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朴念仁と懸想の行方

~承前






 一気に敵陣を突抜たウォークは、荒れ地に出た辺りでそれに気がついた。


 獅子の国の軍勢がたむろしていたその陣地には、何処にもクリスの姿がなかったのだ。その時点でウォークは複数の可能性を考慮した。


 すでに慰み者にされた果てに死んでいるケース。

 若しくは、ル・ガルの機密情報を聞き出すために何処かへ連行されたケース。

 そして、わずかな可能性ながらも自力で脱出し、渡渉を試みているケースだ。


 最悪なのはすでに死んでいるパターンだが、それならそれで、何処かに死体があるはず。まさか女の死体を焼いて食う程に非道ではないと信じたい。しかし、こんな場面ではあらゆる可能性を排除せずに考察を重ねることが要求される。


 たとえ極僅かな可能性だったとしても、絶対にそれをしないと言う保証はない。また、出先での現地徴発を行って行軍する事を忌むル・ガルの伝統と同じものがあるなどと勝手に期待しない方がいい。


 全く異なる文明圏との戦いであるのだから、獅子の国というものの実態を掴み、その民族的な特徴をしっかりと把握するまでは覚悟をしておくべきだ。


「軍監殿! 右旋回!」


 一瞬だけ意識に空白ができていたウォークは、セリュリエの言葉で我に返って馬の首を右へと向けた。速度を殺してしまっては騎兵の威力を失ってしまうのだ。


「再度突入を図る! 敵も警戒を厳にしている! 距離を取って総力射撃! その後に突入だ!」


 折れてしまった銃剣の変わりはないので、ウォークは銃をホルスターに収めてから馬上槍を頭上へと翳した。降り注ぐ満月の光を撒き散らしながらグルグルと2回まわせば、騎兵は上手く馬を捌いて方向転換を完了した。


 その動きを見ていたウナスは、手持ちの銃兵凡そ3000で横列を組ませた。500名ずつ3段重ねの収束射撃体勢を組み、それが2グループに分かれ順次射撃を行う体制だ。


「1組よーい! ってぇ!」


 ウナスの号令に合わせ、猛烈な射撃密度の銃弾が獅子の陣地へと降り注いだ。だが、その銃弾を受けてなお獅子の軍団は前進してくる。怯まず、躊躇わず、動じる事すらない。


 ただただ、真っ直ぐに縦列へと突進してくる彼らは、獅子とは呼びがたい姿をしていることが分かった。イヌのような体躯だが、黒耀種などよりかは一回り小さくあるのだ。


 耳はピンと立っているのでは無く、大きな耳が頭上に乗っている様にも見える。そのマズルは大きく伸びて発達しており、身体の割りに足が長くしなやかである事が見て取れた。


 ――――ジャッカル?


 あまり種族的な知識の無い存在だが、それでも獅子の国の速成教育で教えられた情報の中から、ウォークは直感的に敵の正体を見て取った。獅子の国の中で最も働き者と呼ばれる種族こそがジャッカルだ。


 およそ獅子=ライオンという種族は超大型のネコと言って良く、彼らは並のネコの2倍は強力な体躯を持っているのだ。また、獅子に対抗出来るだけの実力を持っているのがジャガーと呼ばれる、これまた超大型のネコ。


 その他にも俊敏性と速度に特化したチーターだのピューマだのと、強力なネコの大型種による国家が出来上がっている。そんな中でイヌ系の種族として存在するのがこのジャッカル。その他にリカオンやハイエナが居るそうだが……


「2組よーい! ってぇ!」


 ウナスの号令に弾かれ、アッバース一門による一斉射撃が再び敢行された。猛烈な密度で降り注いだ銃弾による威力は、各所で猛烈な血飛沫を発生させた。だが、その犠牲を顧みること無く、ジャッカルは隊列だの編成だのを気にせずに突っ込んできた。


「総員縦列! 騎兵の道を空けろ!」


 ウナスの声が何を意味するのかウォークにも分かった。セリュリエもまた同じように理解したらしく、アッバース兵の作った隙間に馬を滑り込ませ、まるで強力な腕を伸ばすように騎兵の列が複数の奔流となって襲い掛かった。


「統制断続射撃! 射撃後は銃剣を使え!」


 セリュリエの命令が飛び、ボルボン家の騎兵がドラグーンとなって襲い掛かっていった。どんなに敏捷性が高くとも、馬と比べればジャッカルの足は遅い。そのまま一気に敵陣へと突入し、先頭の騎兵から順に射撃を行っていった。


 射撃を終えた騎兵は速度を緩め、後続の騎兵がそれを追い越して射撃する。そうやってクローラー状に前進を図る騎兵の断続射撃は、死にはぐれの敵兵を凄まじい速度で量産していた。


 ――――クリス!


 こんな乱戦の最中でも、ウォークの鼻はクリスの臭いを探し続けた。何処かに臭いが残っているはずだ。イヌの鼻なならば嗅ぎ分けられる筈だと信じた。正直に言えば、最初は懸想されていることすら気が付かなかったウォークだ。


 周囲から朴念仁だの鈍いだのと散々言われ、そのうちやっとクリスティーネの想いに気が付いた位だ。普通の感性があれば誰でも気が付くレベルでそんな空気を撒き散らしていた筈のクリス。


 だが、この時になって初めて、ウォークは自分自身の気持ちに気が付いた。太陽王の側近中の側近として存在してきた彼は、己の人生よりもル・ガルを優先するようになっていた。


 だからこそ、正直に言えば最初は迷惑だとすら感じていたのだ……


 ――――どこだ!


 およそ男に生まれたならば、誰だって女が言い寄ってきて悪い気分になることなど無いだろう。だが、そのごくごく僅かな例外こそがウォークだった。己の職務に忠実足らんと願った男故の悲しさかも知れない。


 そんな男が今、たった1人の女の為に槍を振り翳していた。世界にその名を轟かすル・ガル騎兵のひとりとして、敵陣のど真ん中へ一切逡巡せずに斬り込もうとしていた。


 ――――生きていてくれ!


 偶然立ちはだかった獅子の国の兵を槍で貫いた。勢い余って3人目程度まで貫通したらしく、その槍の柄を腹当てにぶつけて馬でそのまま押し込んだ。こうなればもう槍は使えないが、官給品の槍などに未練はない。


「すまん! 槍を貰うぞ!」


 たまたま近くにいたボルボン騎兵の馬から槍を拝借し、尚もウォークは槍を振るった。腰を入れて槍を薙げば、野獣が咆吼する様な音を立てて槍は撓った。その穂先が獅子の兵に当たれば、首やら足やら腕やら様々な物を力尽くで切り裂いた。


「じゃまだ! どけっ!」


 普段の彼からは想像も付かない荒々しい言葉が放たれ、その馬の駆けた後には死体だけが残った。ボルボン家騎兵による断続的な統制射撃が続くなか、ウォークは再び獅子の兵の一団を貫通しようとしていた。


「総員! 右旋回! 再装填!」


 大きく円を描いてウォーク率いる騎兵が旋回した頃、後方から凄まじい一斉射撃の音が響いた。アッバース家銃兵による全員一斉射撃なのだろうと思ったのだが、その時ふと『やるか……』と思い付いた事があった。


「三度目の突入は奇襲とはならん! 力攻めで征くぞ! 馬上槍術に自信のある者5騎は我に続け! セリュリエ卿! 貫徹せしめられよ!」


 馬上槍術5騎を率いると言ったウォークの言葉に、セリュリエが『あと50若ければ!』と悔しがりつつ3度目の突入を図った。この時点で獅子の側の兵は半分以下にまで減っていたのだが、それでも気炎万丈な闘争心を見せていた。


「征くぞ!」


 セリュリエのやや後方に付いたウォークは、吾こそは!とやる気を漲らせたボルボン騎兵を引き連れて一緒に走りつつも段々と速度を落としていった。そして、獅子の兵の一団ど真ん中辺りで遂に突入騎兵団から落伍した。


 ただ、それによって可能となった事が一つある。単縦陣になったウォーク達はまるでメリーゴーランドの様にグルグルと左回りで円を描きはじめた。槍を持った騎兵は左手側が弱点となるのだが、それをカバーする為に左回りとなってグルグルと円を描きつつ走り続けるのだ。


 騎兵の跨がる馬は最初からこの運動が出来るように躾けられているので、騎兵はただただ回転しつつ、まるで電動丸鋸の歯の様に迫ってくる敵兵を薙ぎ倒し続ければ良い。


 ――――敵ながら見事だ……


 そう感心したウォークは、それでも手を休めること無く次々と敵兵を屠り続けていた。その前に矢を番えた弓兵が現れた時はさすがに肝を冷やしたが、その直前にアッバース銃兵による総力一斉射撃が敢行され、ただの挽肉に変わっていた。


 5分10分と戦い続けた頃、再び突入してきたボルボン騎兵の20名程度が更に大きな輪を作ってウォーク達の支援に移った。グルグルと回り続ける事30分だろうか。遂に数えるほどしか獅子の兵が居なくなった。


 ――――終わったか……


 徐々に速度を落とし始めた時、川を背にした辺りまで獅子の兵を押し込み包囲する事に成功した。もはや50名足らずとなった敵兵は、それでも炯々と敵意溢れる眼差しでこちらを見ていた。


「勇ましき獅子の国の益荒男よ! そなたらの敢闘に我らイヌは敬意を表する! 最後の一兵まで戦うのであらばこの場にて撃滅せしむるが殺すには惜しい男達ばかりぞ! そなたらに問わん! 武装を解き下るつもりは無いか!」


 ウォークは古来より伝わる戦場の作法に則り、獅子の側に降伏を勧告した。正直言えば全滅させる方が早いのだが、この戦場のどこにもクリスが居ない以上は全滅させる訳には行かないのだ。


「イヌの国の将よ! その厚情に御礼申し上ぐる! だが、我らは皇をふたりと戴かぬものなり! 我らがシンバの名において降伏は一切あり得ぬ! いざ!」


 その言葉が終わるや否や、最後の兵士達が着ていた甲冑を全て脱ぎ捨て、太刀一本で斬り掛かってきた。思わず『バカな!』と漏らした瞬間、アッバース銃兵による一斉射撃が降り注いだ。


 思わず『しまった!』と叫びながら撃たれた兵に走り寄ったウォークは、大声で『捕虜をどこへやった!』と怒鳴りつけた。だが、その声を聞いた獅子の兵は西を指差して絶命した。怒鳴りつけたウォークの背に登ったばかりの太陽を見ながら。

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