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斜陽の国の悪あがき

~承前






 ネコの国からの使者が早馬でやって来たのは、撤退を決断してから三日目の事だった。あまりに早いその来訪は、カリオンを含めたル・ガル中枢にある疑念を抱かせた。


 つまり……獅子の国と話が出来ていたんじゃないか?と言うものだ。始めからイヌの国を謀るつもりでやっていた。或いは、現状において獅子の国とル・ガルとを天秤にかけ、少しでもよい条件の方に付こうとしている。


 いずこの世界線であっても、それは最も嫌われる行為そのもの。いわゆるコウモリ外交と言うもので、どっち付かずで相手を値踏みして少しでも自分を高く売り込む行為だ。


 ――――とりあえず話を聞こうか……


 カリオンは大人の対応でネコの国からの使者を城に入れる許可を出した。そのまま追い返すことも出来たはずだが、連環同盟の事もあるので、あまり無下なことも出来ないのだ。


 だが、接見の間に足を運んだカリオンを待っていたのは、なんとエデュ・ウリュールだった。ネコの国の実質的責任者に当たる男が直接やってきた。その事実に王府のスタッフ全員が良からぬ感情を持った。間違い無く言い訳を並べに来たのだと思ったのだ。


 ――――ん?


 城詰めのスタッフがやたらと不機嫌だ。いや、殺気だっていると言って良いレベルに達している。ただ、それもやむを得ない。間違いなく、実質的な国王自らに文句を言いに来たと誰もが思ったのだ。


 すでに最前線のジダーノフ家からは撤退行動に入ったとの連絡が来ている。補給部隊を急襲した軍勢のルートはついに判明しなかったが、ボロージャは疲労困憊のジム・ロータスに後方撤退を指示し、輸送ルートの警備を依頼していた。


 それが功を奏したのか、少なくとも現状ではネコの国の戦線は安定している。獅子の国の側も無理な攻勢に出ることはなく、まるでル・ガルサイドの様子を見るように静かなものだった。


「ごきげんよう。太陽王殿」


 破顔一笑に笑って見せたエデュは、手土産にと用意していたネコの国の特産品とも言うべきモノをもってやって来ていた。それは、恐らく他国では入手できない代物なのだろう。


 利に聡く商を生業とする国家故に可能とするもの。ありとあらゆるモノを買うことの出来る『銭』なる財貨は、如何なる種族においても重要なものだ。だが、その『銭』なるものを買うことが出来るものがこの世界には一つだけあるのだ。


 言うなれば、銭よりも遥かに価値のあるもの。ネコの知っている……いや、ネコだけが知っている世界の真実。絶対に目を背けてはいけない現実。それを手土産に持って、エデュはここへとやって来たのだった……


「火急の用件に付き、時宜相を省略し本題を述べさせていただく」


 全くもって無礼な振る舞いだが、歯の浮くような社交辞令が飛び交う段階などとうに過ぎている。今必要なのは生き残るための術であり、生存闘争を生き延びるための手段だ。


「……城内国内にはネコの国の振る舞いを訝しがる向きも多い。どうか実のある折衝にならんことを祈りたい」


 早速の鞘当ては強烈な一撃の入れあいで始まった。いきなり本題を……とエデュが切り出した事で、カリオンもいきなりアクセルベタ踏み状態になった。事前に策を練り、シミュレーションを繰り返す外交折衝よりも遥かに難しいモノが始まったのだ。


「ならば単刀直入に申し上げる。ネコの国の騎士団3万名と輸送組合120万名を投入するので、撤退を思い留まってはいただけまいか。我がネコの国土を蚕食されるのは我慢しがたいのだ」


 単刀直入に切り出したエデュは、カリオンの前に束ねられたいくつもの羊皮紙を差し出した。それこそがネコの国が差し出した交渉材料であり、言い換えるなら切り札の大安売りだった。


 ネコは何よりも商を大事にする重商国家。そんな彼らにとって最も価値のあるものがそこに並んでいた。そしてそれは、現状のル・ガルにとっては万金を積み上げてでも欲しくなるものだった。


「その交渉の材料が……これか」


 鈍い声で唸ったカリオンが見たもの。それは、ネコの国の商人が入手した獅子の国の内情を語る様々な情報だった。なぜネコの国の戦線が膠着しているのか。なぜトラの国に船団が現れたのか。なぜ獅子の国は強行策に撃って出ないのか。


 国を預かり、民衆を預かり、勝利を求める支配者の性。いや、業と言っても良いものがそこにある。父の帰りを待つ子等や夫の帰りを待つ妻にしてみれば、他ならぬたった一人の存在と言えるもの。だが、それら全てを預かる支配者にとっては、全てが数でしかなく、戦は数字と算盤の上に展開されるもの。


 その算盤上に現れる犠牲者と言うパラメーターが小さくなるのであれば、支配者と言う存在はそれを知りたくなる。『何故?』に答えてくれるものこそ、この世で最も価値のあるもの。銭を凌ぐ価値のあるものなのだった。


「存分に検分されたい。ただし、これこそが我が国の切り札なれば、ゼロ回答は受け入れかねる」


 エデュの顔がぐっと厳しくなった。いくつもの難しい折衝を経験してきた男の見せる気合と覚悟と土壇場の駆け引き術。その全てを使って交渉を切り抜け僅かでも有利な立場に立とうとする姿勢だ。


「では、失礼する」


 カリオンは一言だけ断って羊皮紙を広げた。ただ、そこに書いてある内容には、にわかに信じられないものばかりだった。


「……………………………………」


 黙って読むカリオンの表情が刻々と変わっている。それを黙ってみているエデュは、ル・ガルを預かる太陽王の脳内で何を考えているのかをシミュレーションしていた。


 ――――何故?


 そう。その何故という疑問に答える情報がそこにあった。

 何故、トラの国沖合に獅子の国の大船団が現れたのか?

 何故、そのまま上陸戦闘を開始しなかったのか?

 何故、ネコの国の最前線へと続く輸送路が急襲されたのか?

 何故、目撃者もなく、また生存者もない状態だったのか?

 何故、獅子の国はあそこまでの補給路を簡単に築き上げることができたのか?

 何故、あの国は今の今までル・ガルに手出しをしてこなかったのか?


「……まさか」


 ぼそりとこぼしたカリオンは、それ以上の言葉もなくなっていた。そして改めて最初から報告書を読みなおし、そこに残る些細な矛盾を見つけ出そうと行間を読むように目を凝らした。


「俄かには信じられないが……飲み込むしかないのだろうな……」


 ぼそりとつぶやいたカリオンは、押し黙って情報の整理を始めた。およそ情報というものは大きく二種類に分けられる。それ単体で価値を持つものと、一見して全く無価値に見える情報だ。


 愚かな者。不慣れな者。追い詰められた者。これらは前者となる情報を重視しがちだ。しかし、参謀学における情報分析の教えでは、真に価値のある情報とはそれらの分類ではなく組み合わせにあると教えている。


 そしてそれは、現状における獅子の国の幸運と、その裏にあるル・ガルの不運をこれ以上なく浮き彫りにしていた。国家余力を全振り出来る状態な獅子の国は、逆に言えば短期決戦せざるを得ない形に追い込まれている。


 そして、全振り出来るが故に全戦力の投入ができないジレンマを抱え、獅子の国は極上の窮地に陥っている。トラの国沖合に現れた艦艇の多くが、実際には船だけで陸上戦力はいくらも載ってない。


「かの国の内部で商圏を広げている商人らと取引した結果、間違いなく事実です」


 結論から言えば、それはル・ガルにとって強力な毒を孕んだ甘い果実だった。熟れた梅の実を食べ過ぎると頭痛を起こすように、これはある意味で読まない方が良かったものだ。


 獅子の国は栄えて()()のでは無く、栄えて()()国であると言う事をカリオンは初めて知った。栄耀栄華の日々はいくらも残されている訳では無く、斜陽の国である事が見て取れた。


「かの国の内部では凄まじい権力闘争が繰り広げられている……と、それは前もって把握していたのだが……まさかここまでとは」


 羊皮紙から目を上げてエデュを見たカリオンは、その時点で内心仰け反るような衝撃を受けていた。目の前に座る老獪なネコの男が満面の笑みをその顔に貼り付けていたのだ。


「我が国は……強大な獅子の国に対抗する為に、ジワジワと時間を掛けて侵食してきた。その課程で幾つも辛い犠牲を払ったが、現状においてはかの国の内情をかなり深い所まで把握する事が出来る状態だ。率直に言う。あの国を斃す好機が来ている」


 エデュがそう言う最大の根拠。それは獅子の国の置かれた地政学的な状況の客観的判断だ。そもそも獅子の国は既に分裂状態にある。シンバと呼ばれる王は彼の大陸の半分も支配している訳ではない。


 ル・ガルがあるガルディア大陸の3倍強な広さがあるという広大な地に獅子の国はある。だが、その獅子の国は既にシンバを倒すと公言して憚らない様々な種族から成る人民政府が存在するのだという。


 そして、そもそも獅子の国の南側には、広大な支配地を持つ別の王国がある。ネコの国ではその国家をゴリラの国と呼んでいる。ゴリラとはどんな種族だ?とカリオンも理解出来ない存在が唐突に出て来た。


 だが、ネコの国の説明に因れば、ヒトと言う異なる世界より種族に最も近い存在なのだそうだ。高度な社会と文明を築き、多くの種族を内包し存在するその国は、獅子の国はおろかル・ガルも追いつけない先進的な文化を持っていると言う。


 その国に対抗する為。事実上分裂している獅子の国の革命勢力に対抗するため。その為に獅子の国は支援してくれる朝貢国家を大量に必用としているのだ。なぜなら、かの大陸の更に西には、まったく別の大陸があるのだとか。


 世界は広く大きく果てしないのだとカリオンは知った。馬で駆け続けられる範囲がイヌの知る世界だったはずだが、ネコは寄り広く大きな世界を知っていたのだ。そして……


「獅子の国は早晩滅びるでしょう。ゴリラの国と呼んでいる南方国家が台頭し、やがてその勢力がこの大陸へ進出してくるのは間違い無い。故に、その前に緩衝地帯を作らねばならない。だから……ネコは協力を惜しまないのだよ」


 それを聞いたカリオンは、エデュの目がキラリと光ったような気がした……

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