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誘い込む罠

~承前




「東門付近で敵勢力が飛び出したようですね」


 遠距離用の大型レンジファインダーを覗きこんでいたタカは、彼方で起きてる凄まじい戦闘の様子を生暖かい目で見ていた。キャリ達が陣取る観測台から少々離れた場所にある大岩の上、茅街から来たヒトの一団は拠点を築いていた。


「まぁ、セオリーとしては一人も逃がさず押し込んでおいて砲撃で完滅だ」


 マサは何とも恐ろしい事を口にしていた。日華事変の最中に学んだ教訓は、城塞型都市への攻勢に情け容赦を挟んではならないという事だ。何故なら、無駄な温情や手加減は生き残りを生み、それがやがて激しい反抗の糸口となってしまう。


 通州虐殺の凄惨な報告を受けていたのだから、豹変した人間の犯す猟奇的犯罪の恐ろしさは説明されるまでもない。つまり、他の城郭都市へ伝播するべきは畏怖と衝撃のみであり、怨恨の劫火が広まってはならないのだ。


「ですが……彼等、我慢できますかね?」


 訝しがるような言葉を吐いたタカ。その言葉の裏に潜む侮蔑の心理はマサにも痛いほどよくわかった。ただ、高級将校としてあるべき姿かと言えば、決して褒められたものではない……


「まぁ、なるようになるだろうさ。夜明けまであと3時間ほどか。暗闇に乗じて脱出を図るだろうが、その全てを防ぎ切ったうえで全滅させる。それしかない――」


 愁いを湛えた眼差しで彼方を見つめるマサ。

 その脳裏に去来するシーンは、どれもこれも凄惨なものばかりだった。


「――そうするしかない。ああするしか……なかったのだよ……」


 奥歯をグッとかみしめたマサは、スッと立ち上がってタカの隣に立った。遠くからル・ガル軍団の行動する音が聞こえてくる。城塞都市を囲む高い壁の向こうからは断末魔の叫び声が聞こえていた。


 横に10人と人が並べぬ大きな門は開きっぱなしになり、そこから次々と雑多な種族の者たちが遮二無二走り出していた。大柄な者や小柄な者。身の細い者に肥えた者。老いも若きも同じようなものだ。そして……


「……ちょうど……あのくらいでした。私もこの手にかけた……支那人の子供は」


 小さな街の暴動鎮圧に駆り出されたタカが見たものは、激しい怒りの色を湛えた眼差しでこちらを見る子供だった。遠くから石を投げて来る子供たちだが、その中に手榴弾が混ざっていた。それは、便依兵と呼ばれたゲリラが子供に混じり手榴弾を投げたのだ。


 子供を盾にした汚いやり方だが日本軍には効果的だった。やがて精神の限界を迎えた者から応射を始め、後の世で女子供も容赦なく撃ち殺してしまった。血も涙もない鬼畜以下の兵士たちと言う悪辣なプロパガンダは、そうやって生まれたのだ。


 良いか悪いかなど相対的な概念でしかない。

 だが、そこから生み出される宣伝材料としては最高のカードだった。


「どこまで心を鬼に出来るか。それのみだな」


 祈るように言うマサの言葉。だが、近代戦の恐るべき現実に耐えられるような強い精神は、少なくともル・ガル軍団のどこにもないのだった……




 ――――東門付近




「大佐! 突入しよう!」


 次から次へと飛び出してくる者たちを撃ち続けたレオン家のポールは、ついにしびれを切らせてそう言った。おそらくは補助軍と呼ばれる非正規兵達の逃亡行為そのものなのだと思われたのだ。


 激しい砲撃の最中、城の内部で逃げ場を失った者たちは出口へと殺到する。しかしながらそこには補助軍が屯していて、外へと脱出できないように通せんぼしているのだ。


 多くの市民がそこへ圧力をかけ、やがて臨界点に達した民衆のパワーにより補助軍は外へ出ざるを得なくなったのだろう。遮二無二走るその姿は無秩序な突撃ではなく逃避行そのものらしい。


 何故なら、補助軍が見えなくなった頃にレオン家の面々が見たのは、着の身着のままに飛び出してくる多くの一般市民だったからだ。老若男女を問わずに飛び出してくる彼ら彼女らは、暗闇目指して逃げだしていた。


「いや、駄目だ。現状維持だ。とにかく撃て!」


 ジョニーはその危険性について理解していた。中に入ってしまえば市民からの袋叩きが待っている。しかし、外に出た者を撃つだけなら中には見えないはず。もはや指揮命令系統もマヒしているのだろうし、場合によっては本部が消滅しているかもしれない。


 明るくなるのを待ち、砲撃を中断し、改めて投降を呼びかけると同時、市民に対し軍属を突き出せば助けると説明するのだ。


「でも!」


 悲鳴と共に撃ち殺される女子供を見つつ、ポールは悲壮な声で叫んだ。

 だが、ジョニーは心を鬼にして言い返していた。


「でももクソもねぇ! 第一おめぇ突入してどうすんだ!」


 ジョニーの叫びにポールはグッと奥歯を噛んで怒りを堪えた。我を忘れて怒りに身を任せたくなるが、僅かな期間とはいえ受けた教育がポールを支えた。敵方の中枢を抑える事こそが勝利を収める肝要だが、その中枢が城の中にそれが生きてるとは思えない。


 次々と放たれる銃声を押しつぶすようにすさまじい砲声が轟いていて、その砲声からわずかに遅れ、城内の何処かから着弾する音と爆発音と、何より断末魔の絶叫が響き渡っていた。


 もしきちんとした司令部なり前線本部が生きているなら、もうとっくに戦闘を諦めていてもおかしくない。だが、現実にはいまだ抵抗が試みられている。それ自体に何の意味もない、文字通りに無駄な死を重ねながら。


「オカシラ! そろそろ銃がやべぇ!」


 銃列を指揮していた士官が悲鳴交じりの声を上げ始めた。連続して装填と射撃を繰り返してきた30匁銃の銃身が熱で歪み始めていた。だいたい1分で3発を撃っている勘定だが、それが2時間ともなると放熱が追い付かないのだった。


「ほらっ!」


 我が意を得たりと言わんばかりの表情でポールがジョニーを見た。だが、そのジョニーはグッと奥歯をかみしめつつ『もう少し頑張れ!』と指示を出し、同時に伝令を呼んで増援を依頼しろと走らせた。


「アッバース家の予備兵力を回してもらおう。銃の予備があるはずだ。飛び込んじまったら収拾がつかねぇ」


 他家の支援を仰ぐのは苦渋の決断だが、次期王キャリの決めた方針を守る事の方が遥かに重要だ。無線機などで情報連絡を密に出来るならともかく、伝令と光通信の現状では、打ち合わせ通りこそが同士討ち防止の基本だ。


 つまり、当初の打ち合わせ通り、目標は何が何でも達成せねばならない。そうしなければ暗闇の中で味方同士が戦う事になりかねないのだから。


 ――――ギャッ!


 銃列の方から少々情けない声が聞こえた。次々と繰り返される発砲音に混じり、鈍い悲鳴が聞こえたのだ。だが、それは始まりに過ぎなかった。ややあって別の場所からも似たような悲鳴が聞こえ、その後辺りから発砲音が散発的になり始めた。


「大佐殿! 報告いたします! 銃に弾薬を詰めた時点で自然発火し暴発を繰り返しております。現在負傷者22名! うち3名はほぼ即死で助かる見込みはありません!」


 薬室が熱を帯びてしまい、中に放り込んだシルクの薬きょうが自然発火してしまうらしい。金属薬莢を採用した高精度な銃でも同じ現象が起きるのだが、シルクの薬きょうを槊杖で押し込む火縄銃方式では、より発火しやすいのだ。


「クソッ! 増援はまだか!」


 苛立ち紛れに叫んだジョニー。

 しかし、その直後に聞こえたのは増援の声ではなく何かの爆発音だった。


「……なんだ?」


 やや怯えた表情で様子を伺っているポール。ジョニーもまた暗闇に目を凝らし、見えぬものを見ようとして真剣な表情だ。そんなレオン家首脳部のもとにやって来た伝令は、西門側に展開していたスペンサー家からだった。


 ――――ドレイク様より伝令!

 ――――西門付近にて軽戦闘進行中!

 ――――門付近の城壁を爆破し突入を図る!

 ――――東門付近にて殲滅されたし!

 ――――ル・ガル万歳!


 細かな伝達が難しい状況では概略だけをやり取りし、その場でアドリブの対応を求められる。それ故に類型化して考え対処もパターン化する様に指揮官は教育を受けるものなのだ。


 まだ経験の浅いポールは無意識にジョニーを見た。ベテランが何をどう考えそう対処したのか。それを受けるジョニーを見れば次の決断の指標となる筈。そんな考えだったのだが……


「さて、参ったな。向こうもか」


 ジョニーはまず、内部の混乱が城内全てに伝播していると考えた。それ故に、まっすぐ砲火に晒されない東西出口から打って出て、事態の改善を図る事を考えたのではないかと推測した。


 数%可能性として、それが計画通り作戦通りの対処である可能性も考慮したが、仮にそうであるならば、こちらは突入しない方が賢明なのかもしれない。だが、すでに銃は限界に近いらしい。


 各所で散発的に暴発が続いていて、再装填を躊躇う兵士が続出している。金属薬莢を機械的に装填する銃ならばともかく、魔法発火でしかない火縄銃では槊杖による圧搾が必須の工程だ。その圧搾工程で暴発しては使い物にならない。


「アッバース銃兵はまだか!」


 ジョニーはややイラついた声でそう確かめた。

 だが、それの返答は意外なことに伝令が発した。


「アッバース銃兵は南門付近にてジダーノフ家と共に応戦中!」


 ……あっ!


 そんな表情を浮かべたジョニーは実態を掴んだ確信を持った。もはや組織的な抵抗を諦めた獅子軍側はとにかく破れかぶれな脱出を図っているらしい。最初に補助軍が飛び出たのは、銃の消耗を誘う作戦かもしれない。


 続いて市民が脱出を試みているが、それはつまり、街の首脳部がすでに城内に居ない証拠かもしれない。少なくとも獅子の支配階層がまともな思考回路であれば、市民を盾に脱出などと言うふざけた作戦は考えないだろう。


「大佐! きっと街の指導者は死んでる! まず砲撃を中止させよう!」


 ポールが提案したそれは、町中への侵入を図り街自体を占領する案だ。だが、その為には街の内部を正確に把握する必要がある。そして、従来の軍隊同士が激突する戦争ではなく、一般市民を相手にした戦いが始まってしまう事を意味した。


「おぃポール! おめぇやるからにはてめぇの首を掛けろよ?」


 渋い声音でそう言ったジョニーは任侠の男に戻っていた。そして、待機していた伝令を呼びつけ言伝を託した。


「伝令! キャリに伝えろ! 城内は混乱の極みで指揮系統は崩壊した模様! 市民は脱出中! 城内に突入を図る! 砲撃を中止されたし! 以上だ!」


 突入の覚悟を決めたジョニーにポールは笑顔になった。

 だが、それに続く言葉は意外だった。


「ロニー! ポールを支援しろ!城内へ突入して一番高ぇ所にレオン家の旗を立ててこい! 俺はここで飛び出てくる奴らへの攻撃を指揮する! いいな!」


 小気味良い言葉が弾け、ロニーは元気よく『へいっ! 合点でさぁ!』と応じつつ馬の背に載せてあった銃を取り出し『館! 行きやすぜ!』とポールを煽った。


「おぃポール! おめぇに華を譲ってやる。レオン家の主らしく振舞えよ。ぬかるんじゃねぇ! いいな!」


 レオン家の中でも指折りの腕利きがすぐさま集まり、城内への突入準備が整えられた。およそ500騎ほどの騎兵は手にしていた銃を銃列の面々へ譲渡し、銃身の短い20匁のカービン銃へ弾を込めた。


 ――――御屋形様!

 ――――いきやしょう!


 眩く輝くマホガニーレッドの体毛を風に晒し、胸甲だけを身に着けた騎兵が血気に逸っていた。それを見たポールはやや小さな声で確かめるように言った。


「大佐は……行かないのか?」


 やはり年相応にビビリが出たか?とジョニーはにやり笑いでポールを見た。その眼差しに『見透かされた!』と気が付いたポールがやや恥ずかしそうな顔になって表情を曇らせた。


「なんだおぃ。レオン家の主がこんくれぇの事でビビってんのかよ?」


 嗾けるように言い放ったジョニーだが、ポールはさっと表情を強張らせた。たとえ負け戦だろうと尻尾を振りながら喜んで突入する。そんな猪突猛進なスタンスこそがレオン家の美徳。


 痩せ我慢と強がりこそがダンディズムの真骨頂なのだから、ビビってひよって怯えた姿などありえないし許されないのだ。


「そっ! そんな事ねぇ! ただ、大佐の方が指揮経験長いから……」


 後半の声は消え入りそうな程に小さいものだった。それこそがポールの本音なのだが、男の子には冒険が必要だ。小さな経験を積み上げたところで、小さくまとまってしまうのが関の山なのだから、デカいヤマを経験させなくてはならない。


「ンな事ねぇ! ビビってんじゃねぇ! 散々言ったろうがぃ! サクサク行ってこいや!」


 そう煽って笑ったジョニー。ポールは一瞬だけ憮然とした表情になったが、その直後にグッと気の入った表情となっていた。


「野郎ども! 突入すんぞ! 続け!」


 ポールは真新しい軍刀を抜き、西門めがけて走り出した。城内に入ってしまえば馬より徒歩の方が有利だ。背中に背負ったカービン銃は、接近戦闘では威力を発揮するだろう。


 ――――よしよし……


 一丁上りとほくそ笑んだジョニーは、銃兵段列に向き直って叫んだ。


「全員銃身の冷却に努力しろ。振り回そうが煽ごうが自由だ! 射撃を続行する」


 ポールたちの突入が始まり、一瞬だけ間が開いた。この瞬間こそが貴重な貴重な冷却タイムなのだから、銃兵は銃を振り回して風に晒し、銃身を冷やす努力を始めていた。


 ――――さて……

 ――――うまくやれよ……


 そんな事を思ったジョニー。だが、その直後、ジョニーの前がパッと光った。何かが爆発したのか?と驚き『え?』と、素っ頓狂な声を上げたジョニー。その光の中からメイド服姿のリリスが実体化してきたのだ。


「ジョニー君ダメッ! 行かしちゃダメ! 罠よ!」


 必死の形相で叫んだリリス。だが、すぐ近くにいたリベラが渋い声音で『姫…… 手遅れでやんしたね』言い、厳しい表情になった。ウィルを従えたリリスは凍り付いたような顔になりつつ『中で罠を張って待ってる!』と叫ぶのだった。


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