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錯覚

~承前






 ――――こりゃすげぇ……


 それ以上の感想が出てこないジョニーは、愛馬を駈って戦場を横切っていた。

 ファランクス隊形を取っている獅子の国の軍勢は、どうもウシの様だ。


 ――――横に並んでの力押しか……

 ――――近づく事も出来ねぇたぁ……


 一気に速度に乗ったジョニーの一隊は獅子の国のファランクス陣形を躱して突進していた。大きく円を描くように回り込み、敵陣の裏手に回ったのだ。


 ――――まぁそうなるよな


 ジョニーがボソリとこぼしたとおり、その陣形の裏手は完全に無防備だ。長槍をいくつも長く突き出す事でハリネズミのような状態になっている。方陣と呼ばれるその陣形は小回りの効く全方向対処が可能なものだ。


 だが、その攻撃力を一方だけに絞ったときには凄まじい力を発揮する。騎馬で蹴散らすにしても、長く構えられた槍により接近すら出来ないのだ。


 ――――力勝負で勝つやり方ってことだな


 獅子の国を支えてきた強力な軍隊の戦術は案外シンプルなものだった。ただ、そのシンプルさ故にどうにもならないのだろう。しかし、幾度も経験していたル・ガル側とて対策の手を拱いていた訳では無い。アッバース家の面々が考案した銃に頼らない攻撃手段がこの日披露された。


「野郎共! ビビんじゃねぇ! ビビったら負けだぜ! 突っ込め!」


 ジョニーは変針して敵陣の後方へ真っ直ぐに突っ込んで行った。

 その途端、獅子の国の陣は全員がクルリと真後ろを向いて後方に槍を構えた。


 ――――なるほど


 そうなるよな……と再確認したジョニーは、それでも遠慮無く斬り込んだ。グッと接近しながら手綱を放し、肩から掛けていたカバンを片手に持った。その中に込められた火薬の量は軽く2キロに達するものだ。


 そして、そのカバンの周囲には細かい鉄菱がビッシリと貼り付けられている。膠により張り付いたその鉄菱は、銃弾や銃身を作る際の端材だった。


「順次点火!」


 ジョニーがそう叫んだ直後、各所から一斉に火縄に着火する臭いが沸き起こる。

 カバンから突き出ている長い導火線は、ザックリ10秒ほどの時間稼ぎだった。


「投げろ!」


 敵陣直前で急旋回したジョニーは、カバンを振り回して遠心力を付け投げた。馬の速度と遠心力とが一体になったその爆薬入りカバンは驚く程の飛距離だ。敵陣のど真ん中辺りに落ちたカバンは、程なくして大爆発を始めた。


「遠慮しなくて良いぞ! ドンドン投げろ!」


 ジョニーの後続も同じようにカバンを投げ込み続けた。横一列になった獅子の国のファランクス陣形は各所で阿鼻叫喚の絶叫状態だ。そして、その結果として各所で槍衾が途切れ始めた。


 ――――よしっ!


 刃付きの大槍を出したジョニーは叫ぶ。


「総員抜刀! 襲歩!」


 ル・ガル騎兵はその実力を発揮する凄まじい速度となった。ただ、正面衝突はまだ出来ない。槍衾が残っている箇所があるのだ。故にジョニーはいくつか凹んでいる箇所目掛けて飛び込んでいった。こうなれば槍が長すぎて対処する事が出来なくなるし、馬の速度が武器になる。


「削れ! 吶喊!」


 まるでヤスリのように敵兵の命を刈り続けるル・ガル騎兵の突進。

 それを見ていたキツネの武士がアチコチで勝ち鬨の声を上げた。


「後続の為に穴を広げろ! 左右を押し出せ!」


 他国の兵には各々に得意な戦い方がある。キツネの兵は機動力こそ無いが、接近戦では恐ろしい程に強いのだ。そんなキツネの武士が突入する為の穴をジョニーは広げていた。


 ――――こんなもんかな……


 久しぶりの騎馬運動は腰にくる……

 だが、銃を使って待ち受ける戦闘よりもこの方が解りやすいのだ。


「やはり騎士は剣で戦えと言う事だな! ロニー!」


 目の前にいた巨躯の黒いウシを槍で串刺しにしながらジョニーは叫んだ。

 その言葉を聞いたロニーは『その通りっす!』と叫んでいた。


「後続のキツネにも残しといてやれ! 敵陣本体へ斬り込むぞ!」


 ジョニーが突進目標を指示し、騎兵が大きく旋回を始め石橋へと向かった。橋の向こうには第2陣となる敵兵集団が見えて、ジョニーは速度を落とした。その多くが弓を持つ遠距離投射集団だったのだ。


「やべぇやべえ! 橋には入るな! 逃げ場がねえ!」


 橋の上は一本道なので逃げ場が無い。あの弓兵は第2陣では無く防衛線を維持する兵だろう。橋を渡ろうとすれば一斉に投射され、逃げ場の無い所で憤死する事になる。


 ――――敵も考えてるな……


 そんな事を思ったジョニーは、橋の手前で大きく旋回を掛けていた。

 ウシの一団を殲滅した後、あの連中をどう叩くかを思案したのだった。




 ――――――翌朝




「さすがだよ。うまく行っているようで結構だ」


 朝から上機嫌で報告書を読んでいるカリオンは『余が行く前に片付くやも知れぬな』などと軽口を叩いている。けしてそんな事は無いと分かっていても、それでも漏れる言葉もあるのだ。


 誇らしげに報告書を差し出した通信士官ですらも笑顔になっていた。それくらい順風満帆な進行の報告だが、執務室の中でウォークだけが怪訝な顔になって居た。


「ですが陛下。油断と慢心は敗北への最短手ですよ?」


 相変わらず良いところで素早い引き締めの言葉をウォークは掛ける。それは間違いなく彼の良心である。ただ、時と場合に依っては耳の痛い話でしかない。


 余りにそれをやれば煙たがられるのは言うまでもなく、細心の注意と加減を心掛けねば大変なことになるとウォーク自身が思っている。ただ……


「それは心配ない。余には心強い参謀が付いているからな。少しでも調子にのればすぐに諌めてくれる」


 ハハハと軽快に笑ったカリオンは執務室の中で次の戦略を考えた。トラの国からの報告では、沖合い展開している獅子の国の船団を痛撃し、かの国の船団は被害たまらず逃げ出したという。


 ただ、生き残りを作ってしまった事を詫びている文面がそこにあり、ウォークはそこに懸念を持った。トラの国に展開している筈なヒトの参謀がそれを付け加えたなら、そこには何らかの思惑があるはずだ。


 それをこちら側が把握していなければ、何処かで情報と事態把握に齟齬が出る。リアルタイムな双方向のやり取りが出来ない世界では、致命的な失敗を引き起こす可能性があるのだ。


「陛下。それについて少々懸念が」


 深刻そうな顔で切り出したウォークは、なぜ船団を全滅させなかった件について詫びているのか?とカリオンに問うた。先ずは王の言葉を待つ姿勢だ。


「……言いたい事は解る。船団の生き残りが情報を持ち帰るだろう。どんな対処を見せるのか……って……あ……」


 この時点でカリオンもその問題に気が付いた。これでル・ガルは西部戦線に全力投球する事が出来なくなった。獅子の国の船団が一端後退し、こちら側の対処を勘案して次の手を打ってくるかも知れない。


 少なくとも沖合に展開していた彼らは何かしらの活動を行っていたはずだ。その活動の正体が掴めない以上、こちら側としては受け身の行動しか出来ない。つまりそれは、トラの国に戦力を貼り付け続ける事を意味する。


「……こちらの手札が大幅に縛られましたね」


 残念そうにそう言うのだが、それには訳があった。ジョニーが送ってきた報告書には、射程の長い砲を持ってきて欲しいとあったのだ。砲があれば弓兵を突き崩せるのだから戦は早く終わる。


 カバンを使った爆薬戦法が大当たりなのだから、これを使わない手は無いと言い切っていた。


「……ふむ。とりあえずキャリとタリカを西部戦線に送り込もう。トラの国にはヒトの兵団を置いておく。彼らに対処を命じ、何とかさせよう。どうもあの兵器は防御向けだ」


 命令書にペンを走らせ始めたカリオンは、時々ペンを止めて文言を思案した。

 ただ、不意に顔を上げた時、ウォークが何とも微妙な顔に成っていた。


「どうした?」


 何か不安そうだな……と、それを言いかけて飲み込んだカリオン。

 その前にウォークが切り出し、聞く体勢になったのだ。


「なんだか……全て仕組まれている気がします。我々の犠牲は大きいですが勝っている気に成っています。実際は間違い無く負け戦ですよね。これでは」


 冷静に考えればそうなるのだろう。だが、それを認めるのは勇気が要る事だ。現状を改善する為には驚く様な一手を打たねばならない。つまり、どちらかを捨てて戦力を集中せねばならないのだ。


「そうだな……」


 決して勝っている訳では無い。釘を刺したウォークの言葉に、カリオンは己が舞い上がっていた事を知った。その錯覚こそが亡国の最短手なのだから。

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