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マリア・クリスティーネ・ボルボン

~承前






 王都ガルディブルク郊外。

 瀟洒な建物の並ぶこのエリアは、各公爵家の王都別邸が並んでいる地域だ。


 ル・ガル全域を差配する公爵たちの本拠となる城はそれぞれの領地にあるが、王都の中心部まで指呼の間でしかないこの地域には、各公爵家が広大な別邸を用意してあるのだ。ル・ガル国軍は本来各公爵家の私兵でしか無い。それらの駐屯地として機能している面もあるので、嫌でも広く大きく為らざるを得ないのだが。


「ようこそお越しくださいました。陛下」


 満面の笑みでカリオンを出迎えたジャンヌは、夫フェリペと共に屋敷の正門前で太陽王を出迎えた。事前に『出迎え不要』と連絡をいれておいたのだが、それでもやはり若いふたりは出迎えるのだった。


「あぁ。すまないね。邪魔をするよ」


 馬車では無く愛馬で直接やって来たカリオンは、ボルボン家の小者に馬の手綱を預け、屋敷の中へと吸い込まれていった。ウォークが王都を出発して既に5日。この日の訪問はごく私的な物で、何のセレモニーも無い簡素な物だった。


「で、どうなんだ? その……クリスティーネ女史とやらは」


 ボルボン家当主の寛ぐリビングに入ったカリオンは、早速本題を切りだした。

 マリア・クリスティーネ・ボルボンは齢100に手が届く妙齢だ。

 ある意味で行き遅れでは有るが、逆に言えば結婚適齢期でも有る。


「クリス姐はこの王都屋敷の留守居役なのですが……僅かな歯車の掛け違いがあれば、姐さんがジャンヌの名を継いでいた筈なんですよ」


 ジャンヌは自らにお茶を淹れて太陽王へと差し出した。その馥郁たる香りに目を細めたカリオンは、一口飲んでホッと息を吐き出した。海に面したこの街は予想以上に寒いのだ。だからこそ、冬場ともなれば暖かいと言うだけでご馳走になる。


「そうか。しかし、なぜに彼女は爵位を継げなかった?」


 渡されたカップを戻しつつ、カリオンは単刀直入に尋ねた。

 何か深い理由があるのかも知れないが、それを聞いた覚えが無いのだった。


「いえ、本来なら姐御が継承するはずだったんですが…… 居なかったんですよ。相方になる存在が。で、それならと妻に白羽の矢が立ちまして。でもね、そもそも推挙をしたのは姐御自身です」


 フェリペは重要な事をサラリと言い切った。

 公爵当主としての肩書きを他人に譲るなど、普通では考えられない事だ。


 およそ公爵家の主ともなれば、国内では数えるほどしか『上』が居なくなるのが通例。地域の差配として莫大な権限と財力とを手に入れる事が出来る。だが……


「つまり…… その前からクリス嬢はアイツに気があったのか?」


 カリオンは優しげな笑みを浮かべてそう言った。ボルボン家の王都留守居役としてガルディブルクに陣取った彼女は、様々な権益の調整役として骨を折ってきたのだろう。


 その中で王府との折衝や細々とした打ち合わせを幾度も行ったはずだ。だとすれば、その中でウォークとの接点が産まれたとしてもおかしくない。何より、カリオン王が絶大な信頼を置く存在は、その事務能力もずば抜けているのだ。


「私から見ても……」


 夫フェリペをチラリと見てから、ジャンヌは恥ずかしそうに言った。


「……グリーン卿の才覚は惚れ惚れしますよ。算勘に才があり、騎兵として申し分ない働きが出来、人を動かす事について申し分なく、何より、王府をまとめ動かす才覚に恵まれている存在。クリス姐じゃなくとも気になりますよ」


 ジャンヌの言葉を真に受けるまでも無く、ウォークの能力はガルディブルクに無くてはならぬ物になりつつある。カリオンが全てを動かすのは理想だろうが、実際にはどうしたって対処しきれぬ問題が出てくる。


 そんな時、ウォークはカリオンの方針を正確に読み取り、どう対処すれば良いかを思案し、王府の官僚を手足のように使って諸問題を解決している。その結果を報告されたカリオンは、過去一度として不満を覚えたことが無い。


「……まぁ、アイツはビッグストンの頃からそう言う人間だったからな」


 俗に将型人間や王佐の才を持つ人間と言われる様に、人間の才能は大別すれば2種類に分けられる。一団の長となって率いる才を発揮するか、長を補佐する才を発揮する参謀型の人間だ。


 ウォークは典型的な参謀型で、尚且つその才は全ての面で一流なのだ。将たる者はある意味、常識という枠を越えた発想とアイデアを体内より溢れさす特殊な才能だが、王佐の者はそんな将の生み出した案を形にするのが仕事。


 そして、その意味においてウォークという男はその類い希な才能を遺憾なく発揮する存在だった。


「姐さまは王府から帰ってくる度に、勝てない。あの人には勝てないっていつも言ってました。そのうち、何とかグリーン卿を困らせようとアレコレ思索を練って行ったのですが、毎回毎回、決まってまたダメだったと帰ってきたんですよ」


 何処か楽しげにそう語るジャンヌだが、それも宜なるかなと言う部分があった。あのウォークが見せる懐の深さな器の大きさは、カリオンですらも舌を巻くときがあるのだ。


 全ての面において思慮深く注意深く、なにより抜け目の無いウォーク。そんな才を持つ存在は、いつの間にか憧れの対象になって居たのだろう。


「で、気が付いたら惚れていた……と?」


 薄笑いでそう言うカリオンだが、ジャンヌもフェリペも嬉しそうに笑いながら首肯しつつ言葉を返していた。


「王都で争乱があった際には姐さまが直接王府まで出向いて行きまして、城の衛兵を薙ぎ倒してその安否を確認するほどで……」


 ジャンヌの言葉に『まことか??』と口を突いて言葉が漏れたカリオン。

 城を取り囲んでいた評議会側の兵士によく斬られなかったとすら思うのだが。


「そりゃぁクリスの姐御ですもの。下手をすれば全て返り討ちですよ――」


 ハハハと笑いながらフェリペは軽い調子でいった。


「――なんせボルボン家でも指折りな、剣の使い手ですからね」


 ……ほほぉ


 フェリペの言葉にカリオンがニヤリと笑った。

 ふと、不敗のヴァルターが言った言葉を思い出したのだ。


 ――――ボルボン家に時分と同じ程度の使い手が居ます

 ――――女性ですがとにかく腕が立つんですよ

 ――――彼女を完璧に負かして求婚しようと思っております


 ル・ガルでも指折りな実力者であるヴァルターの言だ。完璧に負かして……という言葉が出る以上、互角な腕前なのだろう。そして違う角度からそれを見れば、少なくともヴァルターに勝る剣の使い手などそうそう居るもんじゃ無いのだ。


 最大限甘く見積もって、ヴァルターに匹敵する剣の使い手は5人程度。普段の稽古ではヴァルターを圧倒する剣の冴えを見せるカリオンだが、本気の勝負となったら勝てないかも知れないとカリオンだって思っている。


 捨て身の一撃を放てるヴァルターならば、国を背負う責任から逃れられぬカリオンよりも一段深く踏み込める。その差は一足一刀の間合いで切り合う剣士にとって決定的な差となり得るのだから。


「して、何故に今回はそのクリス嬢を戦線に送り込んだのだ?」


 カリオンの興味はそっちに移った。少なくともこれまでのことを思えば、最強の存在として留守居役にするのが最適の措置と言えるのだ。何より、各公爵家がそれぞれの家で最強レベルの剣士を王都に残している。


 再び王都に争乱が発生した場合、彼ら彼女らが文字通りに捨て身の働きをして不逞の輩を斬り捨てる事になっている。ただ、それ以上に不思議なのは、以前カリオンは『軍務には向かない』という報告を聞いていたのだった。


「いえ、今回はクリス姐が自ら行くと言ったのですよ。何でも、自分の実力を発揮できる舞台に行ってみたいと。ただ、実際にはここしばらく夜会などで呼ばれる事も多く、各所で声を掛けられていたようです」


 フェリペの言った内容を思えば、実情も段々と透けて見えると言うもの。クリス嬢は女であることが悔しいのかも知れない。だが、何処かに女の情をも持ち合わせているのだろう。


 だからこそ、戦場で存分に働きを見せ、その報告で王府に直接出向く大義名分を欲しがったのかも知れない。懸想相手に自分を少しでも良く見せたいのは、男でも女でも同じ事。文武両道に秀でた男を前に才色兼備である事をアピールするなら、戦場は最高の舞台だろう。


「……なるほどな」


 ニンマリと笑ったカリオンは遠くの空を見た。ネコの国を目指し進むウォークは、今頃もうネコとの国境を越えて相当な距離を進んでいることだろう。


 ビッグストンで鍛えられた生粋の騎兵なのだから、馬上にあって長距離行軍を行うのは容易いものだ。ただ、現地へ着いたからって上手く行くとは限らない。王府より軍監を派遣するとだけ通達してあるのだが……


「私としても個人的には上手くいって欲しいと願っています」


 ジャンヌは控え目な口調で敬愛する姐の幸せを願っていた。

 少なくともそれは、社交辞令やその場を和ませる予定調和の言では無い。


 公爵家を預かる本家筋の人間ならば、時には自分の意志より全体の調和と安寧を選ばねばならない時がある。ジャンヌは過去幾度かそれに直面していたし、正直言えばフェリペとて全くの初対面で結婚する事を求められていた。


 だからこそ、高級貴族の更に高級な階層にあって、己の意志と望みとを優先した恋愛結婚を突き通そうと頑張っている存在は、何となく応援したくなるのだった。


「そうだな。あの朴念仁が事を上手く運ぶよう……神にでも祈っておくか」


 ある意味で四面四角な対応しか出来ないウォークだ。

 官僚の全てを預かる以上は公平公正で、清廉潔白な事が求められる。

 李下に冠を正さずと言うように、疑われるような事すらしてはいけないのだ。


「邪魔をしたな。良い話を聞けて良かった。もしアイツが上手く事を運んでクリス嬢を娶ったならば、余は彼女をも王府に召し上げるが、それでも良いか?」


 最後の段になってカリオンはワザと厳しい言葉を吐いた。ボルボン家にとっても必用な人材だろうから、それを召し上げると言ってどう振る舞うかを見ておくのも重要な事だった。


「どうぞご随意に。ただ、当家は非常に困りますがね」


 フェリペは苦虫を噛み潰したような笑顔になって、そう言うのだった。

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