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王と帝と后とメイド

~承前






 長持の次に入って来たのは、太刀を持つ者や弓を持つ者。

 つまりはエリートガードに当たる武人衆だ。


 だが、彼らは一様に正装と思しき格調高い衣装を纏い、その上から実用性を全く感じさせない儀礼用の甲冑を身につけている。矢筒に入った矢は7本のみで、その矢羽根は全て居ろと柄が異なるもの。


 ――――なるほどな……


 それを見たカリオンは、7の意味を直ぐに理解した。

 つまり、七狐機関と呼ばれる九尾の7人を意味するもの。

 そして彼らは儀礼的にそれを守護する者に過ぎない。


「なかなか……荘厳だな」


 ボソリとこぼしたカリオンの前を武人達は一礼して通り過ぎてゆく。その後に続くのは沈んだ赤や茶色など、ダークなトーンの衣装を纏った者達。その手にする物は様々な文具をかたどった物ばかり。


 武人に続き文官が続くのだろうが、その存在もまたガードだろうか?と考える。

 ただ、そんな疑問の答えが出る前に、カリオンの前へ牛に引かれた車が着いた。


 サササと湧き出てきた緋袴の女官達がその車の御簾を上げると、中からなかなかの好青年が姿を現した。ただ、理屈では無く直感で『なるほど……』とカリオンは理解していた。


 ――――帝か……


 そう。

 齢8歳の筈だった帝は、そこから大きく成長した姿でやって来た。

 キツネの都――キョウ――で話をして以来、まだ半年と経過していないのだが。


「この大陸を統べるイヌの国の王よ。わざわざのお出迎え、まことに恐縮」


 静かに車を降りたその姿は、立派な若者の姿だった。

 居並ぶキツネの侍従達が一歩下がり拝謁姿勢となる中、帝はスッと歩み出た。


「先に我が国の都を訪れて頂き、その返礼として参った次第。蒼天に輝く太陽の地上代行者。太陽王の招請に預かり、朕は心魂より謝意を申し上げる」


 その姿にいささか驚いていたカリオンだが、冷静に考えればこれ位のことはきっと朝飯前なのだろう。リリスの身に起きた事を思えば、驚く様な事では無い。


「遠路遙々、よく来て下さった。5000万余の国民を代表しお礼申し上げる」


 カリオンは静かな口調でそう返答した。その言葉が心地よかったのか。それとも遠巻きに見ていたネコやトラや多くの種族の視線を感じたのか。キツネの帝は再び一歩進み出てから言った。


「八雲起つ出雲八重垣の邦。師木の水垣(磯城瑞籬)を巡らせた敷島の宮。豊穣と産鉄の産土神たるイナリより、彼の地をお預かりする帝の職を承る者。この大陸より離れた地、大倭の豊の秋津島に暮らすキツネ一族を始めとする総攬者――」


 独特な黄土色の衣装を纏った帝は薄く笑って勺を構えた。その時、帝の周囲がグニャリと歪み、あの時と同じく九尾のキツネが7人、その姿を現した。


「――イナリの僕を自認する一門の皇尊(すめらみこと)として罷り越した。どうかよしなに」


 次々に出て来たキツネの自己紹介は、その身の上を語る上で重要な物だった。ただし、ただ聞いただけではまったく理解出来ない文言ばかりで、カリオンは解説を求めたくなった。


 あの細長い邦を統べる帝は、キツネの国の中に暮らす他の種族をも束ねているというが、一体どのような者達なのだ?と不思議な感覚だったのだ。


「明日、この広場にて未来を決める諸国会議を行いたいと存ずる。どうか共に栄える未来を」


 カリオンの言葉に帝は首肯で応えた。その振る舞いは、普段の王府に居る者ならば誰だって不遜不敬であると腹を立てるであろう。だが、このシーンを見ていた誰もが息を呑んでそれをスルーしていた。


 太陽の地上代行者としてある太陽王を戴く全てのイヌですら、その神々しさに言葉が無かったのだ。


「ウォーク。キツネの国の一行を宿舎へ案内せよ」


 広場の中でキツネの魅せた力に飲み込まれなかったのは、ほんの一握りのようだった。ウォークは『かしこまりました』の一言で動き出したが、それ以外の官吏はまだどこか正体が抜けた様な状態だ。


 ――――コレでは困るな……


 複雑な気分で笑いながら、カリオンはキツネの一行を見送って城に入った。その頃になってやっと『あ……』とばかりに城下の者達が動き始めた。キツネの一行が持つ不思議な力は、きっと他の種族をもこうやって影響下に置くのだろう。


「ララ。どうだ?」


 カリオンはサンドラと共に並んでいたララを呼んだ。そのララはどこか呆然とした様子で言った。僅かに震えるその声が演技では無いと物語っていた。


「……怖い」


 カリオンは小さな声で『怖い?』と聞き返した。

 だが、ララはやや怯えた表情でカリオンを見つめつつ言った。


「正院さまですら太刀打ちできない九尾のキツネが勢揃いしているなんて……」


 僅かながらもキツネの国に居たララは、それがどれ程に凄い事かを理解していたのだ。その様子を見ていたリリスが小さな声で『簡単に言うと……どういう事?』と問いかける。


 すると、ララは表情を強張らせながらも必死で声を抑えて言った。それは、ある意味でとんでも無い事だった。それこそ、カリオンを含めたル・ガル中枢が仰け反るような新情報なのだが……


「あの九尾のキツネは全てがあの帝の代わりになる存在なんです。帝が斃れても九尾が居る限り帝は死なないんです。要するに……予備なんです。帝の」


 それっきり黙りこくったララ。

 カリオンはやや険しい表情になったあと、静かに言った。


「ララ。後で詳しく聞かせてくれ」






 ――――――その晩






 カリオンの私室に揃った王の家族を前に、ララは自分が知る限りの事を語って聞かせた。その内容は、キツネの国の政治システムだ。帝は実質的には統治をせず、その時点でもっとも権勢を誇る武士階級の実力者を将軍に任命しているらしい。


 将軍はかつての帝家から臣籍降下された姫などを娶った武家の中から選ばれる仕組みだが、キツネの国の長い歴史の中では、武家階層ならぬ所から身を立てて、将軍ならずとも実質的な差配を受け持った者も居ると言う。


 将軍は幕府なる官僚機構を内包した強力な武装集団的政治システムを立ち上げ、その中において将軍職を世襲で息子へと継がせ、その家を永らえさせることを選ぶと言う。


 将軍家が絶えたり、或いはより有力な一門が将軍家を倒幕し、新たな幕府を開闢する事もある。いずれにせよ、そこにあるのは『強いことが正義』なシステムである。そして、何よりも安定している事を優先するのだ。


「つまり何か? キツネの国は常に新しい政治機構を作り出し続けることで、古くから安定していると言う――


 正鵠を得たカリオンの一言が飛び出したとき、私室の扉がノックされ同時にその扉が開いた。太陽王の私室へそんな風に出入りできるのは一握りなのだが……


「夜分に失礼いたしま……」


 それっきり言葉を飲み込んだのは、かつてリリス付きの女官長だったサミールだった。落ち着いたトーンのメイド衣装だが、現在の主人であるエイラの意向によりそんな姿になっているサミール。


 彼女は唐突にカリオンの私室へとやって来て、扉を開けた所で岩のように固まっているのだった。


「……リリス様」


 サミールはその一言を漏らし、同時に涙を溢れさせた。リリスが限界を迎え魔法生物となった後、サミールは『姫様を踏みつけるのは畏れ多い』という理由で暇を願い出た。


 城の地下にある死者の宮殿へ出仕したいと志願したのだが、カリオンや多くの魔導師や、なによりもリリス本人に『絶対ダメ』と拒絶されていたのだ。だが、砂漠の民の末裔である彼女は、姫の頭上に立つなどあり得ないと、職を辞す事にした。


 ――――ならば余の母に付いてくれぬか


 カリオンの差配によってサミールはエイラ付き女官に再就職し、城下にある女学校の中で生活するようになった。そんな頃から幾星霜、サミールはすっかりエイラ付きの存在として立場を築き、今は女学校の教官とし教職にもついている。


 だが、サミールにとってリリスは特別な存在であり、出来るものなら城の地下へと逢いに行きたいくらいであった。あのドレイクがカリオンに心酔するように、サミールはリリスに心酔していたのだった。


「……ばれちゃった」


 困った様な表情になって苦笑いのリリスは、サミールが使っていたメイド姿のままカリオンの隣に座っていた。カリオンを挟んでその反対にはサンドラが居る。ただ、サミールはそんな事を無視してリリスの元へとやって来た。


「なんで…… なんで一言…… 言って下さらないのですか」


 一気に涙を溢れさせ、サミールは悔しそうな顔で抗議した。だが、そんなサミールの手を取ったリリスは、ニコリと笑ってサンドラを見てからサミールをジッと見つめつつ言った。


「私はリース。リリスはもう死んだの。私はヒトの女で、太陽王の后はサンドラ様よ? 大事な事だからもう一度言うわね。リリスは死んだの。もう私はお后様でも国母でもなんでも無い。そこを勘違いしないでね」

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