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ヒトの街 ヒトの野望

~承前






 その報告書は、俄には信じられないものだった。


 ――――ばかな……


 カリオンは重く唸りながら、その報告書を何度も何度も読み返した。行間に隠された言葉に出来ない文言は、同じ文章を何度も読み込んでいるウチに気が付く事だってあるからだ。


 ただ、手にした数枚の書類を矯めつ眇めつ眺めた後、しばらく沈思黙考を重ねた後で、おもむろにウォークを呼んだ。不思議そうな顔でカリオンを見ていたサンドラとリリスは、黙って事の成り行きを眺めていた。


 ――――いまからメチータへ行く……


 太陽王突然の出立は、驚く様な速さで仕立て上げられた。恐らくはこの報告書を奏上する段階で王府のスタッフがその可能性を考慮していたのだろうと思われた。


 それから数日後、レオン家の本拠メチータへと到着したカリオンは信じられない物を見た。茅街の住人が出張してきていて、有志を募りヒトの世界の兵器取り扱いについてレクチャーしていたのだ。


「これは……なんだ?」


 カリオンの問いは尤もだろう。現状でル・ガルが実現したのは、マジカルファイア方式な火縄銃系の小火器と原始的な後方装填型の臼砲紛いな野砲だけなのだ。しかし、鉄船の搭載していた箱の中から出て来たのは恐るべき代物だった。


 少なくともそれは、まともに進化していくのを待つのなら、軽く数世紀は待つ必用がある技術的な発展の過程を全て飛び越し、必用な結果だけどポンと提供してしまう物だった。


「これは野砲と言いまして……実際に撃ってみますのでお下がりください」


 緑色の軍服を着たヒトが幾人か集まっている。彼らは一様に飾りっ気が一切無い鉄の兜を被っている。そんな一団を率いているのは、茅街差配の1人であるタカなのだが、彼はやおら軍刀を抜き放つと号令を発した。


「砲戦距離300! 目標11時方向の巨岩! 破甲弾用意!」


 メチータ郊外の荒れ地一歩前な平原に展開していたヒトの兵器ショーは、突然物騒な空気になっていた。統制の取れた動きで一斉にその野砲なる兵器が動き始め、砲の後方より砲弾が装填された。


 300匁砲で実現した何とも原始的な装填システムでは無く、まるでミルクのように滑らかな動きで動作する鉄の塊が精密な動きを繰り返す代物だ。そこに装填された砲弾は300匁砲のそれと比べ大幅に小さく見える。


 だが、薬莢部分まで完全に金属で作られたその砲弾は、全く遊びが無さそうに見える砲身の後方部分へスポッと収まっていた。


「砲撃準備よし!」


 オペレーションを終えた操作要員5名が安全位置に後退すると、砲手役が何かを砲の尾栓に突き刺した。その状態で『ってぇ!』とタカが発すると、凄まじい衝撃音を放ちながら、その砲は砲弾を撃ち出した。


 凡そ300メートル程離れた位置にあった大岩の真ん中に命中したらしく、鈍い音を放ちながら岩を粉砕した。だが、カリオンを含めた国軍関係者が本当に度肝を抜かれたのは、その直後だった。


「……信じられない」


 アッバース家の中で砲の管理を受け持っている一団の者達は、唖然としながらその光景を見ていた。典型的なアームストロング砲故に、砲の尾栓を開くと自然に薬莢がこぼれ落ちたのだ。


 その薬室の中にブラシを入れ、燃え滓を吐き出した後で次の砲弾を装填すると、すぐさまその砲は射撃体勢に変わった。一連の流れを30秒と掛からずに終えているのだから、ル・ガルで生産された300匁砲など話にもならなかった。


「これがヒトの世界の兵器か……」


 まん丸に目を見開いて驚いているカリオン。レオン家を預かるポールやジョニーだけで無く、オブザーバー的な立ち位置として一緒に眺めていたボルボン家やアッバース家の当主達も言葉が無かった。


 ただ、それを見ていたタカはニコリと笑いながら言った。圧倒的な実力を持つその兵器群を見せ付けるデモンストレーションだが、驚くのはまだ早いと言わんばかりの姿勢だった。


「驚かれるのはいささか早くあります。太陽王陛下。これは、この野砲は勿論強力強大な威力を発揮しますが、真に怖れるべきはこちらです」


 軍刀を頭上に振り上げたタカは、やや離れた位置に陣取っていた一団へ一際大声で『面制圧射撃! 2連斉射!』と指示を出す。次の瞬間、地面を掘り下げて作った即席陣地の中に居た3人ほどのヒトが何かを操作しはじめた。


 全員が何をしているのだろう?と興味深そうに眺める中、『撃て!』の掛け声と共に何ともリズミカルな音が響き渡った。ただ、そのリズムを聞いた全てのイヌが表情を氷のように固めてしまった。




 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……




 猛烈な発射サイクルで弾をバラ撒くそれは、20匁弾並のサイズを持った銃弾が次々と打ち出されるカラクリだった。アッバースの面々が呆然と見守っている中、ひとしきり撃ち続けたヒトの射手は射撃を終えた。


「それはもしや…… 銃身を交換出来るのか?」


 アッバースを預かるアブドゥラが遂に言葉を発した。機関砲のオペレーションを行っていたヒトの兵士は、定められた手順に従って機関砲から銃身を抜き取っていた。


 マジカルファイヤ方式の銃でも銃身の加熱は大問題になっている。その為、ある程度の時間的な間隔を開けて射撃を行うのが常識だ。だが、たった今見たその猛烈な射撃サイクルの銃は、そんな悠長な事を言っていられる訳が無い。


 故に、ヒトの世界における銃火器の常識として、砲身をスペアと交換しつつ冷却を図るという行為が必要になるのだった。


「然様であります。ご存じの通り銃身は猛烈に熱を持つ代物。連続して撃ち続ければ、嫌がおうにも銃身は熱を持ち、狙った所に当たらなくなってしまいます。故にこれは次々と銃身を交換することで、その影響を可能な限り低く抑えるのです」


 胸を張ってそう言ったタカ。アイデアとしては至極簡単な物だが、それをこの世界で実現出来るかと言えば、全く不可能なことだった。そもそも、こんな精度で銃身を作る事自体が不可能だし、どうやって連射しているのかすら見当も付かない。


 良き隣人と呼ばれる精霊や魔術的な何かを使っているようにも見えない。つまりはヒトの世界における地道な技術改良と発展によって手に入れた、素晴らしい成果と言う事だった。


「なんとも……恐ろしい事で……」


 アブドゥラが感嘆したように呟く中、カリオンはその光景を前に腕を組んで思案しはじめた。その脳裏に浮かぶ物は、要するに『どう使うか』だった。ジョニーが報告してきた通り、これが一揃え有ればル・ガルだって滅ぶだろう。


 戦争を左右するのは、突き詰めれば数と言える。だが、圧倒的な数の差を埋めてしまう圧倒的な能力差を突き付けられたとき、どう対処すれば良いのかは正直まったく理解出来なかった。


「その連発できる銃は……どれ程撃てるのだ? 弾の数はどれ位だ?」


 カリオンが知りたがった問いの真相はつまりこうだ。攻撃的な兵器か、防御向けの兵器か。弾薬が豊富にあるならば、前線の延伸に沿って前方へ繰り出せば済む話と言える。


 だが、数に限りがあるなら待ち構えるのが得策だろう。手前に引きつけて一気に敵を殲滅するのに使う兵器とすれば良い。そうすれば敵は手痛い犠牲を次々と産みだし、補給線が伸びきった先で遺体回収すら出来ない戦をする事になる。


「それについてですが……」


 説明の算段を思案したタカは、真面目な表情のまま切り出した。ル・ガルの運命が決まる一言故に、迂闊な事は言えないのだ。だが、軍人は聞かれたことに対し可能な限り要約した上で簡潔に結論を述べるよう訓練される。


 それを徹底的に叩き込まれた天保銭組みの男は、音吐朗々にカリオンへ応えるのだった。同じ頃、茅街で何が起きているのかを考えつつ、ヒトの街とヒトの存在がル・ガルにとって一体不可分な存在となる手順その物だった……




 ――――――同じ頃




「つまりこれは均土機と言う事だな」


 マサの吐いた言葉に多くのヒトが笑顔になった。均土機。それは、ウェークを占領した日本軍が初めて触れた米軍のブルドーザーを国産化した物に付けられた名称だった。


「そうです。油圧で動き故障も無く信頼性抜群です。小松製の均土機から幾星霜。技術的な進化を重ねた結果、均土機は日本でもブルドーザーの名称で普通に使われる物になりました」


 街を支えるテクノクラートは、船に乗っていた技術者達とすぐに意思の疎通を可能としていた。ただ、ここで困ったのは、その船がどうやら21世紀の中盤程度からやって来た代物という事だ。


 タカやマサは20世紀初頭なので、技術的な面だけで無く言葉の使い方ひとつにしたって様々な差異が有り、時々は意思の疎通に難儀していた。


「で、諸君らはこれをどう使おうというのだね?」


 幸いなことに、マサやタカは20世紀初頭ですでに相当高度な教育を受けていたと言う事だ。なにより、現実逃避すること無く事態解決を図る為には何でも行うと言った思考の柔軟性を持っていた。


 その結果として、この茅街の大改造計画が持ち上がったのだった。ブルドーザーだけで無く、ユンボやら発電機やらが揃っていた。そんな油圧系作業機と覚醒者がいれば、とんでも無い労働力になるのは自明の理だった。


「ここにヒトの街では無く国を作ります。イヌの国の衛星国家です。そして、ここで巨大な工業都市を目指します。まずは街自体を要塞化し、その上で各種工作機械を作ってル・ガルに売りましょう。戦争の道具を提供するのです」


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