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屍霊術と陰陽師と

~承前






 前線本部となっている駐屯地に拵えられた木組みの高台は、ル・ガル工兵が苦労して拵えた見張り台の役目を負っていた。どこまでも平原が続くこの辺りは、その地上の全てが大河イテルの氾濫原のようだ。


 地形的な凹凸が無い以上、遠くを見るために高度を稼ぐには、こうやって高台となる者を拵えるしかない。しかし、その台の上に居るジャンヌは違う理由でこの設備を作った者に感謝していた。


「これをおぞましい光景でないと言う者が居たら、残念ながら常識の食い違いで口論もやむを得ないな」


 太さ50センチを越える巨木を組み合わせ、高さ10メートル程度になるまで嵩上げされたその台は、縦横5メートル四方の舞台を作っていた。その上に居るボルボン家中枢は僅かに8名。


 ジャンヌとフェリペ。そしてダヴーを含めた累代の家臣達。それ以外は地上にあって、絶望的な戦闘をしていた。戦っている相手は、昨日までは戦友だったイヌの騎兵だった者達。あと、キツネの武士だった者達。その全てが死体だった。


「死者を炎で焼く理由ってこれだったんだな」


 フェリペが感心したようにそう呟くと、舞台の上に居た者達が一斉に首肯した。獅子の国の軍団が呼び寄せた屍霊術を得意とする魔術師達は、その全てが独特との風貌をしたサルだった。


 ネコの中に詳しい者が居て、それが言うにはヒヒと呼ばれる種族だそうだ。彼らは樹上に生活の拠点があり、地上に降りる事なく暮らしてきたのだという。地上を闊歩する者達が強すぎて樹上にしか安寧の地がなかった。


 だが、その木を斬り倒せば一巻の終わりなのは言うまでも無い。それ故に彼らは魔術を徹底的に研究してきた様だ。樹上より死体を投げ込み、その死体を使って敵に襲い掛かる。


「これはとにかく面倒ですな」


 ダヴーが機嫌悪そうにそう言うと、ジャンヌはクスクスと笑った。


「あなたの不機嫌さも王に報告する必用があるわね。さぁ、どうしたものかしら」


 余裕風を吹かせたようにジャンヌがそう言うと、皆が静かに笑った。眼下ではキツネの武士団が馬を使い、大弓を使って距離を取りながら活動死体の破壊を試みている。


 その近くではボルボン騎兵が集めてきた油を使い、死体を焼き払う研究をしていた。ただ、チマチマと死体を焼くのにも限界があるので、正直に言えば打つ手がない状態だった。


「極上の窮地を乗り越えてこそボルボン家の名が上がると思ったんだが……こりゃ少しばかり拙い事態だな」


 ヘヘヘと笑いながら舞台より弓を放ったフェリペ。死んだキツネの武士から拝借した大弓は、並の騎兵ならば馬上では引き絞れぬ強さだった。俗に3人引きなどと呼ばれるその弓は、ル・ガルならば拠点防御に使われる代物。


 だが、キツネの武士は馬上に有りながらその弓を引き、ル・ガルの物とは比べものにならない鋭く強靱な鏃の付いた矢で攻撃してくる。そんな矢をまともに受ければ、半ば腐った死体など簡単にバラバラになっていた。


「あっ! あれ、なんだろう?」


 ジャンヌが遠くを指さして何かを見つけた。それはキツネの水軍から降りて来た幾人かの武装していないキツネたちだった。その姿に見覚えのあるジャンヌは、記憶の中をサーチしてどこで見たかを思いだそうとしている。


 ――――そうか……


 そう。はっきりと思いだしたそれは、キツネの都で見たワンシーンだった。キツネの帝を護るように現れた9尾のキツネたちの1人。目深に被った頭巾故にその目を見られなかったが、ジャンヌを含めた幾人かはゾクリとした感触を覚えた存在。


 ――――九尾の実力……

 ――――とくと拝見……


 そんな事を思ったジャンヌは、争乱の中でジッと目を凝らしその姿を見ていた。砂埃と死臭と、聞く者を弱める断末魔の絶叫とが混ざり合う戦場のまっただ中に進み出たその九尾は、どこからともなく楽器を取り出した。


 それがどんな楽器だかは解らないが、弦が張ってある以上は弦楽器だろう。九尾はどこからともなくヘラ状の物を取り出し、その弦に向かって勢いよくヘラを叩き付けた。


 直後、ビーンとこの世界その物を揺らすような音が聞こえた。そして同時に全ての死体が動きを止め、まるで砂のようにボロボロ・ザーと崩れ落ちていった。再び何処か間延びのする音が響いた時、崩れた砂の中から何かがサーッと空へ消えた。


 紫とも黒とも付かない色をした煙状のそれは、きっと死体の中に送り込まれた魔法の何かだとジャンヌは思った。そして、それらが空に消えた時、キツネの武士達は手を止めて、空に向かい手を合わせていた。


「死者を悼んでいるのか」


 フェリペも驚いたその姿。それはキツネの宗教観であり死生観そのもの。死ねば仏になるのだから、敵も味方も関係無く死を悼む。生きている限りは血みどろの闘争を行うのだが……


「凄い威力だな……」


 フェリペも感心するその効果は、手近にいた死体から次々と砂に変わっていく状態だった。やがて押し込まれていた死体兵のほぼ全てが砂に変わり、九尾は幾人かの者達に支えられ、地上を歩いて前進しはじめた。


「あの九尾…… 目が見えてないんだわ……」


 ジャンヌが気が付いたその違和感。九尾の左右に立ち肩に手を添えるキツネの従者達は、尻尾が4本だったり5本だったりしている。弟子か家来か何かだろうが、九尾は間違い無く盲目のようで、時々は首を大きく振り、音を確かめていた。


「……参ったな。今回もボルボンは役立たずだ」


 苦笑いをしながら弓を降ろしたフェリペは、舞台から降りる算段をし始めた。九尾は不思議な弦楽器を奏でながら前進し、獅子の側にあった死体の兵を次々と砂にし続けている。


 その威力を前に、騎兵や武士団は指を咥えて見ているだけだった。だからこそ前進が必要なのだが……


「行ってみましょう。出来る物なら話をしたい」


 ジャンヌも舞台を降り始めた。ボルボン家の首魁が接触を試みた相手は、ゆっくりと前進しながら大河イテルの畔を目指していた。






 ――――――その日の夕暮れ時






无名(むみょう)蝉丸(せみまろ)とな……」


 遂にやって来た報告書を読んだカリオンは、感嘆しながらそう言った。无名とは琵琶という楽器だそうで、ヒトの世界にあった最高の代物の一つだと言う。九尾を束ねる葛葉なる者と力比べをした者が居て、力負けし葛葉の下に付いたのだとか。


 その際、どういう訳か失明し、蝉丸を名乗る事になったと言うその九尾は、葛葉より无名を与えられ、无名蝉丸と名乗ってるとの事だった。得意の術は報告書の中で感嘆と共に書いてある通り、聞く者を成仏させるのだという。


 死にきれなかった者や死んだ後に怨霊となって蘇った者を祓うと言うが、リリスがかつて使った死者をあの世に送る術と同じなのかも知れない。


「しかし……なんだね。そのサルとやらに逢ってみたいもんだねぃ……」


 カリオンの執務室にやって来ていたヴェタラがそう言うと、ネコマタのセンリも甲高い声で『ヒヒヒ』と笑っていた。屍霊術は生命の禁断領域を侵す禁呪故に、その研究は同じ魔術師の世界でもつまはじきにされやすいという。


 だからこそ、同じ研究をして居る者とは話をしてみたいのだろう。生命の神秘は神の領域なのだから、その禁断の領域を覗いた者同士で意見交換をしてみたい。純粋な研究者としての魔術師ならば、それは嫌でも望む物だった。


「……で、その後はどうなったのですかな?」


 涼しい表情でそう問うたウィルは、術を使ってネコの国へと飛ぼうとしていたのだった。その前に九尾が現れて、一切合切を片付けたと言うのだから、出番を失って残念がっていると言って良い部分もある。


 だが、そんなウィルの問いに対し、カリオンは厳しい表情になって言った。そう簡単に終わる物じゃない……と、改めて現実を突き付けられたかのように。


「死体は全て砂へと還ったが、その直後に獅子の国の軍勢が押し寄せてきたとの事だ。勿論生きている兵士だがな。彼らはその前に手合わせした連中とは全く異なる種族のようで、方陣を組んだまま槍を構え前進してくる戦術だったという」


 カリオンは報告書をもう一度読み返し、脳内でその状況を再現していた。重装歩兵と呼ばれるぶ厚い甲冑を着た歩兵が縦横30人ずつ並んだ四角の方陣が斜め45度の角度を保って槍を構え前進してくる。


 キツネの矢を防ぐぶ厚い盾と甲冑を着た者達は、どう見たって獅子やヒョウやトラでは無かったらしい。全く見た事の無い種族が巨大な陣を汲んで力任せに前進してくる。


 ネコの言葉に寄れば、それはヌーと呼ばれるウシの仲間だという。獅子の国でもとにかく数が多い一族だそうで、こうやって力任せの前進にはうってつけなのだそうだ。


「キツネの武士団とル・ガル騎兵の共同対処でなんとか押し返したが、すでに川を渡られていて状況は不利だとジャンヌが言っている。今宵は夜襲がありそうなのでキツネの側も警戒しているそうだ」


 そこに垣間見えるのは、国家としての地力の違いだった。様々な種族が混淆して暮らしている獅子の国では、それぞれの種族毎にある特性を生かした軍団化が推進されていると見て良いのだろう。


 結果、国境地帯では嫌がおうにも翻弄され、負けぬまでも勝ちきれない状況が続いている様だった。油断すればジャンヌまでもが捕虜になりかねないのだが、どうやってそれを防ぐかは、頭の痛い問題だった……


「ウォーク。ジャンヌに帰還命令を出す。後続にボロージャを送り込もう」


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