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最前線に次期王登場

~承前






 キャリとタリカが到着した夜、前線本部となる本営ではキツネやネコの面々に紹介が行われた。事にキツネの側が驚天動地の驚きを見せ、何があっても間違って攻撃しないようにと念入りな打ち合わせが行われた。


 ――――栄えるイヌの国の時期王ならば……

 ――――どうか自重されよ……


 いつの間にか違う代表に代わっていたキツネの武士団棟梁は、黒い毛並みを持った鋭い眼差しの男だった。同じキツネの一族でも限られた地域にだけ居を構える一族で、その剣術はキツネの中でも指折りだという。


「ヤギュウ……だよな」

「然様。見知りおかれたい」


 ジョニーの確認にそう応えたのは、キツネの派遣武士団を束ねる長だった。山深い地にあるヤギュウという街の出身だそうで、なんでもキツネの国では指折りの武門なんだとか。


 普段こうして接しているときには全く威圧感などを感じない静かな姿なのだが、その腕は間違い無く確かで帥の事でも非凡な才能を見せる冷徹な男。だが、やはりその穏やかさが何ともおかしな空気なのだった。


「まだまだ修行中です。どうぞよしなに」


 胸に手を当てて頭を下げたキャリ。その腰の低さに今度はキツネの側が驚いている。その振る舞いも静かに笑みを湛える様も、全てが父である太陽王譲りのようだとキツネの面々は思った。


 現太陽王であるカリオン王の振る舞いは優雅で典雅で上品と評されるが、その薫陶を受けたらしいだけあって、実に紳士だとキツネは思った。


「そんでだ。マリオもだ。よろしく頼むぜ」


 ジョニーが最後に紹介したのは、ネコの国の有望株な男だ。あのエデュ・ウリュールの血縁に当たる男であり、次の総理大臣を嘱望される存在とも評されるマリオ・ウリュールがそこに居た。


「あぁ、解っている。君とは長い付き合いになりそうだ。よろしく」


 本営の中だというのにワインを煽っているマリオは、上機嫌でグラスを翳した。

 普段はだらしのないやり方なのだが、戦の上では実に巧者の面を見せる。打たれ強く忍耐強く、なにより、気が付くと盤面をひっくり返してしまっているのだ。そんなマリオもまた修行中の身。キャリとは気があう部分もあるのかも知れない……


「さて、若の紹介も済んだ事だし、今後について確認しておきたい」


 ドリーがそう切り出し全員の表情が変わった。雨期の終わりと乾期の始まりによる戦略的な変化。これによる戦術の変更が重要なのだ。つまり、今までと同じには行かないと言う事を全員で再確認だ。


「基本的には受け身の戦い方で良かろう。真正面からぶつかり合うほどの戦力は無いのだから、受け崩すしか無い。これについてはイヌネコ共に解って貰えると思うが……」


 ヤギュウがそう提案し、イヌの面々もネコの顔ぶれも、全員が首肯した。獅子の国は大国故に対処不能な数で遠征軍が来る可能性があるのだ。つまり、どうやった所で凄まじい戦力が押し寄せた場合には対処出来ない事など解りきっている。


「それについてだが……戦線を整理しざっくり50リーグほど後退したい」


 意外な事にそれを提案したのはネコだ。

 国土が蚕食される事になるが、そんな事はお構いなしの様子でもある。


 ボロージャはそこに妙な懸念を持った。普通に考えて国土を失うのは身体の一部を失うのに等しい屈辱でもある。そんな事を認めるほど余力があるとは思えないのだ。


「……その実を教えて貰えまいか? 国土を失う事に抵抗はないのか?」


 やや怪訝な物言いになったボロージャは、じっとマリオを見ていた。だが、そのマリオはすぐ隣に居た相談相手と少しばかり言葉を交わしてから、肩を窄めつつ笑って言った。あまりにも意外な言葉が飛び出たのだ。


「何も生み出さない国土など負債と一緒だ。儲けに繋がらぬなら損切りした方が良いのは言うまでも無い。相手に負債を押し付けて嫌がらせするのが良いと思う」


 何も生み出さない地を負債と表現したマリオ。商才逞しいネコの一門が考える仕組みは、文字通り金を生むかどうかが重要なのだろう。犠牲を払って護った所で利の無い土地だと、損切り局面な判断だ。


「まぁ……確かにここじゃ産業も農業もあり得ないよな」


 ポールは段々と公爵家らしい物の見方をするようになっていた。一門を繁栄させる為に何が必用なのか?を冷徹に判断するのだ。ただ、そうは言っても金儲けは誰だって楽しい。ましてや莫大な財の集まる公爵家の場合には、その才も重要なのだった。


「その通り。だから無駄が無くなる所までこちらは後退するのが望ましい。彼らは更に補給線を伸ばす事になる。当然、負担が増えて彼らはより一層の努力を強いられる。地味ながら効いてくると思うんだ。この一手は」


 マリオが楽しげにそう言うと、ポールは何度も首肯しつつ『だよな』と漏らしていた。補給が重荷になっているのだから、更にその負担を増せば良い。ましてや乾期とは言え大河イテルの水量はゼロになる訳では無いのだ。


 どうしたって石橋に頼らざるを得ないはず。その橋に向けて定期的に砲撃出来れば、補給線が痛んで侵攻軍はそのフォローに回らざるを得ないはずだ。それこそが戦略というものの核心であり、ポールはまた一つ大事な事を覚えていた。


「そういえば……中央からの補給線はどうなった?」


 ドリーがそれを思いだしキャリに問うた。

 キャリはタリカに『説明しろよ』と言わんばかりの視線を送って話を振った。

 イヌだけでは無くオオカミもここに居るのだと印象づけたいのだった。


「じゃぁ、それについては私から」


 その魂胆を読み取ったタリカが切り出した時、マリオが『君は?』と誰何した。同じようにキツネの側も不思議そうな目をしている。王子の付き人にしては少々違和感があるのだが、何者だろうか?と思ったのだろう。


「あぁ、申し遅れました。オオカミの82氏族を束ねる長。オクルカ・トマーシェ・フレミナの息子です。と言っても五男坊なので、まぁ、末席ですが」


 控えめな言葉でそう自己紹介したタリカは、オオカミの礼儀に則り自分の胸の前で拳を掌に当てて挨拶をした。それはオオカミに伝わる古い作法の一つで、他意や悪意はなく、己の真心のみを意味するものだった。


 ただ、イヌの次期王の側近的なポジションで友達のようの振る舞う男がオオカミの王の息子であることに、キツネやネコは複雑な感情を持った。最大限良く言えばイヌとオオカミは一衣帯水の関係だと雄弁に語る証拠のようなものと言える。


 だが、悪意ある解釈をすればこれは、やがてオオカミもイヌの国の一部になることを意味している、事にオオカミ王は太陽王と同じ大公爵の位を持っていると事前に説明を受けていたからだ。


 元々が同じ種族であり、イヌとオオカミで交配も出来る位なのだから、それもまた当然と言えば当然の事なのだが、それでもこれまでは『オオカミはイヌでは無いのだ』とプライドを見せていた。


「……良き関係である事を祈るよ」


 外交儀礼的な気遣いでマリオは笑って見せた。

 しかし、その腹の底では余り良い感情では無い物が渦巻いていた。


「で、その補給線についてだが?」


 ヤギュウは話の先を求めた。

 タリカは気を取り直し『まずは現状ですが……』と切り出した。


「現状ではフィエン自治区までかなりの街道が整備されておりまして、輸送組合等が大車輪で輸送を行っております。フィエンゲンツェルブッハの街で最終選別と整理が行われておりまして、軍団単位ではなく大隊単位での発送体制となってます」


 本営の机の上に図を書いてタリカは説明し始めた。豊かなル・ガルの国力を反映するように、フィエンの街までは大型馬車が行き交える石畳の街道が整備されているのだ。


 その道中には馬のメンテナンスを引き受けられる駅逓がいくつも整備され、獣医が常駐していて急病対応に当たると共に、調子の悪い馬を引き取り代わりの馬を宛がう体勢になっていた。


「次にフィエンから最終集積地ソロテルミニョンまでの間は、例のブルトーザーなるヒトの世界の道具を用いて高規格街道の整備を行いました。人海戦術でも3ヶ月は掛かろうかという距離でしたが、あの道具により2週間で開通しましたが――」


 その時、タリカが見せたのは不思議な代物だった。2本の鉄線が平行に棒で留められている長い定規のような構造で、これまた不思議な二軸馬車をその線の上に乗せた代物だった。


 だが、物資輸送に関する常識を持つ物ならば、その意味するとこをすぐに理解出来た。それは、ヒトの世界から落ちて来た鉄船の中に積まれていた軌匡なる道具を組み立てた物だ。


 非常に原始的な鉄道設備であり、いうなれば巨大なプラレールだった。しかし、大量高速輸送という面で見た時、鉄道の持つ威力がどれ程凄まじいかをこの世界の人間はまだ知らない……


「――そのソロテルの街からこの最前線まで残り10リーグ足らずは従来通り馬車で輸送しております。フィエンからソロテルの間にこのカラクリを投入しましたので輸送体制は大幅に改善しました。現状ではソロテルからここまで5時間で荷物が届きます」


 その説明にボロージャが笑顔になった。素人は戦術を語り玄人は兵站を語る。その補給体制が大幅に向上したのだから、こうなれば力比べに及ぶまでだ。ドリーは現状を理解し、全員を見てから提案を始めた。


「ならば一つ提案だ。戦線を5リーグほど後退させ、そのブルトーザーなる道具で土塁を拵え、敵を包み込む構造にして迎え撃とう。銃と砲の威力が効くだろう。その上で算を乱した所に『俺が突っ込むさ』


 ドリーの言葉を遮り、ジョニーは笑みを浮かべながら言った。相変わらず無鉄砲で力勝負大好きな男らしい物言いだ。しかし、その裏にはネコやキツネへの配慮が入っている事をポールやドリーやボロージャが感じていた。


「最後はガチのぶつかり合いだぜ。行って全力でぶっ叩いて黙らせんのさ。俺にはその方が性に合ってるしな」


 それを聞いていたキャリは最後の最後で付け加えた。

 驚く様な提案が披露されたのだ。


「自分はその陣地にいますが、まずは例の石橋へ砲撃を加えましょう。ヒトの助力もあって大幅に改良を加えた結果、射程は6リーグほどありますから」

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