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枯れた技術 失われた技術

~承前






 夥しい戦死者を引き渡してから2週間。

 獅子の国の側は攻勢を諦めたのか、随分と大人しいものになっていた。


「こうも静かだと……なんだか落ち着かないな」


 やや腰の浮いているポールは何処か不安そうだ。

 ただ、それも宜なるかなと言う部分が大きく、ここへ到着してからの戦闘は2回しか無い。


 本気でバチバチにやり合うつもり出来たのに、何だか随分と拍子抜けだ……

 そんな空気が蟠るレオン家の面々は、先にここへ来ていたジダーノフ家やボルボン家がサボっていたんじゃないか?と疑惑の目を向け始めている位だった。


「まぁ、そうは言っても彼らの疲弊はどうしようもない。今のうちに回復して貰うのが肝要だ」


 ドリーはポールをそう諫めて空を見上げた。

 前線本部となっている幕屋の隙間から見える空には青空が出ている。

 今年の雨期もそろそろ終わりか?と思うような青空だ。


「しかし……雨期って言っても毎日雨が降る訳じゃ無いんだな……」


 ポールが呟くとおり、雨期と言っても雨の降り方は様々だ。

 シトシトと降る日も有れば、音を立ててザーザーと降る日も有る。

 メリハリのある降り方なのだが、逆に言うと安定して天気は悪い。


 場所にもよるが、基本的にル・ガルは四季の国だ。

 冬場の積雪と夏場の猛暑がくっきりコントラストを見せる。

 だが、この広大な砂漠地帯では乾季と雨季しか無いらしい。


 季節の移ろいと言っても四季では無く二季しかないのだから、何が何だか……


「この時期にしっかり水を蓄えておけと昔から言います。各所にため池を作り乾期に備えるのですよ。ナツメやイチジク。あとはスイカと言った多水の果実樹を植えておいて、それに水をやり乾期の水分補給に使います。砂漠の民の知恵です」


 アッバース家の面々がそう説明すると、ポールは一言『知恵だなぁ』と漏らす。

 場所場所によって蓄えてゆく経験が異なるのだから、それもまたやむを得ない。

 だが、どんな場所でも人は生きて行かねばならないのだから必要な事だ。


「で、城からはなんて?」


 幕屋の片隅に腰掛けていたジョニーは、参謀長の肩書きでここに居る。

 いわば国軍士官のまとめ役だ。そんな立場で居るのだから、様々な情報が集まってくるのは自明の理で、ここではアレックスが送ってくる情報を全て閲覧出来るのだった。


「えぇ…… トラの国の戦線にいるヒトの一団から連絡で、補給路を造築する為にヒトを派遣すると連絡があったそうです。なんでも、この地までガルディブルクから2週間あれば到達出来る……棒?これ、ボウで良いんだよな。棒道を作ると」


 その言葉が何を意味するのかはまったく理解出来ないが、少なくとも状況改善にヒトが力を貸してくれる事に成ったらしい。ただ、2週間で何が出来る?と誰もが首を傾げる状況だ。


 実際、この世界における大規模土木工事は、基本的には人海戦術で事を成すのが当たり前なのだ。そもそも土木機械など無いのだから、それしか無いのだが。


「まぁ、なんであれ、補給路が改善してくれるのであればありがたいな」


 ボロージャの言葉には深い安堵があった。

 ただ、ソレと同時に何かを憂慮する表情でもある。

 凍峰種と呼ばれる北方系の男は、灰色の瞳を曇らせていた。


「なにか心配事があるんですか?」


 ポールは下からの言葉でその真相を問うた。

 解らないなら素直に聞けば良い。それだけの話だ。


「いや、杞憂で有って欲しいのだがね。仮に向こうが大軍を動員して来てこちらが対処不能になった場合、王都までの一本道を一気に攻め上られるな……と、そう言う話さ」


 表情を曇らせたボロージャの言葉は、ポールには完全に慮外であった。

 負ける可能性を考慮していたと言う部分で、自分には無い奥深さを感じていた。


 ただ、ル・ガルを支える公爵家を預かる以上、常にその視点も必要だ。

 ダメになったときには次の手を考えなければならない。勿論その準備もだ。

 難しい状況になればなるほど、そんな部分での思慮深さが求められる。


「……防衛線の構築を事前にしておくようですね」


 何気ない一言と言うべきポールの言葉。だが、それは間違い無く世界の真実だ。

 そして、国家を預かる太陽王を支えるなら、自己犠牲が求められるのだろう。


「まぁ、そんときには俺が大暴れしてやるさ。あの野郎を北都まで後退させて、そこに至るまでに漸減するんだ。そんで、南の国産まれな連中にゃ雪中戦闘なんて無理だろうから、冬期攻勢を掛けて…… って…… あっ!」


 ジョニーは何かに気が付いた。

 思わずポールが『え? なんですか?』と声を出したのだが、ドリーですらも慌てた声で『盲点だった!』と狼狽している。


「大至急王都へ連絡しろ! 連絡状! 連絡状をくれ!」


 ジョニーは通信士官が差し出した羊皮紙を奪い取るように受け取ると、慌てた様子でペンを走らせた。それを読んでいたポールが『そうか……』と漏らした緊急連絡の内容。


 それはつまり、ル・ガルが経験した事の無い戦いが始まると言う事だ。四季のある国なのだが、それ故に乾期を経験した事が無い。そう。ル・ガルは乾期の戦い方を知らないのだ。


「どうにもならんな。これだけは」


 そう漏らしたボロージャは、天を仰いでいた。

 晴れ渡った空は深い群青に染まっている。


「太陽が……敵に回ると言う事だ」


 同じように空を見上げたドリーもそう呟く。

 暑く乾いた季節には、太陽こそが敵になるのだった。




 ――――――同じ頃




「成るほど。それは良いな」


 深く頷いたマサは、ヒトの一団の提案に興味を示していた。それは、電動に改造されたブルトーザーを使って、茅街から王都を経由してネコの戦線まで道を付けるプランだった。


「電動というのは様々な事が出来るのだな」


 タカも驚いているその作戦は、巨大な太陽光発電パネルを持った移動式の電源車を作り、それによって有線で電源供給されたブルトーザーを走らせようという作戦だ。


 だが、その真相は別の所にある。茅街で整理されていたコンテナの中に思わぬものが入っていたのだ。タイゾウら21世紀出身のヒトには理解出来ない代物だが、マサやタカらにはすぐにわかるものだった。


「まさか軌匡が入っているとは思わなかったな」


 マサの漏らしたその言葉は、新鮮な驚きと共に仄暗い悪意を含んだものだった。

 軌匡。それはレールと枕木が一体になった組み立て式の簡易軌道だ。


 自動車の技術が極限まで発達し、世界中どこまでも舗装路が広まった世界では完全に失われた技術。文字通りのロストテクノロジーと言えるもの。だが、マサ達20世紀前半戦に生きた者にすれば、枯れた技術で安定した代物だった。


 鉄道模型のレールのようにジョイントで接続し、最大100トン程度までの物を自在に運ぶ事が出来る。車輪車軸の数を増やせば重量は分散されるのだから、これを使わない手は無い。


「機関車はどうしましょうか」


 タカは首を捻って思案していた。だが、それに対しマサは即答した。


「我ら陸の上の軍隊ではあまり馴染みの無い言葉だがね、帝国海軍ではこう言うそうだ。足らぬ足らぬは工夫が足らぬとね。先に山本長官から招かれ海軍旗艦の中でフルコースをご馳走になったのだが……今思い返しても顔から火が出る思いだ」


 ハハハと笑ったマサは、苦い思い出を噛みしめながら遠くなってしまった祖国を思った。ただ、その時代において最高水準な物の考え方をする男故に、パッと思考を切り替えていた。


「あの電動式の車輌を機関車に仕立て上げよう。なんならあの小松製の均土機を改良しても良い。最高速度など15キロも出せれば充分だ。それよりも、これまでとは異なる規模で輸送体制を作る事が出来る。なにより――」


 マサがニヤリと笑ってしまう理由。

 それは、21世紀の未来に至るまで、欧州鉄道網が独特の発展を遂げた理由だ。

 つまり、他の交通機関には無い特性が発揮されるのだ。


「――大量の兵士と戦闘道具を現場へ一気に運び込める。軌匡とは言え下をしっかり作れば良いのだ。出来れば複線化したいな。そうすればダイヤグラムを考えなくて済む。追いつかないように走り続ければ良い」


 今だ馬車軌道すらない世界に鉄道システムを持ち込もうというマサの発想。それこそがまさに20世紀における陸軍組織の常識でもあった。どこの国の軍隊にも鉄道連隊があったように……だ。


 高速大量輸送機関としての鉄道が陸上の絶体王者な世界の常識。それを可能とする道具があるのだから、手持ちの道具で勝負するのが当たり前な彼ら帝国軍人にしてみれば、世界が開けるような感覚なのだろう。


「……早速準備に入りましょう」

「あぁ。あのイヌを束ねる王に色よい奏上をしたいものだね」


 この世界にヒトの居場所を作る為の努力。それこそがこのふたりのやる気を繋ぎ止めていた。ただ、それは諸刃の剣である事を2人は完全に見落としている。すぐさま対応出来ると言う事は、すぐさま対応せねばならない事態を意味するのだ。


 そして、この世界を舐めて掛かった代償はすぐそばにあるのだ。なぜ獅子の国がここまで強力に対処し続けられたのかを気が付かなかった時点で、もはやチェックメイトなのだった……

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