大規模戦闘への仕度
~承前
「なんとも……ワイルドな乗り物だね」
タイゾウは呆れたようにハハハと笑いながら小さな人車を降りた。
痛む腰をさすりながら背筋を伸ばせば、辺りは乾いた風の吹く大陸性気候だ。
「さて……ここから馬か」
車両と呼ぶにはあまりにもスパルタンな構造のそれは、控えめに言ってもただの荷物台車だ。その上に木製の箱が設置され、ひと車両に12名程度が乗車できる構造になっている。
フィエンゲンツェルブッハの街からソロテルミニョンという街まで伸びた軌匡鉄道は、完全にキャタピラを壊してしまったブルトーザーを再利用した機関車によってけん引されているらしい。
最高速度は30キロ程度だが、その速度で馬を走らせ続けるのは不可能だ。ブルトーザーは太陽光の恩恵がある限り走り続けられるので、荷物や人の運搬に大活躍していた。
「やれやれ、酷いものだね。でもまぁ、この世界ではありえない代物なのだろう」
ここまで派遣されたヒトの一団の中で最高齢なマサは、苦笑いしながらストレッチに励んでいる。そもそもサスペンションなどありえない車両故に、その揺れ方はまるで起震車レベルだ。
時速30キロ程度とは言え車内のどこかに掴まっていなければ、かまわず振り回され吹き飛ばされる危険があった。だが、そんなワイルドな乗り心地を甘受したとしても、その移動力や輸送力は魅力なのだ。
「鉄道の恩恵がこの世界にも広まってほしいものですね」
タカはグルグルと肩を回しながら背筋を伸ばしている。フィエンの街から途中休憩を挟んで11時間の旅。だが、馬を使った移動ならば1週間を要す旅だろう。ヒトの世界に物流の革命をもたらした鉄道システムは、凄まじい威力だ。
フィエンの街からはおよそ200トンに及ぶ物資が同時に運ばれて来ていて、着々と馬匹輸送の支度が整えられている。この辺りのシステマチックさは流石だと全員が舌を巻くが、感心している場合ではないのだ。
「さて、長距離砲撃戦の支援に行こうか」
マサがそう切り出し全員が馬に跨った。茅町から来た帝国陸軍士官と茅町在住な多くのヒトに交じり、目立たないがちらほらと検非違使が混じっている。その緊張した面持ちを見れば、大規模な戦場にデビューする怖さを感じているのだろう。
他ならぬ太陽王直々の要請による茅町のヒトの戦力化。茅町の住民も多くが難色を示したのだが、それでも世界の理には参加せねばならないのだ。真の自由と平等とを掴むための独立戦争。タカやマサはそんなスタンスだった。
「隊列出発!」
タカの号令でおよそ100名ほどのヒトが一斉に出発した。
目指すは5リーグ彼方の最前線だ。
「どんな前線なんだろうね」
なんとも楽しげな様子でマサは言葉を発した。
帝国陸軍の中でも徹底して現場向きだった男故に、戦場が好きなのだろう。
馬上で荒野を睥睨した彼は、遠い日に見た満蒙の平原を思いだしていた。
「聞けば、およそ20万の兵が火縄銃を構えて待ち構えているそうですが、敵側はおそらくその倍はいるだろうとの事」
タカは聞きかじりの情報を説明していた。ル・ガル国軍の情報士官が説明していったのは、大柄な北方系のイヌで思わず見上げる様な体つきだった。整理された書類の束を持ち、鋭い眼差しで必要な情報の要点だけを簡潔に伝えていった男は、どうやらあの太陽王の学友だという。
「なるほど。まぁ、そっち側が野砲や戦車でも持ってない限り、5倍程度の戦力差でも問題ないだろうが……火縄銃か」
少しばかり懸念したような顔になったマサは、馬上で空を見上げ思案した。長篠の合戦よろしく馬防柵でも拵えるなら話は早いのだろうが、事前投入した建設機械はどう使っただろうか?と、妙なところが気になった。
ただ、様々な懸念を一つ一つ検討しつつも、現地に入ってみなければ理解できない事があるのも事実だ。どんなに情報密度が上がったとしても、最後はこの目で見た光景が全てであり、参謀職にある以上はそれを嫌がってはいけない。
「まぁ、うまく使いましょう。豊臣秀吉の九州平定では20万丁の火縄銃が使われたそうですからね」
タカはそんなことを述べつつ、同じように空を見上げた。二人の胸に去来した懸念は奇しくも全く同じことだった。大艦巨砲主義や砲兵全盛時代が一斉に崩れてしまうパラダイムシフト。
空という限られた者のみが闊歩できる領域への対策は、まだまだこれからなのだった。そして、近代型陸上戦闘ですらこれから学ぶはずの軍隊に対空戦闘などできるのだろうか?と、寒々しい事を思うのだ。
「満蒙の荒野で赤軍とやり合った頃に比べれば戦術は進化しているよ。学んだ事を実戦しよう。やがて来る次の世代の為に経験を残すのだ。我が茅街はいつの日か必ずヒトの国になるだろう。その時の為にね」
グッと気を入れて熱い言葉を吐いたマサ。
帝國の興廃はこの一戦にある。そしてそれは、ヒトの命運をも決するのだ。
「そうですね。次の世代の為に……敢えて地下百尺の捨て石とならん……」
タカの顔付きが変わりグッと厳しい表情になった。
荒野を渡る風に熱が混じり、砂塵を噴き上げていた。
――――――同じ頃
「さて、今日も派手にやろうか」
ドリーは馬上で右手を二回回して状況開始を宣言した。
一斉にル・ガル騎兵が運動を始め、それに合わせネコの騎兵も前進を開始した。
――――あの橋はなるべく温存しようぜ
――――連中がまだ使えるって思っている間に一撃を喰らわせてやろう
――――後続の連中が慌てて橋を渡りだしたらキャリの一撃を入れる
――――あの橋が派手にぶっ壊れれば気落ちもするだろうよ
ジョニーが提案したその作戦は全員がニヤリと笑う鬼手だった。
相手の戦力を削るだけで無く心を折りに行く作戦だ。
「ドレイク卿! レオン大佐が吶喊です!」
未だに大佐階級へしがみついているジョニーは、『現場で動けなくなる』という理由で昇進を拒否していた。軍の内部規定に照らし合わせれば、少なくとも少将か中将くらいのポストに居て当然な男が……だ。
階級や肩書きより自由を選んだジョニー。そんなレオン家の男をドリーはどうしても嫌いになれないでいた。戦場から戦場へ飛び回り、太陽王の手足となって働く事に生き甲斐を見いだしている男。
ある意味で羨ましく、またある意味では応援したくなる存在。なにより、敬愛してやまない太陽王直々に『自由に動いて良し』と認可状を貰っているのだから、口を挟む余地など無いのだった。
「よし! 我がスペンサー家も駆けるぞ! レオン大佐を支援する! 続け!」
ドリーはスペンサー家の中でも最強集団と言うべき騎兵を集めて走り出した。総勢300騎程ながら統制の取れた槍衾の一団だ。狙うはジョニーの横槍で、あの集団が投擲して算を乱した敵の方陣を叩き潰す作戦だ。
火薬を使った攻撃はジョニーの十八番になりつつあり、統制を失った方陣やファランクス陣形の敵は各方面から嫌がらせのような攻撃を受ける事に成る。そんなジョニーの騎兵団を支援するネコの一団は、戦場を縦横無尽に走り敵集団の翻弄に当たっていた。
そもそもル・ガル騎兵とガチでやり合える騎兵なのだ。数は少なくとも腕は確かで抜け目ない。そして何より、そもそも抜け目なく抜かりなく知恵を巡らせるネコなのだ。全てがまるでサイコパスのような存在だ。
敵から見れば最も嫌な動きを容赦無く行うし、むしろ敵が嫌がるのを見れば無邪気に喜んでしまうたちの悪さだ。敵に回せば厄介だか、味方として使い時を誤らなければ、こんなに心強い集団はそうそう居ないだろう。
だが、本当に恐るべき集団は、イヌやネコの後方に控えていた。新たな補給により馬を得たキツネの武士団は、全員が馬上ながらも大弓を持ち、戦場への乱入を虎視眈々と狙っていた。
「キツネの一団は完全に自由に動くそうだよ」
ぼそりと呟いたタリカは、射程と落下速度を計算し続けていた。茅街のヒトの支援により新たな尾栓構造を得た300匁砲は、どういう訳か遂に55口径の長砲身になっていた。何より、薬莢という考え方を教えられ、タリカが必死になって再計算し製作した新砲弾は、実質的には500匁に到達する47ミリ砲レベルの代物だ。
弾道計算式を早見表化させた物を手にするキャリは、そこから弾き出されたパラメーター数値を元に戦車の姿勢をコントロールしている。方位角。仰角。装薬量。それら無限の組み合わせを勘案し、最適と思われる着弾場所を考えていた。
「……へぇ でもまぁ、あの戦闘力じゃ近くにいる方がアブねぇだろうな」
吐き捨てる様にそう言ったキャリ。だがそれもやむを得ないのだろう。キツネの武士団を一言でいえば、統制の取れた蛮族の軍団だ。その突進は凄まじく、槍の届く距離より遙か前から強力な弓を放ってくる。
その鏃は当たり所が悪ければ腕や脚を引きちぎる事もあり、胴体にまともな甲冑が無ければ貫通しかねない威力を発揮した。だが、その弓で死ねる者は幸せだ。槍の間合いに入ったなら、凄まじい切れ味を誇る槍の穂先の餌食となる。
そして、それでも生き残った不運な敵は、あのキツネの持つ片刃の大太刀により一刀両断されてしまう。敵側が着込んでいる甲冑など紙のように切り裂く切れ味を発揮し、それを見た敵が恐慌状態になるほどだった。
「んで、計算出来た?」
「あぁ」
タリカの計算により導き出された数字を元に、キャリは車輌の姿勢を変化させて照準を合わせた。後は実際に撃ってみて微調整なのだが、その全てが実験なのは言うまでも無い。そして、新型へフィードバックするのが今回の目的なのだった。