長距離砲撃戦
~承前
いつの間にか季節は進み、暦の上では既に4月となっていた。
頬を撫でる風に暖かな陽気が混じりはじめる頃合いだが、海沿いの丘はまだまだ風が冷たく感じられる。ただ、トラの国の海岸地帯では、相変わらずな睨み合いが続いていた。
獅子の国の船団は相変わらず居座っていて、動く気配がない。ただ、水を求めて上陸することはなくなり、どうやって水を補給しているのか全く様子が掴めなくなっている……
「なぁオヤジ。あれ、撃たせてくれよ」
最初に痺れを切らしたのは若者達だった。キャリと共にやって来たタリカは、資料の束を持ってオクルカの所へ直接乗り込み、攻撃させろと直談判をはじめた。その交渉が意味する所は実にシンプルで簡単だ。
王都から持ってきた新型の300匁砲を最大射程で撃ったことがない。ヒトの使っていた砲を参考にアチコチ改良してみたのだが、そもそもどれくらい飛ぶのかすら解らない。
算術で計算するにしたってバラツキが多いので、何より先ず撃ってみることが大事だとタリカは考えた。しかし、どこまで飛ぶか解らない代物をいきなりぶっ放すのは愚の骨頂。それ故に、沖へ向けて気兼ねなくぶっ放したいのだった。
「まぁ……そろそろ頃合いか」
腕を組んで思案していたオクルカは、そろそろ良かろうとGOサインを出した。
事前にカリオンと打ち合わせしておいたのだが、沖合展開は1ヶ月が目処だ。
――――ここなら大丈夫って油断しきった頃に一泡吹かせよう
――――その頃合いはオクルカ殿に一任する
夢の中の会議室でそう通告したカリオンは、西部戦線に掛かりきりだった。ジョニーから毎晩のように報告が上がり、その中で大河イテルを挟んだ獅子の国の状況が報告され続けている。
橋の向こうとこっちで睨み合いを続けているが、現状ではル・ガル側の分が悪い関係で差し込まれることがある。定期的に打って出ている獅子の国の兵は、騎兵は少ないものの方陣を組んだ歩兵が中心で、その槍衾は近づく事すら難しい。
いわゆるファランクスな戦闘態勢だが、それらへの対処法を経験していなかったので、ル・ガルの騎兵たちは面食らっていたのだ。長槍を構えた歩兵達は接近する事すら難しい。それ故に騎兵も歩兵も距離を取って銃撃という戦闘に徹していた。
――――第2の橋を作られると厄介ですね
ウォークが危惧した戦略上の体制変化は、すぐにジョニーもその危険性を理解しうるものだった。攻勢の無さそうな日に周辺を威力偵察して歩き、獅子の国の側が極秘裏に別ルートを作らないかと警戒を続けていたのだ。
広大な氾濫原故に上流側下流側のどちらでも渡河点を作る事は可能だろう。そして、そこから一気に展開する公算は高い。何もバカ正直に向かい合って睨み合い続ける必要は無いのだ。
――――頃合いを見て獅子の国の船団に一泡吹かす
――――それに合わせ一気に渡河し大攻勢を掛ける
――――かの国は雨期の終わりとも成れば動乱期にはいるのだろう?
カリオンの方針は至ってシンプルだ。タイミングを計って相手の腹に重い一撃を入れ、それで幕引きを図れば良い。しかし、同じ事を敵に先にされるのをカリオンは怖れた。
そして勿論、ジョニーを含めた西部戦線の指揮官は、みな同じ危険性を認識していた。ル・ガル側駐屯地からイテルを上流へ遡ると峻険な岩山が続くエリアとなるが、このエリアに吊り橋でも架けられれば簡単に迂回ルートとなってしまう。
問題になる前にル・ガルを平定してしまう。或いは、逃げ切るための戦略は根底から破壊してしまうに限る。その為に必用な戦術の実行タイミングを、オクルカは全検委任されていたのだった。
「明朝の日の出を持って砲撃を行う。その仕度をせよ。太陽王には俺から連絡をしておく。ただ、重要な事だからよく聞け」
オクルカはニヤリと笑ってからタリカを見た。愉悦を噛み殺しきれないその表情には、オオカミの本音が見えていた。世界を焼き払う一撃になるかも知れないものを自分達が出来ると言う愉悦だった。
「外すなよ? 必ず当てるんだ。敵を撃退し、全て海の藻屑にしろ。生存者を出さずに終われれば、向こうは圧力を掛け続けているつもりになるからな」
獅子の国の戦略を逆手に取るそれは、ル・ガルを舐めるなと言う無言のメッセージでもあった。何より、獅子の国に一泡吹かせる最高の手段で、これにより世界は大きく変わるだろう。
実際に剣を合わせ槍を合わせる事無く、遠距離からバカバカと砲を撃ち込んでやれば良いのだ。その地獄の業火から逃れた者が銃の餌食となる。それすらもかい潜った強運の持ち主。或いは死ねなかった不運な者を槍で突き殺せば良い。
1人も生かしておくなという強烈な殺意の応酬が世界を焼き払うのだろう……
「解った! じゃぁ仕度する!」
まるで子供のような顔になってタリカは前線本部を飛び出して行った。その後ろ姿を見ながら、オクルカは子供達の健やかな成長を願った。失敗してもカバーしてやれるうちに失敗しろという親心だ。
男の子には冒険が必用。失敗しても失敗しても新たな道へ踏み出していく勇気と度胸と負けん気と、なにより怖れる事を乗り越える心の強さ。新しい事に挑戦し続けるスピリットを養う時期が必用なのだ。
「ではオクルカ王。我らも参戦致しますゆえ、準備に移ります」
笑顔で様子を伺っていたアブドゥラもそう断って宿舎を出て行った。
運命の日。或いは審判の日が近づいているのだとオクルカは思ったのだが、その時ふと『破滅への第一歩』という言葉が脳裏を過ぎった。
――――まさか……な
それ以上考えない様にして、夜になったら何と報告しようか?と考える事にしたオクルカ。だが、その晩に夢の中の検討会が開かれることはなく、念の為にと光通信で王都に連絡は入れておいた。何となく心の座りが悪い感じだが、賽は投げられたので実行するしか無いのだ。
――――翌朝
「良いですか? 如何なる世界においても神の定めた法則からは逃れることが出来ないのです。逆に言えば、その法則さえ知っていれば如何なる事も計算で導き出せます。それこそがヒトの世界において発展してきた根幹なのです」
基礎的な部分でやたらに頭が切れるタイゾウは、砲撃準備に余念がないキャリとタリカのすぐ近くにいて大きなテーブルを用意し計算の準備をしていた。ただし、火薬の燃焼速度や膨張圧力などは撃ってみないと解らない。
それ故、最初に用意したのは大型レンジファインダーの据え付けだった。測距儀と表現されるその道具は、ミラーとプリズムを用意した距離計測器だ。これにより幾度かの砲撃で計算式を埋める基礎的な数字を用意するつもりになっていた。
「解った。では、よろしく」
まだ陽も差さない頃だが、キャリはヒトの助けを得て初めての砲撃戦に挑もうとしていた。新しい戦闘の幕を開ける為に、その経験を積むのだ。
「畏まりました」
タイゾウに率いられたヒトの支援チームは全部で18名。
その他にキャリ達の支援チームが30名ほど居るので、なかなかの大所帯だ。
「これが砲弾ですね?」
新式の300匁砲は、その口径が40ミリ程度の長砲身だった。そして、そこに装填される砲弾は、およそ1.5キロほどの重量があるようだ。それら主要諸元を早速収拾したタイゾウは、基礎計算式となるものを書き上げた。
「砲はこの角度で撃ってください」
仰角45度は最大射程を狙うもの。
何より弾道計算がしやすいのだから使わない手は無い。
「了解。では、初弾を放つ」
方位角を揃えキャリは初弾を放った。
まだ薄暗い丘の上を明るく照らし、新型砲が火を吹いた。
「……コリオリの力は無視して良いようだね」
日夜がある以上は惑星が自転しているのは間違い無い。少なくとも天動説では無いようだ。と言う事はコリオリの力が働くはずとタイゾウは思っていた。ただ、方角的に言えば西から東へと撃つのであまり問題がないらしい。
問題はその射程だった。レンジファインダーによる沖合艦隊までの距離は凡そ5キロ程と出ている。その距離までは問題無く届くらしく、更に遠くの水域へ着弾があった。
少しばかり大きな水柱が上がり、レンジファインダーで着弾距離を測ったら6500メートルの数字が出て来た。そして、すかさず計算を始めたタイゾウは、すぐさま次弾の発車準備諸元を割り出した。
「火薬袋を1つ減らし、角度は11度下げましょう。これで着弾距離は良くなるはずです。目標は吃水下着弾ですね」
ニコリと笑ったタイゾウの指示により、2発目の準備が整った。すぐさまキャリは発射を命じ、再び草原を明るく照らして砲弾が飛翔していった。ただ、今度は到達距離が短すぎたようで、随分手前に水柱が立った。
「装薬の圧力が安定してないんだな……」
すぐさま原因を見破ったタイゾウ。だが、これしか無い以上はこれを撃つしかないのだ。故にキャリは同じ条件で3発目を放った。どうなる事やら……とタイゾウは様子を伺っていたのだが、7発目で遂に命中弾が出た。
凄まじい音を立てて爆発が起き、その直後にマストが折れて見る見る傾きだしていた。狙った通りに吃水下へ直撃弾を当てたらしい。ただ、全く同じ条件で8発目を放ったところ、今度は砲弾が敵船を飛び越してしまった。
「装薬の量を安定させる必用がありますね」
次々と問題点が浮かび上がり、キャリは必死にメモをとり続けた。ただ、その威力が充分である事はすぐにわかったので、気落ちがそれほどでも無かったのは救いだとタイゾウは思っていた。