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ガルディアラの連環同盟

~承前






 圧倒的事実を前にしたとき、大概の人は感覚が麻痺するという。

 ショッキングな事だけで無く、心を揺さぶる感動的なシーンなどでも……だ。


 一時的な感情の麻痺により、精神のオーバーヒートを抑えるサーキットブレカーとしての機能なのかも知れないが、少なくともそれにより無様な対応をしなくても済むと言う事実は神に感謝した方が良い。


 ジョニーは今この広場の中で繰り広げられている情景を見つつ、そんな感情に捕らわれていた。自らの主と定めた存在が、世界を相手に孤独な戦いをしている。この大陸の各所から集まった様々な種族の代表を前に、毅然と振る舞っている。


 ――――我が王……


 心の中でそう呟いたジョニーは、心が熱くなる様な錯覚を得た。そして、その直後にその感覚が間違いでないことを実感していた。


「私の剣はここに」


 広場の中、巨大な円環を組んで一列に並んだ各種族の代表を前に、カリオンは自らの剣を抜き放つと石畳の上に突き立て、丸腰で有ることを全員に見せてから輪の中心へと歩み出た。


 ――――私は一切の武装を解いて……


 各種族の代表が広場に集まったとき、カリオンはそう切りだして代表各々に戦う意志がないことを宣言した。そしてなにより、カリオンは自らを『余』とは言わずに『私』と言い換えていた。


 ――――穏やかに話をしたいと欲する


 その呼び掛けに最初に応えたのは、オオカミを代表してやって来たオクルカだ。同じように腰に佩ていた剣を抜き放つと、これまた同じように石畳に突き立て、そのまま前に進んでいってカリオンに並んだ。


「これでよろしいですな。カリオン王」


 皆が見ている前で固く握手を交わしたふたりは、他の代表がどう振る舞うのかを待っていた。すると3番目に動いたのはキツネの帝であった。


「……なるほど。斯様な趣向で結構結構」


 帝は同じように佩刀していた太刀を鞘ごと抜き取った。そして、背後に控えていた立派な身形のキツネに渡し、その太刀の鞘すら持たずに前に出た。後ろに控えていたのは、太政卿と呼ばれたキツネだった。


「手前のあれはそもそもが儀仗用の飾り太刀にて抜く事すら能わず、斯様な次第になり申したが、どうか気を悪くされませんよう」


 帝はスルスルと進み出て、カリオンの前で身なりを整え頭を下げた。握手では無くお辞儀をするのがキツネの礼儀なのだから、カリオンとオクルカは居ずまいを整えてから同じようにお辞儀をした。


「……なるほど。そう言う趣向か」


 灰色の体毛に覆われた巨躯のクマは、状況を察したのかニンマリと笑って手にしていた巨大な斧を地面に置いた。他の種族では中々扱いきれないと思われるサイズなその斧は、ズンと地響きを立てて大地に聳えた。


「我々クマは森の途切れる地から白く険しく凍てついた地を住処とする。だが、そんな我らにも声を掛けてくれたイヌの王に謝意を述べたい。そして、その事業に参加して良いなら、我らは力を貸すことに何の異論もない」


 クマの使者はイヌやキツネやオオカミにしてみれば、見上げるような巨躯を持つ大型種族だ。同じように巨躯を持つトラと比べても、まだ一回り大きく見える。だが、そんなクマが歩み出ていったとき、後方にいたトラが口を開いた。


「……結構だな」


 クマと比べても決して負けてないサイズのトラは、そこらの種族の大人サイズな剣を大地に突き立てた。その剣は、刃物と言うには大雑把過ぎる形状で、ぶ厚い巨大な鉄板の左右を薄く叩き、研ぎ出した程度でしか無かった。


 だが、あのトラの巨躯でこれを振り回せば、斧にも鋭剣にもなると思われる。そしてその威力は、剣の切れ味で斧の破壊力を持つのだろう。


「ライオン連中を追い返すんだろ? なら、俺達も仲間に入れてくれ。決して邪魔にならない様にする。役に立つ様に努力する。もう搾取され続けるのはウンザリだからな」


 イヌとオオカミ。そこにキツネとクマとトラが加わった。それだけでも世界が大きく前進したと言う事だが、それを見ていたウサギがスッと歩み出た。大きな耳をすっぽり覆うようなシルクハットに燕尾服姿。ウサギの正装だった。


「こちらの方が面白そうだ。我々ウサギも同衾させて頂こう」


 ウサギは自らの足下に小さな短刀を置いて進み出ていた。他の種族がそれぞれに得意な武器を見せたように、ウサギはその短刀が最適な武器だった。ただ、それを見ていた者は、多くが息を呑んで総毛だった様な姿になっていた。


 なぜなら、その短刀はウサギの持つ魔法科学の結晶その物だからだ。複雑な化合によって錬成される魔法金属をふんだんに使った、必要な結果を生む為の魔力媒体として使われる魔法金属。


 俗にオリハルコンとかミスリルとか、或いは、ヒヒイロカネと呼ばれる精神感応物質で作ってある。それをここに持ち込んでいた以上、ウサギがその気になればこの地を焼き尽くすような自爆を行えたのだった。


「……相変わらず恐ろしい物をお持ちですな。ウサギ殿は」


 キツネの帝はホホホと笑いながら軽口を飛ばした。

 だが、それを聞いたウサギは少々不愉快そうな表情を浮かべて応えた。


「他ならぬキツネの者ならば、なんら問題無く対処されよう」


 そう。実際の話としてキツネはそんな物など全く問題にしない程度の実力があるのだ。必要な結果をねじ曲げてしまうことなど、彼らには容易い。そして、その全てを反転させて術者に押し込めることも……


「魔法とはかくも恐ろしい物なのですな」


 感嘆したようにオクルカがそう言うと、毒気を抜かれたように帝とウサギの使者が顔を見合わせた。その絶妙のタイミングで出たオオカミの言葉は、魔法科学の発展具合による格差その物だった。


「で、ウリュール公は如何される?」


 カリオンは振り返ってネコの一団を見た。そのどれもが退屈そうな顔をして、各種族の代表が作る輪を見ていたのだった。およそネコにしてみれば、仲良しこよしの関係など退屈でしか無いのだろう。


 商を行い、利を得て、それを糧に生きていゆく。それこそがネコの本義であり、負けた者への情など無きに等しい。負ければ誰かの養分……と上古より言われる様に、ネコは純粋に利益だけを求めるのだった。だが……


「ならば……ネコは新たな商圏の開発に参入しましょうかね」


 独特の言い回しでやる気を見せたウリュール公は、自らの剣を抜くことも石畳に突き立てることもせず、それこそゴミでも捨てるかのようにポイッと投げ捨てて、その輪に加わった。


「必要なのは商と利。求めるのは財産と発展。願うのは繁栄と長久。我らネコの求めるものが、彼の大陸にありますように。それが有る限り、ネコは決して裏切らないし、抜け駆けもしない。それは約束しよう」


 イヌとオオカミとキツネとクマと、そして、トラとウサギとネコ。7つの主要種族がミタラス広場に輪を作り、武装を解いて顔を揃えた。


「この面々で、彼の大陸に栄える獅子の国家と対抗していく事を考えてゆきたい。今まで我らイヌのしてきた事が間違っていたとは言わぬが、それでも他の種族や国家や一門に迷惑を掛けてきた事をまずは詫びたい」


 カリオンが発した言葉は、少なくともネコやトラには驚く様なものだった。しかしながら、それで気を許してもいけない事など今さら言われるまでも無い。向かい合って睨み合って、気を抜かずに渡り合っていかねばならない関係。


 決して馴れ合う積もりじゃ無く、また、混ざり合い解け合い、1つの国家を目指すのでも無く、必要な結果の為に協力する事を求める関係に過ぎない。カリオンは言外にそう宣言し、各種族国家の代表がニヤリと笑っていた。


「では、実務協議に移ろうと思う。我が城内の大会議場に席を用意させておいた。各々方、まずはそちらにご移動願う。外は暑いからね」


 カリオンは王府のスタッフを呼び寄せ、それぞれの種族の案内を命じた。全く動じぬ姿で一切を取り仕切った太陽王の姿を、ジョニーは眩げな様子で眺めていた。


 ――――大したもんだぜ……


 感嘆したように眺めていたのだが、最後になって議場へと歩き出したカリオンの背後にスッと付いた。ジョニーだけは太刀を持って武装していたのだ。そして、普段は貴族院議場となっている議事堂へと入ってみれば、あちこちでメイドが動き回っていた。


 ――――ほほぉ……


 そのシーンを見た時、ジョニーは思わずニヤリと笑っていた。議事堂の片隅、メイド達が待機する一角に、一際身形の立派なメイドがふたり、当たりを確認する様に立っていた。


 片方はここしばらく見ていなかった存在だ。たしかサミールと名乗っていたリリス付きの女官長で、言うなれば侍女頭として太陽王の家族を世話する者達のまとめ役だった女だ。


 そしてもう一人は、キツネの国から帰って来た太陽王が拾ってきたという、リリス妃によく似た姿をしたヒトの女。城下で話題になっているリリス妃のそっくりさんは、サミールについてアレコレを学んでいる様子だった。


 ――――あの形に収まったか……


 リリスはメイドとしてカリオンの支援に付いた。だが、リースと名乗るそのヒトの女がかつてはイヌだったリリス本人だと知る者など滅多にいないし、いたとしても気が付かないだろう。


 ――――木を隠すなら森の中……か


 かつてゼル公はそんな言葉を教えていた。そしてこの場を見れば、その言葉の意味がよく解るのだ。かつてのリリスを知らなければ、これで全く気に掛けられない存在になるのだろう。


 修行中の身に見える様に振る舞うリリスだが、目聡い者ならリリスがサミールに指示を出しているのがすぐにわかる。そしてそれは、カリオンを支え護る物なのだとジョニーは気が付いていた。ここから先の勝負の為にリリスはそれをしているのだった。


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