表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
525/665

タリカの運

~承前






 ハッと意識を取り戻したアレックスは、ボンヤリと寝ぼけた頭を振った。

 幕屋を出て空を見上げれば、カンと冴える二つの月が地上を照らしている。


 ――――夜半か……


 リリスの作った夢の中の会議室は、夢から覚めたときに妙な気怠さを覚える。身体は眠っているのに頭は起きている状態なのだから、その部分で頭が混乱しているのだろうとアレックスは考えていた。


「よぉ…… 目が覚めたか?」


 唐突に幕屋へとやって来たのはジョニーだった。一足早く会議室を出たジョニーは、残存戦力の再編に移ると言って先に現実へと戻ったのだった。


「……酷い有様だな」


 そうぼやくアレックスは、もう一度頭を振りながら井戸へと向かった。

 大河イテルは枯れつつあるが地下水脈は生きている様だ。


 手を浸せば背筋にゾクリと寒気を覚える程の水温で豊富に湧き出てくる。

 その水で顔を洗ったアレックスは、ため息をこぼしながら辺りを見回した。


「で、アイツはなんだって?」


 井戸水をコップに汲んで一息に飲み干したジョニーは、グッと背筋を伸ばしてストレッチに励んでいた。夕暮れ時に陣地へと戻ってきてから簡単な食事をして報告書を書きあげ、そのまま眠ってしまったのだ。


「いや、それが――」


 アレックスは辺りを確かめ人の気配が無い事を確認した。

 誰かに立ち聞きされた時点で情報の秘匿性が失われるからだ。


「――部外秘だぞ」


 小声でそう通告したアレックスは、ジョニーの耳元で闇語りを行った。

 四方1メートルと距離を置かずに消えて無くなる不思議な声音だ。


「リリスが来る事に成った。魔法勝負に出るようだ。例の細作と魔法使いも一緒に来る。そんで……恐らくだがララも来る事に成ったらしい」


 それを聞いたジョニーは、小さな声で『マジかよ……』と漏らした。次元の魔女にまで化けているリリスが来ると言う事は、カリオンが本気で勝負に出る事を意味する。


 ならば現状維持を最優先に考えるべき状況なのだろう。下手な攻勢に出るよりも守って守って守りぬく方が良い。戦線が崩壊し面接触が不可能な場面となれば、身の安全性は確保できないからだ。


「んで、こちらの状況は?」


 アレックスがそれを問うと、ジョニーは『来いよ』と小声で言って歩き始めた。

 幕屋がいくつも並んでいる地域に出たのだが、その幕屋の各所に飛び散った鮮血の痕が残っている。


「……酷いな」


 アレックスがそうぼやくのも無理は無い。酷い戦闘を経験した結果、アチコチで手痛い一撃を受けた兵士が続出した。腕を失うとか脚を失うとか、そんなレベルの怪我をしたならば、通常はエリクサーの出番となるのだろう。


 だが、エリクサーの数には限りがある。まさか数万を失うような大被害の戦場で全員を救う事など出来ないのだ。その結果、重傷者の治療に当たる回復系魔導師の大活躍となるのだ。


 ただし、彼らの疲労を考慮すると、本当に酷い状態の者はそのまま捨て置かれる事になるし、いっそ楽にしてやろうと言う事態にもなる。苦しんでも報われないのならば介錯を……と、武人の情けが振るわれていた。


「で、タリカはどうなんだ?」


 アレックスが神妙な顔でそう問うた。日中、砲撃戦の最中にそれは起きた。真っ赤になるほど熱せられた薬室へ砲弾を装填したタリカは、パウダーパックを装薬した。その時、熱に負けパウダーパックがその場で爆発したのだ。至近距離で爆風を受けたタリカは吹き飛び、生死の境をさまよった。


「エリクサーを使って回復はしているんだが……どうもギリギリだったらしい」


 ジョニーは黙って首をクイッと振って『こっちだ』と意志表示した。幕屋の間を縫って歩いた2人は、特別大きな幕屋の前に出た。幕屋の中に入ったとき、奥の寝台の上でタリカが蹲ってガタガタと震えていた。エリクサーによる好転反応は様々な物を吐き出す事で行われるのだが、文字通りに死の土壇場で投与されたエリクサーは、時に酷い状態へと貶める事があった。


「どうだ。少し落ち着いたか」


 優しい声で言葉を掛けたジョニー。だが、キャリにも見守られているタリカは、今にも泣き出しそうな顔をして『見たんです……見たんです……』とうわごとのように繰り返していた。


「何を見たって言うんだい?」


 アレックスがそう問うと、タリカは消え入りそうな声で『死神です』と応えた。骸骨姿にマントを着けた騎士が槍を持って現れる。骸骨姿の馬に乗ってやってくるの死神は、今まさに死なんとしている者の胸を黒い槍で突くのだという。


 その槍で胸を貫かれると、間違い無く100%の確率で死ぬのだとか。オオカミの郷に伝わる死の騎士の伝説は、死ぬべき時に死せよと言う意味だ。だが、逆説的に言えば、まだこれから生きたいと思っている者には死の宣告でもある。


「死神に殺される……目が合っちゃったんだ……死神がこっちを見てた!」


 その恐怖はジョニーにもアレックスにもよく解る。どういう訳か若いウチはそう言う者が恐ろしいと感じる物だ。ある程度の年齢になった時、ふと『まぁ……』と達観する様になるもの。


 畢竟、人の生き死になど最後は運なのだから、目が合っても生き残ったのだからラッキーだと喜んでおけば良いのだが……


「まぁ、なんだ。良く言う話だが、酷い事を言うぞ? 心して聞け?」


 ジョニーは笑いながらそう切り出した。

 タリカもキャリも真剣な顔でジョニーを見ていた。


「死に神と目が合ったなら、なんで今生きてる?」


 ジョニーがそう切り出したとき、タリカは『エリクサーで……』と小さな声で呟いた。ただ、その言葉を聞いたジョニーはニンマリと笑いながら言った。


「んじゃぁその死神って奴も大した事がねぇな。なんせエリクサーに負けてんだ」


 死神を鼻で笑ってやったジョニー。

 タリカは思わず『でもっ!』と口を挟もうとした。


「ん? 言ってみろ?」


 ここで畳み掛けるのは常道だろう。だが、上級者はそうはせずに、心の中にある物を全て吐き出させようとする。恐怖や葛藤や諦観といったマイナス要素に繋がる心の中のゴミ。その全てを言葉にして吐き出させる。


 どこまで行っても人は心の在り方で変わるもの。心の強さは己の力を何倍にもするし、どれ程に強い者でも心が折れれば容易く命を落とす。故に武人は心を鍛錬するのだ……とジョニーはロスから教えられていた。


「死神は何処かで狙ってるんだ……」


 子供は闇を怖れる。理解出来ない事を恐れる。信じられない物を怖れる。それら全てに共通するのは、己の力及ばぬ物を恐れると言う事だ。そして、今のタリカにとってのソレは、死神の姿をした己の運命だ。


「あぁ、狙ってるだろうな。と言うか、俺も狙われてるぜ。きっと」


 ジョニーは遠慮無くそんな事を言い、同時に笑って見せた。

 思わずタリカが『え?』と漏らしてしまうが、ジョニーは遠慮せずに続けた。


「ちょっと運試しするか。俺も合戦の前によくやるんだけどな。アイツの……エディの親父さんに教えられた自分の運を試す方法だ」


 ジョニーはタリカの襟倉を掴むと、そのまま持ち上げて立たせて幕屋の外へと連れ出した。ヒヤッとする冷気にタリカがブルッと震えるのだが、ジョニーはそんな中で上着を脱ぎ、肌着一枚となって荒れ地に立った。


「結局よぉ…… 人の命なんて運だぜ。運。だからよぉ、ゼル公はこうやって自分の運を試したって言うんだよ。まぁ、見とけよ」


 ジョニーはタリカの目の前で短刀を抜いた。戦に使う長刀ではなく、最後の最後で護身用に使うそれは、ジャンボサイズのナイフ的な代物だ。


「こうやってな……」


 その刃を摘んだジョニーはグルグル回るようにして上空へ放り投げた。そのまま落ちれば自分の身にあたるコースなので、タリカは思わずギョッとしてしまった。


 だが、そんな小刀はグルグルと回ったままジョニーの身を掠めるようにして地に落ちた。荒れ地である砂利の上にトスンと音を立てて落ちたそれは、見事に地面に突き刺さっていた。


「なんだよ…… まだ死ねねぇらしいぜ……」


 地面から小刀を抜いたジョニーは、そのままタリカにソレを渡した。

 そして『やってみろ』と嗾けた。『自分の運が解るぜ』と付け加えて。


「じゃっ…… じゃぁ……」


 同じように小刀を回転させて放り投げたタリカ。グルグルと回るのを見上げたのだが、『見るんじゃねぇ!』とジョニーに一喝されタリカは驚いてジョニーを見ていた。


 その鼻先を掠めるように小刀が落ちて来て、全く掠りもせずに地面へと突き刺さった。それを見たジョニーはニヤリと笑ってから小刀を抜き取り、自分の鞘へと戻して言った。


「な。死神も大した事ねぇのさ。明日の合戦で死ぬかも知れねぇが、逆に言えば殺す気ならとっくに殺してるぜ」


 それがどれ程に無茶苦茶な論理なのかは言うまでも無い。

 だが、時にはそう言う解りやすいハッタリも必用だ。


「人間いつかは死ぬさ。けど、それが何だって言うんだ。俺だっていま瞬きした後で死ぬかも知れねぇ。けどよぉ、死ぬ事にビビッてたら何も出来ねぇぜ? それなら死ぬ事より何も出来ねぇ事をビビるべきだろ。せっかく産まれたんだからよ」


 バカも休み休み言え……と、そんな表情になったタリカだが、それでもその顔には笑みがあった。恐怖が抜けたわけでは無いが、それでも自分を励ましてくれる存在が嬉しいのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ