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コンテナの中身は絶望の種

~承前






 驚異の塊であるヒトの世界の鉄船が漂着して、既に3週間。

 地の利が悪い環境故か、積み荷の取り下ろしは遅々として進んでいなかった。


 ただ、断崖絶壁に囲まれた入り江のどん詰まりにこの船はあるのだ。

 それを思えば、逆に順調とすら言える事態かも知れない。


「別当。状況は?」


 荷下ろし奉行として現地に残ったジョニーは、ポールと共に荷物の取り下ろしを差配する管理官となっていた。そして、重量のある巨大な箱――コンテナ――を降ろすには、力のある検非違使が動員された。


 もともと膂力に余裕のある覚醒者達だが、その中でも格別に力持ちと言えばトラなどの覚醒者だ。そんな者達が特別に選抜されて現地に送り込まれ、現場差配の長としてイワオも到着した。


 いつの間にか小役人らしい顔をする様になったイワオに苦笑しつつ、ジョニーは検非違使の作業を見守っている。覚醒者の労務力は素晴らしく、コンテナは着々と船から降ろされ、丘の上に運び上げられていた。


「現状だが……」


 トウリはまとめられた書類の束を捲りながら指を折って勘定した。丁寧な書記は女性の文字の様だが、それを記載した者は誰だか解らない。ただ、既に大半が丘の上に運び上げられ、船の上にはいくらも残って居ない。


 だが、逆に言えば残っているコンテナが問題で、船の深層部に積載されたコンテナはバラストの意味を兼ねた重量のあるものばかり。それらはさすがの覚醒者でも中々上がらないので、船が持っているデリックの出番なのだ。


「こんてな……なる箱を1400ほど陸揚げしてある。うち200ないし250程度は完全に壊れてるので開封に手間を要すが、それ以外は普通に明けられるので茅街の住人が内容物を確かめている。船に残っている例の箱のうち、重量のある物はひとつずつ慎重に上げているが――」


 トウリは無表情のまま手にしていた書類をバサリとたたみ、そのままジョニーへと突き出した。少々疲れたと言わんばかりの様子なのだが、検非違使差配として24時間体制で作業に当たっているのだ。


「――船に装備されている巨大なカラクリ装置を使っているので時間が掛かる上に覚醒者5人がかりでも持ち上がらない代物だ。その為、船にあった鉄製の縄を使って10人ほどで引っ張り上げているが、酷く骨の折れる作業で遅々として進まん」


 僅かでは無い苛立ちを見せるトウリに、ジョニーはその疲労を見て取った。もっとも重いコンテナは30トンを越えていて、普通の方法では持ち上がらないのだ。


「……皆ほんとうに疲れているな。ご苦労様なんてもんじゃ無い」


 書類を見ながらそうぼやいたジョニー。ただ、コンテナなる箱の中身を見れば、時間との戦いなのも理解出来る。報告書に躍る文字の大半が『軍用』という但し書き付きだった。


 コンテナの中身はヒトの世界における銃火器と弾薬。それに様々な爆発物。それと、100匁や200匁に匹敵する大きな砲を折りたたんで収納してあるという。正直言えば、これから始まるであろう獅子の国との闘争にうってつけなのだ。


「現状、武器と玉薬の類はヒトの手によって厳重に封印されている。その取り扱いについての知識を持たぬ故、我々にはどうしようも無い。だが、少なくとも彼らは信用にたる存在だ」


 トウリは検非違使差配として茅街に関わっているのだから、街の住人については完全に信用していると言って良いのだろう。だが、ジョニーにしてみれば、あの最初の茅街の印象があまりに強すぎて困っているのだ。


 油断すれば寝首を掻かれかねない。寝首を掻かれずとも、体良く騙され、丸め込まれ、肝心な部分を隠されかねない危険があった。そしてもっと言うならば、ル・ガルでは対処出来ぬ事態が発生しかねない。


 武力によるヒトの独立闘争など始められては困るのだ。


「……別当がそう言うなら心配はないだろうな」


 軽い調子でそんな事を言うジョニー。だが、危険性を理解しているだけで無く、油断すればどんな事態になるのかを常に思案している。その姿勢と思慮深さの全ては、他ならぬポールへの手本なのだった。


「ジョニーの兄貴」


 控え目な声でジョニーを呼んだポール。

 だが、ジョニーは渋い声音で言い返した。


「こんな時は荷役奉行と呼べ。立場としちゃお前の方が上だ」


 ポールは修行中の身とは言え、公爵家当主なのだ。しかも、トラの国とカモシカの国はレオン家の担当なのだから、立ち会うのは当然の事。それを承知の上で上手く振る舞うと言うトレーニングを課しているのだった。


「へい」

「へいじゃねぇ」


 ポールの脇腹を全くのノーモーションでドンとド突いたジョニー。

 ポールは鈍い声で『グフッ!』と漏らしつつ『解った』と言い直した。


「良いかポール。オメェの受け答えひとつでレオン家が舐められんだからな? どんな時でも相手を呑んで掛かれ。相手に呑まれんじゃねぇ。それが出来なきゃ公爵家当主失格だ。忘れんじゃねぇぞ」


 渋い声音でそう言い切ったジョニーに対し、ポールはコクリと首肯して言葉を発さなかった。そうだ、それで良いと言わんばかりにニヤリと笑ったジョニーだが、ポールは言おうとしていた事を思いだしていた。


「荷役奉行。この……コンテナなる箱の大群。ヒトは何を運んでいたんだろう?」


 そう。それが重要なのだ。ただ、それに対し返答したのは、ジョニーでは無く茅街から来たヒトの差配役だった。


「僭越ながら手前がご説明申しあげましょう」


 手にしていた手帖を開いたのは、タカの手下に収まっていたヒトの男だ。名をタイゾウと言うらしいその男は、手帖にビッシリと書き込まれた数字をパッと足して報告するように言った。


「ざっくり言えば、1個師団程度の武装勢力が3ヶ月程度は本気で殴り合える程度の武器と弾薬です。その他には様々な物資がありますが、言うなればヒトの世界の軍隊が出先で使う消耗品などばかり。何処かの戦地へ輸送中だったようですね」


 タイゾウがそう説明するのを聞いていたジョニーは、腹の底で『ん?』と唸っていた。どう考えてもそれでは説明が付かないものが大量にあるのだ。そして、まだまだ船にはコンテナが残っている。


 その残りのコンテナに何が入っているのか?こそが、最も重要な問題だった。先ほどからジョニーの捲っている報告書類の内容を要約すれば、そこに浮かび上がってくるのはちょっとした工房を維持するほどの資材だった。


 そして、それ以上に問題なのが、この謎の文言……


「所でこの…… こうさくきかい……ってのは、どんなもんなんだい?」


 ジョニーが目を付けたのは、工作機械と書かれた代物だった。並んでいる言葉を読むことは出来るが、それがどんな物だかは一切理解できないのだ。ただ、それについてジョニーを勉強不足と誹ることなど出来やしないだろう。


 そもそもル・ガルの工房に旋盤やフライス盤と言った産業向けの工作機械など有るはずが無い。それ以前に、電動工具が有るはずが無い。商業電源以前の問題として、送電網と言った給電体制どころか電気自体があり得ないのだから。


「うーん……何と説明すれば良いですかね……使い道としては……ただの道具なんですけどね……」


 タイゾウもその問いについては説明を言い倦ねた。遠い昔、江戸時代の浮世絵師が想像で描いた象や南方の動物と同じなのだ。どれ程説明しても、そもそもその機械の使い道自体が理解出来ない以上、機械の存在自体を理解しえない。


「道具? そりゃぁ……何をする代物で?」


 ポールは真っ直ぐな言葉で問いを発した。

 道具である以上、使い道を聞くのが最短手だと思ったのだ。


「簡単に言えば、鉄の板を削ったり穴を開けたりする代物です。まぁ、ヒトの世界では割とどこにでもある工作の道具ですね――」


 タイゾウは軽い調子でそう言った。だが、そこに隠された恐るべき事実は、ジョニーやポールだけで無くトウリにも理解出来なかった。工作機械の存在が何を意味するのかを理解しろという方が無理な面々故だ。


 そしてそれは、間違い無くヒトの世界に生きる多くの民衆にとっても、全く同じ事だろう。それが『ある』と『ない』とではどう違うのか。疑り深い性格でも無ければ、恐らくは見落とす盲点だ。


「――武器弾薬についてはメチータへと運び込む算段になっております。まもなく本国から大輸送団が到着します。それと一緒に茅街から応援が来ますので、正面戦力の増強は間違い無いでしょうね。少なくとも、今回陸揚げした武器を使えば現状のイヌの国が持つ戦力全てを相手にして、1度や2度は過不足無く滅ぼせるだけの物があります」


 タイゾウはワザと気に障ることを言った。そしてその言葉にまんまとジョニーやポールが釣られ、トウリも『どういう意味だ?』と不機嫌さを隠そうともしなかった。


「あ! いえ! 他意はございません! ただ、普通にそれ位の戦力はあると言う事です。ですから、太陽王陛下の言われる決戦の力となってくれるのは間違い無いでしょう。普通に考えて、あんな威力のある兵器は、この世界には絶対つ……いやいや、そうじゃないな。ありませんから!」


 あたふたとした様子で言い繕ったタイゾウだが、ジョニーとポールの不機嫌そうな表情が改善することは無かった。そんな空気がいたたまれなかったのか、タイゾウは『ちょっと下を見てきますね』と言ってその場を離れた。


「……あのヒトの野郎……なめてやがんな」


 ボソリとこぼしたジョニー。ポールは黙って首肯した。それを見ていたトウリは『まぁ、事実だけどな』と呟き、ため息をこぼした。だが、そんな3人とは離れたコンテナ船の上では、茅街から来たヒトと船乗り達が集まって密談していた。


『これ、ユンボだよな?』『ブルトーザーもある』『燃料は……ISOコン4杯も有るんだな』『これ汎用発電機だ』『って事はこの溶接機も使えるな』『それよりこれだよこれ』『なに?』『旋盤にフライス盤。中グリ盤もあるし、ボール盤とかもある。油圧ベンダーまで』『……それがどうかしたのか?』


 10人ほどで集まっていた中に居た男が真顔になって言った。


『ここで銃火器と弾薬を製造できるぞ……』


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