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勝利への道程 或いは 奈落への道

~承前






「……んで、一旦保留って訳か?」


 少々呆れたような物言いになったジョニーは、喧嘩支度のまま王の執務室で寛いでいた。他ならぬ太陽王のプライベートゾーンでこんなことが出来るのは、ほんの一握りだ。


 ジョニーとアレックス。そしてドリーとヴァルターとウォーク。更には軍関係の参謀職や上級大将職など10名以上が集まっている。そんな執務室には新たに戦略卓が用意され、ガルディア全土の状況が表示されていた。


 ネコの国の戦線接触点から遠くの側も表示が行われていて、新たに得られた知見として、総戦力250万と言う獅子の国の戦力が表示されていた……


「まぁ、そう言うことだ。もうちょっと揉んでみようと……思う」


 自嘲気味にカリオンがこぼした言葉。それは、先にエデュに謁見した際、かの人物が持ってきた情報を精査して導き出されたものだ。あの情報について閲覧の同意を得たものは3人だけ。


 側近中の側近であるウォーク。西方支援のために登城してきたスペンサー家のドリー。そして、ジダーノフ家の総合情報部門にて主任分析官となっていて、トラの国の極秘情報を持ってきたアレックスだ。


 エデュはアレックスが持ってきたトラの国の情報とバーターであれば閲覧も吝かではないとのスタンスを見せた。新しい情報こそ意味があるものなのだ。それを知っているだけに、古い情報との交換と言う面でアレックスは怪訝な顔だった。


 ――――よい

 ――――今は古い情報でも分析する頭数の方が重要だろう


 カリオンが示した方針は、エデュをして侮り難しというものだ。重要な決断について迷う素振り無く断行できる。それは、口で言うほど簡単なものではない。最終的に我が身に返ってくるのが分かっていて、なおそれが出来るかどうか。


 それこそが支配者に必要な資質であり、言い換えれば最低条件でもある。人口に膾炙する通り、サイコパス的な資質こそが絶対的な支配者の最低条件だ。そして、シカゴ学派的な全てをコスト換算して合理的に考えられるか否かが肝となる。


 つまり、勝利への最短手を選ぶ為にネコの国を切り捨てようとしているカリオンに対し、ここで切り捨ててしまってはコスト的に割に合わないと提示したエデュの手を逆手に取って、新しい情報を提供する事でネコの国を共犯者に仕立て上げた。


 この先、仮に獅子の国とネコの国が和平を結び、共同でイヌの国を攻めたてる事になったとしても、その間の楔を打ち込む道具になるのだ……


「あれ…… 信じられるのか?」


 ジョニーが訝しがるのも無理はない。

 それは、あまりにも常識離れした数字が並んでいたからだ。


 獅子の国の総戦力は、予備戦力まで含めて250万少々。それに対し、更に南方に展開するゴリラの国は、総戦力で200万に若干欠ける程度だという。だが、そんなゴリラの国には覚醒した検非違使でも対処不能な戦力が存在していた。


「ゾウ……あと、カバ……か……まぁ、俄には信じられんよな」


 ネコの国からもたらされた情報に因れば、そのゾウやカバと言った強大な種族がゴリラの国には存在し、獅子の国の内部をも自由に闊歩しているのだという。彼らは獅子の5倍近い体躯を誇り、シンバ直属の獣王団なる親衛隊ですらも一撃で屠るという。


 また、カバと呼ばれる種族は陸上はおろか水中でも恐るべき戦闘力を持ち、その2つの種族は事実上フリーパスで獅子の国に出入りしているという。彼らはゴリラの長と呼ばれる者を頂点とする共和の国を作っていて、獅子の国は最大級の警戒をしているのだとか。


 この雨期にはゾウやキリンという種族が動きにくいため、双方がバチバチと火花を散らす視線の戦をしている状態なのだとか。雨期に絶好調となるカバは遠慮無くシンバの都に出入りしていて、雨期が終わればゾウたちがやってくる。


 そんな連中に対処するため、獅子の国は強大な戦力を持ちつつ余所へはその戦力を割けないのだという。そして、純粋な戦闘団として戦力を維持するために朝貢国家から農産物や消耗品を集め続けなければ成らないのだった。


「しかし、なんでその……ゴリラ? だっけ? そんな種族が同じ大陸で共存してるんだ? しかも、国境もクソもなくて、シンバの言葉に従う集団とゴリラが長を務める共和の連中が同じ土地に同居してるんだろ?」


 そう。それこそがジョニーを含めたル・ガル関係者やガルディア大陸の住人にはに理解出来ない概念なのだった。同じ土地の中に複数の国家が重なり合って存在してるのだ。


 それがどんな状態なのかを理解しろという方が難しい。きっちり線引きして相互に関わり合わない事を選択した、ル・ガルと周辺国家の関係とは全く異なる概念だからだ。


「まぁ、戦ばかりが続けば不毛というのを彼らは我々より先に理解したのかもしれんな。シンバに従う事を選んだ者は獅子の国に所属し、ゴリラの理念に共感する者はゴリラと共和する事を選んだのだろう」


 結局は緩やかな運命共同体でしかない。言うなれば同じ国の中に2つの巨大政党が存在していて、それぞれの党首が見せる方針に対し賛成か反対かを示してどっちに付くのかを各々が決めているのかも知れない。


 そんな政党政治的な事を巨大大陸の中で行っている獅子の国とゴリラの集団。彼らはあの大陸と海を挟んで存在する別の大陸とバチバチにやり合っている。従ってある意味では共存共栄で、ある意味では主導権争いをしているようなもの。


 地球で言う所の1900年代初頭における中国大陸の覇権争いと一緒で、共産党を率いる毛沢東と国民党を率いる蒋介石の争いと同じ事が起きていると考えれば良い。その中で様々な外圧と戦うために、時には手を取り合う事もあると言う事だ。


「まぁ、連中の思想はどうでも良い。とりあえず……どうすんだ?」


 ジョニーは相変わらずのべらんめいな口調で方針を求めた。カリオンが指示を出せば神にでも戦いを挑む男だ。俺のために死んでくれと言えば、喜んで笑って死ぬだろう。


「ドリーと共に西方戦線へ向かってくれ。獅子の国の工兵が拵えた石橋を奪取し、向こうへ渡って暴れ回って良し。もうすぐキツネの国から陸路で増援が届く。それと、キツネの内部にある衛星国家が船を出してくれる事になった」


 ジョニーも知らなかったそれは、アレックスが持ってきた新たな情報だった。キツネの国は西方戦線へ更に7万の兵力を送り出すと通告してきた。キツネの武士団4万名の他に、東方種族から義勇戦闘団が組織され派遣されるという。


 だが、それを聞いたジョニーは厳しい表情になっていた。西方派遣戦力がトータルで25万を超える大軍になりそうなのだ。そんな大軍を喰わせる為の輸送能力があるとは到底思えない。


 行った先で飯も弾も無くなって進退窮まるのは歓迎せざるる事態だ……


「……ネコの戦線はそんで良いとして、トラの国はどーすんだよ」


 他ならぬジョニーの物言いだけに済んでいる部分もあるが、他の者がそんな口調で意見しよう物ならドリーが今すぐ首を刎ねているかも知れない。そんな危機感を持ったカリオンだが、華麗にスルーを決めて答えを言った。


「トラの国の戦線はオオカミに任せることにする。オクルカ殿から4万か4万5千程度の兵力を出すと連絡が来た。そこに検非違使を動員し、これに対処することにする。まぁ、こちらは地上戦力がさほどある訳では無さそうなので問題あるまい」


 それが虫の良い楽観論なのは言うまでも無い。仮にトラの国の沖合に現れた船団が大量の兵士を乗せていたら、全く対処出来ない事態になる。ならば水際で撃退できるよう、敵兵力の3倍近い数字を集めなければいけないのだ。


 ゼルの残していったランチェスターの会戦の法則は、ル・ガルの戦闘ドクトリンにおいて根幹を占めるまでになっていた。つまり、カリオンが示した西部戦線への大量戦力結集策は、獅子の国に勝ちきると言うカリオンの方針その物だ。


「解った…… じゃぁ大暴れしてくるさ。ポールを連れて行くが問題無いよな」


 ジョニーは同意を求めるのではなく、単に自分の方針をボソリとこぼして部屋を出て行く素振りだ。さすがにそれは拙かろう……と、『あぁ、鍛えてやってくれ』とカリオンは付け加える。


 そのやり取りを見ていたドリーは、つけ込む隙のないふたりの関係を眩しそうに見ていた。


「ドリーも頼んだよ。大暴れして良し」


 付け加えるのでは無く、直々の依頼となる言葉が降ってきた。その言葉に満面の笑みを浮かべたドリーは『微力を尽くします』と残して部屋を出て行った。


「さて……ここから先、一番忙しいのは……お前だ」


 カリオンはニヤリと笑ってアレックスを見た。細身に引き締まったアレックスは全部承知してると言わんばかりに首肯し、戦況卓を見ながら言った。


「西部戦線とトラの国の北西戦線が出来たな。双方に戦力を割くのは苦しいが、やりきるしか無いんだよなぁ……」


 何とも気の抜けた物言いだが、それでもアレックスは解ってた。ここが、この戦の趨勢こそがル・ガルの将来を左右するのだ……と。そして、カリオンという王がその生涯の中に為し得る功績は、全てこれなのだと。


 そこに携われるのは、情報将校としては最高の栄誉だろう。良いか悪いかなどと世俗的な事に囚われる話では無い。たった1人で戦況をひっくり返せる英雄も、知謀を尽くし戦術を組み上げ戦略を練る軍師も、全ては情報将校の掌上だ。


 彼らインテリジェンスを操る担当者こそが戦場を作り上げ、戦闘を左右し、戦争を勝利へと導き、戦後の有利さを生み出していく。戦というものの本質・根幹の部分を担う愉悦を、アレックスは独り占め出来るのだった。


「後は……春に成って更に戦力を束ねられるようになった時、俺が直接出向く。それまでに趨勢が決まっていると嬉しいな」


 カリオンの本音が漏れ、執務室にいた王の輔弼を行う面々がグッと表情を硬くしていた。他ならぬ太陽王の勅旨が命じされ、ル・ガルは過去に経験した事の無い最大規模の戦を行う事に成る。


「きっと……キャリが戴冠する時には全てが終わっていますよ」


 ウォークは何の根拠もない言葉を吐いた。ただ、それこそがカリオンの本音の中心にあるもの。息子が王になる為に父親は頑張るのだ。


 ――――きっと父上はこんな気分だったんだな……


 ふとカリオンの心に洗われたワンシーン。ノダ公とカウリ卿と自分とトウリらが居る中で、ゼルが言った『俺は俺の息子をこの国の王にしたい』という言葉。その核心の部分をカリオンは理解した。親が親であるウチにしてやれる最後の行為は、自分自身の願望でもあるのだった。


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