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驚異の塊

~承前






 それは、鉄で出来た巨大な城だ……と、ポールは率直に思った。


 ――――すごい!


 筆舌に尽くしがたい情景が目の前にある。言葉では表現出来ない感情が沸き起こり、ポールは年齢相応な表情を浮かべていた。その感情をどう表現すれば伝わるのかなど、大した問題では無い。


 ただただ『凄い!』と、それだけしか言葉が無かった。太陽を浴びて鈍く輝くそれは、熱を帯びてそこに佇んでいる。鉄の船など沈んでしまうではないかと一笑に付した自分の浅はかさなど、とっくに何処かへ消え失せていた。


「……これがヒトの世界の代物か」


 まだ馬上にあったカリオンもまた、ただただ言葉を失ってそれを眺めていた。ガルディブルク城が丸ごと乗っかるような巨大な船が、全て鉄で出来ていると言う事に目眩を覚えるほどだ。


 そもそも、鉄を巨大な板状に工作することは相当難しいもの。高炉を使用する近代製鉄で厚みと組織の安定した板材を連続して作れるようになったのは、実際の話として20世紀に入ってからだ。


 熱間圧延加工は様々な加工技術の集大成であり、それまでに巨大な鉄の構造体を拵えるなら鋳物を作るしか無かった。そしてその鋳物ですら、この世界では砂型の精度の問題があった。


「今、茅街のヒトが船に向かいました。恐らくは言葉が通じるとのことです」


 恭しく拝謁したカモシカの男は、頭を下げたままそう言った。ジョニーの紹介でやって来たその男は、トニー・ラムゼンと名乗った。カモシカの国にある小さな商会の差配を勤めてるのだという。


 およそカモシカと言う種族は、ネコ並に商売を大切にしている。トラの国の北部山岳地帯を根城とする彼らは、潮入となる作物の育たぬ浜辺地域と山中に暮らす山郷暮らしの二大勢力からなっていた。


 その両方に共通するのは、ネコと同じように総合商社的な商売による立国を旨とした種族国家の形態を本願としていると言う事だ。世界中のありとあらゆる地域へ出向き、商材を仕入れて運んでゆき、金になる所でそれを売りさばく。


 延々とそれを繰り返してきたからこそ、カモシカの一族は存在しうるのだった。


「なるほど。で、彼らはなぜここに?」


 カリオンの問いはもっともな事だった。ル・ガルの中枢と呼ぶべきガルディブルクから北西へ凡そ800リーグ。全ての駅逓で馬を乗り換えながら走り続け、10日目にして到着したのだ。


 断崖絶壁の連なる荒々しい海岸が続く場所。カモシカの国の山岳地帯がそのまま海へと落ち込む深い入り江の奥だ。普通ならばこんな入り江など気にも掛けないだろう。だが、カモシカはそれを見つけ、コンタクトを試み、手に負えないとル・ガルを頼った。


 そこに商機があると目聡く見抜いたのだった。


「予備的な調査では航海中の嵐により船の制御を失い、気が付けばこの入り江で座礁していたとのことです。細かい説明は聞き取りをした者も理解不能だったそうですが、少なくとも――」


 報告を上げているル・ガルの係官は、訝しがる様な声を一端飲み込んだ。

 そして、改めてその報告所を精読したあと、声音を改めて言った。


「――あの箱状の物が凡そ3000個ほど積載されている軍用船だそうです。軍関係向けに流通する物を積載し、目的地へ航海中に遭難したそうです」


 脅威の産物と言うべき鉄の船には、巨大な箱状の物が積み重ねられて積載されていた。その一部は海に落ちてしまっているが、大半はまだ船の上に乗った状態だ。


 ――――3000個……とな……


 鈍い声でウーンと唸ったカリオンは、ここで初めて思考を巡らせた。遠目に見て思うに、その箱状の物は恐らくだが、海を走る輸送用の大型馬車だとカリオンは考えた。積載する品物を種別事に分別し、個別に箱詰めしたのだ。


 その箱をはつまり、ヒトの世界の物流における主要な形態を意味していると考えた。ヒトの世界の軍関係者は、あのマサを見ていれば解る通り、高度な組織化が完了しているのだろうと思われた。


 俗に素人ほど戦術と戦略を語り、玄人は兵站と補給を語る……というが、その兵站を支える船がここに到着していたのだった。つまり、あの中身はこの世界を回天せしむる物が入っている公算が高い……


「……なぁエディ。直接乗りこまねぇか?」


 痺れを切らしたようにジョニーはそう言う。そしてそれは同時に、自分自身の興味の発露そのものでもあった。ヒトの世界の軍用品が山積みにされているなら、直接それを見たいと思っても積みにはならぬだろう。


 他にどう表現して良いか解らないが、少なくともジョニーには船の積み荷が一番の興味の対象だった。そして、他国に奪われたなら、いや、はっきり言えば獅子の国に奪われたなら面倒な事態になる事が予想された。


「あぁ。出来る物ならそうしたいが、少なくともアレを見る限りは……な」


 カリオンが指差した先には、間違い無く銃の一種だと思われる物があった。そもそもこの船自体が各所に巨大な銃を搭載している軍船なのだ。艨艟と言うにはいささか心許ない印象だが、それでも戦闘能力を持つ船。


 2連装になった太い銃身を持つ銃が至る所に設置されていて、その印象はハリネズミだ。不要に触れれば手痛い思いをする事になる。敵船とやり合って相手を沈める為では無く、積み荷を護る為の装備だと直感的に思った。


「まぁ…… そうだろうよ。随分と太い銃身だ。ありゃ相当なもんだぜ」


 腕を組んで見上げているジョニーも、その威力に想像を膨らませていた。

 ヒトの世界から落ちて来た様々な兵器は何度か目にしているのだが……


「これは全く確証無い事だが……この船を含めた積載物の全ては、あの茅街の住民達が居た時代よりも後の物じゃ無いか?」


 カリオンの言葉をどう理解するかで、その内容が大きく変わるのだろう。だが、少なくともジョニーには言わんとしている事が理解出来ていた。軍に限らず、道具は技術の進化と使い方の進展でより一層の発展を見せる。


 それを思えば、この船の各所に垣間見える様々な装備は異質なのだ。上手く表現しきれぬ事だが、もっとも嫌な表現をするなら悪意自体の進化だ。つまり、確実に殺す為の道具を純粋に進化させ続けてきたのだろう。


 ……お前を殺してやる


 そんな意志を無言のウチに相手へと投げかけるような代物。

 冷徹な殺意を感じさせる物だった。


「ん?」


 ふと、何かに気が付いたジョニーはポールを見ていた。

 ポールは船の後方部にある大きな構造物を見ていた。


「ジョニーの兄貴…… あれは……」


 固いんだか砕けてるんだか解らない言葉を吐いて、ポールは何処かを指差す。その指の先に見えるのは、巨大な構造物から飛び出た幾人かのヒトだった。空を指差し、海を指差し、そして、こちらを指差し、なにかを喚いている。


 声までは聞こえないが、表情を歪めているのはよく解る。恐らくは泣き顔だ。そしてその内容は、間違い無く泣き言だろう。受け入れ難い現実を前にパニックを起こしている。


「……落ちて来たってのを理解したんだろうさ。考えても見ろ。今まで自分が生きていた世界からいきなり別の世界へと飛ばされるんだぞ?」


 ジョニーの言葉はあまりにもっともだった。世界線を転移してしまうことは、元の世界には戻れない公算が高い。理屈としてなにがどうと説明は出来ないが、何となく直感で誰もが思っていた。


 歓迎する者よりもショックを受ける者の方が多い。どんな手段を使ってでもこっちの世界に染まろうとする者は殆ど居ない。不可抗力で慣れるだけであって、出来る者なら元の世界へと帰りたい。


 多くのヒトがそれを言うのだから、きっとそれは生物の本能だろう……


「やっぱり…… 辛いですよね」


 ポールが感嘆したように漏らした言葉。だが、それを聞いたカリオンは、まったく説明が付かないがとにかく不愉快だ。文字通りに他人事で言ってるように聞こえたその言葉に、頭が沸騰しかけた。


「だから辛くないように仕向けてやる。いいかポール。よく聞け――」


 いつの間にかぶ厚く成長したポールの胸板をドンと叩き、カリオンはありったけの渋い声で殴りつける様に言った。


「――人の上に立つのなら、人の痛みを我が事と知れるようになれ。ビッグストンの1年生が徹底してしごかれるのは、なにも下士官を育てる為じゃ無い。士官が下士官を虐げないようにする為に、徹底して痛みを教える為にある」


 カリオンの言葉にグッと熱が入った。それは、手に触れて感じる物では無く、その肌や耳目を焼くことの無い熱だ。ただ、裂帛の精神を持って吐いた言葉は、聞く者の心に焼き付いて跡を残す。


 印象に残る言葉とは、そこに心が入っているか否かで決まるもの。5000万余の民草を庇護する太陽王の、まさにその太陽のような心を持って吐き出された言葉は、聞いていたポールの心に焼き印のように跡を残した。


「……はい」


 相手を威する言葉となったそれは、ポールから返答するという機能を一時的に奪い去っていた。そして、ただ一言だけそう返答した時、遠くからカリオンを呼ぶ声が聞こえた。


 ――――太陽王陛下!

 ――――どうかこちらにお越し下され!


 鉄船の後部にあった巨大な構造物の中から身を乗り出し、大声でタカがそう叫んでいた。どうやら交渉がまとまったようで、先ほどまでの険しい表情が消えているのが見て取れた。


「よろしい。さぁ行くぞ」


 先頭に立って歩き始めたカリオン。興味深そうに見上げているその鉄船には、ヒトの世界の言葉で何事かが書いてあるのが見えた。この驚異の塊とも言うべき鉄の城は、思わぬ事態を引き起こすのだった……


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