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ウォークの決断 カリオンの決断

~承前






 ネコの側から提供された獅子の国の内部地図は、正直に言えば地図とは言えないレベルの物だった。ただ、ジェンガンという都市がここから凡そ7リーグほどの距離というのは何とか読み取れる。


 土里という聞き慣れない距離単位は、ほぼリーグと同じだと考えて良さそうだ。と言う事は、馬で駆ければ2時間か多くても3時間程度で到達出来るとウォークは考えた。


 ――――行くか……


 ほぼ不眠不休であることなど頭から抜け落ちていた。あり合わせの食事を取り、ガルディブルクへの緊急通達文書を筆記したあと、ジェンガンへ向かうに当たり同行する者を募集した。


 当然の様にボルボン家の騎兵たちが参加を表明し、アッバース家の銃兵達からも馬を貰えれば喜んで参加するとの言葉があった。ただ、拠点防御を図らねばならないのだから、全てを参加させることなど出来ない。


 ――――馬の疲労も考慮すると……

 ――――参加できるのは1万名未満だ


 その言葉を聞いたセリュリエは、先ず持って自分が参加するのは当然だが、希望する者は私が選ぶと言い切った。同じようにアッバース家のウナスが馬を調達してきて、一門から選りすぐりの三千名を選ぶのでよろしく頼むと言ってきた。


 ――――急げ!


 内心でどれ程焦ろうと、疲労だけはどうにもならない。ややあってウォークは1時間だけ仮眠を取れと指示を出した。僅かな時間だが、死力を尽くす為の休息なのだと自分に言い聞かせていた。


 そして太陽が明確に傾き出す頃、ウォークは再びイテル河を渡って走り始めた。長い長い隊列を組み、地面に残った足跡を追って西を目指した。これと言って目印になる物は無いが、代わりに1リーグを4等分した距離で明かりを灯す台がある。


 よく見れば半分砂に埋もれたような敷石があり、街道の左右両側にそれがずっと続いていた。恐らくは獅子の国の敷設による街道整備の物だろうと思われたが、こんな辺境にまでそれが及んでいることにウォークは感嘆した。


 ただ、その全ては馬上にあって風を切る最中での出来事なのだった……




 ――――――同じ頃




「……なんだ、随分とやる気じゃ無いか」


 ネコの国経由で日中の光通信を受け取ったカリオンは、その内容に驚いていた。夜間における光通信の利用は進んでいたが、快晴状況下では太陽光を反射させることで、人工灯火による明るさとは比較にならない光量での通信を行っていた。


 それもこれも茅街のヒトがもたらしたアイデアと通信道具の小細工による物なのだが、逆に言えばそれを受け入れて実用化するだけの度量がイヌにはあるのだ。


「ってぇと、アレか? ウォークか?」


 相変わらずべらんめぇな口調で言うジョニーだが、カリオンは遠慮する事無く報告書を見せると、背中を伸ばしながら目の前の巨大なカラクリを見ていた。ヒトの世界からやって来た驚異の塊である鉄船に収められていた物の一つだ。


 どういう理屈で動くのか、皆目見当が付かない代物。だが、ヒトの説明に寄れば太陽の光を集めて雷と同じ物を起こすカラクリがヒトの世界にあると言うのだ。そして、それによって発生した雷を閉じ込めておき、それによって動かすと言う。


「……これを使ってみるか」


 ジョニーの問いに答えること無く、カリオンは興味深そうにその驚異的なカラクリの組み込まれた物を見ている。それは太陽光発電パネルを使って充電し、それによって動く電気自動車だった。


 折りたたみ式の発電パネルは縦3メートル横4メートルのサイズになり、最大効率で太陽光発電を行った場合、凡そ12時間でバッテリーを一杯に出来ると言う。最大航続距離は凡そ500キロ。発電しながらであれば600キロを走れる。


 ――――ギャロップで走る馬ですらも追い越す速度で走り続けられます


 胸を張ってそう説明されれば、それに乗ってみたいと思うのは当たり前の話だろう。ヒトの世界で一般的に使われていると言うその乗り物は、ヒトの世界では自動車というのだそうだ。


「女絡みでやる気になってるのは良いが、足下掬われるのはいただけねぇな」


 やや怪訝な顔になっているジョニーだが、カリオンはその背中をポンと叩いて笑って見せた。常に鷹揚としている太陽王だが、こんな時のエディは興味の対象にゾッコンなのだ。


「だからこそ助けに行ってやろう。この自動車なる乗り物が5台あるらしい。より大型の物が2台。これでヒトの世界の銃を運んでいけば良いだろう。まずは使ってみよう。その上でどう使うかを研究したい」


 カリオンが言ったそれは、メチータの郊外でカリオンに紹介された様々なヒトの世界の兵器だった。正直、なんでこんな仕組みを思い付いたんだ?と問いただしたくなるような代物もあった。


 ヒトと言う生物の持つ悪意だけを抜き取って純粋に煮詰めたような、そんな代物が幾つもあった。そしてそれは、遠い日に聞いた父ゼルの言葉を思い出す縁となっていた。


 ――――ヒトはヒトがヒトを殺す道具だけはとにかく改良し続けたんだ

 ――――それと同じくらい改良し続けたのは楽器だけだ……


 すなわち、どんな状況でも確実に相手を一撃で屠る為の代物がそこにあった。至近距離であれば必ず絶命せしむる鉄で出来た悪魔の箱。砂や土の下に埋めておき、それを踏みつけた瞬間に大爆発する悪意の爪。


 40匁弾と同じ程度の銃弾を使うのだが、その最大射程は1リーグを軽く越える銃と、同じ弾を瞬きほどの間に5発は放てる連発式の銃。また、片手の中に収まる小型の銃もそこにある。


 だが、何よりもカリオンを戦慄させた兵器は、小さな羽の付いた空を舞うカラクリだった。それは、ヒトの説明に寄ればあらかじめ決められた進路を自動で飛び、目標のすぐ近くまで行ってから爆発する仕組みになっているのだという。


 GPSなど無い世界だが、小型のジャイロセンサーにより自立飛行を可能にしたドローン兵器が輸送船に積載されていたのだ。そのドローンは内部に粉塵爆発を起こせる300グラムほどのテルミット粉末を搭載していた。


 これによりちょっと大きなホール程度であれば、中にいる者全てを一瞬で天ぷらにしてしまうほどの威力を持っていた。


「ヒトってのはよぉ……」


 腕を組んで眺めていたジョニーが漏らしたのは、ほとほと呆れたヒトのサガだ。

 ここに並ぶ兵器の全ては、相手の確実に殺す為だけに進化してきたものばかり。


 つまり、簡単に言えばヒトはヒトを殺すのが好きなのだ。確実に相手を殺す為の道具は、驚く程精巧に作られていた。まるで中に生き物でも入っているんじゃないかと思う程の精巧さだ。


 それを作る為にどれ程に金を掛けたのか。ジョニーには想像も付かないレベルだった。だが、逆の視点として見た時、それは全く異なる物を見せてくれる。相手を殺さねば自分が殺されるかも知れない世界に横たわる相互不信という宿痾だ。



 …………従わなければ殺すぞ?



 無言ながらも双方がそれを突き付け合って、そして互いに震え合って、それでも精一杯に見栄を張って、強がって、弱い所を見せずに相手を威嚇し続ける為の努力をする存在……


「あぁ。言わなくとも分かる。ただ、きっとそれは俺達にもあるぞ」


 カリオンは遠慮無くそう言った。ジョニーが思わず『え?』と漏らすのもお構いなしにだ。少なくともカリオンはジョニーが言いたいことを完全に飲み込んだ。それでなお絶望的な言葉を遠慮無く吐きだした。


 それは控え目に言って、同じ生物であると考えたくも無い絶望的なものだった。どうしたって解り合えないとジョニーが思うほどに絶望的な差となっていた。


「ヒトに限らず…… まぁ、要するに全ての生物にとって勝利する事は本能の一部だろう。要するに戦って勝ちたいんだろうさ」


 やや吐き捨てる様な口調でそう言ったカリオンは、そこにあった武具の一つを手にとってしげしげと眺めた。ル・ガルにもある刃の付いた戦に使う刃物だ。だが、その刃はブレードの途中から前方側へ折れ曲がったものだった。


 こんな形状の刃物は見た事が無い。だが、軽く振ってみた時にその意味が嫌でも解った。重心が前側に有り、敵の身体に当たってから慣性運動の力を発揮してごく僅かであっても多く切り裂こうとする形で作用するのだ。


 ククリナイフと呼ばれるその刃は、熟練した使い手の手に収まった場合には長刀を圧倒する戦闘力を発揮するというそうだ。相手の刃を受け止めるだけで無く、場合によってはテコの原理でその刃をへし折ることすらあると言う。


「戦う事や殺す事が好きなんじゃ無い。要するに勝つ事が好きなんだ。だから勝つ為にどんな努力でもする。それは俺達も一緒じゃ無いか?」


 カリオンにそう言われれば、ジョニーは否定する言葉を一切吐けなかった。ビッグストンで繰り返し繰り返し教育されてきた、軍における一大原則はそれが根幹にあるのだ。


 つまり、負けには何の価値も無い。勝ちに等しい負けなど有りはしない。勝って生き残った者のみが無条件に報われる。惜しくも2位などと言うものは、少なくとも実戦には存在しない。


 なぜなら、2位とは負けの一位であり、最後まで生き残っていても結局は死んだ負け組でしか無いからだ。例えそれがどんな勝負であっても、戦いであっても、負ければ勝った者の養分でしか無い。だからこそ……


「クリスの為にウォークは危険を冒そうとしている。あの朴念仁も変わるもんだ。だから支援してやろう。応援してやろう。そして、これを奇貨に獅子の国へ攻め込むのさ。父は言った、古来の兵法に曰く、喧嘩は余所でやれ……だ」


 ニヤリと酷く悪い笑みを浮かべたカリオン。

 そんな顔を見ながら、ジョニーは背筋にゾクリと寒気を覚えた。


「攻め込むのか?」


 それが悪い冗談であって欲しいと思うのもやむを得ないだろう。だが現実には、ル・ガルとその近郊で決戦には及べ無い。だからこそ攻め込むしか無いのだった。

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