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状況整理


~承前






 獅子の国とネコの国を隔てる大河。イテル。


 ル・ガルを育んだガガルボルバにも匹敵するその大河は、ネコの国の側にのみ緩やかながらも河岸段丘を作っていた。川面辺りを最下段とした場合、中段上段と2段階に高度を稼ぐネコの側は、獅子の国領内の彼方まで見通せる状態にあった。


「私が聞いた報告では、そもそも獅子の国の軍勢はおよそ1万との事でしたが」


 馬上にあって彼方を見渡すウォークは、共にやってきたセリュリエにそう問うていた。ごく短時間の間に様々な情報が頭に詰め込まれ、一時的に感情が麻痺したような状態だったのだ。


 頭を冷やそうと幕屋を出て馬に跨がれば、身体は自然に情報を求めて視界の良い所へと向かう物。太陽王の側近中の側近としてここまで来た男だが、その中にはビッグストンで鍛えられた参謀学や情報学の知識がしっかりと蓄えられているのだ。


「えぇ、そうです。1万少々です。で、ネコの側は約2万騎を出して対処に当たったのですが……要するに弱すぎたんですよ。それで一方的に押し込まれ、彼らはこの荒れ地の辺りで孤立しました」


 眼下の平原を指差しながらセリュリエは淡々と説明していく。イテル河には大量の渡し船が待機していて、あの船団で獅子の国の軍勢は渡河したようだ。その後、この川岸で軍勢を再編成し、一気に侵攻したと思われる。


 その軍勢を迎え撃ったネコの側は正面衝突するも力負けし、大きく後退することになった様だ。河岸段丘の上から眺めれたとき、平原にて見た光景よりも遙かに立体的に物が見えてくる。


 ネコの側の孤立した集団は川岸からいくらも無い所で孤立したらしく、夥しい量の遺留品がまだそこに残っている。そして、分断されたネコの後続部隊は反転し逃走しようとしたが、後方から暫時削られていって瓦解したようだ。


「ボルボン家騎兵の皆さんが突入したのは……あそこですね?」


 ウォークの指し示した所には、夥しい数の足跡が残っていた。川岸の砂地辺りに残る足跡は、一気呵成に吶喊を試みたらしいことが読み取れたのだ。そのままイヌの軍勢は獅子の側の腹に喰い付き、その分断に成功した。


 しかし、この地へ最初に来た時に見たように、獅子の側はいくつもの集団に分かれた状態でそれぞれが凄まじい貫徹力を持って敵を粉砕する実力を持っている。ボルボン家騎兵が分断に成功したと思ったのは、分裂していたひとつの集団に過ぎなかったらしい。


「えぇ。ですが見事なまでに反撃を喰らいましたよ……無念ですが」


 肺の府に収まっていた空気の全てを吐き出すような溜息と共に、セリュリエは後悔と痛惜の念を交えてそう言った。軍馬の蹄が削った後を追えば見えてくる見事な連動戦闘は、ボルボン家の騎兵団をいくつもの小集団に食い千切っていた。


 ただ、それでもそこに見えてくるのは、ル・ガル騎兵の戦上手ぶりだった。食い千切られ分断を受けてなお、ル・ガル騎兵は吶喊力を緩めなかったらしい。獅子の国の騎兵団を逆に食い破りながら分裂してしまった騎兵の塊を再構築していた。


 ――――なるほど……


 その再構築が問題だったのだ。騎兵団の先頭にいたクリスティーネを護るべく、ボルボン騎兵は一気に速度を増して巨大な騎兵隗を作ってしまった。こうなった場合、連動した運動は途端に難しくなる。


 恐らくクリスは後方を確認する為に速度を緩めたのだろう。自分自身は敵の隊列を食い破っているので、後方が分断されていることなどまったく理解出来ないはずと思われた。


 ただ、後続から何かしらの緊急通告を聞き、速度を緩め再編成をする事を考えたに違いない。およそ騎兵の突撃とは破れかぶれな殴り込みでは無いのだ。まるでチェーンソウの歯の様に、後続の騎兵が次から次へと前に出て敵を討ち果たしていく仕組みだ。


 故にクリスは、後続が来ないと自分達前衛集団が危険に陥ると考えたのだろう。ネコの騎兵がそうであるように、連動しない騎兵など何も怖くないのだから。


「結果的にクリスも孤立した訳ですね」

「そうです。巨大な塊になっていましたが」


 セリュリエは鞘ごと剣を抜き、クリスが最後に目撃された場所を指し示した。川まで僅か数リューしか離れていない辺りで、ボルボン騎兵は本来であれば速度を緩めずに川面の手前で旋回しなければ成らなかった辺りだ。


 およそ騎兵という物は、速度に乗って敵にぶち当たる事で強力な戦闘力を発揮するもの。騎兵の武器は言うまでもなく槍などリーチの長いものだが、その槍を生かすには速度という見えない武器が重要なのだ。


 逆に言えば、足を止めた騎兵など動きの悪い歩兵よりも戦闘力に劣るもの。身動きの取れなくなった寿司詰め状態の塊になってしまったら、矢の雨で簡単に全滅するのだ。


「それで……分散展開を試みた……と」


 ウォークは両手を広げながらそう言った。分散展開とはつまり、足を止めてしまった騎兵団子が周辺からぱーっと蜘蛛の子を散らすように拡がって展開する運動をさす。


 狭い場所で騎兵運動しなければならない時には、この動き方が何よりも重要になるのだ。ただ、その動きは塊の中心部に居る者にとっては、実はかなり面倒な事態と言える。


 周辺から一気に散開していく事により、自陣を幾重にも取り囲んでいる防御線がドンドン薄くなっていくのだ。そしてそこにつけ込む事が出来る敵の場合、問答無用で敵の中枢へいきなり斬り込む事になる。


 この戦闘の場合は、クリスが陣取っていた中心部に獅子の軍勢が一斉になだれ込む結果になった。そして彼女は、戦う事も逃げることも能わず、一方的に攻められてしまい捕まったらしい……


「その後……」


 続きを求めたウォークは、セリュリエに鋭い視線を浴びせていた。

 その眼差しが何を意味するのかは言うまでも無いことだった。


「いくつかに分散した獅子の国の軍勢は、クリスティーネの居た辺りと我々とを分断するように隊列を挟み込み、接近を阻むように運動し続けました。我らは幾度も突入を試みましたが、その運動の全てを阻まれたのです」


 セリュリエの剣先は彼らが動いた運動を空中に描いて見せた。8の字を描くように連続した攻撃を繰り返したル・ガル国軍騎兵は4度目の突撃の時点で槍による攻撃を諦めたらしい。


 一旦大きく離れたセリュリエ率いる第4軍は、クリス達第3軍救援を諦めてはいなかったが、獅子の側の抵抗があまりに強いのでまともに斬り合うことを諦めざるを得なかった……


「彼らは5騎一組となる小隊をいくつも組み合わせた複雑な軍政のようです。そして驚くべき事に、ひとつひとつの組みは全てが連帯責任という仕組みで相互に責任を負い合った形らしいのです」


 セリュリエの説明は捕虜から聞いたという話の要約だった。突入時にやる気なくダラダラとした事をすれば、戦闘後即座に断罪されるという仕組みだ。ただしそれは、他の組から『あいつらが~』と指摘される仕組みになっているらしい。


 複数の組からやり玉に挙げられた組は、その場で斬首されるか自死を選ぶ事に成るのだという。そのあまりにも厳しい仕組みにウォークは言葉を失った。そう、彼らは敵よりも自国の制度を怖れ、必死に戦わざるを得なかったのだ。


「で、最後は銃を使ったと」


 ウォークはやっと事態の全体像を掴んだ。ボルボン騎兵は槍を諦め馬上筒の準備をしたらしい。その威力は説明するまでもなく、再度の攻勢をかけた時に獅子の国の側を圧倒した様だ。


 第4軍の凡そ1万騎から集中砲火を浴びた獅子の軍勢は大混乱に陥ったらしい。氾濫原と思しき川砂の辺りには、逃げ惑う足跡が大量に残っている。それは、複数に別れていた獅子の国の軍勢が各個撃破され始めた痕跡だ。


 ボルボン家第4軍は後退し装填する運動を行いながらも射撃し続けた。その結果はもう推して知るべしで、まともな装甲のない胸甲騎兵では一撃で戦死者が続出する有様だ。だが……


「ただ……彼らはある意味で我々より潔いですな」


 セリュリエは再び剣を使って空中に線を引いて見せた。その動きが何なのかは、もう考えるまでも無かった。主力を逃がす為に最後尾に居た者達が迷わず反転し突撃を掛けてきたのだ。


 過去、幾度か他国と戦をした中で、味方の為の血路を開くと突撃された経験はル・ガル国軍内部に残っている。そして、死を厭わず結果だけを求める死兵と化した敵の強さは、理屈では計れ無い事も知っている。


 事実、この時に獅子の国の軍勢が見せた強さは、もはや生ける者のそれではなかった。銃撃を受ける事を前提に突入してくる敵相手ならば、撃つ側が浮き足だってしまうのだ。


「彼らは逃げず、怖れず、迷わず、真っ直ぐにこちらへと突っ込んできました。その時点で1000騎程度だと推定したのですが、もしかしたらもう少し少ないかも思ったのですよ――」


 そこに見えるのは、獅子の軍勢の気勢に宛てられ腰が引けてしまったセリュリエの無念さだ。強い心で敵に当たらねば圧し負けるのが解っていて、それでも敵の気迫に飲み込まれてしまった己の弱さ。未熟さ。そう言った物の結末がこれだ。


「――彼らは我々の中央を突破し、前線本部へと吶喊しました。本部には丸腰の文官もいるものですから……必死になって追跡したのですが、アッバース家の諸兵らが集中砲火を浴びせてくれて全滅させました。ただ、後になって調べた所……」


 鼻の頭をポリポリと掻いたセリュリエは、恥ずかしそうにポツリと言った。


「獅子の国の軍勢は、総勢で300程度でした。我々は心の内に存在した獅子という強力な存在の影に怯えてしまったのです」


 敵を侮る愚か者など戦場では決して生き残れない。だが、敵に敬意を払えない者もまた、戦場では早死にする事が多い。敵を侮らずに、自らを勘違いせずに、徹底したリアリストで居ることのみが戦場で生き残る秘訣なのだ。それが出来なかったセリュリエらは……


「獅子の国の主力はまんまと逃げおうせた……と、そう言う事ですね」


 ウォークの言葉に黙って首肯を返したセリュリエ。その姿には身悶えるような自責と後悔の念が滲み出ていた。


「捕虜の情報を総合すれば、川向こう1リーグほどの所に獅子の側の前線本部があるようです。恐らくはクリスもそこへ運び込まれたのでしょう」


 セリュリエがそう言った時、ウォークはニンマリと笑っていた。

 それこそ、惚れた女の為に今から行くぞ!と、今にも言い出しそうな顔だった。


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