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貴族の責務 王族の責務

~承前




 ――――ララ姉ぇ! 逃げろ!


 瞬間的にキャリが発したのは、いや、発する事の出来た言葉はそれだけだった。獅子軍の騎兵はル・ガル銃兵陣地を守る馬防柵に突っ込んできたのだ。最初は馬防柵に行く手を阻まれたのだが、馬では無く牛を使った理由をキャリは理解した。


 ――――あれは防げない!


 馬と違い牛にはとんでもない突進力がある。その突進する力全てが馬防柵にぶち当たった時、地中深くに打ち込まれた筈の柱が見事にへし折られた。ただ、さすがに柱も丈夫だったと見えて、最前列に居た牛の騎兵が大幅に擱座して崩れた。


 だが、それで敵が止まるほど親切だったならどれ程良かった事だろう。キャリが見たそれは、後続の騎兵らが遠慮無くそれを踏みつぶして前進してくるシーンだった。


「そんな事言ったって!」


 ララが一瞬だけ躊躇した時、後続にあった牛の騎兵が馬防柵の内側へ侵入してきた。そこに降り注いだのは銃兵団列3段分の一斉射撃だ。凡そ2万丁の銃による猛烈な銃撃は突入してきた騎兵の大半を引き肉以下に変えた。


 そして、すぐさま第二段となる2万丁オーバーの第二斉射が降り注いだ。至近距離から20匁と30匁をミックスした銃弾が降り注げば、さしもの騎兵も足を止めざるを得ない。


「好機だ! タリカ! ララ姉ぇを連れて脱出しろ!」

「バカ言うな! お前が逃げろ! 俺はここで指揮する!」


 一瞬の言い合いがル・ガル側に対処の遅れを招いた。そして、その瞬間に獅子軍側の後続が更なる吶喊を行ってきた。前方で挽肉レベルにされた味方を踏みつぶしながらの突撃は、敵ながら天晴であった。


「俺はル・ガルの『だからお前が脱出すんだよ!』


 タリカはフルパワーでキャリの横っ面を殴りつけ、『主を殴ったバカな重臣はここで討ち死にして果てる! だから先ずお前が逃げろ!』と叫んだ。そのまま今度は指揮台から突き落とし、すぐ下に居た近衛師団騎兵の上に落下した。


「四方を統べる太陽王! カリオン二世の進む先に輝く光あれ! 勝利あれ!」


 拳を空に突き上げたタリカは精一杯の大声でそう叫んだ。そして、間髪入れずすぐ近くにいたララを抱きかかえ、そのまま呆然と見上げていたキャリの所に投げ落とた。


 思わず悲鳴を上げたララをキャリが受け止め、何かを叫び返そうとした。だが、その先を取ったタリカは再び精一杯の大声で叫んだ。


「バカ野郎! もたもたするな! 兵隊は全員駆け足! 王を後方へ護衛しろ!」


 近衛騎兵達はタリカの思惑を読み取ったのか、『ヤヴォール!』と返答を返しキャリを馬に乗せて走り始めた。ララを乗せた馬も走り出し、全員が後方へと駆け出した。だが、その全てが一歩遅かったのだと気が付くのもすぐだった。


「騎兵反転! 王の脱出を助ける! 誇り高きル・ガル騎兵よ! これぞ戦場に咲く華なり!」


 後方に居た騎兵が反転して走り始めた。何が起きた?と振り返った時、そこには獅子軍の騎兵が居た。理屈ではなく直感で『あれ?』と疑問を持ったキャリだが、その前に騎兵が行動を開始していた。


「第1連隊は若王を連れて走れ! 第2連隊は姫を護れ! 征くぞ!」


 騎兵隊長の指示は簡単で明瞭だ。だが、第2連隊がキャリの脱出に当たって囮となる様な運動をする事になるのはいただけない。思わず『待て! 自分も!』と言いかけた時、より一層大きな声が彼方から聞こえた。


「若殿下! 殿下は何処! 我はスペンサー家のドレイクなり!」


 それは彼方から聞こえてくるドリーの声だった。そしてキャリはその違和感の正体に気が付いた。獅子の騎兵は追ってくるのではなく逃げているのだ。騎兵にとって後方は純粋な弱点なのだから、血相を変えて逃げているのが正解だ。


「どけどけどけ! 我が王は! 我が王は何処にあられる!」


 そこにいたのはドリーとボロージャのふたりだった。返り血を浴びたらしいドリーはドロドロになった姿のまま、凄まじい形相で獅子の騎兵を後方から斬り捨てていた。


「ドレイク卿! ここぞ!」


 逃げ馬の上にあったキャリは必死になって叫んだ。しかし、乱戦のど真ん中ではその声も通らない。そして、後方より追い上げていたスペンサー家とジダーノフ家の騎兵達に対し獅子の騎兵が反転した所へ、今度は近衛騎兵が襲い掛かった。


 ララを乗せたままの騎兵ですらも斬り込んでゆくのを、キャリは呆然と見送るしか無かった。猛烈な砂塵と怒号と断末魔の悲鳴が混ざりゆくのを遠目に見ながら、キャリは奥歯を噛みしめて悔しさに震えていた……






 ――――同じ頃






「御館! そろそろヤベェ!」


 悲鳴を上げつつ奮戦しているレオン一家の騎士達は、歩行の状態で猛然と戦闘に及んでいた。その中心には気絶したリリスが横たわっていて、傍らにはウィルとリベラが最後の壁役になっていた。


 それを取り囲んでいるのは獅子の補助軍残党と一部の市民で、ポールはこぶし大の石が飛び交う中を先頭に立ち、剣を振り回していた。


「大佐は! 大佐はまだか!」

「御館! それどころじゃねぇ! ここらでケツまくらねぇと――」


 馬上槍で奮戦していたロニーがそう叫ぶ。獅子の正規軍は城内で先頭収束活動となる粛正を終えた後、僅かな生き残りを見捨て一斉にル・ガル本陣へと駆け出していった。


 その結果、生き残った補助軍の一部が戦果獲得活動に移ったのだ。それは具体的に言えばル・ガル軍団から捕虜を得る為の行為であり、動産、または有形資産としての奴隷を確保する為の行動だ。


 およそ、獅子の国における奴隷とは、文字通り使役され使い潰される者では無く富と権力の象徴であり、尚且つ個人の資産となるものだ。つまり、このジェンガンで財を失った物が奴隷を確保して何処かに転売する事で再起を図る事も出来る。


 そもそも奴隷階級で構成される補助軍の面々にとって、捕虜を取れるかどうかは今後の人生設計に大きな意味を持つのだった……


「――俺達全員奴隷扱いでヒデェ目に遭う!」


 ロニーはポールの尻を叩き、脱出を支援した。だが、ポールはリリスを脱出させようと努力していた。騎馬では無く歩行で突入した事を後悔していたとき、スペンサー家とジダーノフ家の戦死者が置いていった馬を見つけたのだ。


 馬さえいれば騎兵は俄然威力を発揮する兵科なのだ。故にポールは馬を確保すると同時にリリスを最優先で脱出させようとしたのだ。


「少佐! そこのヒトの婦人を抱えて脱出しろ! 大佐へ届けるんだ!」


 ポールはここで始めて気合を見せた。どこか頼り無い空気を漂わせる新任将校然とした姿は消え失せ、敵味方が混淆する乱戦の中で立派な公爵家当主としての振る舞いを見せ始めたのだ。


 ただ、だからと言ってハイそうですかとロニーがその指示を聞くわけには行かない部分もある。リリスが重要なのは論を待たないが、ポールもまた重要なのだ。レオン家の未来を思えば、己よりも優先するべき事など嫌でも理解出来る。


「おめーもだよ若造! 場数と経験を舐めんな!」


 突然任侠然とした言葉を吐き、ロニーはポールを馬の背に乗せると馬の尻を叩いて走らせた。『待てッ!』とポールが叫ぶが、全てが手遅れだった。


「野郎共! 御館を生かして帰すぞ! 気合い入れろ!」


 ロニーの言葉に全員が揃って『へいッ! 兄ぃ!』と応えた。義理の義とは我の上に主と書くのだ。主を我より優先する理は、己の命を捨ててでも主を生かそうとする心意気その物だ。


 世代交代が進んでも、前面に出て来る顔ぶれがどれほど変わっても、レオン家に脈々と流れる任侠者のスピリットは聊かもブレる事無く続いていた。


「御館! ジョニーの兄貴と王陛下によろしく伝えてくだせぇ!」


 ポールの馬を見送ったロニーは、今度はリリスを抱きかかえ手近な馬に乗せた。そして、すぐ近くにいたネコの男に『姫を頼ンまぁ!』と叫んだ。それだけで幾多の場数を踏んだ細作の男は任侠者の心根を読み取った。死ぬ気だ……と。


「バカを言っちゃぁいけやせんぜ旦那! ここはあっしらに任せて引きなせぇ」


 全身に返り血を浴びたリベラは凄みを添えた笑みを浮かべそう言った。その向こうに居たキツネのマダラな陰陽師もまた、作り物のような固い笑みを浮かべて叫んだ。


「そうです。ここら私たちが引き受けましょう。まだ生ける方は御逃げなさい。これより先は――」


 ウィルは自前のワンドに魔力を溜めてから振り下ろした。瞬間的に真横へ向かって稲妻が迸り、電撃の魔法によってレオン家の面々を囲んでいた一団が吹き飛ばされた。


「――死人が本領を発揮します。生ける者の出番はまだまだ先ですぞ」


 アハハハハ!と恐ろしい笑いをしつつ、ウィルは次々と電撃の魔法を使った。直撃を受けた者は爆散し、近くにいただけでも全身に衝撃を受けている。その電撃を掻い潜って接近した者は、リベラの持つ呪物のナイフで次々と首を刎ねらていた。


 ――――すげぇ……


 それはもう理屈でどうのと言う次元ではない。潜った修羅場の数が。殺してきた敵の数が。死んだなと覚悟を決めた回数が。積み重ねてきた物全てが違う次元にある存在の戦闘だった。


「……かっちけねぇ! んじゃぁ頼んますぁ!」


 ロニーはリリスを抱えたまま馬に跨った。ぐったりとしたリリスは完全に気を失ってた。そんな状態で尚もキリッとした美しさを湛えているのだから、王妃とは凄い存在だとロニーは思った。


「さぁ! 早く!」


 再びウィルがワンドを振った時、ひと際大きな電撃が水平に迸った。数百人単位で敵が吹き飛び、乱戦の戦場に一筋の道が出来た。ロニーは槍を天に翳しそのまま前方へ振って突撃を指示すると、レオン家の面々が一斉に走り出した。


 だが、その時一瞬だけ、素っ頓狂な声が響いた。


「え?」


 声の主はウィルで、その眼差しは獅子の補助軍ではなく城壁にほど近い所にいた正規軍の残党を見ていた。彼らは魔導士間戦闘の訓練も受けていたらしい。強力な魔法使いに対抗する術は、勝つのでは無く引き分けを狙う事だ。


 そう。彼らが使った魔術は、相手を彼方へと吹き飛ばしてしまう術。強力な魔道斥力を生み出し、敵の術者をとにかく遠くへ飛ばしてしまうものだった。


「なっ!」


 それ以上の言葉が無かったロニーは、後先考えずに走り出していた。リリスを救出しポールを支援することが大事だ。だがその前に獅子の正規軍が何事かの魔法を使ったのが解った。


 凄まじい衝撃波がやって来て、辺りの建物が次々に吹き飛んだ。ウィルは瞬時に魔力を溜めて強力な障壁を構築したのだが、自分の防御だけが間に合わなかったらしい。


 まるで巨大な何かに蹴飛ばされたかのように上空彼方へと吹き飛ばされ、やがて見えなくなった。


 ――――うそだろ……


 もはやロニーに余裕風を吹かす余力など無かった。ただただ馬を走らせる事しか出来なかった。だが、そんなロニーの背後に再び凄まじい衝撃波がやって来て、馬ごと前方へ投げ出された。


 瞬間的にリリスを庇って下敷きになったのだが、強かに後頭部を打ち付けたらしく、世界がボンヤリとしてしまいやがて意識を失った。僅かに覚えているのはヘビかトカゲか解らない種族の男がリリスを品定めしているシーンだった。


 あのネコの細作は姿が見えず、ロニーはうすらボンヤリとした意識の中で死を受け入れる覚悟を決めた。そして王の外子にあたる娘を嫁にした事でトンでも無い経験をした自分の人生を思った。最後の最後で酷い終わりになったが、それでも楽しかったと思ったのだった……






 吹き飛んだ建物の残骸に埋もれていたリベラが意識を取り戻した時、辺りはすっかり明るくなっていた。どれ程時間が経過したのかは解らないが、太陽の角度を見れば日の出から幾らも経ってない事が解る。


 辺りはすっかり静まりかえり、夜明け前の戦闘で酷い事になっていた広場には多くのル・ガル軍関係者が並んでいた。その中にララを見つけたリベラは飛び起きそうになったのだが、辺りには獅子の補助軍と正規軍が揃っていて流石に無理だと悟った。


「――以上。シンバの統べる法と秩序の原則に基づき、虜囚となった者は奴隷として我が国が保護する。何人も妄りに不利益を与え被らせる事は罷りならぬ。命を取ってはならぬ。肉刑に処すなどを行ってはならぬ」


 ジェンガンの執政官を務める男はそう宣言し、ル・ガル国軍兵士は首と左手首を繋ぐ枷を嵌めた状態で奴隷である旨を告げた。だが、問題はそこではない。やや離れた場所でそれを見ていたリベラは、小さく舌打ちして悔しがっていた。


 ――――クソッ!


 リベラの見ている先に居たのはララは細い体を懸命に気張らせ、胸を張って執政官を見ていた。『これで良いか? 異国の姫よ』とジェンガンの執政官である男が告げると、ララは薄衣一枚の姿で毅然とした表情のまま首肯し切り出した。


「虜囚に対する正当な扱いを求めると言ったのは私です。これが貴国の正当な扱いなのであれば、それで良いでしょう。私は私の祖国における貴族階級の頂点にある家の者。故に責務として彼らの生命を守らねばならないのだから、当然です」


 それは、ララの出来る精一杯の抵抗だった。ジェンガン市街戦闘の後、獅子軍側はル・ガル軍団の前線本部を急襲した。その結果、ララとタリカは獅子軍の軍勢に囲まれ身動きが出来なくなった。


 幸いにしてキャリは脱出を完了したが、ララは捕虜になったのだ。獅子の正規軍はル・ガル軍関係者の生き残りを全て坑刑にするつもりだったようだが、ララは己の身と引き替えに彼らの処刑を回避させるべく交渉に出たのだ。


 ――――立派になりやしたね……


 リベラは思わず涙ぐんだが、問題はそこでは無い。凡そ200名ほどのル・ガル軍残党はバラバラに様々な所へ引き取られていったようだ。補助軍を構成する様々な種族や一族の中に雑用奴隷として吸収された形らしい。それを苦々しく見ていたララだが、そこへ執政官がやって来た。


「私はリカオン族のセルシム。異国の姫よ。そなたの身はこのセルシムが責任を持って預かる。ただし、そなたのこれからについては小職の手に余るので元老院の判断を仰ぐ事になる。それまでそなたは奴隷ですら無い。それについては『如何なる行為をも甘んじて受け入れると宣言したのだから、ご心配なく』


 鋭い口調でララは同情染みた言葉を遮った。ただ、握りしめた手だけが震えているのがリベラには見えた。悔しさでは無く怖さを必死で隠しているララを、リベラは眩しげに見ていた……


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