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ジェンガンを預かる者

~承前






 その日、辺境の街ジェンガンの入口に立つ歩哨は、己の運命を呪いたくなった。

 彼方に見える濛々とした砂塵は、間違い無く何かの集団が移動している物だ。


 ――――何者だ?


 誰だって最初はそんな所から興味の思考を積み重ねるのだろう。


 渺々とした広大な荒れ地のど真ん中にあるこの街は、奇跡のような湧き水によって保たれている。荒れ地を横切って獅子の国へと向かう商隊は、遙かな道程を行く途中で最初に足を止める事に成る。


 馬やラクダと言った馬匹に水を飲ませ、合わせて自分達の飲料水を確保しておく為の休息だ。それ故に街はどんどん大規模に発展していって、今では数キロ四方に街路区画が広がった都市になりつつあった……


 ――――えっ?


 砂塵を立てる者達の正体が認識出来る様になった頃、歩哨は内心でそう呟くと同時に壁に掛けてあった緊急事態を告げる笛を吹いた。甲高い音を響かせるその笛の周波数は、イヌ種やネコ種以外の可聴帯域を持つ種族にも聞き取れる五音階だ。


 街を警護する警備主任が入口にすっ飛んできた頃には、砂塵を立てている集団の旗が見えるまでになっていた。螺旋を描いてこぼれ落ちる光をシンボライズしたその旗は、遠くに栄えるというイヌの国の物だった。


「馬だ! 馬をひけ!」


 警備主任はあり合わせの馬に乗って駆け出し、イヌの集団へと接近して行った。それは、数十万の戦力を持つというイヌの騎兵隊だ。過去幾度か獅子の国の兵士達が合戦に及んだというが、決して侮れない実力を持つ者達だった。


「停まれ! 停まれ! シンバの統べる皇国と知りての狼藉か! 停まれ!」


 あらん限りに声を上げて停止を試みた警備主任は、両手を大きく振りつつ通せんぼの様に左右へと広げた。だが、それで彼らイヌの騎兵の速度が落ちるかと思ったら一切落ちることも無く、速度に乗ったまま接近し続けていた。


「停まれ!」


 再び大声で叫んだ。だが、警備主任の見た物は、騎兵の先頭に立っていた者が馬の腰に挿してあった巨大な馬上槍を抜くシーンだった。その行為が何を意味するのかは考えるまでも無い。


 警備主任は腰に佩ていた大剣を抜き放つと、再び大声で叫んでいた。それが無駄な行為だと知りつつ、それでも叫ぶしか無かったのだ。


「停まれぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」


 喉を嗄らして叫んだのだが、それに対する返答が聞こえた時には、既に指呼の間へと入っていた。


「我はル・ガルのウォーク・グリーン! 押し通る!」


 ――――まずい!


 理屈では無く直感として、もう、どうにもならないと気が付いた。故に、今出来る事は一つだけ。先ず逃げる事のみ。この場を立ち去って争乱が終わった後に全てを報告する役だけだ。


 だが、馬の腹を蹴った時、馬は全く言う事を聞かず立ち尽くしていた。馬がル・ガル騎兵の気迫に飲み込まれ、完全にトンでる状態になったのだ。およそ感情を持つ生物の中で、馬ほど感受性の強いものは居ないとすら言われるもの。


 軍馬に育てられる馬は周りの環境に左右されず、鞍上の主が言う事を聞くように調教されるのだ。だが、それすらも出来ないと成った時、警備主任は考える前に馬を飛び降りて走り出していた。


「些事に構うな! 城内へ突入する!」


 ウォークの怒声と同時、ル・ガル騎兵が一斉にジェンガンの街へとなだれ込んでいった。悲鳴と罵声と助けを求める声が響き、その全てを飛び越えてル・ガル騎兵は吶喊した。


 その突撃衝力は他の種族にも有効なのかどうかなど知る由も無い。だが、ほぼ徹夜状態で僅かながらの仮眠を取っただけの騎兵に、もはや理詰めの思考など不可能なのだ。


「軍監殿! あれに見えるは城にございましょう!」


 アッバース家のウナスが目を細めつつ、そう叫んだ。

 ジェンガンの街を見下ろすように聳える城は、凡そ四層構造となった巨大な鐘楼の様にも見えるものだった。


「成るほど! ならばあの前へ向かう!」


 ウォークは街の中央通路を駆けつつ、城への道程を思案した。普通、前線本部となる城への道筋は入り組んでいるものだ。すわ市街戦となった場合、真っ直ぐな一本道では吶喊力に勝る敵の突入を阻めないからだ。


 だが、大通りを走っているウォークには妙な確信があった。この街は防御のことを一切考えていない街だ。全ての通りは完全に碁盤の目になっている状態で、大通りのどん詰まりにあの城があるのだ。


「総員装填! 射撃体勢!」


 セリュリエがボルボン騎兵に装填を命じた。走る馬上にあって装填を可能とするのは、ボルボン騎兵の練度の賜物だ。速度を維持したまま大通りを走りきり、城の直下にある広場へとウォークは躍り出た。


「ん? やる気か?」


 そこに見えたのは、イヌを遙かに凌ぐ体躯を持った巨大な種族だった。ライオンでもトラでもないその種族は、見事なまでの弓を持って構えていた。弩弓では無く強弓のようだが、少なくともイヌには扱えないサイズだ。


 ――――あっ!


 声に出す前に矢が飛んできた。考える前にウォークは槍を振り抜いた。

 鈍い手応えがあって、どうやら槍が矢に当たったらしい。


「左撃ち方! 変針!」


 ウォークは一旦進路を左に取った後で、グッと右へと変針した。馬上で弓を扱うなら左手方向への投射が基本だからだ。それを見て取ったらしい敵側の大男は、巨大な盾を構えて矢を防ぐ算段に入ったらしい。


 よく見ればその盾は10枚20枚と並んでいて、どうやらそれが守備隊なのだと理解出来た。そして同時に、最高のカモがそこに居るのだとウォークは薄く笑っていた。


「速歩! 連続射撃! 右回転!」


 槍を持った騎兵よる回転鋸の様な攻撃手段を銃や槍で行う為の運動。だが、その攻撃力は弓矢など問題にしない猛烈なものだ。事実、ウォークの直下にあったセリュリエが放った初弾は、敵側の盾をいとも容易く貫通した。


 矢が届くほどの距離で放たれた銃の威力は、従来の常識では図れぬものだろう。縦長になった騎兵たちが大きくとぐろを巻くようにグルグルと回転しながら、まるで機関銃のように撃ち続けている。


 銃身では無く射手自体が回転して撃ち続けるその攻撃は、降伏する為の声を上げる暇も無く、敵が完全に挽肉になるまで撃ち続ける猛烈なものだった。そして、気が付けば盾を構えていたはずの敵側兵士が全て斃れていた……


「撃ち方止め! 停止せよ!」


 ウォークはその広場の中央で馬の足を止めた。この時すかさずアッバース銃兵達が馬を飛び降りてウォークの周辺に銃列を敷いていた。全員が持つ40匁の大口径銃は、甲冑を着たライオンにも有効なのは確認済みだ。


「ジェンガンの街を預かる獅子の国の執政官よ! 我はル・ガル帝國の太陽王代理として推参せし相国! ウォーク・グリーンなり! この場に姿を現し口上を聞き届け給う! さもなくば街全てを焼き払う! 返答やいかに!」


 いきなり焼き働きしなかっただけありがたく思え。そう言わんばかりなウォークの口上だが、少なくとも先ほどの戦闘力を見れば不可能では無いのだろう。事実、街の住人は恐る恐る遠目に様子を伺っていた。


 イヌの騎兵や歩兵が持つ細長い鉄の筒は、槍や矢など問題にしない圧倒的な攻撃力を持っている事が見て取れた。そして、同時にそれはいくらでも使い続けられる利便性を持っていて、獅子の兵とて対抗し得ぬものだと。


「出て来ますかね?」


 ウォークと馬を並べているセリュリエは怪訝な顔でそう言った。出て来るか否かは問題では無く、目的を果たせるかどうかが重要だった。出て来たなら重畳で、クリスを返せと問答に及べば良い。


 出てこないなら遠慮無く街を焼き払い、合わせて城へと突入するまでだ。1人残さず鏖殺し、栄える街を廃墟に変えてから帰るだけ。そのくらいの事は眉一つ動かさずに出来るだけの度量がある。


「出て来るでしょうね。少なくとも獅子の国の者達はメンツが大事らしい」


 ウナスは笑いを噛み殺した様な声でそんな事を言った。先に大河イテル畔で合戦した際は、あのコウハイなるジャッカルの男がそれを体現していた。彼らには彼らの文化があり常識が有り大事なものがある。


 それを分かっているからこそ、ウナスは薄笑いで見ているのだった。出ていけば殺されるかも知れない。だが、ここで出て行かねば立場が無い。命は軽く、名は重く、全てを捨てて護るからこそ浮かぶ瀬もあるのだ。


「……ほほぉ」


 セリュリエが小さく唸った先、城の中から姿を現したのは老いた男だった。少なくともライオンでは無い事が見て取れるが、南方種族に知見の乏しいウォーク達には、その種族の正体が分からない。だが……


「遠き帝國より来訪せし勇猛なる兵よ。まずは武装を解き穏便な折衝を願いたい。手前はジェンガン執政官。リカオンのセルシム。シンバよりこの街の差配を預かる者なり」


 立派な衣装に身を包んだその男は、自らをリカオンだと名乗った。それがどんな種族か?と訝しがったウォーク。しかし、その答えはすぐ近くにいたウナスがそっと耳打ちしてくれた。


「カリオン王ら黒耀種がオオカミに近いイヌであるように、アッバース最古のラーを名乗る一門、我ら燦陽種はあのリカオンに近いイヌなのです」


 驚きの表情でウナスを見たウォーク。そのウナスは薄笑いのまま続けた。


「彼らはこの砂漠の地にあってライオンの庇護下に入る事を選んだ一門の末裔でしょう。恐らくは1000年前に袂を別った……我が同族でしょうな……」

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