新兵器の投入
~承前
「おっしゃぁ! いったぁ! ざまぁ!」
無邪気な歓声を上げ、タリカはその光景を喜んだ。
砲声の響き渡る丘の上、彼はキャリと肩を並べて彼方を眺めていた。
「よーし! もう一発行ってみよー!」
タリカの声が終わるや否や、耳を劈く轟音と共に砲声が響いた。
砲塁の脇で陣取っているふたりの後方には、ル・ガル軍団の御歴々が並んで様子を伺っていた。凄まじい威力で吶喊してきた獅子の国の正規軍登場から早くも2週間が経過していた。
「さっきからうるせぇよタリカ!」
「いーじゃねーか! 仕返しだ仕返し! やられた分は1000倍返しだぜ!」
平均して5秒に一回は砲声が轟き、その都度に遥か彼方では凄まじい煙が立ち上っていた。巨大な榴弾の爆発が起きる都度、間違いなくおびただしい数で死傷者が出ているはず。
獅子の国の側の魔法・魔術では防御出来ない状態らしく、最大効率で死人を生み出すル・ガル側の攻撃が容赦なく続いていた。剣と槍で武装した敵を相手に魔法攻撃を行って粉砕する事を主眼とする軍隊故だろうが、あまりにも一方的な状態だ。
「照準修正だ。着弾点を20リューほど前に」
キャリの指示が飛ぶと一斉に砲兵が動き出す。従来の砲とは一線を画すそれは、ガルディブルクの郊外に作られた工廠で拵えた物。最初の戦闘で手痛い敗北を喫したガルディア陣営は、新兵器を投入していた。
――――貴官らの知識と知恵をどうか存分に
過日。そんな言葉を添え、キャリは頭を下げた。依頼を出した相手は茅街の住人だ。他でもないイヌの次期王が頭を下げた。しかも相手は、よりにもよってヒトだった。その事実だけがル・ガル国内を駆け抜けた。
各所から言葉にならない不平不満の声が上がり、ヒトを軽んずる者たちは眉間にしわを寄せていた。だが、カリオンはそれについて一切不問としたのだ。
――――能わぬ者が能う者に教えを請うた
――――それがたまたまヒトだっただけの話
――――何もおかしいことでは無い
王の決済が降りた以上、それ以上口を挟むのはフェアでは無い。それならばむしろ最大効率で吸収するべきだと考えるのも当たり前の話だろう。
結果、工廠の内部には従来では考えられなかった巨大な炉が拵えられた。ヒトの世界にある高炉と比べればミニチュア版なのだろうが、タタラ製鉄程度でしか無かったル・ガルの製鉄産業は大幅に進歩した形になる。
ただ、石炭のコークス化などと言った技術や蒸気機関による強力な送風が出来ない以上はそのサイズなど推して知るべしで、熱源として使われる森林資源の上限と相まって、銑鉄生産量は微々たるものだった。
「6門とは言え……威力絶大だな」
腕を組んで眺めているジョニー。その隣にはドリーとポールが居た。従来の300匁砲を更に高性能にした凡そ800匁となる口径75ミリほどの野砲だ。焼き嵌め式の砲身は砲耳を持つ一体構造の尾栓を持っていた。
ヒトの世界であらば一体型の巨大な鋳物で作るのだろうが、そもそもこの世界では鋳物の為の砂型ですらも作れない。だが、無理だと諦め掛けたそれはヒトの世界における常識でしかないことを、茅街のエンジニアは突き付けられた。
――――隣人の力を借りましょう
ル・ガルの城からやっていた魔術師や魔道師達が考えたのは、超高温状態に保った銑鉄を良き隣人と呼ばれる精霊や魔法生物に加工させることだった。結果、この世界でも最高の技術で作られたそれば、僅か6門ながら最大射程5リーグ、凡そ20キロを誇る画期的な代物だった。
「これで狙われちゃたまったもんじゃ無いな」
ドリーもそう絶賛するそれは、丘の上から獅子の国の陣地その物を直接叩く最大遠距離砲撃の効果だった。獅子の側はまともな防御術を持たず、一方的に砲撃を受け続けている状況だった。
高度数千メートルまで一旦上昇した重量6キロ前後の砲弾は、今度は重力に牽かれて音速を越え、ほぼ垂直に落ちてくる。そんな砲弾を狙い撃ちする事など出来るはずが無く、猛烈な突風の魔法も僅かに軌道をねじ曲げる程度の威力しか無い。
例えそれが便所であろうと、砲弾は所嫌わずに落ちてくる。その砲弾は炸裂する榴弾なので破片を撒き散らしてしまう。その結果、陣地のどこに居ても死ぬ確率があると言うわけで、獅子の側は大混乱に陥っていた。
「おっ! これは凄いな!」
ポールが嬉しそうに声を上げた。
遙か彼方に見える獅子の陣地から茶色の煙が上がったのだ。
「色つきの煙ってこたぁ……油でも吹っ飛ばしたか?」
ジョニーが嬉しそうに言うそれは、照準修正を行うには良い頃合いだと教えてくれるもの。敵に被害を与えたならば良し。そうで無ければもう一回。単純かつ明瞭な方針ながら、確実な勝利を刻む手法と言える。
そして、各陣営が腕を組んで見守る中、キャリは大型レンジファインダーを覗き込み思案していた。これまた茅街のエンジニアが苦心して調整した望遠鏡は、この戦線で絶大な威力を発揮している。
「各砲は着弾点の再展開。1番4番砲は西側へ20リュー。2番5番砲は東側へ。それぞれ照準修正。3番6番砲は砲撃を待機だ」
ジョニーは首を捻ってその指示の解読を試みる。2門ずつ東西に着弾点を修正するも、当初の砲撃目標を維持した砲があるのだ。その意図をどう解釈すれば良いのか思案するのだが、近代砲戦理論など理解出来る土壌が有るわけも無く……
「キャリ。どうして真ん中は撃たないんだ?」
真っ直ぐな言葉でそう問うた。
理解出来ないなら教えを請えば良い。そんな部分では全く持って素直なのだ。
「あ、これは……そう。茅街のヒトから教わった砲術なんですけどね――」
振り返ったキャリはそう切り出すが、間髪入れずにタリカがその後の言葉を続けて吐いた。先の戦闘では石橋を狙った砲撃の最中に尾栓が爆発し、左半身を吹き飛ばす大怪我を負ったタリカだ。
その口にエリクサーを流し込まれるのがもう少し遅ければ、間違い無く死んでいたと思われるような大怪我だった。ただ、他ならぬ次期王と宰相の組み合わせなのだから殺すわけには行かない。
果たして2人の取り巻き達は、己の傷を後回しにしてでも2人の手当て救助を最優先に行動した。その結果、キャリ直率となる砲戦部隊は大幅に人員を減耗してしまっていたのだが……
「前、自分が大怪我した時にウチのメンツが随分と死んでしまいまして、その補充となる兵と合わせてヒトの砲術理論とか戦略を学んだんですけど、その中に出て来た教えで、砲術の根幹が嫌がらせだって言うんですよ」
ニヤリと笑いながらそう切り出したタリカは、着弾している敵陣地を指差しながら説明を続けた。ジョニーを含めた面々はビッグストンで平面戦闘における戦術と戦略を学んできたので立体的な解釈が弱いのだ。
「具体的に言うと……どうなんだ?」
ドリーが続きを求めると、タリカはニヤリと笑って続けた。三次元的な戦場の解釈は二次元戦闘の知識と経験だけでは為し得ない。敵の戦線を飛び越えて後方を直接叩くなんて事は発想すら無かったのだ。
「例えば今、あの茶色の煙の当たりに砲弾は降ってませんね。照準が動いてあの左右を叩いてます。すると人間は不思議な物で、もうさっきの場所には来ないって勘違いするんだそうです。だから、左右に隠れてる連中を叩いて、真ん中におびき出すって寸法です」
それが途轍もない悪意を含んだ酷い戦術なのは論を待たない。だが、戦場に来た敵兵に厭戦気分を植えつけるには最高の手段かも知れない。嫌がらせと表現したヒトの慧眼だと、素直に褒めるのはいささか面白くも無いのだが……
「成るほどなぁ…… ヒトってのは随分と意地の悪いことを思い付くもんだ」
ジョニーは素直な言葉でそう評した。そして、ビッグストンで学んだ知識の中で非常に印象に残ってる言葉を思い出した。曰く『ヒトはヒトを殺す道具だけは営々と1万年掛けて改良し続けた……』と。
その言葉を聞いたとき、ジョニーは率直な印象として戦術や戦略の進化もセットなのだと看破していた。殺す為の道具が進歩したなら殺し方も変化しているはず。その結果として、ヒトはヒトの世界の中でドロドロの闘争をし続けたのだろう。
「ん? 何だアレは?」
次々と降り注ぐ砲弾の中、獅子の国の陣地に動きが見えた。ドリーが指差した先では唐突に凄まじい土煙が立ち上り、その直後にそれが炎の柱に化けた。
「えっと…… 火炎旋風だ…… 凄い数だな……」
キャリがそう漏らすが、その後にタリカが遠慮のない大きな声で返してきた。
「遠慮する事はねぇって! 良い目標だぜ! 直下に撃ち込み粉砕してやらぁ! 榴弾で充分だ! 切れ目なく撃ち続けろ!」
タリカがそう指示を出すと、砲兵陣は良いのですか?的な眼差しでキャリを見つめた。砲弾の数には限りがあり、遠慮無く売ってしまえば底を突くかも知れない。それ故に遠慮しながら撃っているのが現状だった。
だが……
「……そうだな。その通りだ。容赦無く砲撃を続けよ」
キャリが指示を出すと砲兵は更に砲撃を続行した。凄まじい火災旋風により暴風が吹き荒れる状況だが、そんな状態の所へ砲弾が降り注いだ。2発、3発、4発と着弾した頃だろうか、フッと火炎の竜巻が消え去った。
「イヤッホー! やったぜ! ざまぁ!」
タリカは奇声を上げて叫んだ後で叫んでいた。間違いなく術者を直撃したのだろう。あれだけ強力な魔法効果を叩き出すには相当な数の魔力収束が必用なはずだ。およそ獅子の国の魔法戦力は、簡単な魔法の収束運用が肝となっている。
つまり、あの周辺に展開していた筈の正規兵陣地へ砲弾が落ちたのだろう。榴弾の凄まじい威力で兵が死傷し、魔法効果の連続展開が不可能になったと考えるのが自然だった。
「……動きが出たな」
再びレンジファインダーを覗いたキャリがボソリとこぼす。火炎旋風が消えた後だろうか、辺りに居た者達が一斉に砲撃跡へと姿を現しだした。
「殿下。頃合いです。中央にも砲撃を再開しましょう」
砲兵のすぐ脇に居たタカがそう進言した。黙って様子を眺めていたヒトの士官は冷徹な進言を行った。ここで容赦無く叩き込めば敵の足並みは大きく乱れるだろうし、手痛い一撃を受ける事にも成るはず。
そんな思惑が次なる一撃を提案し、キャリは一瞬だけ思案してから目を伏せ、静かに首肯しつつ発令した。
「敵陣中央への砲撃を再開せよ」
砲兵がそれに応え砲撃が再開されると、再び中央部に着弾の煙が立ち上り始めるのが見えた。ただ、目の良い者ならばそこに恐るべきシーンが付け加えられていることに気が付くだろう。
炸裂する榴弾に合わせ何かが空中を舞っていた。猛烈な爆風と炸裂した金属片とにより引き裂かれ、打ち抜かれ、ズタズタになった人間の身体がボロ雑巾のように空中へと飛び散っているのだ。
重甲冑らしき物を着込んだ者は、爆風を受け容赦なく空中へと舞い上げられ放り出されている。あの高さから落ちれば即死は免れまい……と、キャリがレンジファンダーで見ている先では、引き千切れた自分の左腕を探しながらウロウロする獅子の男が見えた。
およそ体躯の強靱さにおいてはイヌやキツネなどとは比肩出来ぬ種族である筈のライオンだが、覗き込んでいる彼方の世界ではまるで布きれの様に引き裂かれているのだった。
「あれ? なんかおかしくねぇ?」
最初にタリカがそれに気が付いた。そしてキャリを押しのけるようにレンジファインダーの視界を奪うと、角度を変えて違う場所を見始めた。
「なんだよ!」
少しだけ不機嫌そうにキャリは言うが、タリカは遠慮する事無く『あぁぁぁ!』と叫んだ。そして、レンジファインダーから目を離すと大袈裟なジェスチャーでキャリにこれを見ろ!と示した。
「奴らズラかる腹だぜ! 逃がすかよ!」
え?と驚いた表情でキャリもその視界を確かめた。するとどうだ。獅子の国の陣地から次々と馬や馬車が飛び出して行くのが見え、陣地内部が大混乱に陥り始めていた。
「主力が後退してしまう! もっと痛撃しないと!」
先にトラの国で見せた失態をここでもやる事に成ったキャリ。
タリカも慌てて照準修正を命じ砲撃を続行しようとしたのだが……
「殿下! 砲弾が!」
砲兵は悲痛な声を上げていた。遠慮無くガンガンと撃ち続けた結果、王都の工廠から持ってきた数百発の砲弾全てを撃ち尽くしたのだ。何より、砲身自体の命数が尽きたのか、着弾点が定まらなくなり始めていた。
こうなっては砲身の交換が必要なのだが……
「もう良いじゃねぇか。そろそろ手仕舞いだ」
ジョニーは悔しがるキャリとタリカを宥めた。
逃げ出す敵が目の前に居るのに指を咥えて眺める屈辱は二回目だった。
「そうだ。もう充分だ。それよりこちらの体制を整理しよう。時間稼ぎは成功だ。大戦果だぞ! もっと胸を張って良い事だ」
若者ふたりを褒め称えたドリーは、満面の笑みだった。手痛い一撃を受けた後で返り討ちにしたのだから、間違い無く大勝利なのだ。だが……
「……拙いな。彼ら、浮かれてますね」
賞賛を喜ぶ砲兵の脇を離れたタカは、目立たぬようにスルリと動いてマサの所へと来た。砲兵陣地のやや後方に陣取っていたヒトの一団の中に、茅街の面々が揃っていたのだ。
「あぁ。だがやむを得まい。私だって昭南島作戦の勝利では小躍りして喜んだ」
タカとマサは厳しい表情でその光景を眺めていた。獅子の正規軍が後退していくのは間違い無く僥倖な事だが、そこで畳み掛ける攻撃こそが重要なのだ。
「ここで寄り切らなければ意味がありません。追撃を提案しましょう」
タカは硬い表情でマサにそう提案した。
だが、マサは静かに首を振り、微笑して見せた。
「いや、成り行きに任せよう。彼らがここで手痛い失敗をするなら、それは我々にとってはチャンスだ。しっかり参謀役を務めることが大事だ」
呟くようにそう言ったマサは、再び視線をキャリとタリカに向けた。公爵家の面々に囲まれたふたりは勝利の祝福を受けている。そして、そんな状況でもタリカはバカ騒ぎ状態ではしゃいでいた。
「ここで戦力を入れ替えるべきだな」
「あぁ、交代の時期だ」
ドリーの提案にジョニーがそう応える。
だが、その言葉にギョッとした表情を浮かべたのは、他ならぬマサだった。
「いやいや…… それは拙いな…… 戦力の暫時投入をしかねん……」
それがどれ程駄目な事かはタカもマサも骨の髄に染みるレベルで理解していた。
あの南洋に浮かぶ絶望だけを集めて煮詰めたような緑の地獄で、ふたりは人間性の限界を見た。それに至る愚かな行為の根幹こそがそれだった。
「殿下。並びに各公爵家の皆様方。僭越ながら少々思うところございまして――」
マサはあくまで柔和な表情でそう切り出した。
「――砲弾補給にあわせ王都へ向かわせて頂きたく存じます。工廠にて製作しております新兵器の受領に向かいたいのありますが、よろしいでありましょうや」
内心では荒れ狂う嵐の海のようですらあるが、表向きは勝利を喜ぶ好々爺の顔だった。そんな腹芸のひとつも出来ねば参謀長の椅子へは座れまい。
――――凄い……
タカですらも驚く姿だが、マサは全部計算して演じていた。
「然様か。承知した。出来れば父へ手紙を届けて貰いたい。勝利の報告と戦力の再編成についてだ」
キャリはそう返答し、マサは『お易い御用に』と応えた。ただ、そこでマサが行う事は、この場の面々には全く慮外のことだった。その危険性を知るマサとタカの内心にあるもの。
それは、紛れもないル・ガルの崩壊なのだった……
『ヒヒヒヒヒ…… 思惑通りじゃて』
「さすがよねぇ」
『あの小僧、もう元には戻れぬ』
「心の傷は絶体に治らないってね」
『そうじゃ。まぁ、妾に掛かれば赤子の手を捻るようなもんじゃ』
「ふーん。で、ここからはどうする」
『そんなもの…… 知れた事よ…… 次はあのバカ女じゃ』
「あー…… 彼女ね」
『あれも……手玉に取られているなどとは気付くまい』
「バカは単純で御しやすくて良いわよね」
『ヒヒヒヒヒ……』