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ゲスな男の欲情

~承前






 かがり火に囲まれた広場の中、クリスティーネはぼんやりと考え事をしていた。身にまとう衣類は一切なく、一糸まとわぬ生まれたままの姿になった彼女は、夜空の星を見上げていた。


 首から両肩に掛けてズッシリと重い首枷は二枚の板でか細い首を前後に挟む形態で、その首から左右少し離れた所には両の手首を通す穴があった。そこに左右の手を拘束されているクリスは、自分の意思で手を使うことが出来ない。ただ、その全ては自分が望んだ事なのを、ふと思い出していた。


 ――――自分は何をしているんだろう?


 ふと、彼女の目が何かを捉えた。闇に紛れて羽ばたくのはコウモリだった。少し離れた木の枝にぶら下がったコウモリは、広場の中で行われていることを見物するようにこちらを見ていた。


 はっきりとしないクリスの意識は、現実と妄想の境目が曖昧になり始めていた。そして、ふと気がつけばクリスは一匹のコウモリとなって、広場のなかを眺めていた。


 自分の後ろには粗末な貫頭衣を着ている女がふたりいる。その女は見覚えがあるのだが、全く思い出せない。誰だっけ……と考えたとき、何処かで見たような屋敷の中で甲斐甲斐しく世話をしているふたりの女を思い出した。


 ――――マリア…… テレサ……


 その二人はにこやかにしつつドレスの着付けを手伝っている。その真ん中に立っている女は、誰よりも嬉しそうな顔になって笑っている。まるで、好いた男と遊びに行こうとしている年頃の娘のような、花のような笑顔だ。


 期待に胸を膨らませ、たわわに実った自分の胸を持ち上げて、好いた男に少しでも好かれようとする意地らしい姿。そんな姿を見ながら、ふたりの女も楽しそうに笑っている。


 ――――ダメよ…… そんなことしちゃ……


 妄想の世界にいたクリスは、不意に現実へと引き戻された。目の前に老いた男が立ち、何事かを問うている。ただ、クリスの意識はその声を言葉としては認識できていない。


 何事かの音が聞こえるだけだ。ぼんやりとした意識は、何が起きているのかすら理解しえなかった。自分の後ろに立っている女たちが、何事かを言っているのが聞こえるも、クリスはそれすら理解出来ていなかった。


 マリアとテレサのふたりが涙ながらに声を張り上げ『姉さま! 否定して!』と叫ぶも、クリスにはその言葉すら理解出来ていなかった。クリスの前に立つ初老の男は、『この手を目で追えるか?』と尋ねている。


 その言葉を理解できないクリスは、生理反応の一つとして、無意識にその手を目で追いかけていた。マリアたちが『ダメよ…… こんなのデタラメよ!』と叫ぶなか、クリスはぼんやりとした表情のままだった。


     『#+*~¥ー$%&’$≧;@<‘~=&%$#”@@』


 目の前の男が何かを言った。クリスはぼんやりとした表情のまま、その言葉を聞いた。それがどれ程に屈辱的で尊厳を踏みにじるものだとしても、クリスには一切わからなかった。


『12の主文法と108の細分法の規定により奴隷は己の身を形作るもの以外に主の許しなく如何なる物をも持つことは許されない。これよりそれをあらためる。奴隷は許しなく抵抗してはならない。それを行う物は奴隷の身分を授かれない』


 法務官の言葉が響き、その後に『異議あらば申し立てよ。異議無くば沈黙せよ』と続けた。ただ、今のクリスにはどんな言葉も理解出来る状態では無かった。まるで眠ってるかのような意識は、遠くからボンヤリと眺めているだけだった。


『異議は無いものとする』


 老人はため息を交えつつ、そう宣言した。そしてまず最初に、クリスの目蓋を指でつまんで持ち上げ、目蓋の裏を確かめた。その次に耳の穴の中をランプで照らしながら、柔らかな綿毛の詰まった耳の中へ指を入れた。


 その感触にクリスは甘い吐息と嬌声を漏らしながら、身をくねらせた。感度の上がった状態の耳毛は、弄られればゾクゾクとする様な快感をうむものなのだ。そして、それを黙って受け入れたクリスの口を大きく開けさせ、その中を覗かれた。


 最後に鼻の穴の中を覗き込まれ、『何も無い』と老人が漏らしたのをクリスは無表情に聞いていた。そのすぐ後ろで『こんなデタラメ……』とふたりの女が泣いているが、クリスはそれにも無反応だった。


『跪け』


 老人の言葉にクリスは素直に従った。自分の意志で判断して考えた結果の動きでは無く、指示された事のみを行う従順な人形のようだった。そのまま『前に頭を着けろ』と言われたクリスは、尻を突き出すように頭と両手を挟んだ首枷を地面に着けた。


 老人はクリスの背後に回り、先ず尻の穴を確かめた。その中に指を入れて押し広げたあと、直腸に何も無いことを確かめた。そして、僅かな水で指を洗った後で、今度はクリスの秘部を押し広げた。


 それがどれ程屈辱的な行為かは、もう説明するまでもない。無遠慮にそれを行えば、大抵の女は悔しさと悲しさに涙をこぼすだろう。だが、クリスは全くそんな反応を示すこと無く、ただただ、されるがままに受け入れていた。


『立て』


 老人の声に従い、クリスはよろけながらも立ち上がった。その秘部から銀の糸がツーッと延び、地面に雫をこぼした後でプツリと切れた。僅かに上気したらしいクリスは、何とも扇情的な吐息を漏らしている。


 だが、そんな事はお構いなしな風に老人はクリスの前で膝立ちとなり、右の足を持ち上げて、その股ぐらを大きく開かせて中を検めた。こうすれば重量のあるものは自然にヌルリとこぼれ落ちる。


 それが無いのを確かめたあと、最後に尿管の出口を検め、何も無いことを確認した。その行為の全てをボンヤリと眺めていたクリスは、嫌がる素振りも恥ずかしがる様な態度も一切無かった。


『世の秩序と安寧とを担保する法に則り、奴隷を望む者の身体を検めた。この者の身に隠されし主を狙う武器が無い事を法務官は認証する。最後にもう一度問う』


 心底嫌そうな表情で法務官を名乗った老人は、クリスの顔を真正面から見た。その眼差しに光は無く、表情に意志がなく、立ち姿に正体の存在を感じない文字通りの生き人形なクリス。


 それは、この荘園の領主が好んで使う南方の秘薬を飲まされた女の結末だった。獅子の国の法によれば、異議ある者はそれを言う権利を認められている。だが、どんな方法であってもそれを封じてしまえば、無効となるのだ。


「どうされた? プエラトル・アウグストゥス」


 事の次第を眺めていた男が、不意にそんな言葉を吐いた。ジェンガンの街を飲み込むように存在する荘園の主であり、この辺境地域を所領とする獅子の国の市民貴族。荘園と城塞とを持つ都市国家の主、マクシミリアンだった。


ポリス(荘園)キーウィタース(市民)、マクシミリアン。この者は己の意志を宣言出来ぬと思われる。これは12の主文が一つにある、己の権利を行使出来ない者に義務を課すことは出来ないと言う原則に反すると思われる。従ってプエラトルの責務条項11項により、奴隷の宣誓を受け取ることは出来ない」


 グッと奥歯を噛んで、その老人は言った。獅子の国を縛る法は12の主文を柱としつつ、それぞれに9項の細文補完法によって市民もそれ以外の者をも権利を守る様になっていた。


 法務官。プエラトルの肩書きを持つ者は、それらに精通するだけで無く、時にはその法による庇護から漏れる者をも護る義務を持っている。それ故にアウグストゥスはクリスを護る義務を果たそうとした。だが……


「おぅおぅ! 言ってくれんじゃねぇか! 法典によれば代理を立てられないなら本人が来ることってのが決まりだろ? 病気だろうが死に掛けだろうが、ここに来た以上は本人の意志だ。違うのかい?」


 どう見たって堅気の男には見えないマクシミリアンは、大袈裟な態度でそう言った。レギオーが戦利品として荘園に連れてきたクリスティーネを見た時、その美しさにゾッコンになったのだ。


 故に、どんな手段を使ってでも自分の妾にしたい。そう思ったマクシミリアンが行ったのは、全員を奴隷に売り飛ばしてやるという脅迫だった。ネコの国からの朝貢が途絶えたマクシミリアンは、獅子の国の中にある色街へ女を売る事が出来なくなっていた。それはお前らのせいだと難癖を付けたのだ。


 そして、クリスの付き人であったマリアとテレサは別々の売春宿へ。男達は男色が好きな者達へ売り飛ばす。もちろんお前もだ!とクリスを脅した。しかし、お前がワシの妾になるなら、売り飛ばすことは無く奴隷として手元に置いてやるが、どうする?好きな方を選べと迫ったのだ。ただ、この時のクリスは致命的な失敗を犯していた。


『私には意中の殿方がいる。彼の存在を裏切る事など出来ない。身も心も捧げて良いと決めたのだ。故に如何なる理由があろうと妾になど成りはしない。だが……』


 クリスは奥歯を噛んでグッと気を入れた後、マクシミリアンを睨み付けてから大きく息を吸い込んで、一気呵成に啖呵を切った。


『このふたりの女は我が侍女にて責は無く、ここへ同行した男達は全て国軍士官に過ぎず、如何なる忠誠も同情も私に捧げる事は無用の存在だが、私はイヌの帝國を支える公爵貴族の一門として彼らを護る義務がある! 故に私が奴隷となるのでこの者達を直ちに解放せよ!』と。


 それを聞いたマクシミリアンは、人間性のゲスな部分を純粋培養した様な精神構造を持つ男だった。瞬間的に最もゲスな行為を思い付き、それを実行したいと言う衝動に駆られたのだ。手下の者に命じ何かを用意させた。それは、鼻を突くような異臭を放つ液体だった。


 クリスとてそれなりの人生経験を積んだのだから、花も恥じらう乙女から卒業した朝を知っている。そして、その異臭を放つ液体の臭いが男の滾る欲情の果てに吐き出されるものであることも、よく解っている。


 だが、そこに隠された恐るべき秘薬の存在をクリスは知らなかった。様々な成分をアルコールに溶かし込み、人間の正体を飛ばしてしまうとんでも無い秘薬だ。


『ならばこれを飲み干せ。口では何とでも言えるが、行為でそれを示せるなら考え無いでもないぞ』


 嗾けるような言葉を聞いた時、クリスの頭の中で何かが弾けた。そして、間髪入れずに『上等だ! 義務は果たす! 約束は果たされよ!』と言い切ったあと、その凄まじい臭気を放つ液体を、小さな樽一杯飲み干してしまった。途端に凄まじい吐き気と酩酊感と全身の痺れがやって来たのだが、その全てをグッと飲み込んだクリスはクシミリアンを睨み付けた。


 だが、直後に世界の全てが自分から離れていく錯覚に陥った。光も熱も感じなくなったクリスは、自分の意識が遠くなっていくのを感じた。そして、そのまま全てが分からなくなっていった。何処か彼方から『ワシの奴隷にしてやろう。死ぬまで可愛がってやる』とだけ、声が聞こえたのだった……

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