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希望と絶望

~承前




 ――――臭うな……


 場数と経験を積み重ねたベテランは、時に全く根拠のない確信を持つ事がある。それは、痛い目にあった回数であったり、あるいは手痛い敗北の中で噛んだ砂の味のようなものかもしれない。


 ――――罠だ……


 ジェンガン市街へ突入したドリーは、何の根拠もない事だが直感で現状が罠だとそれを喝破した。騎兵の一団は速度を緩めずに突進しており、もはや方向転換は出来ず突っ切るしか無い。


 だが、気合と根性と速度に乗った突撃衝力では打ち負かせないものがある事をドリーは知っている。キツネとの合戦で幾度も経験した、力で押し返されるケースがあるのだ。


「ドレイク卿! 前方に槍衾!」


 ドリーのすぐ脇を走っていた騎兵が悲鳴にも似た声で叫んだ。ドリーの醸した不穏な空気を感じ取ったのかもしれないし、スペンサー家に連なる勇猛果敢な猛闘種の血が雄叫びになっているのかもしれない。


 一瞬だけ色んな事を考えたドリーは、頭上に銃をかざすと大きな円を二度三度と描いて見せた。それは銃兵が軍団編成の中心となったル・ガルにおいて騎兵戦力を生かし切る為の基本戦術である円環射撃陣形への転換指示だった。


「御意!」


 ドリーの指示を飲み込んだスペンサー騎兵が2列の千鳥となる単縦陣に編成を組み替え、猛烈な回転銃撃を加える体制となる。目標までの距離は数百メートル程度で、場合によっては敵方の矢で痛い目にあうだろう。


 だが、スペンサー騎兵の真骨頂はここからが本番だった。後方から続々とやってくる騎兵が同じように陣形を組み替え、巨大なチェーンソーの形態となって射撃を開始した。


 一発二発程度の射撃であれば銃撃など怖くはないが、200騎からなる騎兵が次々と陣形を入れ替えながらの攻撃を繰り出した時、それは連発銃の威力を見せる事になる。そして、その銃弾が降り注ぐ先では、死体の山が生み出されるのだ。


「敵陣撃退! 吶喊しますか!」


 グルグルと回転していた陣形の一部となっていたドリーに報告が飛ぶ。再び銃を頭上に翳して左右に振ったドリーは『再編成!』と叫んでいた。統制された混乱が繰り広げられ、単縦陣だった騎兵の一団が再び突撃体形を作り始めた。


 ――――よしっ!


 とりあえずの勝利を確信したドリーはいったん後退するべきか?と思案した。だが、罠なら食い破って前進するまで。それこそが猛闘種の矜持であり、無傷の勝利などありえないとする彼ら一門の美学でもあった。


 ――――半分は……死ぬ……


 この先何があるかは解らない。まだ見ぬ獅子軍の主力が出てくるかもしれない。その時、半分生き残れば上等なほどの被害を受けるかもしれない。だが、それでも前進するべし。断固前進するべし。


 ――――どこかに敵軍首脳が要る筈だ


 罠だと喝破した時からそれが頭に浮かんでいた。こちらの様子を伺い、最高のタイミングで一撃を入れるために息をひそめて待っているはず。ならばそこを探し出して一撃を加えれば良い。


 ドリーの思考は単純で明快だった。だが、そんなドリーたち猛闘種の一団が動き出そうとした時、ドリーの目の前がパっと光った。雷だと驚いたドリーが一瞬目を細めた直後、聞き覚えのある声が聞こえた。


「罠よ! 今すぐ脱出して!」


 光と共にやって来たのはリリスだった。再びの転移を決めて姿を現したのだ。ドリーは一瞬だけ狼狽する素振りを見せるが、グッと奥歯をかみしめ前を向いて叫んでいた。


「お気遣い忝い! だが! 罠ならば噛み砕くまで!」


 姿を現したリリスがかつての帝后である事を知る者はほとんど居ない状況だ。場合によってはスペンサー家の騎兵が攻撃しかねない。それ故にドリーはとっさの判断でヒトの協力者である風に装った。


 勘の良い者であればそれで理解するだろうし、手を出すバカ者も居らぬだろうと考えた。だが、困ったことにそこへ南門から突入してきたジダーノフ騎兵が到着してしまった。


 同じように罠をかみ砕かんと吶喊してきたらしい北方の重騎兵達は、銃を構えたままだった。場合によってはリリスを撃ちかねないが、どうやらボロージャはギリギリでリリスの存在に気付いたらしい。


「何が起きている!」


 ボロージャの言葉にはキツいトゲがあった。だが、そうでもしなければリリスが危険なことをボロージャも瞬時に見抜いた。リリスを含めたその場の面々が『さすがだ……』と感心するが、どちらかと言えば気合いが入りすぎている状態だった。


「敵が罠を張っている! 我々は袋のネズミらしい」


 リリスではなくドリーがそう説明し、リリスの存在を知らぬ者たちが迂闊なことをしないように配慮を見せた。だが、それを聞いたボロージャは間髪入れず『罠ならば噛み砕くまで! 敵は何処ぞ!』と叫んだ。


 ――――あ……

 ――――これじゃだめ……


 リリスの表情が曇るも、ドリーとボロージャは同じスタンスで辺りを見回した。どこかに敵の司令部があるはず。そこを探し出すことが重要だと考えた。だが、そんな場にポールが姿を表した。


 息を切らしなが走ってきたポールは厳しい表情だ。そこにリリスが居ることにまず驚き、そして、その場の雰囲気が宜しくないことで、懸念していた経験不足を痛感していた。なにが起きたのかを把握も想像もできなかったのだ。


「敵はいずこでありますか!」


 下からの物言いで敵の所在を訪ねたポール。ドリーは間髪入れず『これから探す!』と返し、ボロージャは『誘い込まれた公算が高い』と冷静な返答を見せた。


 ポールは一瞬だけ唖然とした顔になるも、唐突に声をあげた存在がその意識を呼び戻した。


「お嬢様! 広域魔導反応!」


 それを叫んだのはウィルで、左手に持っていた水晶の玉からは真っ赤な光が明滅状態でこぼれていた。


「これって……あっ! 全員座って下を向きなさい!」


 リリスが叫ぶと同時、空に向かって印字を切り始めた。何が起きるのか?と不思議がったポールだが、リリスによる空中魔方陣が完成した直後に世界が真っ白に染まるような衝撃が襲ってきた。


 ――――あっ……


 内心で叫んだポールは『勘弁してくれ』と願った。何が起きたのかは理解出来ないが、少なくともこれは魔法の効果であることは明白だった。身体の中心を何かが駆け抜けたような衝撃に、ポールは己の意志に関係無く膝を付いて蹲った。


 自分の身体なのに上手く動かせないもどかしさ。ややあって世界が色を取り戻した時、辺りに有ったモノ全てが吹き飛び、燃え上がっているのが分かった。リリスが防壁を巡らさねば、一瞬で消し炭だった。


「雷か!」


 ボロージャが金切り声で叫び、ポールはやっとこの衝撃の正体を知った。それと同時に、ジェンガンの街を囲む城壁の上に立つ獅子の男達を見つけた。彼らは等間隔で隙間無く立っていたのだ。


 彼らは共同して強力な魔法を使ったらしい。その結果として起きたのは、逃げ場無いところへまとめて降り注いだ落雷の奔流だった。


 ――――危なかった……


 少しだけホッとしたポールだが、ふと見ればリリスの右手から血が零れていた。指先が避けるように切れていて、事態の因果は解らぬが魔法による効果だとポールは思った。


 騎兵には理解出来ない高度な魔法の戦い。しかしそれは極々明快なひとつの結果を簡単に予想できるものだった。つまり、ここに居ては危ない。今すぐ逃げ出すのが寛容だ。なぜならば……


「よくもっ!」


 リリスの顔に激しい怒りが浮かび上がった。そして『させないっ!』と叫び、再び空中へ印字を切った。空中に再度の強力な防御結界を生成した直後、今度は猛烈な火の雨が降り注いだ。


 魔法で作り上げたバリアの上で魔法の炎が燃えさかっている。普通、火と言うものは種火と燃える物質と、そして空気が必要だ。だが、魔法で起こされた火は何もないところでボワボワと燃え盛っていた。


 魔法の火炎からは逃げられない。騎兵の間に伝わるその言葉は、かつてネコとの闘争で得られた対魔法戦闘における対処法の基礎知識だ。故に騎兵達は先頭に立った者が火だるまになることで延焼を防ぐと言う信じられない戦術を取った。


 他に対処法はないし、逃げるわけにも行かない。その結果、そんな理解しがたい手段で対抗したのだった。だが、ここでは城壁と言う騎兵には対処できない戦術障壁が立ちはだかって逃げ道を塞いでいる。


 ならば取るべき手だてはひとつ。リリスの邪魔をしないことだ。


「お嬢様、支援します!」


 状況を見て取ったウィルは、空に向かって手印を切りはじめた。リリスのものとは違う立体魔方陣が空中に展開し、そこからザッと雨が降りはじめた。どれ程魔法の火が強力でも、雨ならば魔法を使い火を消せるらしい。


 そもそも天候操作の魔法は正真正銘の魔法使いにしか出来ないものだ。その余りに強力な威力は、使い手にも猛烈な負担となる。それ故に魔術師も魔導師も手を出さず、ただ黙って眺めている下法そのものなのだ。


 ――――すごい!


 ポールが驚きの声をあげかけ飲み込んだ。あっという間に魔法の火が消え、『お返しよ! ウィル! 手伝って!』とリリスが叫ぶ。その言葉にウィルが『御意』と応じ、ふたりが共同で異なる詠唱を始めた。


 全員が息をのんで見ている先、街の広場の四方辺りに巨大な竜巻が発生した。魔法で起こされたその竜巻は、辺りにあるもの全てを吸い込みながら成長し始める。そして、街中を破壊しながら四方へ分散して走りだした。


「なるほど……効果的だ」


 ボロージャが感心して言ったそれは、竜巻による効果だ。獅子の正規兵だけでなく、各所に潜む補助軍や市民までも吸い込みながら大暴れを始めた。それにより獅子の正規軍が算を乱し始め、次の攻撃が発生していないのだ。


「雷!」

「応!」


 リリスが声をかけウィルが応じたそれは、竜巻とは異なる詠唱だった。韻を踏んで続く魔言の調べはまるで輪唱のようだとドリーは思った。だが、パリパリと静電気を纏いつつ唱えるリリスの姿は、まるで伝説の魔王だった。


「魔導の女王……」


 ドリーがボソリと呟いた時、ふたりの詠唱がまるで申し合わせたかのようにひとつの言葉で締め括られた。そして直後、先ほどの獅子軍側が使った落雷とは数段スケールの大きな雷名が空に響いた。


 それは、獅子の正規軍兵士が怯えた表情と共に空を見上げるほど。そしてそれはまるで雨霰の様に四散しながら地上目掛けて降り注ぎ始めた。パッと光ったその眩さは天然の雷と全く同じモノだった。


 人の速度では対処出来ない速度で落ちる雷光は、獅子の魔道師達をアチコチで爆発させた。魔法力が強力過ぎ、瞬間電圧数億ボルト数万アンペアの大電流が魔導師を一瞬で消し炭に変えていたのだ。


「すげぇ!本当にすげぇ!」


 まるで幼児が見せる無邪気な笑いを浮かべ、ポールは陽気にはしゃぎ始めた。次々と降り注ぐ落雷の奔流は獅子軍の正規兵を次々と消し炭に変えている。だが、ふとドリーがリリスに目をやった時、彼女は苦悶の表情を浮かべていた。


 一気に強力な魔導力を行使したが為の反動なのだが、その一番の理由は強力な防御魔法をたて続けに二回も使った事だった。なにも魔法は神の摂理から外れるモノでは無い。エネルギー保存の法則からは逃れられないのだ。


「お嬢様!」

「姫!」


 ウィルとリベラが悲鳴染みた声を発した直後、リリスは吐血してその場に膝を付いた。魔力限界を越える魔法を使った為に、身体がストックしてあった魔力の全てを吐き出したのだ。


 そしてそれだけで無く、足らない魔力を生み出す為に自分自身の生命を媒介として自分の魔力を補った。その結果、キツネの魔術により生み出された肉の身体が限界を迎え、崩壊しかかったのだ。


「まだ平気! それより残りを!」


 リリスは苦悶の表情を浮かべたままに立ち上がった。そして空中に複雑な魔方陣を描くと、そこへ残っていた魔力の全てを注ぎ込みはじめた。だが、描かれた魔方陣に対し注がれる魔力が少なすぎたらしい。


 リリスの顔から血の気が引き、まるで屍蝋化した死体のような顔色になった。慌てたウィルが彼女を後ろから支え、己の魔力もその魔方陣に注ぎはじめた。だが、ガルディアの龍脈を使って大地のマナを集められるリリスの描いた魔方陣だ。


 この状況で、しかもガルディア大陸の龍脈から切り離されたリリスとウィルでは魔方陣が威力を発揮する前に魔力が尽きてしまう。


「まだまだ!」


 眼や鼻や口からダラダラと血を流しながら、リリスは自分自身の魂を媒介に世界の理を踏み越えようと魔力を注いだ。その結果、魔方陣が猛烈な光を放ちながら震えはじめ、見ていた者全てが『ヤバイ!』と本能的に理解した。


「お嬢様! もうダメです! 限界です! おやめください!」


 必死の形相でウィルが止めに入る。だが、リリスはそれを無視して魔力を注ぎ込み続けた。『ここで引き下がれない!』と叫びながら文字通りに身塗れの姿になっていた。


 凄まじい雷の雨が降ったジェンガンの市街区は、生き残りが我先にと出口へ殺到しはじめた。その結果、補助軍を構成する雑多な種族同士が殺し合いをはじめ、市民の多くがそれに巻き込まれはじめた。そんな時だった。


「嘘だろ……」


 唖然としたドリーとボロージャが見たものは、ジェンガンの街を取り囲む城壁全てが砕け散りながら空へと舞い上がっていくシーンだった。極々単純な話として、上空へ持ち上げられた城壁の巨石は位置エネルギーを溜め込む。


 それが降り注げばなにが起きるがなど、説明するまでもない。ただ、それが降り出す前に、リリスは言葉を失った。


「……うそ」


 雷に続き巨岩の雨が降るはずだったジェンガンの街を取り囲むように、凄まじい数の獅子軍正規兵がいたのだ。同士撃ちを始めていた補助軍も市民もその手を止めて呆然と彼方を見ていた。獅子軍が街の外から更に凄まじい魔法を行使しようと詠唱を続けていたのだ。


 次の瞬間、凄まじい音を立てて巨石が城壁を形作るように降り注ぎ始めた。誰もがリリスの配慮だと思い、さすがだとドリーやボロージャも彼女を見た。だが、彼らが見た者は、昏倒して倒れ込んだリリスの姿だった……

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