。


 少なくともララのことがあるので先走った大攻勢は歓迎しない。だが、逆に言えばララのことがあるので圧力をどんどんかけて欲しい部分も有るのだ。


「承知した。先遣隊として向かって貰いたい。余は更なる戦力を糾合し、大軍を率いて前進する」


 太陽王の力強い方針が示され、イサバは豪快に笑いながら立ち上がった。

 イヌの男よりも一回り以上大きな身体がより一層に大きく見えた。


「世界を統べるイヌの王よ! 共に戦わん!」


 イサバの言葉にカリオンはただただ、笑みを浮かべるのだった。


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