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戦争の準備

~承前






 いつの間にか年が明け、ル・ガルは帝國歴398年を迎えた。

 新春の王都には各国の代表団が到着し、新年を寿ぐ催しが盛大に行われている。


 だが、そんな華やいだ空気溢れる街の喧騒を余所に、城の大会議室では緊迫した空気が張り詰める会議が続いていた。昨年の終わりに飛び込んできたボルボン家当主からの緊急通達。


 それは、獅子の国の司法機関がシンバの名を記して出して来た、国家レベルの意志を伝える要求文書だった。その内容を要約すれば、獅子の国の兵が得た戦利品を国内にて強奪した犯罪者を引き渡せ……との事だ。


 ル・ガル側から見れば同胞を奪回したに過ぎないが、獅子の国の見解としては、開で国内で起きた犯罪行為であるとしているのだ。その為、まず戦利品である奴隷を返還する事。強奪犯を引き渡す事。再発を防止する事。この三点について命ずると明記されていたのだった。


 だが、それと同時にネコの国にはとんでも無い要求が押し付けられていた。簡単に言えば、イヌの国へ行って戦利品を奪回してこい。ネコの犠牲については感知しないし補償もしない。直ちに実行せよ……だった。


 ――――我が国には由々しき事態故に各国の共同対処を願い出る


 そう切り出したネコの言葉は、すなわち彼の国の国難その物だった。各国を回った太陽王の使者により招請された各国の代表は、各々がそれぞれに連環同盟の内部で処理するべき懸案事項を持ち寄っていたのだ。


 ――――彼の国は我が国に対し最後通牒を行った

 ――――これはイヌの国の行った行為に対するものだ


 ネコの代表として来ていたエデュ・ウリュールは、険しい表情でそう言った。獅子の国が突き付け得た無理難題は、結論から言えば獅子の国を裏切ったネコに対する懲罰だった。


 それに対し、最初に口を開いたのはキツネの代表だった。何とも呆れた様な表情をしていたのだが、それでも精一杯に気を使っている様子だった。


 ――――あなたの国では自力対処が出来ないのか?


 キツネの国からやって来たのは、何と太政大臣として帝を補佐する紫音だ。幾人かのアシスタントを連れてやって来たキツネは、驚く程に怜悧な男だ。少なくともキツネの国ではこれ位の能力がないと大臣には成れないらしい……


 ――――自力で対処出来ない故に朝貢を続けていたのだ

 ――――出来るなら最初から自力でやっている


 甚だ不愉快と言わんばかりにエデュがそう応える。だが、そこに口を挟んだのはトラだった。王の補佐として様々な問題に当たっているシザバが代表としてやって来たのだった。


 ――――トラの国にも獅子の使者が来ている

 ――――連中はイヌの国に肩入れするなと警告していった

 ――――引き続き朝貢せよって言ったんで叩き返したんだがな


 トラの国に突き付けられた獅子の国の要求。それはつまり、彼の国の内情そのものなのだろう。トラの国が送っていた食糧などが重要な意味を成していたのかも知れない。


 ただ、ここで難しいのは懲罰と称して軍事侵攻してしまうと、今度は食糧を生産する者が居なくなってしまう。故に攻め滅ぼすと言った強硬な処置が執れないので獅子の国も手詰まりなのだろう。


 だからこそ、獅子の国がトラに示したのは、イヌの国との代理戦争だった。トラの国を経由してル・ガルの中枢へ大軍を送り込んで滅ぼしてやるから、今まで通り農産物を朝貢せよと要求してきたのだった。


「で、ネコの国からは何と返答したのですかな?」


 太陽王代理として出席していた実務官僚の頂点であるウォークがそう返答した。

 ネコの国に突き付けられた要求への対処を確認したかったのだ。


「彼の国の使者が言うには……彼らの財産をとり返せとの事だ。まぁ、それが出来ないのを承知の上で難癖を付けてきているのは間違い無い。だが、無視する事も出来ない。提出期限は今月末だそうだ」


 その言葉にウォークの表情がスッと曇った。何を要求しているのかと言えば、つまりはクリスティーネだ。そして、ネコは暗に『ル・ガルが譲歩してくれれば丸く収まる』と言わんばかりになっていた。


 ネコの種族的特徴として昔から言われる事だが、問題解決の為には常に最短手を第一候補とする傾向が強い。そこにどんな問題があろうと構わないのだ。先ず問題を解決し、その解決の為に起きた問題を順次解決していく。


 そんな場当たり政策の極みを延々と繰り返してきた結果、ネコの国は定期的に諸問題の一切解決を諦める大規模災害級の事象を繰り返し発生させてきた。ル・ガルへの侵攻もその一つとされるほどだった。


 ただ、それはあくまでネコの内部の話であって、ル・ガルには関係がないし対処の必要も無い話だ。要求は突っぱねるのみだし、軍事侵攻してきたなら撃退を図るだけだった。


「……随分と横柄な事を言ってくれるな」


 不機嫌さを隠そうともせず、ウォークはそう漏らした。それを聞いていたオオカミの代表が不思議そうな顔になって口を開いた。黒狼王の肩書きを使い始めたオクルカ卿の長子ロシリカが出席していたのだ。


「ウォーク様。なにやら込み入った話のようですが……何があったので?」


 話を聞いていないのだから事態は知る由も無い。やむを得ないか……と話を飲み込んだウォークは、事のあらましを説明した。その話を聞いていたロシリカの表情が見る見るうちに険しくなっていった。


 凡そ30分ほどの独演会だったが、ネコと獅子の国境に当たる大河イテルを挟んで何が起きたのか。そして獅子の国内部への侵攻。ジェンガンの街での一件。最終的にどう処理をしたのか。法務官の対応についてを詳らかにした。


「我々が思っている以上に獅子の国は官僚国家のようですな」


 紫音がそう漏らすと、アチコチから重い咳きの様な同意の声が上がった。法による支配を受けた国家は、秩序と安寧の為に法を厳格に運用するらしい。その結果、あの荘園領主が明確に否定しなかった事が問題になっていた。


 そう。クリスは奴隷では無く、資産でもなく、一人に人間ですらない。明確にそれを否定する言葉が無かったので、獅子の国としては未だにクリスの身分が戦利品という段階で処理停止中という考え方なのだ。


「状況による判断って物をしないらしいな……」


 ロシリカの言葉に会議室の者達が首肯を繰り返していた。全てが書類と口頭宣誓と証人により成り立つ契約の社会と言う事らしい。だがそれは、時に解釈の齟齬を起こし揉めるのだろう。


 それ故に獅子の国では法務官という専門職が設置され活躍しているらしい。裁判官と判事と弁護士と証人の役目を一人で行って脳内裁判でもするのだろう。法による支配を実行する上で、法の解釈を専門に行うのだ。


「で、ネコの国は如何対処する方針か?」


 紫音は話を進める為に対処方針を尋ねた。

 それに対しエデュは一つため息をこぼしてから言うのだった。


「ネコは獅子の国と直接争いたくないし、戦もしたくない。戦えば血が流れる。そもそも勝てる要素の無い戦だからな。だが、彼らは我が国に対し朝貢せよと要求してきた。臣下の礼を取らぬのであれば滅ぼすとも」


 ――――そこまでするはずが無い……


 誰もがそんな事を思った。少なくとも奉仕を要求する国を焼き払うなどあり得ないからだ。焼き払うよりも全て吸収して養分にした方が効率が良い。奴隷が奉仕を怠れば貴族は飢えるのだから、土台あり得ない事だった。


 だがそれは、相手が必用な奉仕を行うだけの実力を持っているか、必要不可欠な存在の場合にのみあり得る事だ。それこそ、巨大な農業国家であるトラの国のように、その農産物が獅子の国のとって重要であるならば……と条件が付く事だ。


「……なら、滅ぼして貰いましょうよ。やれる物ならやってみろ……と、そう突き返しましょう。本当に来たならそこで決戦です。農閑期のウチに軍勢を結集し、国境地帯の荒れ地へ陣取って派手にやり合う。そんな作戦でどうですかな?」


 ウォークは遠慮無くそう言った。それに最初に反応したのは、意外な事にクマだった。彼の国からやって来た代表は、最初にル・ガルに来た者と同一人物らしいのだが、ウォークには見分けが付かなかった。


「寒いうちにやる場合、残念だが我々は力になれない。雪の季節には家に込もって暖かな春を待つ者が多いゆえにだ。もし、春が過ぎて夏前にと言うのであれば、クマは一族を上げてそれに参加させてもらう」


 ……そう。彼らクマたちは、厳冬期を眠って過ごす冬眠の本能がまだまだ強い。それ故に完全な酷寒環境に適応した極北地域の白毛一門でない限りは、冬場には戦力になりえないのだった。


「なるほど……その通りですな。我らも冬眠こそしないものの、魔法を使うのであれば同じく春が望ましい。太陽の力が戻ってくる季節の方が威力も出せる故にな」


 クマに続きウサギがそんな言葉を漏らした。相変わらずシルクハットに燕尾服と言う出で立ちだが、その下は全裸と言う正統派な変態紳士ぶりを発揮している。およそウサギと言う種族ほど、変態と言う言葉が似合う種族もないだろう。


 小さな巣穴に一族が結集し、男も女も関係なく同衾するのが彼らの文化だ。性的に奔放と言うには少々エキセントリックすぎる部分があり、たの種族からは若干の色眼鏡で見られる傾向が強い。


「ならば……斯様な案は如何か?」


 キツネの紫園がおもむろに切り出した。

 どういう訳か、キツネの言葉には全員が耳を傾けていた。


「まず、我らキツネの武士とイヌやオオカミの騎兵。それにトラとネコの兵を主力とし、彼ら獅子の先鋒を粉砕する。その後、彼ら獅子の本体がやって来るであろうから、今度はクマやウサギや、準備の間に合わなかった衆を加えて決戦に及ぶ。これならばこの連関同盟の意味も発揮しよう。各国が未だ秘密裏に持っている益荒男を全て出し、彼の国の戦力を漸減させようぞ……」


 それは思いも掛けない提案だった。ある意味で最高の対処かも知れない。巨大戦力を送り込むには兵糧や消耗品の補給が難しい。しかし、巨大戦力の行軍に合わせ補給ルートの構築を図るのもまた常道だろう。


 そしてそれは、ネコの国には思わぬビジネスチャンスの到来を意味していた。話を聞いていたエデュが『大変結構ですな』と満面の笑みを浮かべた位なのだから、それはネコにとっても美味しい事だった。


「では、各国で裁可を図り、合わせて月末までにネコの国の西域に結集するように致しましょう。各国の対応をよろしくお願いいたします」

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