緑の地獄で経験した事
~承前
盛夏を迎えた王都ガルディブルク。
海に面したこの街は、盛夏ともなると連日連夜の猛暑が続く。
8月の暑さは命を削ると言うが、キツネの国の神官達は暑さ寒さも修行のうちだと嘯くのだとか。何とも虚無的な物言いだがキツネの話には一つ問題がある。普段から諧謔的な物言いのせいで事実なのか被虐なのか今ひとつ判定しにくいのだ。
相手をペテンに掛ける事に関してはネコの遙か上を行くキツネだ。その心のヒダを読み取るなどという真似は、地頭の回転が良いネコは元より、真面目で協調を旨とするイヌには大変に難しい。
――――キツネの国は基本的に寒いからな……
どこまでも真っ直ぐでバカ正直なイヌは、何の疑いも持たずにそんな解釈をしている。そしてここでは、バカ正直暑さを耐えることで夏をやり過ごしてきた。
「やはり暑いな」
流れす汗を手ぬぐいで拭きつつ、マサは空を見上げてそう呟いた。
真上から照らす太陽は今日も眩く輝いている。
「まったくです。キツネなどはこれもひとつの試練だとか言うそうですよ」
同じように汗を拭きながらタカはそう応えた。
あの緑の地獄で味わった灼熱の日々を思いだし、辟易ともしているのだが。
「……冗談も程々にしろと言いたくもなるな」
苦笑いを浮かべつつ、マサとタカは王都ガルディブルクのメインストリートを歩いた。早速参内して謁見の要望を出したところ、まずは城へ来いと呼び出されたのだ。
絶対的な距離がある関係で報告は先に届いているのだが、人間の移動は時間を要する。つまり、事態は一刻を争う。だが、ヒトが持つ自体の切迫性や緊急性と言った部分をイヌの首脳部に理解させるのは難しい事など解りきっていた。
「あのカリオン王が聞く耳を持ってくれると良いのだが……」
頻りに気を揉むマサは、その脳内で奏上する文言を考えていた。戦力の入換と暫時投入など絶対にやめさせなければいけない問題だ。下手をすれば国が飛ぶ。飛ばないまでも大きく疲弊する。
それは、ヒトの国を目指す茅街にとって大きな損失だ。最大のパトロンであり理解者でもある王の権威に傷つける事無く、国家の方針を変更させなければならないのだ。
「こちらの進言に沿えば勝利する……と、そう理解せしむる事が重要ですね」
タカは硬い表情のままにそう言った。
ただ、何処かに勝算があるようにも感じているのだ。
「我々の助力で今回の勝利がなった訳では無い。基本的にはイヌという種族の勤勉さや研究に対する真摯な姿勢の勝利だ。恩着せがましく行くのはよろしくない」
マサはどこか緩い空気のタカにピシャリと一撃を入れ、城へと続く街路の途中で足を止めた。眼前に聳えるイヌの城は威風堂々としたものだ。だが、それは砂上の楼閣でもある事を一瞬たりとも忘れてはいけない。
巨大なダムも蟻の一穴で崩れるように、緻密かつ綿密な体制を誇る強力な官僚国家なル・ガルとて、些細なミスや連絡の取り違えで現実認識に齟齬を来し、やがて崩壊していく危険性を孕んでいる。
「……気を引き締めて参ります」
「あぁ、その方が良いだろうね」
事前に連絡を入れておいたので、登城の手続きは簡単に終わった。城下の大門から王の間までは近衛騎士が案内を買って出てくれたので、そのまま直行する事が出来た。だが、その近衛騎士が放ってくる殺気染みた気配にはふたりとも閉口した。
――――良く思われてないな……
タカとマサがアイコンタクトで交わした声なき言葉は、どうやら間違い無いらしい。低い声で『ここで待たれよ』と指示を出した、たしかヴァルターと言う名の近衛剣士は、ふたりに一瞥をくれること無く王の私室へと入った。
「……良くないですね」
「あぁ。何ともねぇ……」
不快さを滲ませるタカの言葉に苦笑いしながら、マサはそんな言葉を返す。まだ若い……と、一刀両断に切り捨てるのもどうかとは思う。だが、人生の本質が場数と経験である以上は、亀の甲より年の功が顔を現すのも致し方ない。
「さてさて…… どう切り出そうかね……」
揉み手をしながら思案するマサは、己の掌中にジンワリと嫌な汗が滲んでいるのを知った。今さら緊張するような事もあるまいと自嘲しつつ、それでも尚わずかな震えを感じながら案内される時を待った。
「……長いですね」
どうやら先に痺れを切らしたのはタカのようだ。時は金なりと言うが、ことに軍人とは拙速を尊ぶもの。 ”急げ! 2分の1!” とは海軍の標語らしいが、陸軍でもそれは同じ事だ。そして、立ちん棒のままで足の裏に汗を感じるころ、何かしらの動きをふたりは感じ取った。
「……どうやら目通り叶うらしいね」
やや間を置いてそう返答したマサは、表情をグッと厳しくした後で力を抜いた。すっかり遠くなってしまった日、宮中へ参内し畏れ多くも今上帝へ奏上奉った日のことを思いだしたのだ。
――――そんなに緊張しなくとも良い
まだ若き陛下からその様な言葉を頂いた。若くして摂政の職に就き、国政を案じてこられた故だろうか。如何なる立場の者であっても、その労と苦衷を慮る思慮深き君であった。
なにより、己が身に掛かる責任から逃げるという事を知らず、どんなことにも全力で取り組まれる方だった。一億国民の運命をその御身に背負われ、愚痴も泣き言も言わず、黙ってその重圧に耐えておられたのだ。
……この身も命も鴻毛が如し
あの時、全身を駆け抜けた衝撃と感動は今もまだ心中に生きている。表情を緩め好々爺の笑みを浮かべたマサ。だが、その隣にいたタカは気づいていた。その双眸にグッと力を増した顔のマサは、いま最高に気の入った状態なのだ。
――――凄い……
老年期に差し掛かりかつての迫力も随分と衰えた……と、そう錯覚していた自分を殴りたい衝動に駆られた。今のマサは脂の乗りきった参謀という職種の中で最高の状態なのだ。
瞬間的に感動と畏怖の両方を感じたタカは、唐突にドアが開かれ彼の近衛騎士が姿を現す瞬間を見落としてしまった。
「王は接見される許しを出された。ただ、先に言っておく。無礼を働けばその首を直ちに刎ねる」
露骨な敵意を示した近衛騎士だが、その直後に柔らかな言葉がフッと降り掛かった。聞き覚えのある声音故に、マサとタカはわずかに動揺した。それは、王妃直々の出迎えだったのだ。
「そう硬いことを言わずとも良いでしょう?」
サンドラ自らが部屋の入口まで迎えに出ていた。ヴァルターはそれに驚き、一瞬言葉を失った。だが……
「……職務故にございます」
胸に手を当てて一礼を返したヴァルター。その姿を見たマサは、近衛師団の宮中士官を思いだしていた。そう。硬い表情も棘の有る言葉も、敵意では無く職務に忠実であるが故のもの。
全身全霊を掛けて職責を全うしようとしているこの騎士は、その忠誠心こそを己の拠り所としているのだ。そして、一旦火急の件あらば命を捨てて王の為に奮戦するだろう。
……鴻毛の如し
マサとタカは再びアイコンタクトを交わした。
言葉は要らなかった。ただただ、いま必用な事をするだけだ……と再確認した。
「では、こちらへ」
サンドラに先導され王のプライベートエリアへと足を踏み入れたマサとタカ。その後ろにはヴァルターがピッタリとついて来た。宮中城内ですら武装が許されるのは、近衛騎士の特権だろう。
厚い緞帳のようなカーテンを潜り、大きな広間へと出たマサ。その目が捉えたのは、大きな戦務机の上に戦況図を広げ戦務幕僚から状況説明を受けるカリオン王の姿だった。
その直ぐ隣にはハイウェストになった裾の長いスカートを優雅に折り畳み、腰には上下方向に幅の広い帯を巻いているララがいた。王の姫として優雅さと美貌とを兼ね備えた存在だが、その腰には鋭剣を携えている。
……彼女も王宮騎士扱いなのか
タカは一瞬だけそんな思慮を巡らした。
だが、そんな思考の上に澱が溜まる前に、玉声が響いた。
「おぉ、来たか。此度は随分と骨を折ってくれたようだな。余の臣民に助力してくれたことを余は嬉しく思うぞ。君らにも世話になったね」
――――……セワニナッタネ
何気なく王は言われたのかも知れない。だが、その言葉はこの国の貴族達が聞きたがる言葉だ。もし金で買えるとなったなら、万金を積んででも買おうとするだろうし、その為なら如何なる努力も惜しまないだろう。
戦場における手柄争いが死に直結するように、平時においてその努力をすることは破産への最短手となる。そして、畏れ多くも今上帝よりお褒めの言葉を下賜される事こそ至上の喜びである軍人にとっては、危険な響きでもあった。
「……勿体ないお言葉にございます。全ては陛下臣民の勤勉さ、実直さの賜でありましょう。まずは勝利のお喜びを申し上げまする」
グッと胸を張り敬礼を送ったマサ。タカも同じようにしたのだが、その姿に首肯を返したカリオンは手招きし、大きな戦務机の畔へとふたりを呼びつけた。
「現在我が軍は大規模な配置転換を検討している。最前線に居る兵に休息を取らせつつ、活気漲る若い兵を送り込み対処に当たってもらう方針だ。その件について君らに所見を求めたいのだが、良いかね?」
簡潔に用件を言い、最後に必ずほほえみを添える。そこにあるのは、士官をまとめる頂点としての存在が体現するべき、理想像としての君主だった。
――――……陛下
マサは一瞬だけ目頭が熱くなった。忘れもしない特別大演習で陛下より直接賜ったお言葉があった。現場の兵士を労い、士官らの統率に率直な賞賛を述べたのだ。そして陛下はその言葉の後、必ず笑みを添えられた。
「手前どもの……所見をお求めになられるので……ありますか?」
マサは一瞬だけ言葉に詰まり、まず一段遜ることを選択した。油断をすれば涙を零しかねない程の感動だった。だが、ヒトの立場を一瞬たりとも忘れる訳にはいかない。
それがあまりに阿っている様に映れば、それだけで警戒されかねない。迂闊な一言や些細な態度の変化で気を悪くさせたなら、この先の茅町に影を落としかねないのだ。
戦線10万の兵卒が命を背負って参内し奏上した事もある参謀は、遠き日となった事を昨日の出来事のように思い出しつつ慎重な言葉選びに終始していた。
「遠慮せずとも良い。言いたい事があってわざわざ此処まで来たのであろう。余は広く万民に意見を求める。それを聞く義務があるからな。そなたらの所見はすなわち、そなたらの懸案であり懸念であろう。遠慮せず申せ」
すべてを見抜いていたかのようにカリオンはそう言い切った。マサとタカはその背後に立っているヴァルターの僅かならぬ苛立ちを敏感に感じ取っていた。だが、それ以上に感じているのは、全身の肌をピリピリと走る静電気のような気配だ。
漆黒の闇で戦う兵士にしてみれば、殺気を感じ取れてこそ一人前と言える。しかし、ふたりの身体を貫くその気配は殺気や悪意や敵意などと言った、ちんけなものではない。
タカは自分の身体が石の様に硬直している事を気付いた。そして、僅かな動きすら出来ず、机を凝視する事しかできない事もだ。極限の緊張と精神の集中は時間感覚の伸長を錯覚させ、ひと呼吸する間に酸欠でもしたかと錯覚するほど消耗した。
――――動けない…… 彼女か……
それは、カリオン王とサンドラ王妃の背後にあって、メイドの姿をしたヒトの女が放つ鋭い気配だった。魔力を直接感じ取れぬが故にタカは理解し得なかったのだろう。
しかし、名も知らぬそのヒトの女――リリス――の正体がただのヒトでは無いなとタカは直感した。その身に纏う空気があまりに尋常為らざる者だったのだ。
「……では、恐れながら申し上げます――」
重い口を開くように切り出したマサは、そこで一つ息を吐いて間を置いた。
幾多の難しい交渉や議論を経験してきたが故の、自然に見える行為だった。
「――戦線の兵卒は疲労しておりますが、後退させるべきではありません。さらに新たな戦力を投入し、数の面で勝らずとも劣らぬ規模を構築し、もって戦局の安定を図りつつ、敵勢の後退を図る事が肝要かと具申いたします」
マサは単刀直入にそう切り出した。
「……兵を交代させるなと……そう言いたいのか?」
怪訝な表情になってカリオンはそう聞き返す。その脇に居並ぶ国軍参謀達が揃って『お前らはバカか?』と言わんばかりになっている。だが、マサはグッと胸を張って言った。
「端的に申し上げれば……間違い無くその通りです。我々の経験として……あ、これはヒトの世界における話でありますが、戦力は集中的に投入し、敵勢を圧倒出来る状態にしておいてこそ勝利を確実に出来るものであります」
マサは淀みなく自分の考えを述べ始めた。ここで一旦間を置いたのは、カリオンの出方を探る為であった。そして、そんな機微をカリオンは確実に見抜いている。
「陛下。手前が申してよろしいでしょうか?」
傍らに居た国軍参謀のひとりがカリオンに発言の許可を求めた。
カリオンは一旦視線をマサから外し、その参謀を見てから首肯を返した。
「では……」
一旦一礼を返すのは国軍士官の矜持であろう。
だが、その表情には相手を呑んで掛かる激情が見える。
――――コレは手強い……
タカはそう覚悟を決めて生唾を飲み込んだ。戦時中に経験した数々の困難な折衝や会議の席を思いだし、海軍に方針を飲み込ませる苦労を想いだしていた。海軍は海軍で独自の情報網を持ち、また、戦力や弾薬の残数を勘案していた。
そんな海軍を前に共同戦線を張る必用があったからこその大本営だった。決して無能の集まりでは無かったし、カミソリの様に切れる頭脳を持った英才でなければ兵学校の卒業すら覚束ないエリート中のエリートの集まり。
だが、それ故に、会議を無事に切り抜ける玉虫色の結論を導き出してしまうことも多々あった。それ故に自分達が苦労する羽目になったのだが……
「貴官らは一気に畳み掛けろと言いたいのだろうが、現実問題として最前線の兵士は空腹を紛らわす食糧無く、また嗜好品も欠乏し、何より馬が疲弊仕切っている。これでは戦力足り得ない。それでも後退するなと言われるのか?」
そう。それは至極もっともな話だ。思えば帝國陸海軍共に同じ様な思考回路で結論を出してきたケースが多かった。上辺だけでしか第一次大戦を経験しなかった帝國は、総力戦の何たるかを理解しないままに戦勝国になってしまったのだ。
ただ、ひとつだけ彼らの名誉の為に付け加えるなら、知識だけでも補給と兵站の重要性は帝國首脳部も理解していた。国力としてそこまで手が回らなかっただけの話なのだ。
そして、あの時代あの戦争において帝國が戦った相手は、徹底して合理的な考え方をするバケモノのような国だっただけの話。1週間で輸送船を作ってしまうような国力の次元が違う国を相手に消耗戦を挑んでしまっただけの話だ。
「はい。その通りです。後退して補給と休息を得るよりも最前線で同じ事が出来るようになっていることが肝要です――」
ふう……と、一つ息を吐いたマサは一旦目を瞑り、心中に荒れ狂う激情を抑えてから再び目を開いた。だが、その開いた眼は文字通りいくさ人の眼になっていた。
「――これは、私が……いや、私とこちらのタカ君が経験した戦闘で有りますが、我らが祖国は国家規模にして200倍を超える超大国と戦をしました。率直に申し上げれば、このイヌの国と獅子の国との規模差を遙かに超えるものです」
マサはそこで再び言葉を切り、今度は表情を歪めつつ口を真一文字に結び、その唇を噛みながら大きく息をしながら沈痛な息を吐いた。
「我が国は我らの奉戴する皇の安寧と銃後にある一億国民の為に……と絶望的な戦闘に及びました。その中で我らは……広大な戦域の片隅にあるちっぽけな島一つを巡って壮絶な戦闘を致しました。ですが……我らは……我が国は……知らなかったのです……敵に勝ち、最も犠牲を少なくする為の方法を」
そこから一気呵成に語ったマサは、あの南洋に浮かぶ緑の地獄を。ガダルカナル島の攻防戦で経験した全てを語った。最初は明らかに小馬鹿にして掛かっていたル・ガルの国軍参謀達は、誰もが完全に言葉を失って立ち尽くした。
勝利を得る為に、兵士の犠牲をどこまで許容するか?
近代戦における常識は、言葉では説明出来ないものだ。国家を導き国民の安寧を図る為には、兵士をすり潰して浜の真砂に代えてしまう覚悟を要するもの。だが、それを怠ったとき何が起きるのか?
四方を緑のジャングルに囲まれ、喰うに食糧無く、病に対する医薬品無く、銃に詰める弾薬も炸裂する手榴弾も無く、何より、戦死者を補充する増援兵すら無く。しかし、絶海に浮かぶその孤島はオセロで言う所の四隅と一緒故に後退出来ず。
そこを失えばやがて祖国本土の絶対防衛権を毀損することになる。それが解っているからこそ、士官も下士官も一兵卒ですらも。腹の皮を摘もうとすれば背骨に指が触れ、背筋の虫を摘もうとすればへその塊を掴む。
そんな気の狂いそうな飢餓の果て人間性の限界を越え、狂を発して餓死した戦友の死体ですら貪り、それでも尚、圧倒的な補給力・兵站力を見せる敵と正対しつつすり潰される辛酸を味わった苦労を、この世の地獄を、死者を羨む世界を。
「故に我らは……後退するなら……補給するべきと申し上げているのです」
マサは語り尽くした。途中から望陀の流れを隠そうともせずに語り続けた。マラリアに冒され譫妄の果てに帝國万歳を叫び、母に感謝の言葉を述べて死んだ戦友の最期の言葉を。
決して負けないでくれ……と、心魂より祈るその言葉を絞り出すように付け加えた。兵をすり潰してでも負けない為に必要な措置を取るべきなのだ……と、マサは進言した。だが……
「それは君らの世界における戦の話であろう?」
国軍参謀はグッと奥歯を噛みつつそう言い放った。
そして、一つ息を吐いてからグッと気を入れて、言葉を続けた。
「負けぬ為の算段なのはよく解る。だが、ここは君らが失敗を挽回する為の場では無い。我々は我々の勝利の為に必要な措置を考えねばならんのだ。だいたい、そうやって補給をしたとして『よい。君の意見もよく解った』
どこか不機嫌な参謀がまだ何か言おうとしたのを遮り、カリオンはそう言った。
「補給を行い兵を交代させず、その果てに君らは何をしようというのだね?」
カリオンはマサやタカを見ずに参謀を見ながら、そうやってヒトの参謀が何を考えているのかを確かめようとした。王の示した態度に国軍参謀は少々怪訝な顔となったが、すぐに気持ちを切り替えマサを見た。
「恐悦にございます。さすれば……畏れながら申し上げます」
マサはここで初めて一歩踏み出し、カリオンが見ていた戦況卓に指をさした。
「ここが戦線。こちらが友軍陣地。その反対が敵陣地。ならば補給となる部隊とは別に補充軍を別の行程で送り込みましょう。目指すは敵陣では無くその後方です。敵とて補給を行っているはずです。そこを叩くのです。敵と戦うのではなく、敵の補給と戦うのです。その結果、敵は最も困難な相手と戦う事になります」
マサの示した方針にカリオンが手短に応えた。
「飢えと渇きか」
「然様に」
それがどれ程酷い言葉なのかは言うまでも無かった。だが、最前線の兵士に絶望を与える事は、すなわち敵の弱体化であり、こちらの勝利への最短手でもある、故にここでは……
「よく解った。検討段階に入るので後日もう一度意見を聞こう。今日はここで一旦終わりだ。良く言ってくれた。余は心魂より礼を申すぞ」
カリオンはそんな風にマサとタカを労った。だが、その果てに導き出された対応策は、茅街のヒトが思う最善手を大きく上回るものになるのだった……