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決戦に向けて

~承前






 新年を寿ぐ行事が終わりを告げた1月の第3週も終わる頃、入れ代わるように今度は出征する騎兵たちを送るイベントが王都で開かれた。太陽王直々にやって来て出征する兵士を見送るのも恒例になりつつあった。


「諸君らの進む先が明るく照らされ続けるよう、余が太陽に祈ろう」


 カリオンがそんな事を言えば、出征する兵士達はドッと沸いた。そこには戦へ行くと言う悲壮感や絶望感など欠片も無い。まるで何処かへ演習にでも行く様な緩い空気だ。


 ――――ちょっと遊びに行ってくる!


 多くの若者達がそんな雰囲気で両親家族に手を振っている。或いは、恋人とキスを交わして旅立ちの空気を醸していた。それは、銃の登場による戦の変化だ。


 どんな相手でも負ける事はない。それどころか、剣を合わせる事すら無い。戦の主力は銃となり、横列や方陣を組んで一斉射撃の威力を浴びせ掛けるだけ。騎兵が槍を構えて度胸と共に突進する事も今は昔だ。


「ロータス卿。頼んだよ」


 笑みを浮かべてカリオンが送り出すのは、スペンサー家にあって長らくドリーを支えてきたナンバー2だった。


 ジム・ロータス・スペンサー


 公爵スペンサー家の衛星貴族にあって、最も泥働きを厭わぬ働き者達。喜んでしんがりを引き受け、騎兵段列では最も危険な左翼に付く者達。勇猛果敢で鳴るスペンサー家の中にあって、武偏の男ばかりが揃った家だ。


「お易い御用ですよ陛下。世界にその名を轟かす勇猛無敵な太陽王のご差配を賜るほどの戦ではございません――」


 だろ?と振り返って同意を求めたジム。

 ロータス家の者達が『オーッ!』と返答すれば、ジムも笑顔だ。


「――来たる決戦の際は近衛を率いて雄々しくおいで下され。まぁ、それまでに獅子の国が平定されなければ良いのですがね」


 今回の派遣軍は勇猛果敢なスペンサー騎兵を首魁とし、北方ジダーノフ家とアッバース家からも兵を出す、総勢10万の大軍だ。キツネの国からは水軍を合わせ7万の出征が通達されてきている。


「いやはや。大いくさになりそうですな」


 少々不本意そうな表情のドリーは、それでも笑みを浮かべてジムの出発を見送る腹のようだ。遠くオオカミの国からは5万を越える軍団が南下中だと言う。それを思えばこの戦端に立てない悔しさもわかると言うものだ。


 世界の仕組みが変わってしまうかもしれない。或いは、そのパワーバランスが崩れてしまい、世界を牛耳る大国ライオンの国が終わりを告げるかもしれない。ヒトの世界がそうであるように、巨大な帝国の終わりは些細な敗北から始まるのだ。


「戦は始まってみなければわからない部分が大きい。今回は他国の軍との共同戦線だ。参謀陣の負担は大きいが、軋轢を生むことなく万全を尽くしてくれ」


 カリオンの心配ごとは多岐にわたる。他国との調整が失敗すれば各個撃破されかねない。それぞれの軍がどれ程に強くとも、連携の効が薄いとならば、あとは数の論理で捻り潰されかねないのだ。


「それについてもご心配は要りますまい。尊父ゼル公の薫陶を受けたビッグストン参謀学の教授陣が同行しますれば、学問と実践の両輪を食んで育つ参謀理論の完成を見るでしょう。なに、頭数が多いだけの戦闘は幾度も経験しております」


 そう胸を張って応えたのはウナスだ。ラーの称号を持つウナスはアッバース家の中でも特別な地位があるのだとカリオンは最近になって知った。砂漠の民である彼らアッバース一門にとって、この戦は特別な意味を持つらしい。


 ウナスだけで無く、砂漠のリティックことジャン・リトバルスキーが同行し、アッバース家から出た名参謀の呼び声高いスナネズミの俗称を持つゲーヴィルも一緒に居る。


 砂漠や酷暑環境における戦闘では誰よりもノウハウを持つ彼らは、この戦でも絶対無二な働きをしてくれるとカリオンは確信していた。


「そうか。ならば余は城にて吉報を待つ事にしよう」


 笑みを浮かべて大軍を送り出したカリオン。その軍勢を見れば、3倍の戦力を敵に回しても勝ち切れると豪語するような構成になっていた。何より重要なことは、先のキツネの国へと遠征に赴いた経験から導き出された、膨大な糧秣輸送だった。


 ネコの国の輸送業者がそれを請け負い、多くの国家から輸送業に就いている者たちが集まってきていた。糧秣を馬鹿食いする軍馬が大量に集まったとて、それを支え切れると豪語する程だった。


「心配?」


 城のバルコニーに出て王都を離れ行く軍勢を見送ったカリオン。その背中の緊張感に微妙な影を感じたリリスが問うた。同じようにサンドラも不安そうな表情でカリオンの背中を見ている。


「……なに。杞憂だろう」


 気丈な振る舞いを見せたカリオンだが、その不安そうな理由はリリスにはすぐに分かった。なぜなら彼女も同じ音を聞いていたのだから。カリオンの耳には遠くで微かに鳴るあのノーリの鐘の歌声が響いていた。


「音が聞こえるのね?」

「リリスも聞こえるのか?」


 リリスの確認にカリオンがスパッと聞き返した。それを見ればサンドラはますます不安げな表情を色濃くしている。鐘の音の事は聞いていたし、リリスが同じような能力を持っていることも知っている。


 自分にその能力がない事への不安は関係なく、この戦で死人が多く出た場合の対処について不安を覚えているのだ。


「……獅子の国は強大だ。戦で負けることは常に念頭に置かねばならない。後続の支援を先に編成しておいた方がいいかもしれんが、早めに動き出せば国内に不安を与える事になる。どうしたものか……」


 彼方を見ながら思案に暮れるカリオン。

 だが、そんな不安の結果は、案外早く訪れることになるのだった。




 ――――凡そ10日後……




「さて、参ったな」


 頭を抱えているカリオンは、その文章を何度も読み返しては天井を見上げた。文章の送り主は未だネコの国にいるジャンヌで、文章の内容は予想外に早くやって来た獅子の国の軍勢に関する報告だった。


「……要するに圧迫面接なんでしょうね」


 常に冷静さを崩さないウォークですらも声を上ずらせて言うのだが、正面戦力僅か2万少々にまで減耗していたネコの国に対し、6万もの大軍を送り込んできた獅子の国の本気度は推して知るべしである。


 ジャンヌは手持ち戦力1万少々でこれを迎え撃つ腹らしい。他ならぬルイ・ディセントことフェリペがやる気を漲らせ、ボルボン家主力軍団も意気軒昂だという。


 だが、カリオンは可能な限り籠城せよと指示を出した。まだル・ガルの主力は到着しておらず、どんなに急いでも2日は要するはずだった。無様でも何でも良いから時間を稼ぎ、戦力の充実を待てと噛んで含めるように伝えたはずだった。


「こうなってくると絶対距離がもどかしいな」


 地図を見ながら頭を掻いているカリオン。

 その後ろ姿を見ていたウォークがボソリという。


「そもそも、獅子の国は命令一下に統べて統率して動きますからね。こちらのように打ち合わせと摺り合わせの必要が無いんだから……始末に悪いです」


 単独軍と連合軍が戦う時、必ずその問題が付いて回る。総戦力で相手を圧倒する連合軍も、個別戦力では敵の総数に劣る時があるのだ。故にこんな時には個別撃破をされぬよう注意せよと士官は教育される。


 時には逃げ回り、空手形でも良いから停戦交渉を起こし、時間稼ぎをして味方の増援を待つべし……というのが基本スタンスになる。そしてこの場合、どれ程に銃が威力を発揮しても、数で圧し負けると言うのが目に見えていた。


「……キツネの軍勢が先に入ってくれると良いのですがね」


 まるで他人事のようにウォークがそう言った。何を言ってるんだ?この男は……とカリオンは思案した。だが、その直後に腹の底で『……あっ』と呟いた。


 ――――まさか……な……


 なぜそれを連想したのか?と言われると、カリオンには全く説明が付かない事だった。だが、間違い無くパッと頭に思い浮かんだのだ。次元の隙間に潜むという九尾を目指す蒼いキツネを。


 七尾と呼ばれたあの男だか女だかわからない、悪意だけを集めて純粋培養したかのような存在を。キツネの国やル・ガルや世界自体を亡ぼしてやると言い出しかねない、傲慢の塊のようなサイコパスを。


「いずれにせよ救援の速度を上げるしかない。ジムに急げと連絡を出せ。それと後続として向かっているはずの『ロシの軍団ですね』そうだ」


 ジム・ロータスが出征していった2日後、ロシリカ率いるオオカミの軍団がル・ガルにやって来た。彼らは太陽王の閲兵をうけたあと、ル・ガルからの贈り物として最新式の銃4万丁と銃弾80万発を受け取って出掛けていった。


 寒立馬では無く普通の軍馬に跨がっている彼らは、タフさより瞬発力をとったのだろう。一気に南下してル・ガル軍団に追いつく腹のようだった。


「合流さえすれば無様に負ける事はなかろう。だが、それが出来ねばボルボン家は滅びるかもしれん。そうなったら……お前の家になるかもな」


 妙な軽口を叩いたカリオンは、柔和な表情のままウォークを見ていた。王都留守居役として居残りのクリスティーネとの間に子を為せば、それはボルボン家の首領候補として育つかも知れない。


「え? あ……いや……」


 さすがのウォークも返答に窮していた。カリオンはウォークがどんな反応を示すのかを注意深く見ていた。あのキツネの影響を受けているかも知れないのだから、油断出来ないと改めて思うのだった。


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