表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
530/665

秋の訪い作戦 <前編>

~承前




「正気ですか? ドレイク卿」


 訝しがるように言うキャリは、唐突な提案を行ったドリーの真意を確かめた。他国の代表を交えずル・ガル関係者だけが集まった中央大幕屋の内部には、ル・ガル軍団の首領がそろっていた。


 夏の終わりの砂漠地帯は、油断すれば一桁台まで気温が下がる。しんしんと冷えて来る夜の闇に溶け込むようなドリーの低い声は、現状のル・ガル陣営が置かれた状況そのものだった。


「もちろんであります。若」


 鷹揚と首肯したドリーは、巨大な戦況卓の前に立つと現状の戦力配置を示しながら自らのプランを説明し始めた。大量の増援が到着して早くも一週間が経過した日の夜の事だ。


 各公爵家の当主が勢揃いするのは中々みられるものではない。だが、幕屋の中には次期王であるキャリと宰相候補筆頭であるタリカの姿もあるのだ。そして、統合参謀本部長としてジョニーが参加し、王府情報将校としてアレックスも首を突っ込んでいた。


 だが、本当に驚くべきはキャリとタリカの近くに立っているララの存在だ。彼女は母サンドラの手により最強のボディーガードを宛がわれ、堂々と軍議に参加していた。


「現時点で最前線兵士の交代は完了しました。まだ体力のある者は第二戦列の形成を進めております。傷病者及び疲労者は後方へ再配置となり、補給業務の管制と警備に就きました。これにより補給路の円滑な運営が可能となっております――」


 ララと共にやってきたおよそ10万の戦力は再配置と戦術的教育が終了し、何時でも行軍が可能な体制となった。これによりル・ガル国軍は持てる戦力の全てを投入した大攻勢が可能となったのだ。


「――強力な補給体制の構築により糧秣及び弾薬の前線備蓄はこの戦役で最多となっております。また、続々と続く戦闘補助科員により供食体制や生活雑務などの運営に兵を割く必要が無くなりました。つまり、持てる戦力全てを投入できます」


 この時代においての全力攻勢とはすなわち、軍団の維持を目的とした予備兵力の全て投入することを意味する。あくまで一般論ながら、一人の兵士の戦闘能力を維持するためには最低でも二人の補助を必要とするのだ。


 だが、最前線にはル・ガルより様々な階層の者たちが、戦闘を支援する名目でやってきていた。日に三度の食事を調理し配膳し後片付けする業務に兵を割かなくてもよくなった。


 何より、水かさの減った大河イテルへ危険を冒して水汲みに行く必要が無くなったのだ。ル・ガル内地から伸びてきてる補給路には、巨大な運搬用のタンクを背負った馬車が配属された。途中の小川で水を汲み、それを毎日輸送していた。


 戦線における清潔な水の存在は士気に大きく影響する。水と食料がしっかり供給されて、それで初めて嗜好品に手が伸びるのだった。


「今こそが好機であります。全戦力を投入し敵軍陣地を粉砕。そのままジェンガンまで攻め入り占領しましょう。そして彼の都市を我が軍の前線本部とし、恒久的な輸送体系を構築し、もって彼の国の深部へ進行する足掛かりとします」


 ドリーはグッと顎を引き、鋭い視線を撒き散らしながら辺りを睥睨して言った。それを一言で表現するなら大攻勢としか言いようのないものだ。獅子の国との戦役も、彼の国にしてみれば小競り合い程度かも知れない。


 だが、こちらが本気になる事で向こうも本気になる。その結果、彼の国の内情が不安定となり、こちらが望む結果になる公算が高い。そう。簡単に言えば、獅子の国の内部が完全に空洞化し、国家の崩壊を招くだろうと言う事だ。


「だが……王は主力の到着を待てと指示を出されている。ドレイク卿は王の意向を無視されるのか?」


 公的な会議の場故に、ポールは余所行きな言葉を使ってドリーの真意を問いただした。カリオン王が何を危惧しているかは解らないが、少なくとも何かしらの思惑があって決戦に及ぶなと釘を刺している。


 直接的に指示を聞いたわけではないが、王には王の思惑があるはずだ。もっと言えば、王府の情報網だけが掴んだ何かしらの戦略的な都合があるのかもしれない。


「いや、王の意向を無視するのではなく、その意向を汲み取り、王が御自ら御越しになる前の地均しをしておきたい。そうすればその先の侵攻作戦などで円滑な流れになるのが目に見えて『要するに武功を上げたいんだろ?』


 ドリーの言葉にジョニーがそう口を挟んだ。大武偏者であるドリーの真意は誰にだってすぐにわかる。王に褒められたい。或いは王と共に馬で駆けたい。最前線で王と馬を並べたい。


 そんな願望を持っている男の夢。或いは野望その物の発露だろう。王より賞賛の言葉を浴びた上で、更にその先へ先へと進んでいく。その為には少々の命令違反もやむを得ない。要するに勝てば良いのだ。


「……本音は言わないつもりだったんだがな」


 苦笑いを浮かべてそう漏らしたドリー。

 だが、ララは厳しい表情で口を挟んだ。


「ドレイク卿…… 父からの書面には…… なんとありましたか?」


 こんな場面では男より女の方がよほどリアリストになる。そして女は男の子の無鉄砲を諫める役回りだ。その姿にリリスは妙な安堵を覚えるが、ドリーはバツの悪そうな顔をしつつ、懐よりカリオンからの書状を取り出した。


「簡潔に言えば、聊爾(りょうじ)恙無(つつがな)く……であります。姫」


 軽はずみなことはするな。命令無視はするな。要するに大人しくしていろ。王が何を思ってそれを書いたのかは、正直解らない部分があった。だが、公爵五家の中で最も武闘派かつ最も武偏の者たちが集まるスペンサー家だ。


 ここでやらなきゃいつやるのだ?と。少なくとも王はドリーを名指しで指名して書状を送ってきた。その意図は明瞭で、要するに前線を預かる最高責任者とみなしているのだろう。


「私個人としては断固反対です」


 ララは少しばかり冷たい言葉でドリーの願望を粉砕しに掛かった。だが、それに口を挟んだのは、以外にもキャリだった。


「……とりあえずドレイク卿の思惑を聞いておきたい」


 キャリは真っ直ぐにドリーを見て問いただすように言った。何となくそれをしないと父カリオンに叱責されると思ったのだ。思えば父であるカリオン王は、基本的に人の話をよく聞くタイプだ。


 何を思ってそうしたのか。どう考えてそう結論づけたのか。感情論や虫の良い話ならば容赦無くその案を斬って捨ててしまう。だが、そこに僅かでも考慮する余地があるならば、じっくり話を聞き、対話を重ねて結論を導き出す。


 そんなスタンスの父をキャリは間近で見てきた。そしてそれがだいたい良い結果を出すこともだ。やはり対話こそが問題解決の基本と言える。だが、それはまず自分の中に確固たる方針がある場合に限られる事をキャリはまだ学んでなかった……


「ご配慮まことに痛み入ります。さすれば手前の考えを述べさせて頂きますが、まず最初に考えるべきは、この戦役が終わった後でございます。王はオオカミとの闘争においても常に事後を念頭に置かれておりました、これはひとえに――」


 ドリーの目がキャリを真っ直ぐに見ていた。

 その立ち姿のどこにも隙が無い状態で……だ。


「――カリオン王が薫陶を受けたヒトの男の存在故であると手前は愚考致します。それはつまり、ヒトの考える戦略の肝。戦の勝ち負けなど些事に過ぎず、最も重要な事はこちらが望む形を手に入れる事です。我らの欲する生存圏の確立と緩衝地帯の構築。さらにはガルディア全体の利益として交易圏を拡大します」


 ドリーの口を突いて出た言葉に全員が耳を疑った。戦の勝ち負けなどどうでも良いと言い切ったドリーは酷く真面目な顔になって言葉を続けた。


「これから……いや、まもなく王は他国の切り札とも言うべき戦力を率いてこの地へおいでになる。その時、他国の最高戦力が見るのは勝利を掴んだル・ガル軍団か否か。そう。現状維持しか出来ないル・ガル国軍を彼らがどう見るか?です」


 ドリーは今後の為にそれを行うと表現した。簡単に言うならば、他国の支援など要らないし、ル・ガル単独でもこれ位の事ならば出来ると。ル・ガルの実力はお前らの支援など無くとも大丈夫だと見せ付ける為のもの。


 言い換えるなら、ル・ガルが今後もガルディアにおける主導権を握り続けるための布石。カリオン王によって組織されたガルディア円環同盟において、種族国家間の利害衝突を引き起こした際、そのキャスティングボート握る為だった。


「……なるほど」


 ドリーの言葉にキャリは一言だけ応えた。

 ただ、キャリの隣に居たタリカは思わぬ反応をみせた。


「なぁ……ドレイク卿の言う通りだぜ。このままじゃイヌは舐められる。ここらで俺達の強さを改めて見せ付けておいてよぉ、どっちと踊るかよく考えろってやっとくのも悪くねぇと思うぜ」


 他ならぬタリカがそう言った。オオカミであるタリカが言ったのだ。それは言葉尻以上に重い感情を全員に植えつけた。イヌの側に立つことを選んだオオカミがそう言ったという事実に、説明出来ない感情を昂ぶりを覚えたのだ。


「……言いたい事はよく解る。ただ……」


 キャリが何かを言い出そうとした時、それを遮ってジョニーが口を挟んだ。公爵家の家名を背負う者ではなく、貴族ですらもなく、ただ純粋に兵の立場の頂点にある者としての言葉だった。


「なぁドリー……もっと素直に言っていいんだぜ。要するによぉ…… 勝ちてぇんだろ? あの連中に一泡吹かせてぇんだろ? あのとんでもねぇ連中とガチでやり合って勝ちてぇ。それだけじゃねぇのか?」


 それがジョニーの素の言葉なのはすぐに分かった。あの王都の花街でその名を知らぬ者はいないとまで言われた無頼のジョニーだ。武闘派で喧嘩早くて、しかも情に篤くて気風の良い漢。そんな男ならばドリーの本音もよく見える。


 ここまで突っ走ってきたカリオンの治世では、もはや大規模な戦はありえないかもしれない。戦場で輝きを放った男たちが残す綺羅星のような武勇伝。その輝きはドリーだけじゃなくル・ガル騎兵数多の胸で今も眩いのだ。


 そう。これから先は武勇だけでなく知略が重要になる。権謀術策渦巻く蟲毒壺の底で頭をひねって相手を陥れることが肝要なのだ。だからこそドリーは、この最後の戦場でおもっきり暴れてみたいのかもしれない。


「……まぁ、それは否定しない。ただ、一応スペンサー家の名誉にかけて言うが、私は純粋に戦後を見ている。かの国の一部でも占領したなら、その場の権益を守る為に必要な既成事実を得ておきたい。誰が一番血を流したのかは重要だろ?」


 難しい政治闘争の中にあって、男の意地とメンツが激突している。だが、どちらかを悪者にしてしまうのは避けねばならない。そんな難しい局面にあって、キャリはどうするべきかを思案した。


「ドレイク卿も…… 参謀総長も…… 言いたい事はよくわかりました」


 キャリは幕屋の中をグルリと見回してから一つ息を吐き、内心で言葉を整えてから目を瞑って最後にもう一度息を吐いた。そして、そっと眼を開いた後で静かに言った。


「今夜はもう遅い。一晩冷静になって考え、明日の晩に結論を出そう。攻めるは容易く、守るは難しだ。最終的にどうするのがイヌの利益なのか、よくよく検討しようと思う。軽はずみな事をすれば……人が死にますからね」


 キャリはその場をそうやって抑えた。そのまま論議を続ければ、他の公爵すらも賛同しかねないと思ったのだ。だが、正直に言えばドリーの危惧する内容も良く解るし、賛同している部分も大きい。


 イヌはイヌの生存圏を自分達自身で作り上げるのだ。それがガルディア最大版図となるならば、イヌの未来は安泰と言えるだろう。まだまだ国内では混乱が続いている面もある。それ故、官僚達から舐められないような金星も必用だ……


「そうね。それで良いと思う」


 ここまで黙っていたジャンヌがキャリに賛同した。急いで結果を出す必要もない事だ。王はあくまで到着を待てという指示なのだから、時間を浪費したとしても文句は出ないだろう。


「では、明日また続きを討議しましょう」


 最近は普通にルイと呼ばれているフェリペがそう切り出し、その場はお開きになった。各々がそれぞれの幕屋に引き上げるなか、キャリは不意に夜空を見上げて思案した。


 ――――父上ならどう考えるだろう?


 ふと思い至ったそれは、父から子へと受け継がれる物の本質だ。長いマズルの顎を擦りながら、マダラでは無くイヌの姿に生まれた事をなんら疑問に思う事無く、キャリは思慮の深みにはまっていった。


 ――――攻めるは容易く……か


 ふと思いだしたそれは、ビッグストンで教えられた戦術と戦略の授業における心構えの格言だった。突撃将校の量産を防ぐ為に造られたカリキュラムの根幹は、いかに人的被害を抑えるかが要点だ。


 そして、戦術的目標と戦略的な結果を明確に区別する事を叩き込まれる。戦略的な敗北は戦術的勝利では補えない。しかし、その逆はあり得る。つまり、勝つ事で負ける事になる。


 ――――ここは……攻めるか……

 ――――けどなぁ……その後が問題だな……


 様々な事柄が頭の中をぐるぐると駆け回って思考の堂々巡りをし始めた。結論を急いではいけない問題だが、早急な結論が無ければ敵方に後れを取ることになる。そしてそれは、ル・ガルにとって致命的な失敗となりかねない。


 無意識に歩き始めたキャリは、己に宛がわれた幕屋へと戻ってきた。ビッグストン卒業生であるからして、身の回りのことは全て自前で出来る。しかし、他ならぬ次期帝故に身の回りの世話役が全てを整えてくれていた。


「すまないけど何か酒以外の飲む物を。出来れば暖かい物が良い。あと――


 不自然に硬い声になっていたキャリだが、努めて柔らかに喋ろうと努力した。ただ、近習の者たちに依頼を出したところで不意にタリカが姿を現した。その傍らにはララが居て、共に厳しい表情だった。


 ――それを用意出来たら私とタリカ達だけにしてくれ」


 そう指示を出すと、すぐに温められた乳が用意された。

 味からして牛では無く羊か山羊だと思われた。


「ありがとう。諸君らも休んでくれ。今日も一日ご苦労だった」


 部下は必ず労れ。カリオンからきつく言われているそれは、祖父に当たるゼルの教えその物。しかし、それが意味する所はキャリにもよく解っている。大切に扱われる者は、主を大切に扱うのだ。


「……どうする?」


 タリカは殊更に険しい表情のままそう切り出した。ややもすれば気圧されかねない剣呑さをまとうのはララも一緒だ。そんなふたりを前に、キャリは国王の訓練を積み重ねていた。


「正直言えば反対だ。積極性の無さと取られる可能性もあるが、危険性の大きさを鑑みれば大人しく父を待つべきだと思う。ただ、確かにドレイクおじさんの言う事は間違い無いが、それにしたって……危険が大きすぎる」


 ドリーのプランがあまりにリスキーなのは言うまでも無い。勝ち負け云々では無く、勝ってしまった場合に戦後処理がより難しくなる事が問題だった。中途半端に場面の勝利を重ねた場合、深みにはまりかねないのだ。


「そのまま獅子の国の深部へ進行するわけにはいかないからね」


 ララもそれを危惧していた。ジェンガンの街へ攻め込んだ場合、場面として勝利できる公算は高い。野砲による事前攻勢で敵戦力は随分と削ったはずだ。だが、それでも相手は獅子の国だ。


 後方より新手の戦力を大量に繰り出してきた場合、それに対応する戦力をこちらは用意出来ないだろう。何より、新たな戦力を迎撃する為に前進せざるを得ない場面となったなら、ただでさえ伸びきった補給線に更なる負担となる。


「しかしまぁ……補給を必用としない魔法戦力主体の軍は手強いな。正直うらやましい位だよ。わが軍も同じように魔法攻撃を研究したいもんだ」


 そんな風にボヤいたタリカは、ル・ガル軍団の抱える構造的な問題点を充分に認識していた。そこに垣間見えるのは歯痒さと悔しさだ。強力な破壊力を持つ野砲を運用するのだが、その消耗度合いは戦果に比例する。


 物資の大量消費こそが大戦果の肝であるが、それだけの物資を輸送するのはとんでもない負担なのだ。前線の砲全てで満足に砲撃し続けようと思えば、一日で大型馬車3台分の砲弾と火薬を消耗する事になる。


「魔法は消耗するのが体力と精神力だけだからね。けど、タリカはどうなの? 行くべきだと思う?」


 ララは真っ直ぐにそう問うた。下手な言葉選びなどする必用など無いからだ。ふと気が付けばララは完全に兄ではなく姉になっていた。立ち振る舞いも要所要所の身のこなしも全てが女性的だった。


「……あぁ。俺は好機だと思う。一気にジェンガンまで攻め込み、あの城塞都市の防壁を使って立て籠もるべきだと思う。500匁砲なら壁越しの弾道曲線射撃で攻撃できる。先ずあの街へ前進し、後続戦力へ嫌がらせ砲撃を続けた方が良い」


 それは、あまりにもっともなプランだ。既に現状では野砲の射程圏内に敵陣地は存在しない。延々と砲撃され続けた結果として、獅子の国は5リーグ近く後退したところで防衛線を敷いていた。


「言いたい事は解った――」


 キャリは短くそう応えた。タリカが言った砲と共に前進する作戦は、キャリにとってある意味では安堵を覚えるものだった。尾栓の破裂により大怪我を負ったのだから、砲が怖くなって当たり前と言える。


 タリカはそれを乗り越えたのかも知れない。或いは、責任感故の進言かも知れない。だが、散兵戦術と野砲を組み合わせた攻勢を行うには良い機会だ。敵戦力を粉砕し、一気に前進を図りつつこちらに有利な状況を作り出す。


「――けど、補給路をどう守備する?」


 問題点となるものを一つずつ洗い出し、それに対するケアを慎重に考える。結局のところ、これを疎かにすると間違い無く痛い目に遭う。だからこそ軍人はリアリスト思考を求められるし、その様に厳しく育てられるのだ。


「ちょっと待って。そもそも獅子の国の補給路を迂回させた戦力で叩くのが本願じゃ無いの? なに前進する気になってるのよ」


 ララは口を尖らせてそう言った。そう。そもそものプランでは、正面戦力で拮抗状態を造り出した後、迂回戦力を仕立て上げジェンガンからの補給路を断ち切る作戦だった筈だ。


 それがいつの間にかジェンガンその物への侵攻作戦に化けている。ドリーが言う様に、補給の中継点であり物資の備蓄拠点であるジェンガンをそっくり頂こうって話にすり替わっているのだ。


「だからだな。ジェンガンまで前進し、獅子の国が奪回に動くだろうからそれを叩く事で戦力を釘付けにする。そんで、こちらは補給路をしっかり整備し、道中の護衛には後方戦力を宛がう。ジェンガン内部に3会戦程度分の物資補給を行い、籠城線を戦えるだけの状態にしておきたい――」


 タリカはそんな方針を示した。

 そこに見え隠れするのは、その後を見据えた布石そのものだった。


「――連中はジェンガン奪回を狙って軍を派遣するだろうし、頭の切れる奴なら補給線を絶とうと迂回するかもしれない。そいつらを第二戦線軍団で叩き潰し、連中の戦力を漸減していく。守備的な戦闘であれば銃兵を複数段配置にした防衛戦線が最強だし、集中砲火なら魔法攻撃よりも強力だ」


 タリカは何気なく言っただけなのかもしれない。場当たり的な言葉が出ただけと言われれば、それは否定できないだろう。だが、冷静に考えるとそれは実に魅力的なプランだ。


 大攻勢を掛けることにより敵勢力に圧を加える。奪回の為に正面から攻め込んでくるなら野砲で散々打ちかけて、平原で徹底的に討ち取ればいい。迂回してくる戦力は迎撃戦を行えばいいのだ。銃兵の最大攻撃力を発揮出る場所まで誘い込める。


「キャリ?」


 不思議そうな顔になったララがキャリを見ていた。ふと我に返ったキャリは、自分が僅かしかない額をさすりながら思案している事に気が付いた。父カリオンが思案に沈むときの仕草だ。そしてそれは、父の父ゼルがしてた仕草だという……


「あ、いや……何かがカチッてはまったよ」


 キャリは幕屋の足元に絵を描いた。腰を下ろす所には分厚い緞帳を敷いてあるのだが、そこ以外は基本的に砂の上。キャリの指先はその砂の上に複雑な機動線を描いた。


「まず、軍団主力を複数に分けて三方より進行させる。それに沿って野砲を前進させ城壁越しに内部へ遠慮なく撃ち込む。しばらく撃っていれば内部は酷い事になるだろうから、そこへ散兵を突入させ内部を掃討し、占領して野砲の再配備――」


 キャリは戦略的な手順を示し始めた。すでに獅子の国の前線本部には碌な戦力がなく大半の戦力はジェンガンに後退しているようだ。つまり、攻め頃なのは間違いない。


「――明日、各軍団長に要旨説明を行ってもう少し具体的にプランを練ろうと思うんだが、これ、上手くいけば完全に獅子の国を混乱させられるし、何か不始末があっても損する局面は少ないと思うんだ」


 キャリが続けた説明は、どっちに転んでも問題がないものだった。

 ただ、経験の少なさとか手前味噌な調子のいい話とは違うもの。国家的な実力の違いをキャリたちはまだちゃんと理解していないのだった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ