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謀略の手順

~承前






「なんだか随分あっさり終わったな」


 ガルディブルクを発つ各国の代表を見送るカリオンの脇、ジョニーは何とも微妙な表情で主の後ろ姿を見ていた。言いたい事は色々あるのだが、時には飲み込む勇気も必要なのだ。


「まぁ、ある意味――」


 薄笑いでジョニーを見たカリオンは、小さな声で言った。


「――他国もこれを望んでいたんだろう」


 そう。実際の話として諸国会議の席で各国代表が口々に言ったのは、獅子の国への不満だった。これまでル・ガルが把握していた彼の邦の内情や実態が、より一層深く鮮明な姿になっていた。


「しかし、連環同盟とは上手い事考えたな」

「だろ?」


 最後までガルディブルクに残っていたネコの一団を見送り、カリオンは踵を返して城下のレストランへと向かった。インカルウシの下にある岩の滴亭へと入って行けば、奥の間に小さなパーティーの用意があった。


「終わったのね」


 サンドラがグラスを用意し、そこにリリスがワインを注いだ。

 太陽王の家族だけが揃っている場だが、そこにジョニーが同席していた。ただ、そうは言っても罪悪感を覚えるほどでも無い。カリオンとサンドラとリリス。その他にララとキャリが居るが、そこにはタリカの姿もあったからだ。


「あぁ。皆もご苦労だった。とりあえずは第一歩だ」


 カリオンがワイングラスを持つと、ジョニーは肩を窄めて笑った。


「んじゃ、邪魔者は退散するわ」

「バカ言うな。ジョニーも飲んでいけ」

「いいのか?」


 気の置けない同期生に戻って気楽な会話をするカリオンとジョニー。

 そんな姿を見ながら、サンドラとリリスが顔を見合わせていた。


「歓迎するよ」


 自分の持っていたワイングラスをジョニーに渡したカリオン。

 その顔にはやり遂げたと言う安堵の表情があった。


「じゃ、遠慮無く貰うか」


 グラスを受け取ってみせたジョニー。

 サンドラはグラスをもう一つ用意し、そこにリリスがワインを注ぐ。


「そういやぁ……リリスは実物飲むの久しぶりだよな」


 ワインの香りを確かめていたリリスにジョニーがそう声を掛ける。

 そんな言葉を聞いていたキャリが、不思議そうな顔になっていた。


「あの…… どこかで飲まれていたのですか?」


 キャリは…… いや、キャリだけで無く、ララやタリカまでもがリリスとの距離を測りかねていた。ヒトの姿をした女ゆえに、何処かで線を引いてしまっているのだ。


「そうね……夢の中でね」


 ウフフと笑ったリリス。その表情はガラスの身体だった頃よりも遙かに豊かで柔和で美しかった。そしてそれは、女性に対する免疫の弱いキャリには毒だった。


「まぁいい。乾杯だ」


 カリオンの音頭で全員が乾杯する。

 7カ国の代表が集った会議は無事に終わった。


「さて、ここから先は……忙しくなるな」


 独り言のように呟いたカリオン。

 それを聞いていたキャリは間髪入れずに問いを発した。


「どのような算段を描いたのですか?」


 カリオン二世となるキャリは真っ直ぐに父カリオンを見ながらそう問うた。

 それに対しカリオンは、ワインをもう一口飲んでから応えた。


「まず、ネコとトラの国に5個師団ずつ配置する。その上で、両国から獅子の国への朝貢移送を全て停止する。当然、彼の邦は困るだろう。まずはそこが重要だ」


 カリオンは改めて獅子の国の仕組みを語って聞かせた。

 そも、彼の邦はライオン以外に市民権を持つ事が難しいのだ。


 最初は小さな国だったライオンだが、百獣の王を僭称するに当たり、先ず行ったのは周辺国家への武力侵攻だった。ネコの国と国境を接するサバンナ気候の辺りにはハイエナのたむろする縄張りがあった。ライオンは先ずここを抑え、ハイエナを奴隷とした。


 ただ、その奴隷となったハイエナに対し、ライオンは強力な正規軍である獅子軍団の補助軍団を編成させた。そして、その任期50年に設定し、無事に勤め上げた者の子息に獅子の国の市民権を与えたのだ。


 補助軍に参加したハイエナは、上官となるライオンの士官と身分契約を交わし、言うなれば動産としての奴隷となったのだ。そんなハイエナたちが満期となった場合は解放奴隷と呼ばれ、ライオンの市民に準ずる権利を認められるようになった。


「では、ハイエナは今でも奴隷に?」


 一緒に話を聞いていたタリカは、そんな質問を投げかけた。

 それに対しカリオンは明確な回答を示した。


「あぁ。基本的には奴隷だ。だが、ただ虐げられるだけでは無い。権利の認められた身分としての奴隷に過ぎない」


 一般的に奴隷と言えば、強制的に労働を命じられたり、搾取されたりと言う碌な扱いじゃ無いケースが多い。だが、獅子の国における奴隷とは、市民権を持たぬ存在を総称する言葉でしか無い。


 被雇用労働者の総称として、労働だけを行い市民権を与えられない存在が奴隷なのだった。そしてそれは、ル・ガルにおけるヒトの扱いと同じだった。むしろ、ヒトの扱いそれ自体が、獅子の国における奴隷の扱いその物と言える。


 奴隷の立場となったハイエナは周辺各国へ攻め込むライオンの補助軍として様々に使われた。その結果、様々な戦果をあげるだけでなく、時にはめざましい活躍を見せる事で、一足早く解放奴隷になる者も現れた。


「つまり、活躍しておけば早く解放されるし、その息子は獅子の国の市民権を得るということですね」


 タリカが飲み込んだそれは、奴隷階級にある者達の希望そのものだった。ル・ガルにいるヒトは解放奴隷になり得ない。それ故に、従うくらいなら死んだ方が良いと死を選ぶ者すらいるのが現状だ。


 飴と鞭を使い分ける硬軟取り混ぜた優秀なやり方。それを思えば硬直化しているのはむしろル・ガルの方だとタリカは思った。


「やがて周辺各国が続々と併呑され、ピューマだのオセロットだのと言った様々な種族の中に獅子の国の市民権を持つ者が現れた。彼らは活躍した先祖を敬い奉るだけでなく、現状での権益拡大を熱心に行う。それこそが獅子の強さの秘密さ」


 ライオンの国家において最大の不文律たるものは、活躍には飴で応え、努力無き者は鞭で打ち据えると言う事。つまり、例え失敗したとしても挽回するつもりで励めば結果が出てくる。


 仮に失敗したとしても、そこでめざましく活躍すれば取り立ててくれる。その安心感や希望があるからこそ、獅子の国に併呑された諸国が一斉に獅子の国の中で居場所を作ろうと頑張るようになるのだ。


「……ですが、それってどんな利点があるのでしょう?」


 ララはそこに目を向けていた。美味しい飴の内容が気になったのだ。命を賭けて事に挑むならば、その結果与えられる恩賞も重要だ。獅子の国が用意したその恩賞の内容によっては、最初から降伏して奴隷に身を落としても良いのかも知れない。


「それなんだがな……」


 酒の宛てにと用意された塩豆をポリポリ囓りながら、カリオンは記憶してる限りの市民権特権を並べた。まず、獅子の国において納税がウンと少なくなると言う事が重要だ。


 そもそも獅子の国の市民にとってもっとも重い税は兵役である。基本的に兵役は生涯の間に最低50年を求められる。中断する事も出来るが、階級が上がった者は社会的義務として連続勤務を求められる。


 そして、もう一つの特権は、自由に結婚できる事だ。信じられない事に獅子の国では結婚が許可制であった。後述する理由の為だが、なにより重要なのは、その自由結婚により社会が発展する事だ。


 そもそも、結婚を許認可制にした一番理由。それは、獅子の国において家族を作った者には生活費が国より支給されるのだ。獅子の国において開催される演劇や、酒場で飲む酒。そして食糧などは、国から支給される生活費での購入が優先される仕組みなのだ。


 家族が増えれば支給額も増える。だから多重婚をしようとする者が出る。だが、結婚自体を許可制にして、その許可証を市民権行使の担保にする。支給される窓口自体を一カ所にしてしまえば、多重婚は意味を持たなくなる。


 産まれた街でのみ有効となるその許可証は、獅子の国の他の街では有効にならないだけで無く、市民権すら剥奪されてしまうのだ。そうとう頑張れば不正も出来るだろうが、ばれたときのリスクは相当高い。


「……なかなか考えられてるな」


 感嘆したように言うジョニーは、ワイングラスを持ったまま考え込んだ。獅子の国の市民権を得るという夢を持って移民する者も多いだろうと言う事だ。ただ、異なる視点でそれを見ていたのはサンドラだった。


「……奴隷が奉仕を怠れば市民は飢えるね」


 その一言にカリオンは深く首肯した。


「そう言う事だ。彼の国に貢ぎ物を送る国の存在が市民を支える柱なのだ。故に先ずそこを絶つ。獅子の国は混乱し、間違い無く軍を派遣する。まぁ最初は使者だろうが、そんな者は首を刎ねて送り返せば良い。」


 クククと笑いながらカリオンは続けた。


「彼の国の主力軍も補助軍も全て鏖殺する。侵攻自体、割が合わないようにする。なにせ市民権を得る前に死ぬのは嫌だろうからな。徹底的にそれを行い、獅子の国がこちら側を諦めるまで……続けるんだ」

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