最高戦力の投入
~承前
あれだけ暑かった日々が嘘のように消え去り、涼しい風が吹き始めた8月終わりの王都ガルディブルク。マサとタカによる国家総力戦の提案から早くも3週間が経過し、用件を済ませたふたりは戦線へと帰って行った。
ただ、総力戦の為に発した王の言葉が王都から全土へと流れ飛び、王都は元よりル・ガルの全土が蜂の巣を突いたような騒ぎになりつつあった。
――余は諸君らの勇気と愛国の精神を求めている!
王府の策定した国家総動員体制は、ル・ガルに残っていた戦力を洗い浚い戦線へと投入する恐るべきものだったが、全ての国民を何よりも驚かせたのは、かつてキツネの国で行方不明になったララを将軍に任じて戦線へ送り出したことだった。
ヒトの国で言う所の、ノブレスオブリージュ。貴族たる者、王の一門たる者に課せられた、国家への奉仕と自己犠牲の発露によるもの。その為にどれ程の恐怖を感じたか解らないララ姫が再び戦場へと出て行く。
――――ララ様……
――――怖かろうに……
そんな言葉が国中に飛び交い、王が求めた兵役志願募集の窓口へ多くの国民が殺到していた。かつて国軍で兵役に就いた者だけで無く、各公爵家の私兵から引退した者やその子孫達が次々と志願書を提出した。
「速報値ですが、凡そ200万と言う数字が出ています」
城の執務室でウォークからその報告を聞いたカリオンは、遠く西の空を見ながら顎を擦って思案に暮れていた。少々想定外な規模で兵が集まるかもしれない。そんな事実に胸が躍るのでは無く不安が渦巻いていた。
国民の熱意と忠誠心による行動なのは間違い無い。だが、上手く御せねば自分自身を焼く炎になりかねない。燎原に拡がる焔の如くに広まっていくそれは、一歩間違えば命尽きるまで走り続ける暴走機関車その物だ。
ル・ガルという国家が命尽きるまで走り続ける狂った獣の様になってしまうかも知れないし、場合によっては世界を焼き尽くす炎となってこの世の終わりを招いてしまうかも知れない……
――――困った事態だな……
苦り切った表情でため息をこぼしたカリオンは、執務机の上に目を落とした。そこには各国の主からの書状が並べられていた。その内容はと言えば、各国に向けてカリオンが送った、総力戦の提案への返答だった。
「各国からの返答も……困ったものだな」
呆れた様にぼやいたカリオン。
だがそれは、カリオン自らが蒔いた種の結果に過ぎない。
「他ならぬ陛下より勝利の希望を煽られては……乗らぬ方がバカでしょうね」
同じように呆れた口調でウォークがそう呟く。戦線へ送り込まれた新型砲の威力は凄まじく、雨期開けを待っていた獅子の国を撃退しつつあるとカリオンは書いたのだ。
少々手痛い失敗もしたが、総体としてはこちらが圧し気味である事。断続的な砲撃により獅子の国に少なからぬ被害が出ていて、獅子の国の国家体制を揺るがせるかも知れないこと。
何より、彼の国が置かれている環境では、手痛い一撃を与えれば体制崩壊に結びつきかねない。その結果として、ガルディア大陸国家群と獅子の大陸の間に大きな緩衝帯を作り出せること。
それが手前味噌な希望的観測である事は論を待たない。だが、そんな妄想のような事態――獅子の国に勝つ――を前に、キツネは驚くべき反応を見せたのだ。
「まさかこれ程に乗り気で反応してくるとは……思わなんだよ」
驚く程に上質な紙で作られた巻物状の返信には、皇が直筆で書いたと思われるキツネの方針がビッシリと書かれていた。
まず、イヌの王が愛娘ですらも戦場へと送り出した事への賞賛と見舞いの言葉。そしてその不安を思い連帯を示したいと欲するキツネの思い。それを具体的に行動で示す為、キツネはその国内において最も腕の立つ集団を派遣すると通告した。
「……幕府旗本衆……ですか」
引きつった様な表情でそうウォークが言う。キツネの国の幕府旗本衆とは彼の国の皇尊が任じた国内政治の実行集団――幕府――の持つ、最強の戦闘集団だ。
皇の住まう禁裏をガードする為に編成された戦力とは異なり、幕府が持つ最強の戦闘軍団となる組織。彼らは攻撃系魔法を自在に使いこなすだけで無く、肉弾戦闘でもバキバキに強い一団だと皇は書いていた。
そして、それ以上に驚いたのは皇とは別に七狐機関を差配する九尾の長。葛葉御前から差し出された書状だった。皇では無く九尾のキツネが集まった枢密院である七狐機関の手足となる公儀隠密組織を送り込むというのだ。
幕府旗本衆が攻撃魔法と肉弾戦闘を旨とする喧嘩集団ならば、七狐機関に属する公儀隠密は本来幕府を監視する為に編成された忍者その物。様々な諜報活動に従事しているのは元より承知しているが、その戦闘能力は未知数。
だが、かつてリベラは七狐機関は恐ろしい集団と言っていた。そして、シモツキと名乗るあの隠密とはやりあった事があるのだろう。あのリベラと決着がつかなかった相手が複数送り込まれる……
「キツネは本気になったようだな」
カリオンが言うとおり、敵に回すと恐ろしい事この上ない存在。だが、味方であれば実に心強い存在でもある。一度は本気で斬り結んだ相手だけに、その強さを肌感覚として理解できるのは大きい。
そして、戦場の不安感を拭い去る安心感は、強い存在によって裏打ちされる。だが、そこはかと無く感じる打算的要素は、キツネにもあるであろう生臭い部分の顕現化だった。
戦とは利を求めて行うものであり、大義や理由は存在すれば良いのだ。まるでそんな声が聞こえてくるようでもあるのだが、その一番の理由はキツネの国からの書状と共に到着したネコの国からの書状だった。
「で、サヴォイエ……騎士団……か……」
それがどんな存在であるかは全くわからない存在。だが、獅子の国の戦線へと行かず城に残ったセンリとヴェタラに問い合わせたとき、その正体が判明した。
「実験体とは恐ろしい響きですね」
「まったくだな」
ウォークの言葉にそう返答したカリオン。センリとヴェタラが回答したその内容を一言で言えば、ネコの国にはびこる狂気の産物だった。
極限環境に生活するネコの国では、子孫を残すと言う意味で女の存在は実に重要だった。だが、ここで勘違いしては行けないのが、決して女が優遇されているわけではないと言うこと。
突き詰めれば『子供を産める女が重要』なのであって、逆説的に言えば子供を産めない女など何の存在価値もない。女とは一族の子を産ませ家と子孫を残すのただの道具で、それ以下の扱いは多々あるがそれ以上になる事は絶対に無い。
そんなネコの国にあっては、女の価値を高める為に想像を絶する狂気の極みな事が行われていた。
「試し腹とは……恐ろしいことを思い付くものだ」
「正直、吐き気を催しますね」
試し腹とは、実の父親が娘を犯し、妊娠させた状態で嫁入りさせるのだと言う。もちろん、生まれてくる子供にまともな人生などあろうはずもなく、奴隷のまま消耗品のように扱われて死ぬだけ。
しかし、そんな試し腹の風習もネコの国の女王を産み出す為とあらば意味が変わってくる。とても言葉には出来ない非道の手段をもって近親交配を繰り返し、血が濃すぎる子供を作り出す。
そんな子供達のなかには、100人か200人かに1人の割合で恐るべき魔力持ちが生まれる事がある。そんなトンでもない魔力持ちの存在同士をさらに交配させてやることで、加速度的に魔導的な才能が濃縮していくのだとか。
――――そこまで言やぁ後はわかるだろ?
――――単に確率の問題だ
心底嫌そうな顔になったセンリは、吐き捨てる様に言った。
――――計画的に交配された子供を親が犯すのさ
――――或いは子供が母親を犯す
――――もっともっと濃縮するんだよ
話を聞いていたカリオンとウォークが表情を無くしたが、センリは表情を顰めて言葉を続けた。ネコの国の恥部とも言うべき狂った風習。しかし、それをせねば国家や民族が滅んでしまう極限環境にネコの国はあった。
――――アンタも見た事があるだろ?ミケって呼ばれるネコの女さ
――――毛の色が3色になったネコは生物的には異常な状態なんだよ
――――そうさ 限界を超えて濃縮するんだよ
――――そうするとね 自然に重なりが生まれるのさ
――――ミケって言うのは重なりの事なんだ
表情を歪め説明するセンリ。
その後に言葉を続けたヴェタラは、吐き捨てるように言った。
――――当然のように失敗作の方が多い
――――けど、時々は上手く成長する子が出てくる
――――まぁ大概が女なんだけどね
――――それを集めて教育して最後には子供達同士で戦わせる
――――そこで生き残った存在だけが女王になれるんだ……
そこまで聞いたとき、カリオンは『まさかとは思うが、数少ない男が?』と言葉を発した。そして、それを聞いたセンリは眉間に皺を作ったまま首肯した。ミケと呼ばれる遺伝子異常な存在は女の方が多い。
しかし、男は産まれないとは言っていない。そして、ネコの国の頂点は女であって男に用は無い。強いて言うなら、更に血を濃縮する為の胤付け役程度。そんな中で仮に胤付けすら出来ない者が居たとしたら……
――――それがサヴォイエさ
――――限定的だが女王と同じ威力の魔法を使える
――――生物の範囲にギリギリ入っているだけのバケモノだ
同じネコから見ても異常な集団。センリは言外にそう説明していた。ただ、だからと言ってはいそうですかで終わるわけにはいかない。異常な集団がどれほどの実力もつのか。なぜ今まで表に出てこなかったのか。疑問点は多い。
何より、共に戦列を組む相手として信用に足るのかどうか。カリオンの心配ごとはここに尽きていた。はっきり言えば、精神的に異常を来した単なる狼藉集団なのではないか?と心配しているのだ。
血が濃すぎるが故に人間的におかしな存在が生まれてくることは、イヌの国でもよく知られている。血縁や血統と言ったものが重要視されるイヌの社会では、いやでも血が濃くなりすぎておかしな人間が生まれてくるのだ。
話を聞きつつ言葉を失っていたカリオンは、最後には『正気か?』と問うた。それがあまりにも”まともな神経とは思えない”状態だからだ。だが……
――――そりゃ仕方がないさ
――――誰だって少しくらいはおかしな部分がある
――――ことにネコってのはね……
それ以上の事を言わなかったセンリだが、言いたいことは十分に伝わってきた。恐らくはネコと言う種族の特性なのだ。およそ600年などと言う桁外れに長い寿命の中で、少しずつ少しずつ正気を失っていくのだろう。
そして、そんな正気を失った者が世代を重ねていった結果、種族、或いはその家を護る為に行ってきた行為に、どこか快楽的な愉悦を見いだしたのだろう。全く見当違いの可能性もあるが、そうとでも考えなければ説明が付かなかった。
「まぁ……懸念は御尤もですが……戦力としては心強いですね」
暗に悪感情の存在を認めつつ、ウォークはあくまで前向きな言葉を吐いた。実際の話として獅子の国に対抗する為には、少々危険な橋も渡らざるを得ないのだ。
「その意味では……このトラの国の存在は心強いな」
「えぇ。少なくとも種族的国民性としてはネコより余程……」
カリオンの穏やかな言葉にウォークがそう返す。キツネやネコに続き届いたその書状は、かのトラの国の頭領であるシザバの記したものだった。
驚くほど長い文章は、ややもすれば冗長な印象を与えかねないもの。だが、シザバはその書状の中で、まずはトラの国をガルディア連環同盟の一員として見てくれた事への感謝を熱く述べていた。
「……情熱的ですよね」
「あぁ。それこそがトラの美点だ」
そしてシザバは、国内体制が一段落したのでいつでも戦列に加わるとしていた。かの国の沖合を埋め尽くした獅子の国の船団は、全て消え去ったのだという。どうやらヒトの一団の支援が上手く行ったようだ。
ただ、そこに並ぶ文言は少々不穏当なものだった。ここまで散々と辛酸を舐めてきたトラの国は復讐に燃えているのだという。それこそ、国を預かるシザバを先頭に、国中の男たちが武装して戦線へ向かうと述べている。
そもそもに膂力があり戦闘能力の有るトラの一団なのだ。その攻撃力は想像を絶するものがある。さすがに戦場でステゴロ勝負は無いだろうが、直接的に激突したならイヌはおろかキツネですら危うい。
「しかし……」
「あぁ。これでは見劣りしかねぬな」
ガルディア連環同盟の首魁はあくまでイヌである。イヌはその国力の全てを戦争へ投入すると決めたのだ。それ故に、あくまで中心的な存在有り続けなければならない。イヌ以外の種族の都合に振り回されるのはごめんだと、そう言外に示さねばならないのだ。
「早急に編成を整えねばなりませんね」
ウォークが広げたのは広く国民へ呼びかけた志願による国民兵団の再編成だ。およそル・ガル国軍とは各貴族の私兵を編成したものに過ぎない。国家が直接的に運用する軍と言うのは、突き詰めれば近衛師団しか存在しないのだ。
つまり、この時点で初めてル・ガルは国民軍を持つに至った。すべての国民に対し兵役と言う形で国家への参加を求めたのだ。それが国民の義務となる訳ではないが、少なくとも今それが国家に必要な行為なのだと国民は理解していた。
そう、これは愛国心の発露などではなく、自分の、自分たちの生活や文化や財産や、もっと言えば命と尊厳を守る為の行動だ。生きるか死ぬかと言う土壇場の所へ来ている事を、国民が理解した結果なのだった。
「……国民猟兵団か。なんとも大業な名前だな」
タカとマサが進言していった国民軍の名称。それは文字通りに狩猟などで生計を立てる者を中心とする遊撃団的な活動の名称だった。ただ、逆に言えば実態をよく表しているともいえる部分がある。
そもそも統制の取れた戦列を組むには、経験も訓練も足りなさすぎるのだ。故にまずは銃の打ち方を教えた上で敵から距離を取り、各個散発的な射撃を行いながら緩やかな波を作って前進せしむる戦闘を行うしかない。そしてそれは、ララが提唱した散兵戦術そのもの。野砲と銃兵を組み合わせた最新の戦術だった。
「ですが、消去法的にそれしか出来ません。まずは軍団編成を急ぎ、基礎教練を進めましょう。各集団に指揮官を送り込みそれぞれの小隊単位で戦闘を繰り返すのが肝要です」
ウォークがまじめ腐った顔でそう言った。だが、そこに見え隠れするのは重大な懸念に対する早急な対応と言う部分だ。ララを送り出す事に最後まで強硬な反対を見せたウォーク。妻となったクリスティーネも同様に反対論を述べていた。
少なくともかの国では女がどんな末路を辿るのか知れたものじゃない。仮にもイヌの王の娘であるからして、目の色を変えて手に入れようとしてくるかもしれないのだ。そして、その結末はただの慰み者だろう。
ララの派遣にリリスが同行し、さらには城の魔導士やリベラまでもがガードとして同行する事になった。それでも反対していたウォークは、最後には増援となる部隊にカリオン直筆の命令書を持たせる事で不承不承に首肯するに至った。
・王を含めた国民軍の到着を待つ事
・各国の増援軍団到着まで現状維持を至上命題とする事
・前線の押上や敵勢力都市圏の占領等を行わない事
要するに、これ以上の戦線拡大をするなと厳命するべきだとしたのだ。それこそ統帥権の越権行為だと軍内部からも声が上がったが、キツネの国におけるララの探索救援は偶々上手くいっただけで、広大な獅子の国の大陸では完全にお手上げになりかねない。
ル・ガルの国情を考えればララが捕虜となり奴隷となり、いずこかへ売り飛ばされたとしても、それを救援する方法は現実的には無いだろう。だが、国民感情的に収まりがつかないだろうし、強烈な突き上げが来ることは明白。
――――軍が国家の支援なしに獅子の国を打ち倒せるならともかく……です
ウォークがそれを言うと、渋い顔だった統合参謀本部はさらに表情を曇らせつつも、首肯を返すしかなかった。ル・ガルの国家的限界として、危険な橋は渡れないと官房長官であるウォークが危惧したのだった。
「あとは……ドリー達が上手くやってくれると良いが……な」
カリオンはドリーを含め、戦線に居る者達を信用している。いや、信用せねばやっていけないし、やってこれなかった部分もあるだろう。ただ、その戦線ではカリオンとウォークの願いを無視するような事が起きるのだった。
――――――――獅子の国との最前線
相変わらず野砲による嫌がらせのような攻撃が続いているガルディア連環同盟陣営では、タカとマサによる補給路の整備と輸送体系の効率化によって砲弾だけでなく野砲6門の増援が到着していた。
結果、12門となった野砲が連日連夜唸りを上げ続け、獅子の国の陣地はすっかり疲弊していることが見て取れた。
「このまま砲撃で全滅できるんじゃ無いか?」
腕を組んで上機嫌に眺めているタリカ。
その近くではキャリが戦況卓を広げて状況の把握に努めていた。
「あんまり調子に乗らない方が良いと思うんだ。最後は突撃が必用だろうし」
「まぁ、そうだろうけどな……」
上機嫌に水を差されたタリカの表情が曇る。しかし、野砲の着弾と同時に地響きを感じ、彼方で何かが大爆発しているのを見れば大喜びする。だが……
「……バカじゃ無いの?」
無邪気にはしゃいでいたタリカを窘める女の声が響く。全員が『え?』という顔で観測台の後方を振り返ると、ボルボン家献上の白銀に輝く胸甲を大きなワンピースの上に着込んだララが立っていた。
「え? ララ? どうして?」
一瞬だけポカンとした表情になったタリカだが、すぐに表情を崩して嬉しそうな顔になっていた。惚れた女が戦場まで来てくれたと言うだけで男は嬉しいのだ。
「なんか大怪我したって聞いたから様子を見に来たのよ。あと、先の戦闘で集中運用が難しいって聞いたから、散兵戦術の運用を提案しに来たの」
それがリリスとカリオンの深謀遠慮である事を知るのは、この場ではジョニーとアレックスしか居ない。ただ、ララが研究する散兵戦術は間違い無く有効だと誰もが思っていた。
敵の魔法攻撃は集中運用と収束投射が基本。故にこちらは狙いを絞らせずバラバラになって襲い掛かる寸法だ。そして、収束されない魔法攻撃などなんら恐れるべき物では無いが、こちらの武器は一撃で敵を屠る事が可能だった。
ただ、新しい戦術を使うには相当な訓練が必用で、なにより指揮する側に相当な経験が必用となるもの。その為にカリオンはララを送り込んだ事になっていた。実際にはリリスの魔法力が重要なのだが……
「そうか! まぁ、それについては…… なぁ!」
タリカはキャリの背中を強めに叩いて『気を使え!』の意志を示した。だが、そんなタリカのはしゃぎッぷりが少々痛々しい程である事を指摘できる剛の者は居なかった。ここで誰かがそれを指摘すれば、やがて迎える事に成る悲劇も少しはマシになっていたのだろうが……
「とにかく少し落ち着きなさいよ。子供じゃないんだから。だいたい、そんなザマじゃ第2のウォーク様には成れないわよ?」
遠慮無く苦言を呈すララ。そんな彼女の後ろ姿をリリスは頼もしげに見ていた。そして、そんなリリスを取り巻くとんでも無い面々を、ジョニー含め各公爵家の当主達は引き攣った表情で見ていた。
城詰めとなるカリオン麾下の魔導師や魔術師、そして魔法使いの全てが揃っているのだ。その一団を見れば、ドリーはカリオンの本気ぶりを肌で感じるのだ。
「して、姫。増援はおよそ10個師団となりますが、間違い無いですかな?」
ララが将軍となって率いてきた戦力は10個師団に及ぶ。各公爵家の予備兵力や近衛第2師団までもが戦力として戦線へ投入された。これで最前線へやって来たル・ガルの兵力は30万に達したのだった。
「えぇ、そうです。但し、父からこれを預かりました」
それはウォータークラウンの紋が押し込まれたカリオン直筆の命令書だ。それを恭しく受け取ったドリーは、早速広げて読み始めた。だが、その眼が文字の列を追うに従って、どんどん表情が険しくなっていくのだった……