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闇夜の鬼


~承前






 ――――クリスッ!


 一瞬だがウォークの脳裏には、ひき肉状態になり下がったクリスティーネの姿が浮かんでいた。40匁の銃弾は直径12ミリを越えるもので、至近距離にて命中したならば腕やら足など簡単に引きちぎれる威力だ。


 ましてやそれが女性特有のしなやかな肢体に命中さば、大穴を開けて即死に至ることは間違いない。どれほど剣の腕に覚えがあろうと、音速でやってくる鉛玉には全くもって無力なのだ。


 だが、事態はウォーク達の予想とは全く異なる方向へと動いた。


「バカな!」


 誰かがそう叫んだ。張りぼてであった天幕が叩き落とされた辺りだ。至近距離で銃弾を受けた獅子の国の兵士が立ち上がった。全身から血を流しながら、うつろな目つきで……だ。


 ――――レイス?(死霊憑き)


 思わず息をのんだウォークだが、月光に照らされる中で目を凝らさば、その正体が見えた。そもそも落とした天幕の中に伏兵がいたのだ。彼らは即死した兵士をいくつか抱え、弾除けにして前進してきた。


 人体が手榴弾や銃弾などからの有効な遮蔽物になりうるのは周知の事実。そしてそれは大口径40匁銃を装備しているボルボン家やアッバース家の銃兵にも周知徹底されている。


 一発の弾で二人殺すには、頭を二つ重ねて貫通させるしかない。敵兵の胴体に当たった弾は、二人目の鎧で簡単に弾かれしまう。そもそもが大径弾なのだから、着弾の時点で運動エネルギーの大半を面破壊に使ってしまうのだ。


 不運にも命中した者は、その銃弾により身体を滅茶苦茶に破壊され絶命する。だが、強靭な肉体を持つ彼ら獣人の場合には、その肉体破壊の過程で運動エネルギーを使い果たしてしまう。


 だからこそ、死体を抱えて突撃された場合には対処が一気に難しくなる……


 ………………ドクンッ!


 ウォークの心臓から不意に動悸を打った。理屈ではなく本能で危険を察知したと言っていい。こいつらは危ない。とびきりに危ない。軍法がどうの兵法がどうのではない。


 根本的な部分で、イヌとは全く価値観が異なるのだとウォークは気づいた。そして、動悸の音だと思ったそれは、彼ら獅子の側が鳴らした太鼓の音だった。ウォーク達突入組と獅子の国の軍勢の間。


 蹴落とした天幕の中に潜んでいた者達が打ち鳴らす太鼓は、夜の闇を越えて四方に響き渡った。


「軍監! 一旦後退の下知を『全員突撃! 突き抜けろ! 立ちはだかる者は全て殺せ! 敵陣を突き抜け突撃せよ! 躍進距離200リュー! 突撃!』


 それはもはや理屈では無かった。ウォークは脳裏に浮かんだ言葉全てを大声で叫び、ソレと同時に馬上槍を収めて銃を抜いた。城の中庭で散々練習したのだから、撃つこと自体は何ら問題がない。


 だが、この状況こそが危機だとウォークを鼓舞していた。少なくとも、命に関わる状況だ。ネコが弱いから負けたのでは無い。敵が、獅子の国の軍勢があまりに異常な組織であるからこそ負けたのだと知った。


「我に続け!」


 ウォークは愛馬の腹を蹴って突進した。だが、太鼓の音が大きくなるにつれ、それがもたらす意味を知った。太鼓の音の向こう側に何かが聞こえた。何者かを鼓舞する為の太鼓では無い。何かの発する音を打ち消す為の太鼓だ。


 そも、戦場の音は2種類しか無いと言う。太陽王カリオンが父ゼルより教えられたというそれは、全ての武人にとって絶対に忘れてはいけないもの。安全な音と危険な音。その2つだけが戦場には存在する。


 これはそのうちの、危険な音だった。


 ――――ッ!


 言葉では表現出来ない危機感が背骨を突き抜けて頭蓋の中で反響した。理屈では説明が付かない行為ながら、ウォークは前方の闇に向かって銃弾を放った。パッと眩い鉄火が煌めき、直後に彼方でパシッと乾いた音が響いた。


 ――――何か居る!


 それが何であるかはまだ分からない。だが、その正体が判明する前に、ウォークは銃の先端へ銃剣を装着し、同時に銃口へ弾を放り込んでから銃自体を空へと突き上げ、そのまま自分の膝当てへと突き落とした。


 槊杖を使ってしっかり装填出来なくとも、これで銃弾を薬室に収める事が出来るのだ。ことに乱戦となった場合は、薬室内で装薬を潰して隙間を塞ぎ射程を稼ぐよりも撃つ方が優先だ。


 だが、撃つ前に闇の中に居た存在の正体が判明した。それを識別出来る距離まで近づいた時、そこに居たのは獅子の国の軍勢だった。騎兵というにはあまりに装備が貧弱すぎる兵士達。


 それは、大量の歩兵集団だ。馬では無く歩行を選択した歩兵という存在ながら、基礎的な移動力に優れた種族ならば馬にも勝るのだろう。


「ウォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!」


 ウォークの蛮声が闇に響いた。常に太陽王の側にある側近中の側近ながら、その内に秘めた熱い思いは騎兵のそれだった。強い敵に全力でぶち当たることを至上の喜びとするル・ガル騎兵の精神が顕現したのだ。


 ……………………スブリ


 右手の中に鈍い感触があった。銃のグリップを握りしめた手の中に、柔らかな肉体を貫く感触を覚えた。遠い日にフレミナとの決戦で何度も感じた物だった。しかし、この手応えはその時に感じた如何なる物とも異なるものだった。


 ――――極めつけに嫌な感触だ……


 兜1つ被っていない獅子の軍勢は、どう見ても獅子ならぬ種族だった。ともすればそれは、小柄なイヌにも見える物で、ウォークは一瞬それがイヌの子供の奴隷ではないかとすら思った。


 しかし、次の瞬間にはその思いを全て掻き消すように、ウォークの突き刺した敵兵がウォークの銃自体を掴んで離さないでいた。武器を握られれば銃は意味を成さないし、槍としても使えない。


 相手を殺すしか無いとなった時点で、ウォークが銃弾を放った。至近距離から40匁を受けた敵兵は、後方へ吹き飛んで絶命した。必殺の銃弾を放ってしまったなら、銃はもう意味を成さない。


 ――――コレが目的かっ!


 自分の死と引き替えに敵の銃弾を消費させること。敵兵が選んだその選択肢は、ル・ガル兵の持つ凄まじいまでの戦闘力を封じる為の、いわば捨て身の策。だが、同時にそれはル・ガル兵を完全に無力化させる妙手でもあった。


 ――――ひっ飛べ!


 敵側の兵士が蛮声を上げた。意味は解らないが意志は伝わった。ウォークの周囲に居た敵兵数名が一斉にウォークへと飛びかかった。仲間1人の犠牲を払い、敵兵を完全に討ち取ることを彼らは選択したのだ。


 ……………バカなっ!


 それはもう理屈で判断出来ることでは無かった。ウォークを形作る全ての理性が大声で『今すぐ逃げろ!』と叫んでいた。そんな事を出来る訳が無いのだが、それでももう、まともに組み合ってはいけない相手なのだと理解した。


「ウォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! させるかッ!」


 グッと手前に銃を引き抜いたウォーク。命懸けで銃を抑えていた敵兵は既に絶命している。だが、それでも銃を抑えているのは大した物だと思った。


 ただ、そんな感心をしている場合では無い。ウォークはグッと銃自体を捻った。ギパンッ!と鈍い音を立てて銃剣が捻れ折れた。刃として使えないと悟ったウォークは、銃身の側を握りしめ、棍棒のように振り抜いた。


 ごくごく僅かな間でしか無かったが、その行為はウォークに飛びかかった敵兵の全てをなぎ払う威力になった。一瞬の間が開いた隙に銃を背中に背負い、間髪入れずに腰の太刀を抜き放った。


 第二波で飛びかかってきた敵兵を撫で斬りにしたウォークは、ハッと気が付き剣を収めて背中にあった小弓を取り出した。僅か20程度しか矢がないが、弓矢は連射が聞く代物だ。


 隊列の先頭にあったウォークは、次々と弓を放ちながら隊列の先頭辺りに居た敵兵を次々と射続けた。それは敵兵の隙間となってル・ガル側騎兵の付けいる隙間となり、そこ目掛けてボルボン家の騎兵集団が一斉に突撃した。


「軍監殿! 槍衾の影に!」


 気が付けばセリュリエがすぐ近くにいた。見事な飾りの入った馬上槍を振り翳した彼は、手近な所から次々と敵兵を骸へと変えながら突進した。確かに獅子の国の軍勢は手強いだろう。だが、ル・ガル騎兵も鍛えられているのだ。


「承知! アッバース兵らは制圧射撃を連続せよ!」


 ウォークの声が響き、何処からかウナスが『了解!』の返答を送ってきた。その直後に響いたのは、数千丁単位での一斉射撃による轟音だった。その音が闇に解けて消えた時、鳴り響いていた獅子の側の太鼓の音が消失していた。


 そして、鈍いうめき声と、世を怨嗟する断末魔と、何より、噴き出る血肉が奏でる死の混声合唱が闇を染めていた。各所から助けを求める声が響き、その声が段々と小さくなって行くのがわかった。


 もはや理屈では無い。

 そこにあるのは、ただただ『死』だった。


「斬り込め!」


 ウォークは落ちていた速度を再び上げて突進しはじめた。無意識のうちに馬上槍を取りだし、その槍を小枝のように振り回しながら敵兵を屠って突進した。後になってそれを見ていたボルボン騎兵やアッバース銃兵はみな同じ事を言うのだった。


 ――――私は確かに見たんです

 ――――あの闇の中に鬼が居ました

 ――――まるで太陽王の様に果敢な攻めを見せる姿

 ――――それは間違い無く鬼でした


 ……と。

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