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夜襲

~承前






 大河イテルの平均的な川幅はおよそ400メートルほどで、水深は最も深いところで3~4メートル程度。大陸を横断して流れてきたらしいく、ほぼ平面な地形のせいか、流速は驚くほど穏やかだ。何より、河口に堆積している大量の土砂の関係で川の流れが堰き止められており、場所によっては相当な深みとなっている。


 ――――下流の側に若干水深の浅いところがあるそうです


 ネコの側からもたらされた情報によれば、このイテルには橋が一切掛かってないのだという。かつては石積みの立派な橋があったそうだが、水害により流失したとのことだ。


 ただ、この大河に橋をかける以上、その橋脚は水深の浅いところに設置せざるを得ないのだ。故に、そんな橋脚の残骸辺りをたどって歩けば、この川を渡河出来るかもしれない。


 そんな可能性に気付いたウォークは、手持ち戦力とボルボン家の残存戦力。さらにはアッバース家の歩兵戦力を再分配し、夜襲を掛ける事を思い付いた。あくまで思い付きながらも渡渉点へと到達してみれば、見事な瀬になっている状態だった。


「セリュリエ卿。やりましょう」


 軍監としてやって来たウォークの言葉は命令と一緒だ。他ならぬ太陽王直々の命として軍を監督しに来たのだから、やりましょうと言われれば素直に『はい』と応える以外の選択肢は無かった。


「総勢2万騎ですな」


 セリュリエの弾き出した効率的な構成は、凡そ4000騎ほどの集団を5個作りだし、アッバース家の銃兵2万を散兵として吶喊させ、算を乱した敵騎兵にル・ガル騎兵をぶつける作戦だった。


 少なくともこれは現状のル・ガルにおいて最適解となる最強の布陣だ。従来の統制が取れた歩兵による横列進軍ではなく、散兵として散開しながら緩やかな戦列を組み、強力に前進を図るのだ。


 これにより敵は一撃必殺の武器を持つ歩兵相手に騎兵をぶつけることが出来ず、また、迂闊に近づけば十字砲火を浴びて返り討ちにされる事になる。そんな状態で散兵線を押し上げていけば、自ずと殺し間が出来上がる仕組みだった。


「今宵は満月です。良い機会なので一気に攻めましょう」


 やる気を見せたウォークの言葉にセリュリエが笑みで応えた。そして、手際よく再編の進んだボルボン家騎兵団と共に、アッバース銃兵団がやる気を漲らせて待機していた。


 ――――まずは手合わせ……


 そんな事を思っていたウォークは、深夜になってから最初に渡渉を開始した。瀬踏みを行わず、自分自身が深さを確かめながらの渡河は、思わぬ水圧を受けながらも簡単に渡河せしめたのだ。


 ――――行けるな!


 腰の愛刀を抜いたウォークは、月の光が反射する角度を選んで頭上に翳し、大きく2回まわして見せた。その光を見たボルボン家騎兵が静かに渡渉を開始し、それより僅かに上流域でアッバース歩兵が渡河をはじめた。


 馬上ならば馬の腹が濡れる程度だが、歩兵ならば腰を越え胸程度までは水に浸かってしまう深さがある。だが、彼ら歩兵はそんな事ですらも嬉々として受け入れ、静々と渡河を完了していた。


 イテルの対岸に渡った総戦力は凡そ4万。この数があれば少々のことでは負けまいと思われた。


「ウナス卿」


 ウォークが呼んだのは、アッバース家の中でも最古参と言うべき源流中の源流である一門を預かる一家の棟梁だった。ウシャナス・ラー・ウナス。砂漠に生きる民の古い言葉で太陽その物を意味するラーを名乗れるのは、このウナス家のみ。


 彼らは最初に太陽王へと平伏し、一門の救済とル・ガルへの併合を求めたのだ。故に彼らこそが最もこの西方地域への憧憬を強くしていると言える。彼らウナス家の者達は、はっきり言えばイヌと言うよりもジャッカルに近いのだから。


「呼ばれたか? グリーン卿」


 現れたのは、驚く程に小柄な男だった。北方のオオカミ一門とは正反対な小柄で細身の者達。だが、オオカミと同じく彼らもまたイヌと交配出来る近隣種だ。白に近い金色の体毛を持ち、大きな耳を頭に乗せた独特の姿をしている。


 彼らはこの岩と砂とが世界を覆い尽くす、極限の地に根を下ろしてきた一門なのだ。そして、獅子を頂点とする乾燥した平原地帯の中で生存競争に敗れ、安住の地を求めて北へ北へと逃れてきたのだった。


 その課程で各地の流民を吸収し、アッバース家を形作る20ほどの氏族を束ねるアッバース一門の始祖だった。


「手前は平民です。公爵家に連なるアッバースの柱から卿付けされるほど偉くはありませんよ」


 止めてくれと言わんばかりにそう言ったウォーク。だが、ウナスは間髪入れずに言葉を返し『ならば閣下とお呼びしよう。グリーン閣下』と応えた。太陽王により送り込まれた者を呼び捨てには出来ないからだ。


「……どうぞご随意に」


 苦笑を浮かべたウォークだが、ウナスは何を聞かれるのか理解していたらしい。

 すぐさま手下の各連隊から長を召集し、軍議の体制となった。


「我らは今すぐにでも前進出来ます。どうぞご命令を」


 各隊の長はウナスの前で傅いた。砂漠の民をまとめる男はル・ガルの中にあって指折りな歴史を持つ名家なのだった。そんなウナスが『全員やる気十分か?』と聞けば、間髪入れずに『はい!』の声が帰ってくる。


「よろしい。ならばグリーン閣下。我らはこのまま北上を開始します。大きく分散してあの獅子の国の軍勢を取り囲みます故、脱出する者を討ち取ってください」


 大家であり格式有る旧家でもあるラー・ウナスは、軽い笑みを浮かべてそう言いきった。それと同時、各氏族を預かる部隊の長達がウォークの前で片膝を付き、敬意を示していた。


「分かりました。では、騎兵のうち3個程度を西側へまわします。川沿いの僅かな隙間に1個程度、残りは斜め前から吶喊を図り、脱出を図った獅子の国の騎兵を根絶やしにする作戦で行こうと思います」


 ウォークの示した作戦が凄惨な結末になるのは目に見えていた。威力偵察を試みたのだろうから、生き残りは作らないと言外に宣言したようなものだった。


「さぁ、行きましょう」


 ウォークの右手が闇の中に掲げられ、前に向かってパタリと倒れた。ソレと同時にウナスの率いていた各隊の長が一斉に前進を開始した。アッバース兵は既に剣では無く銃が主兵装になっている。


 そんな銃の先端に銃剣を装着し、彼らアッバース家の者達は散開しながら大きな雲のようになって闇の中を走り始めた。グルグルと有機的にポジションを入換ながら敵兵の弓を翻弄する散兵前進戦術は失敗した事の無いものだった。


「獅子の国の駐屯地まで残り100リュー」


 小声で報告が届き、ウォークは馬上にあって風の流れを確かめた。理想的な向かい風が吹いているので、この足音も見事に掻き消されるだろうとウォークは思案するのだった。


「閣下! 戦端を開きます!」


 再前方にいた兵が小声で確かめに入った。事前の打ち合わせにより、容赦無く根切りを行う様な強力な侵攻を行う事に成っていたのだ。


 ――――見えたッ!


 ウォークの眼は闇の中にボンヤリと佇む獅子の国の側の天幕を捕らえていた。もはや指呼の間だが、獅子の側はまだ対応する様な運動を開始していない。それどころか歩哨も不寝番も見当たらないのだ。


 ――――罠か??


 こんな時、理屈がどれ程通らなかったとしても、それを疑うのは人の性というものだろう。ウォークとて突入を中止する可能性を常に考慮していた。だが、もはや天幕のシルエットがはっきり見える所まで来て、疑念は確信に変わった。


 ――――完全に無防備だ!


 ウナスが闇の中で振り返りウォークを見た。獅子の国の軍勢が眠る天幕まで、僅か10メートル程度の距離だった。そんな状態でウォークは漆黒の天を指差した。その僅かなジェスチャーがウナスに意志を伝えた。


 直後、ウナス直卒の15名ほどが頭上に銃口を向け一斉に射撃した。乾いた音が平原に響き、同時に『敵襲! 敵襲! 全員起床!』と声が飛んだ。完全に眠っていたんだ……と確信していたウォークは、それが完全な勘違いである事を知った。


「え?」


 思わずウォークは声を出していた。音を立てずに接近していたウナス率いるアッバース兵も足を止めてしまった。天幕だと思っていたそれは、単なる張りぼてだったのだ。


 簡単な部材で骨組みを作り、布を掛けただけのカモフラージュ。そして、その中に潜んでいた獅子の国の軍勢は、闇の中だというのに大弓を引き絞って構えていたのだ。


 ――――夜襲への対抗と銃火器への対策済みか……


 ウォークの脳裏にそれが思い浮かんだ瞬間、闇の中に当てずっぽうの矢が飛び交った。馬上にあったウォークの肩口を掠め、鋭い矢尻が通過して行った。鼻を突く臭いが僅かに漂い、その矢尻に毒が塗られていることをウォークは知った。


 ――やるじゃ無いか!


 思わず楽しくなったウォークは、遠慮する事無く『斉射用意! 水平射撃! 構え!』と声を発した。獅子の国側から狙われることは折り込み済みだった。


「放て!」


 ウォークの金切り声が深夜の川岸に轟いた。次の瞬間、猛烈な射撃音が響いて辺りに硝煙の臭いが漂った。直撃を受けなかった敵も、その硝煙臭に鼻が曲がるような状態らしい。


 しかし、それ以上に思ったのは、その猛烈な射撃により獅子の国の派遣軍は半数以上が行動不能になっていた。至近距離から40匁弾を受ければ、腕や脚など簡単に引き千切れる威力だった。だが……


「やべぇ! やり過ぎた! クリス!」

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