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ウォークの嫁取り

~承前






 鉄船が漂着してから既に三ヶ月。

 王都へと戻っていたカリオンは、日々事務的な仕事に追われていた。


「王の決済が必要な書類は以上です」


 凡そ200件にもなる様々な書類に目を通したカリオンは、目頭を押さえながら鈍く唸った。


「いっそ茅街にでも逃げ出すか」


 王の口から漏れる愚痴は聞かなかったことにするのがマナー。

 ウォークは苦笑いしつつ、王の執務室に詰める女中へ茶のサーブを命じていた。


「そういえばあの街は大改造が進んでいるとか」


 各機関別に書類を整理し、事務方へそれを手渡したウォーク。

 気が付けば青年と言うには薹が立った姿になっていて、壮年の風が見えている。


 ただ、3歳しか違わないはずのカリオンは、益々老いた風体になりつつあった。

 マダラの老年など誰も見た事が無い故に、その違和感を訴える者は居ない。

 だが、ウォークだけはカリオンの老いを感じていた。


「検非違使別当からアレコレ聞いているが……」


 ちょうど女中が茶を用意してきたので、カリオンは咄嗟に言葉尻を濁した。

 夢の中の会議室でトウリが報告してきたのは、ヒトの一派の野望だった。


 従来、工兵のこさえたゼル陵を川上にした中洲だけの街であった筈。

 だが今は、その川の流路すら変えてしまって拡幅が続いている。

 トウリが図に書いて説明したそれは、一辺が1キロを越える正方形だった。


「少し見てみたいですね」


 軽い調子でそんな事を漏らしたウォーク。

 トウリが言うには、街をグルッと囲む土塁は空堀とセットになっているとか。


 あの鉄船から陸揚げされたヒトの世界の道具の中に、恐るべき物があった。

 ぶるとーざーなる呼称のそれは、あっという間に地面を均してしまうらしい。

 そして、大きなシャベルの付いた鉄の獣が大地を掘り返しているとか。


 ――――ありゃ凄いなんてもんじゃ無い……


 興奮した様子で語るトウリの言葉に、カリオンもウォークも笑顔になった。

 あっという間に街を拵え直し、それどころか街並みすら変貌しようとしている。


 そも、覚醒者の持つ膂力により、建物などの建築は異常に早く進むのが茅街だ。

 しかしながら、それの前段階なる地均しなどの基礎工事は手間が掛かる物……


「やはり遊びに行くか」


 芳しい香りを撒き散らす茶を一口のみ、カリオンはホッと一息吐いて外を見た。

 冬の日差しが暖かく入り込む室内は、まるで小春日和の様だった。


 だが……


「陛下! ネコの国より急報です!」


 慌てて駆け込んできた伝令兵が緊急書類をカリオンへと差し出した。

 そこに書かれているのは、ある意味で予想通りの事だった。


「……ご苦労。急ぎ対処を考える故、別室にて待機せよ」


 書類を書いた通信課の兵士は出来る限り丁寧に筆記しようとしたらしい。

 ただ、そんな心がけを吹き飛ばすような内容がそこに書いてあった。


「……ほほぉ 獅子の国はやる気のようだ」


 ウォークへその書類を見せたカリオンは、顎を擦りながら思案した。

 緊急通達の内容は推して知るべしで、その大半は陸路により侵入した獅子の国の軍勢だった。


「……無人の野を征くが如しとの事だ」


 クククと笑いをかみ殺して報告書をウォークへと見せたカリオン。

 渡された書類をさらりと一読し、悪い笑みを浮かべてウォークも言う。


「本当に無人ですけどね」


 ネコの国に残っているボルボン家の軍勢はおよそ2万少々でしかない。

 だが、少なくとも現状で対処不能という事はないだろう。


「侵入した軍勢はおよそ1万少々との事だが……強行偵察か?」


 顎をさすりながら思案するカリオン。

 その顔には傲岸な支配者の笑みが張り付いていた。


「……要するに舐められてますね」


 少々不機嫌な様子でそう答えたウォークは、乱雑な様子で報告書をたたんだ。

 普段の彼ならばまず見る事のない粗暴な振る舞いだが……


「さて、誰を送り込むか……」


 軍総監として西方対処に誰を送り込むのか。カリオンの思案はその一点に注がれた。ただ、その顔はと言えば笑みをかみ殺す風にも見え、三白眼の上目遣いでウォークを見ながらニヤニヤと笑っていた。


「……なんですか? 気持ち悪いですよ?」


 ことさらに不機嫌な様子を見せたウォークだが、カリオンは再びクククと渋く笑っては口角を持ち上げていた。


「ウォーク」


 声音を改めたカリオンの言葉は妙に芝居がかったようなものになった。


「……ホント、どうしました?」


 腕を組んで不機嫌そうな顔になったウォークだが、カリオンはより一層に芝居がかった物言いで切り出した。


「あぁ何と言う事か! 嘆かわしい事に我が麗しきル・ガル国土を蚕食せんと欲する不逞の輩が侵入しようとしている! それもだ! こともあろうに我が友邦国と為りしネコの国にだぞ! これを嘆かざるなど能わず能わず!」


 大袈裟に両手を広げて嘆いて見せたカリオン。

 そんな主の姿を冷たい眼差しでウォークは見ていた。


「だがしかし! ここは我がル・ガルの持つ懐の深さを見せつけるべきところぞ! 我が国軍の軍勢は向かうところ敵なしだ! 僅か1万の敵兵など鎧袖一触に蹴散らしてくれよう! ただ! ただだ! 彼の地まで向かってくれる信頼すべき我が将は生憎と王都に残っておらん!」


 僅かにため息をこぼし『はいはい…… で?』とさらに醒めた様子のウォークはカリオンを呆れながら見ていた。


「ここはやむを得ず! 余自ら直接出向き事に当たらんとせんども――」


 広げていた両手をパチン!と音を立てて閉じたカリオンは、顔を顰めた。


「――余はメチータへと行かねばならぬ。西方にて編成中な機動師団を視察せねばならんのだ!」


 ズバッと芝居がかった様子で言いきったカリオン。

 しかし、醒めた顔のウォークは『ですから?』とにべもない。


「おいおい…… 余は誰ぞ? このル・ガルとガルディアラを総べる王にして太陽の地上代行者たるぞ? 不敬ではないか」


 胸を張り、心臓に自らの右手を当て、険しい表情になってカリオンは言う。

 しかし、ウォークはもう付き合いきれんと言わんばかりの顔になっていた。


「で、どうされるんですか? 事態は逼迫していますよ?」


 いいから早く処断しろとウォークは煽っている。

 何を馬鹿な事をしているんだと言わんばかりになっている。

 だが、そんなウォークを見ているカリオンがにやりと笑った。


「故にだ、ウォーク。西方軍総監代理を命ずる。お前が行け」


 はいはい解りました……と命令書の書類を取り出そうとして、その時点でウォークが動きをピタッと止めて『……は?』と言葉を返した。


「聞こえなかったか? 西方軍総監代理を命ずる。ボルボン家の夫婦は所領に帰っているはずだ。現場の将兵も判断に困るだろうからな。我が近衛兵団の一部を率い大至急現地へ後詰に急行せよ。そしてすべてを蹴散らしてこい」


 音吐朗々にそう言い切ったカリオン。

 だが、ウォークは口をパクパクさせながら何かを言おうとして言葉がなかった。


「陛下? 私は爵位も軍階級もないただの官僚ですよ?」


 指揮命令系統の全てから外れているウォークは、軍にも議会にも睨みを利かせられるが、逆に言えばどちらの指揮命令系統にも含まれていない、ただの文官でしかない存在だ。


 複雑に利権の絡み合ったル・ガルにおいて、太陽王の側近中の側近であるウォークは、ある意味では最も自由な存在とも言える。そしてそれを都合よく換言するなら、全ての勢力に遠慮なく物言いの出来る特権を持っているのだ。


 つまり、太陽王が持つ手札の中に埋もれた最強のジョーカー。


「だから良いのだ。それに、そろそろ肩書の一つも作らねば拙いだろう?」


 再び悪い笑みを浮かべたカリオンは、すべてお見通しだと言わんばかりにウォークを見ていた。ただ、その笑みの根源となる物は、カリオンではなくサンドラとリリスによってもたらされたものだった。


「……なっ 何のことやら…… さっぱり……」


 急に歯切れの悪くなったウォークは、普段の彼からは想像もつかないようなシドロモドロの口調に落ちた。ただ、そんな彼に容赦なく畳み掛けるような言葉を吐けるのはカリオンだけだろう。


 ここが勝負所とばかりに一気呵成な攻勢を見せるのは、庶務をこなす為政者な顔の下に隠されている軍略家の性だった。


「クリスティーネと言ったか? あのジャンヌが姉と慕う従姉妹に当たる存在だそうだが、ジャンヌも心配していたよ。姐御は軍務に向いてないとな。故にだ。ボルボン家に貸しを作る好機と見て間違いない」


 知っていたのか?と肩を落としたウォーク。太陽王の宰相なる男に懸想するクリスティーネ・ボルボンは齢100少々になる妙齢の未婚女性だった……

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