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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
青年期~第5次祖国防衛戦争
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三年生の苦闘 或いは、青春と呼ばれる日々(前編)

 三年生になって三ヶ月。

 もうすぐ十二月も終わろうかとしている頃だった。


 最近のカリオンは朝五時四十五分に部屋の一年生が叫ぶ『おはようございます!』で目を覚ます毎日だった。

 つい数ヶ月前まではカリオン自身も同じように起床ラッパ前に目を覚ましていたのだが、最近では授業での疲れ過ぎが祟っているのか全く起きられないで居る。

 兵学校の三年生となると、それぞれ専攻の学科によって授業内容が異なっているのだが、胸甲騎兵ともなると学ぶべき事は余りに多かった。

 さらに言えば、カリオンの場合は歩兵科や主計科、さらには参謀学まで手を広げ幅広く学んでいた。


 通常であれば自らが専攻する学部以外の授業を取るなど出来ない事であるが、カリオンの場合は学生指導長ロイエンタール伯の特別許可を貰っていて、どんな授業でも自分の専攻学科以外は評価が悪くとも落第無しの特別待遇で学んでいるのだった。少なくとも将来は帝王となる人間を育てようとしているのだから、成績が悪くとも理解が悪くとも、『そう言う物がある』という知識を持っている事は重要だからだ。

 そこにはカリオンの父セルの思惑が強く含まれていて、その意図を理解しているからこそロイエンタール伯も良きに計らえと裁可を下していた。

 もっとも、この学年の場合は少々事情が特殊で、カリオン以外にも数名の『特別な学生』が在籍している事になっている。本来は諜報活動と参謀学が専攻のジダーノフ家出身学生は、全く関係ない主計経理学や暗号学を学んでいるし、胸甲騎兵一本出来たはずのレオン家出身学生は、参謀学や衛生学。さらには生産戦略学といった授業を受講していた。

 皆、寝る間を惜しんで勉強していて、しかもその成績は決してお世辞やおべっかでは無く正当な評価として学年トップを争うレベルだった。さらには、その合間に下級生の指導をガンガンと行っていて、彼らの成績もまた学年トップクラスに達しているのだから、望まなくとも階級線が増えていく。現実に、カリオンには事実上六本線待遇を行う旨の通知が届いていた。ただし、三年生で六本線にはなれないので、五本線の更に上に点線でステッチされた状態な、幻の六本線だった。


「おいエディ…… また増えんのかよ。追いつけねぇな」


 めんどくさそうな口調で問いかけたジョニーは、心底ウンザリと言った表情だった。

 自由時間となった夜九時の自習室。まだ明かりは煌々と燈されていた。


「そう言うジョニーだって事実上五本じゃないか。そろそろ点線卒業だろ?」


 既に五本目を貰っていたカリオンは、まだ三年生の分際で六本目に手を掛けている。

 四年生でも五本線がなかなか居ない中、三年生の分際で五本線を持っている三人組は嫌でも目立つのだ。

 それぞれの部屋の室長は四本線な上に大隊長は五本線。四年生と同じ待遇を持っている三年生だけに、良くも悪くも風当たりは強い。

 だからこそ、この三人組は上手く振る舞う事が要求される。彼らが将来どんな所で生きていくのかを思えば、今ここでの経験は決して無駄にはならないだろうと言う大人達の思惑だった。


「どーでも良いんだけどよ」

「どうでも良いなら言うなよ」

「話の腰おるンじゃねーよ!」


 カリオンの鋭い突っ込みにジョニーが笑った。

 

「で、なんだよ」

「なんか来週の週末に俺の家から呼び出されてんだが、王宮に参内するんで粗相無いよう気をつけて来いって話だ。何やるか聞いてないか?」


 天井を見上げて考え込む素振りのカリオン。

 しばらく記憶のファイルを辿ったのだが、思い当たる案件はなかった。


「いや、俺もわからない。聞いてないな。そのうち連絡が来るかもしれないけど、少なくとも今現状じゃ……」


 そこまで話をしてから、ふと思い出した予定があった。

 リリスから手紙が届いていて、次の週末に父と王宮へ参内するからエスコートして欲しいという内容だった。重要な点は二つで、まず礼装で来て欲しい。それと、何者であるか分かる様にして欲しい。

 つまり、リリスはリリスであちこちから粉を掛けられているから、そろそろそれが鬱陶しいんで何とかして欲しいと、そういう事らしい。


「なんだよ、なんか思い出したか?」

「そういえばリリスから手紙が来てた」

「なんだって?」

「参内するから一緒に行ってくれって」

「……ははーん。あれか、彼女もあちこちからウゼェのか」

「だろーな」


 王立女学校ともなると各方面の良家名家から折り紙つきのご令嬢が集まってくる。

 その中で高階層貴族の子女を目当てに様々な階層の男たちが群るのだろう。

 そうでなくとも王立の工学科大学や医療大学など、様々なインテリ層が王都には存在しているのだ。

 そんな中で嫁さん探しに熱をあげる者がいたとしても、何らおかしい事ではない。


「あれじゃないか? 年末の王宮舞踏会」

「あー 考えてみりゃちょうどそんな時期だな。めんどくせぇ」

「めんどくせぇ言うな。リディアも連れてくるんだろ?」

「……そーだな。あいつもつれていかねーと、俺がめんどくせぇ」

「ジョニーは最近じゃめんどくせぇが口癖だな」

「ほっとけ!」


 そんな気の置けない会話の中――


「よぉ! 何の話だ?」


 ようやくやってきたアレックスは自分が書き取った参謀学のノートを持ってきた。

 ついさっきまで暗号学の教師を捕まえて個人補習を行っていたアレックス。

 近日、王立工科大学では、光を使った長距離通信の実験が予定されている。

 そこに参加するべく足りない部分を学び、着々と準備を整えていた。


「遅いよアレックス。で、その光通信ってどんなの?」

「それがスゲーんだよ。俺も通信基礎読ませて貰ってビックリした」

「だからどぉスゲ―のかちゃっちゃ言えデブ!」


 いつも口が悪いジョニーだが、アレックスも既に怒らなくなっていた。

 ジョニーの憎まれ口は親愛の情のようなモノで、心を許した人間以外には極めて常識人として振る舞う事が多かった。

 つまり、ジョニーの憎まれ口は気を許した仲間だけにしか漏れ出ないモノで、ソレを聞けるのは事実上カリオンの認めた『家臣』だけだった。


「それがさ、例えば――


 その通信術にエディもジョニーも目を輝かせて話を聞いた。

 数字と乱数表を組み合わせた暗号術は昔からあるのだが、それを光でやりとりする技術は全く新しいアーキテクチャーだった。先の西方紛争時に考案されたというそれは、教授の言に因ればヒトの世界の通信術そのものなんだという。

 夜の闇の中、送り手と受け手の間で数字の一からゼロまで十種類を光による信号でやりとりし、数字表から暗号表を通して再文章化すると言う複雑な手間を要するモノだ。

 だが、その通信は魔術によらず、尚且つ一般人でも教育を受ければ誰でも使えるようになる代物だそうで、興奮した口調で説明するアレックスの目はキラキラ輝いていた。


 ――つまり、これを使うとガルディブルクからシウニノンチュまで一晩で手紙が行くんだよ。しかも、暗号化してあるから、向こうとこっちしか内容が分からない。これ凄くない?」


 ヒトの世界で言う所のモールス信号だ。

 だが、こんな簡単な技術でも、ヒトの世界で使われるようになったのは十九世紀だ。

 これがもしナポレオンの時代やローマ帝国の時代に在ったなら、世界の歴史はまた違ったものになったのかも知れない……


「とりあえず、参謀学の方を頼むよ。光通信はまた今度」

「分かった。んじゃ、今日の分から」


 カリオンとジョニーは自分の参謀学のノートを開いた。

 授業が二つ以上重なって聞けなかった分の専門講義をアレックスから聞いていた。


「えっと、あぁ、こっちはあれだ、戦力差評価の数式換算術」

「そうそう。算術関連なんで聞きたいことが山ほどあった」

「エディと違って俺は算術苦手だからよぉ」


 消灯時刻までまだ一時間少々ある。貴重な勉強時間を使って、カリオンは理解しきれない部分を学び取ろうとしていた。

 父ゼルがこの学校へ来たとき、各学科の講師や教師に教えを受けていた。その『学ぶ姿勢』をカリオンがやり始めた日。ジョニーもアレックスも一斉に真似し始めたのだった。

 スポンジのように何でも吸収出来る時期と言うのはごく僅かな間でしかない。そんな時期に徹して学べるというのは、実はとても幸せな事だ。忙しい毎日を送っていると、時の過ぎゆくのは驚くほど早い。気が付けはカレンダーは週末になっていて、カリオン達は出掛ける準備を始めた。





 そんなこんなであっという間に翌週末。





「あら。いらっしゃい、殿下」


 仕度を調え出向いたカウリ卿の自宅では、リリスの母レイラが出迎えた。

 この一年少々の間に何度も叔父カウリの私宅を訊ねているカリオン。

 カウリの私邸は王都ガルディブルクにあるもう一つの実家状態になりつつあった。

 そして、娘婿になるのが事実上確定しているカリオンだ。

 訪れるの都度にユーラもレイラもカリオンを歓迎してくれていた。


 いつ見てもレイラは驚くほど美人だとカリオンは思う。

 だが、この人は記憶が虫食いになっていて、所々に完全に抜け落ちた穴があった。


 それでも断片的に覚えているらしい幼少時代に聞いたと言うおとぎ話は、カリオンだけでなく、共に遊びに来るジョニーやアレックスも大好きな物語だった。

 共に育った男性と冒険に出る話。魔術で飛ぶ銀の翼を持った竜に乗り空を飛ぶ話。

 空想力をかき立てるレイラの話は何度聞いても飽きる事が無かった。


「よぉ! カリオン! いつ来たんだ?」

「兄貴!」


 カウリの儲けた唯一の男子トウリを、カリオンは兄貴と呼んでいた。

 共に半ば一人っ子で育ったカリオンとトウリは実の兄弟のようだ。

 十五も年齢が離れているが、イヌの長い寿命ではよくある話だ。


 トウリは未だ服喪中と言う事で即位していないノダを援すけて王宮に勤めている。

 その間、難しい政治のゴタゴタを幾つも見ていて、だいぶ窶れつつあるのだった。


「兄貴…… 痩せたねぇ」

「正直参ってる。仕事の内容が重すぎるんだ」

「重い?」

「あぁ。なんだかもう頭が痛くなるよ」


 相国や摂政と言った肩書きがある訳では無いが、次期王セダの秘書として付き従うトウリは、ガルディブルクの政治についてウンザリしつつあった。


「誰とは言わないけど…… みんな欲の塊だ。隙あらば出世しよう。機会あれば大貴族に取り入ろう。そんな鼻息荒いのばかりで嫌になる。実は今日もさ……」


 何かを言おうとしたトウリだが、ちょうどそこへカウリが入ってきた。


「そこから先は必要ない。と言うか必要なくなった」


 溜息混じりの言葉にトウリが首を傾げる。

 何かあったのは間違いないが、何があったのかは分からない。

 どんな言葉で切り出そうかと思ったカリオンだが、カウリは先に切り出した。


「今日は王宮舞踏会の顔合わせで宴が開かれる事になっていたのだが、先ほど侯爵スペンサー家から連絡があって……」


 カウリは頭を振って溜息を吐いた。

 その仕草でカリオンは悟った。

 もちろん。トウリもまた悟った。


 ノダの想い人に何かが起きたのだろう。

 口にするのが憚られる()()()の思惑で、何かが起きた。


「アンネがバルコニーから()()()()()()()()()そうだ。故に、今宵の宴にスペンサー家は参加を見送るそうだ。残念だが……」


 鉛のように重い空気が漂うなか、部屋の中にリリスの声が響いた。


「お待たせ!」


 一気に空気が変わった……のは良いのだが、その変わり方があまりに激しく、さすがのカリオンも言葉を失った。もちろん、カウリもトウリもだ。


「リ…… リリ…… ス?」

「へん?」

「……すげー 変だ」


 次期太陽王にあるまじき下町言葉で驚いたカリオン。

 その向かいで太陽のようにリリスが笑っている。


「だって、馬車に乗ってっちゃったらエディとお話出来ないし、レラに二人で乗ったらレラが可哀想だし、かと言ってカリオンを馬車に押し込めたら示しが付かないでしょ。で、私だってこう見えても騎兵師団元帥の娘だって見せ付けたいし、馬に乗って駆けるようなお転婆娘にちょっかい出すようなのはすぐ隣にカリオンがいたらすぐ分かるじゃない。だから」


 本来なら夜会用のドレスで行くはずなリリスだが、そこには乗馬衣装で身を固めた凛々しい姿の女の子が立っていた。


「だけど、リリスの荷物は?」

「兄さまが持って行ってくれると思うけど……」


 かわいい妹から上目遣いの笑顔で迫られ、トウリはもはや二の句がつけなかった。

 ただ、その姿とやり取りをカウリやレイラが満足そうに眺めている。


「トウリ。そう言う事だから、まぁなんだ。妹のために一つ汗を掻いてやってくれ」

「……わかりました。でも」


 リリスを指差し口を尖らせるトウリ。


「おまえら! 貸しだからな! いつか返せよ!」


 不承不承と言った風なトウリにカリオンは手を合わせて頭を下げた。


「兄貴! すまない!」

「ごめんね兄さま!」


 フン!と不機嫌そうに鼻を鳴らして大股で部屋を出て行くトウリ。

 その後姿を見送ったリリスがペロリと舌を出して笑った。


「やったね!」

「おぃリリス。いくらなんでも兄貴が……」


 腕を組んでちょっと呆れるカリオン。

 だが、カウリは満足げに言った。


「次期太陽王の后となるんだ。それ位は深謀遠慮で上手く切り抜けられないとマズイ。まぁ、今回は上手く立ち回ったと褒めておくが、次はもっと上手くやれよ」

「はい父さま!」


 太陽のように微笑むリリス。その笑顔を見ながら、苦笑いするカリオン。

 本人の意思云々関係なく、すでに既成事実のように話が進んでいた。

 もちろんそれが嫌と言うことはないし、既成事実として実行するのは吝かじゃない。

 そんなカリオンをリリスの母レイラが眺めていた。良い息子だと満足そうな微笑で。


 ただ、カリオンは危惧していた。

 いずこかの貴族や何者かが横槍を入れて来るかもしれない。

 伯父ノダを見れば分かるとおり、欲に駆られれば人をも殺してしまうだろう。

 リリスの身に危険が迫ったとして、果たして自分は護れるだろうか?

 そんな危機感を感じているのだった。











 王宮舞踏会は年に二度行われることが慣例になっている。

 年末二十八日の官庁御用納めの夜と、現国王の誕生日の夜である。

 どっちも国内外の有力貴族や大商人や平民出の高級官僚などが集まってくる。 

 いうなればル・ガル社交界最大のイベントといって良い。


 その舞踏会を前に、かならず顔合わせとなる宴が開かれる。

 高級貴族同士などで色々と揉め事や微妙な駆け引きがあるのだ。

 そんなものを舞踏会に持ち込まないための、いわば大事な前哨戦でもある。


 そんな現場へ向かってカリオンは馬を歩かせていた。

 すぐ隣には栗毛の馬にまたがるリリスが居た。

 士官学校の五本線を持つ青年が礼装をまとっている。

 マダラの姿ではあるが、その存在はすでに王都ですっかり有名になっていた。


 ――――おぃ! 若様のお出かけだぞ!


 そのカリオンが愛馬にまたがり誰かの馬車の後ろを走る。

 見るものが見れば、その事情が透けて見えるのだろう。


 馬車の中身は騎兵師団長であるカウリ卿だ。

 乗馬など靴を履くより簡単な人物故に、馬車で移動などという事は滅多に無い。

 だが、この夜は美しく着飾ったユーラ妃を伴っての公式行事。

 王族であるサウリクル大公家の当主として恥ずかしくない衣装に身を包んでいた。


 だからこそ余計にリリスの乗馬姿が浮いて見える。

 礼装ではなく、また、護衛騎兵のような身なりでもない。

 どこかの貴族のご夫人が遊びに行くような姿だった。


「なぁリリス」

「なに?」

「今度は馬車に乗れよ。すげー浮いてる」

「え? 良いじゃん」

「よくねぇって」

「なんかジョニー君がしゃべってるみたい」

「マジで?」

「うん。そっくり」


 顔をしかめ『アチャー』な表情のカリオン。

 それを見て笑うリリスに民衆が驚いた。


 ――――あのお嬢さんは?

 ――――カウリ様のお嬢さんだよ

 ――――じゃぁ若様のお后候補かね?

 ――――どっかの貴族が横槍を入れなきゃね


 各所から口さがない噂話がもれてくる。

 そんな言葉を聞きながら、カリオンは無様にキョロキョロとする事無く警戒する。

 先ほど聞いたとおり、スペンサー伯の家のご令嬢が亡くなったらしい。

 ご令嬢というには随分と年増女なアンネをカリオンは何度か見ていた。


 もともとは若い頃から相愛だったノダとアンネの二人。

 だが、ネコによるガルディブルク襲撃で婚礼の儀は延期されてしまっていた。

 妻子全てを失ったセダが『絶対安定圏を作る!』と宣言し、その完成を待ったのだ。

 だが、その舞台裏は違っていた。

 ノーリの姉の血統、イスカーの家系が邪魔したのだった。


 イスカーはノダを養子に迎え入れる腹だったのだ。

 女系血統として当主が代々女性であるイスカーとウェスカーの両家は、当主の娘が結婚適齢期になると、婿としてその時代に最も権勢を誇っていた貴族から入り婿を取るのが慣わしだった。

 その時代においてル・ガル最強の遺伝子を取り込み続ける事を目的とした、巨大な遺伝子プ-ルの役割を行っているのだった。


 間違いなく長子セダが次期太陽王だろう。だから次男ノダをイスカーが取り込み、三男ウダをウェスカーが取り込む。そんな作戦をアージンに解けて混ざったフレミナ一族が持っていた。イスカーにもウェスカーにもフレミナの男性血統が残っていたのだ。


 ノーリの血を引く男とフレミナの女が結婚し、生まれた子供とフレミナの男性血統を持つものが結婚する。そこに産まれる男子はノーリの血を引いているが、フレミナの血統にスリ替わるという事だ。そして、機会を見て太陽王そのものか、またはその養子へ送り込む。イヌの国家統一から三百年の時を経て、シウニンにねじ伏せられたフレミナ一族の野望が達成される事になる。


 だが、シウニン一族も様々に暗闘を繰り広げてきた事は確かだった。その証拠に現状ではイスカーが事実上滅ぼうとしている。ウェスカーの当主であるシャイラ・フレミナ・アージンはまだ現存し、配偶者を得て次期当主となるシャミナが育っていた。

 イスカーの一族はノダを入り婿に迎えるはずだったパトリシア・イスカリクル・フレミナ・アージンが疫病であっけなく病死。医療陣の使ったエリクサーが効かなかったという事らしい。その後、パトリシアの姉妹たちが次々と変死を遂げてしまい、イスカーの家系で残っているのはパトリシアの母である老婆アニータのみ。


 ノダを取り込もうと様々に暗躍したアニータはノダの父シュサとその家臣団による手練手管にやられ、家が滅ぶ土壇場に来ていたのだ。だからこそ意趣返しとばかりに最後の政治力でノダの妨害をしている事になる。



 そしてノダは今、それに本気で苦しんでいる。


「なぁリリス」

「え?」

「カッコの事はもう良いから」

「うん。なに?」

「春になったら婚約しようか」

「ほんとに!」

「あぁ、兵学校に居る間は結婚できないから」

「うん! 待ってる!」


 リリスは嬉しそうな顔をしてカリオンを見た。

 そのカリオンの耳に、あのノーリの鐘の音が聞こえた。


「私は……」


 カリオンの耳にギリギリ届くか届かないか。

 そんな声でリリスが呟いた。


「私はいつもあなたを待ってるの」

「なんで?」

「だって、約束したじゃない。あの日、サワシロスズ咲く、霧の草原で」


 心からの笑みを浮かべたリリス。

 その表情にドキリとしたカリオンは、ムラムラとした青い衝動に駆られ、寸前で押しとどまった。


「暗くなったらね」


 なんとなく物欲しそうなカリオンを見ながら、リリスはコケティッシュに笑った。

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