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エイラの叱責

~承前






「……そう言う事」


 冷たい口調でそう応えたエイラは、これ以上無い不機嫌さを装っていた。

 例えそれがどんな内容であっても耳に入って然るべき案件だったからだ。


「まぁ、リリスもサンドラも苦労したのは解るけどね――」


 リリスのサーブしたワインで口を湿らしながらも、エイラはジッとカリオンの肖像画を見ていた。もはやリリスの事を黙っていたのは仕方が無い。今さら怒っても遅いのだから丸呑みするのが正解だ。だた……


「――2人とも何をブザマな事をしてるんだい」


 リリスにとっても、もちろんサンドラにとっても。もはや母と呼べる存在になったエイラは、2人の娘を叱りつけていた。カリオンは公務で部屋を離れていて、立会人として残っていたジョニーだけが針の筵だった。


「今さら正妻争いでもするの? ル・ガルが大変なこの時期に来て、全てそっちのけで女の意地の張り合いしてどーするんだい」


 不機嫌そうに耳をピクピクとさせつつ、エイラはグラスのワインを飲み干した。


 既に陽は暮れていて、そろそろ夕食の算段というタイミングだ。そしてそれ以上重要なのは、各地域の代表がこれから続々とル・ガルに到着する。だが、エイラは遠慮無くサンドラとリリスを唸り飛ばし続けた。


 城下の広場ではカリオンが各地域の代表を迎えている。城まで上がってこいと偉そうに振る舞うのでは無く、城下まで降りて行って『良く来てくれた』と歓迎する姿勢を示していた。


 その傍らには時期王となるキャリの姿があり、またララとタリカが忠臣としてそれをサポートしていた。それら全てをウォークが差配し、ル・ガルの盤石な体勢が示されていたのだ。


「だいたいね、このまま行って最終的にどう決着付けるつもりだったんだい?」


 エイラの言葉にサンドラとリリスが困った様な顔になった。

 ただ、そんなの知った事かとエイラは容赦の一切を捨てていた。


「喧嘩するのもバチバチやり合うのも仕方ないさ。人間、意地を忘れたらただの犬ころだよ。でもね、どう決着付けるか考えずに喧嘩するのはバカのやる事だ!」


 ズバッとキツイ言葉を吐いたエイラは、そこで畳み掛けることも忘れなかった。この辺りの引き出しの多さと手数の多さや上手さは、経験でしか身につかないものでもある。


 そろそろ齢200が見えてきたエイラなのだ。交渉事だけでなく相手に含んで聞かせて教えると言う事について、相当な技量と経験を身に付けていた。何より、それだけの経験を積んできた。


 他ならぬシュサの娘としてやって来た人生は、決して平坦でも穏やかでも無かったし、女の一生という視点で見れば心休まる日々の方が余程少なかった。


「そう言って下さるのは…… お義母(かあ)様だけです……」


 リリスは己の不義不達を恥じた。そもそものボタンの掛け違いは、リリスが蒔いた種かも知れないのだ。だから全てを丸呑みし『これからヨロシクね』で済ませば全て丸く収まっていたかも知れない……


 今さら遅いし、一度折れ目の入った紙は、もう絶対に真っ直ぐ平らにはならないもの。だからこそ上手く立ち回らなければいけないとも言える。何より、カリオンは猛烈に難しい難事を前にしているのだ。


 そこで余計な手間を取らせる事自体、恥じ入って然るべきなのだとリリスは思うのだった。だが……


「……自分の身の程を忘れておりました。申し訳有りません」


 サンドラは絞り出すような声でそう言った。そう。本来サンドラに求められた仕事は国母でも帝后でも無い。きつい言い方をするなら、単純に腹だけが必要だったのだ。


 継嗣を産み落とし、その後にはお役御免でトウリの元へと帰るはずだった。それこそがリリスの命を絶ったトウリへの仕置きの根幹だったはずで、サンドラも連座となって夫ならぬ者に抱かれる不義を受け入れる筈だった。


 ただ、そこへ口を挟んだのはリリスだった。結果論ながらも自分はこの世にのこり影響力を発揮できるのが確定したのだし、サウリクル家を蝕み続けた叔母シャイラをいたぶり続ける事も出来た。


 だからこそ、下賤な罪人として妾腹扱いになるはずだった自分を、よりにもよって帝后の座に押し上げさせたリリスには義理がある筈。不義の女にされる事無くここまで来たのだから、文字通りに身の程を忘れていたと言う事だった。


「まぁね、私だって女だし、はっきり言えばカリオンだって色々あったさ」


 色々あった……


 その言葉に万の意味が込められているのはサンドラもリリスもよく解っている。事にリリスにしてみれば、そもそもは魔法の薬によって世に出て来たハイブリッド生物であるはず。


 サンドラもそれについては知っているし、幾度かはカリオンの覚醒した姿を見ている。エイラがカリオンを産むに当たり、魔法の薬を使っただけで無くヒトの男の胤も腹に入れたのを知っている。


 そも、重なりを作る行為はフレミナにだって様々な手法が伝えられていた。だからこそカリオンが特別である事に恐怖することも無かったし、どんな形でも子を為したことは胸を張って良いことだった。


「あなた達ふたりにはね、どうかあの子を支えて貰いたいんだよ。もうね、仲が悪くても仕方が無いさ。ふたりともいい大人だ。意地もあるだろうさ。けどね、あの子が背負ってるのは国なんだよ。このル・ガルのイヌ全ての運命なんだよ」


 リリスとサンドラを順番に見た後『わかるだろ?』と念を押したエイラは、空っぽになったグラスをジョニーへと渡し、スッと立ち上がった。


「もう親に説教される歳じゃないはずだ。後は自分達で考えなさい。ただね、どう決着を付けたのかだけは教えておくれ。私はもうババァだし、そもそもは妾腹から産まれた国の中枢に居るべき女じゃ無い。けどね、それでも心配だからね」


 最後はニコリと笑い、『じゃぁ、後は上手くやるんだよ』と言葉を残して部屋を出て行った。最後の最後で『おやすみ』と付け加えたのは、文字通りに年の功だった。


「……ねぇ、カリオンを支援しに行こう」


 リリスはスッと素の言葉でサンドラに呼び掛けた。まだ腹の底に蟠るものがあるのは事実だ。だが、エイラに叱りつけられた時、ふとリリスは思ったのだ。母であったレイラが重ねてきた苦労は何の為にあったのか。


 ヒトであったレイラは、それでも相当に上手く立ち回ってヒトである事を上手く誤魔化し、それだけで無く夫カウリを支援していた。その中で自分自身を産み落としただけで無く、イワオをも産んで育てていた。


 女が味わう苦労の全てを知っていたレイラは、その生涯の中で己の苦労を他人に愚痴ったシーンを人に見せたことが無かった。きっと、レイラが愚痴をこぼしたのはゼルのフリをしていたヒトの男だけだろう。


 ――――強かったんだな……


 改めてそれを知ったリリスは、自分が折れる事で全てを上手く回す事を選び、不平不満を飲み込んだ。どういう訳か、それで良いのだと納得したのだ。


「そうね……」


 サンドラはサンドラで、リリスを無碍に扱ってはいけないことを再確認した。本来なら大罪人として生涯を潰したはずだった。ただ、そんな女がおしもおされもしない帝后として君臨できるのは、他ならぬリリスのおかげ。


 それは消して情けをかけたわけでも、慈悲を与えてやった訳でも無い。それは紛れもない、純粋な真心の発露だったはず。同じ女として共感を覚えたからこそ、それをしたはず。


 なにより、自分が出来なかった事を託したかった筈なのだ。


「お願い。もう一度私を許して。そして助けて。じゃないと……」


 何かを言いかけたサンドラの口をリリスが押さえた。

 それ以上は言わなくて良いとリリスが振る舞った。


「許しを請うのは私の方よ。今の正妻はあなたなんだから、私が折れなきゃダメだし、赦しを願って当然よ。それより、急がないとララが大変よ」


 リリスがララを気づかったのもある意味当然だ。ララは間違い無くサンドラの娘だし、それにもうすぐキツネの代表団が到着する頃だ。カリオンはキツネの帝に武装したままガルディブルク入城を許していた。


 ララにとっては複雑な感情を持つキツネがやってくるはず。そこでララを支えるだけで無く、カリオンをもサポートせねばならない。そこまでして、初めて正妻としての帝后なはずだった。


「……ありがとう」


 ふと、サンドラの口を突いて出た言葉はそれだった。そして、すっかり遠くなってしまった日。あの河原の中洲に出来た荒れ地で経験した事を鮮明に思いだした。死を前にいきり立ったフレミナ騎兵の前で、リリスはサンドラに言ったのだ。


 ――――なに言ってるのよ

 ――――あなたは大切な友達よ?

 ――――孤独な私の数少ない友達


 そう。リリスは敵じゃ無い。恋敵でも無い。もちろん、ヒトの奴隷でもないし、唾棄すべき呪われた魔法生物では無い。リリスは友達なのだ。男にとって都合の良い存在に育てられたサンドラにとっても、本音を言える友達だったはずだ。


 ――――私たちが出来る事は少ないけど

 ――――逆に言えば私たちしか出来ない事がある


 あの時からリリスは間違い無く帝后だった。全てを背負って凛としていられる強さを持っていた。そしてそれは今も間違い無く脈々とリリスの中に存在してるのだとサンドラは実感していた。


 ――私は…… この人を支えよう


 あの荒れ地の中、自分よりも遙かに重き荷を背負う人生を選んだ人だと感じたのだ。この人と共に歩むならきっとすばらしい人生になると、サンドラは根拠の無い確信を心の中に感じたのだ。


 今からでも遅くない。あの時に感じた事をもう一度やり直そう。そう決めたサンドラの言葉は、あの頃の若々しかった頃のそれだった。


「よろしくね」

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